あくびを噛み殺して授業に、耳を傾ける。みんなは私のことを天才だと言ってくれるけど真実は違う。

 家での予習復習は欠かさないし、授業はきっちりと聞く。そうじゃないとテストの点数なんか、あっという間に赤く染まるだろう。

 みんなが思うほど私は完璧な人間じゃない。家族はそんな私を受け入れてくれているけど、他の人からの反応が怖くて全て隠すように努力で埋める。

 私が、もっと要領良く生きられたらこんなこと考えないで良いのかもしれない。

 ふと、好きな人──便宜的にメガネくんと呼んでる──を思い浮かべる。メガネくんは、そんな要領よくない私を認めてくれる人だろうか。

 きっとリッちゃんらしくて良いんじゃない? って言ってくれるような気もする。勝手に好きになって、勝手に理想像を作り上げてしまってるけど。

 授業の終わりを告げるチャイムと共に、沙織はそそくさと私のところへと移動してくる。

「ね、リッちゃん聞いて」
「なーに?」
「アカネったら、年上の彼氏できたらしいの。あ、ってか、リッちゃんって彼氏の話しないよね? 好きな人居ない感じ?」

 沙織が一人で語るのを聞いていたら、いつのまにか私に飛び火していた。「好きな人、出来たことない」と言った時の信じられないと書かれたクラスメイトの目がとても怖かった。

 その時は確か、嘘をついた。

 初恋もまだだったのに。年上の彼氏が居てなんて、嘘をついた。

 そんな嘘を思い返しながら黙ってる私の口に、チョコレートが突っ込まれる。

「言いたくないなら言わなくていーよ、そんな考え込むなって」

 変な方向に勘違いした沙織は、ニコニコとわざとらしい作り笑顔をしてる。沙織のそういう深く聞かないようにするところが好き。でも、今はあの時のクラスメイトの気持ちが分かる。会ったことも、顔を見たことも、いや、顔を見たことは厳密に言えばある、好きな人がいる。

「彼氏は居ないけど、好きな人はいるよ」
「え、どんな人?」
「メガネを掛けてて、大学生で、絵を描くのが好きな優しい人」

 そう、きっととても優しい人。いつだって相手を慮って自分の意見を言えないような。外から見たら都合の良い人って言われるような、優しい人。

「え、どこで出会ったの?」
「それは内緒」
「もしかして、リッちゃんらしからぬ大学目指してるのってその人のため?」
「私らしからぬって何」

 私らしからぬ大学ってなんだ。私らしい大学なんてあるもんか。笑って答えれば、沙織は目を丸くする。

「本気で言ってる?」

 急なマジトーンの声に、びっくりする。私変なこと言った?

「なんか想像と違ったな」

 一番恐れていた言葉の響きに、体が芯から震えてきた。続きの言葉が聞きたくなくて、誤魔化す言葉ばかり探す。

「大学は普通に就職に有利だから、行けそうな学力のところ探しただけだよ、もう沙織ったらなによー」
「リッちゃん、ううん、なんでもない。そっかそうだよね、リッちゃんしっかりしてるもんね」

 少し含みのある言葉に、少し胸が痛い。私らしい、ってなんだろう。自分ですら分からないのに。