片思いをしてるらしい女子高生の夢を今日も見た。目を覚ましてから、ベットの上でしばらく動けなかったのはショックだったのかもしれない。

 今日に限ってオレンジジュースを買い忘れていたらしく、冷蔵庫に入っていなかった。深い深いため息が部屋に広がって、体が芯から凍えた。

「夢の女子高生に片思いとか、気持ち悪いだろ僕」

 夢は、夢だ。どこまで行っても現実ではない。それなのに、最近、心の中はいつもいつもリッちゃんのことばかりだ。顔だってわからないくせに。

 スマホの振動を感じ取ってメッセージを見れば、タクトからの連絡だった。

『めっちゃ申し訳ないんだけど、オーキャン手伝ってくんない? 人足りなくて。教授が焼肉奢ってくれるらしいから』

 めんどくさい気持ちと、行かなきゃという使命感に駆られて二つ返事で「イエス」を送り返す。髪を整えて、メガネをかけ直しコンビニでオレンジジュースを買おうなんて思いながら家を出た。



 タクトに指定された教室に来れば、準備を教授たちが進めていた。タクトに近寄って挨拶をすれば、パッと顔を上げて両手を合わせられる。

「タクト、おはよ」
「まじ助かる、春希! なんか高校生の子たちの模擬講義みたいな感じで図面引かせてあげるらしいんだ。困ってたら声かけて上げる感じでいいって」
「あぁそんな感じの手伝いなんだ。おっけおっけ」
「だから、模擬講義までは暇らしい。ごめんこんな早く来てもらったのに」

 タクトが申し訳なさそうに、また手を合わせて謝る。手元のプリントに目を通せば、まだ二時間くらいの余裕はありそうだった。

「これの三十分くらい前にまた来ればいい?」
「そうしてくれると助かる。A教室は今日使わないらしいから、休憩とか昼寝とかしてても全然良いって」
「動画でも見てるよ、また来るね」

 そんな事を言いながらSNSをスマホで開く。新しい通知が溜まっていたから、近くのイスでボーッと流し見をする。僕の好きな音楽の猫ポーズを踊る女の子たちが、流れた。

 ついつい、魅入ってしまう。あ、れ?なんだか、リッちゃんと話してた女の子と似てる気がする。

 あんなのはただの夢のはずなのに。

 リッちゃんのことばかりを考えすぎるせいだ。現実まで進出してきた夢に、首を横に振る。頑張り屋で、らしさを追求しようとするところまで精一杯なところにいつのまにか片思いしてしまっていたようだ。

 現実にいない女の子に。

 さすがに、気持ち悪すぎる自分に少し吐き気がする。しかも相手は、この世で一番怖い女子高生だ。嘘で告白をして、陰で馬鹿にするような。

 リッちゃんは多分そんなことをしないけど。

 分からない。僕はリッちゃんの努力してる場面や、友人との場面しか夢で見れてないから本当のリッちゃんを知ってるわけではない。

 考えても答えのない夢ばかり追って、最近変だな僕。

 気合を入れるのにぐっと背伸びをして立ち上がった。空き教室で時間を潰そうと思ったが、オレンジジュースを買ってき忘れてたことに気づく。


 
 大学前のコンビニへ向かうと、高校生たちが何名かのグループに分かれて買い物をしていた。オレンジジュースの棚に近づいた時に、後ろから聞き覚えのある声が。

「あれ、待って、リッちゃん、ねぇ!」

 聞き覚えのある名前と、聞き覚えのある声につい振り返ってしまった。目が離せなくて、息が詰まって、気持ち悪いとか、女子高生が怖いとか全てすっ飛んでいく。

「え、リッちゃん?」

 口から出た愛称は、僕が呼ぶ事を認められた言葉でもなんでもないのに。すごく、しっくりと来た。

「春希さんですか?」
「あ、あぁ、はい」
「会いたくて来ちゃいました、ごめんなさい」

 ぺこりとお辞儀した姿に、想像してた通りの彼女で。オレンジジュースを落としそうになってしまった。