「ねぇねぇ、次の授業なんだっけ」
「えぇっと…古文じゃない?」
「バカじゃないの麗美、それ昨日の時間割!!つぎは音楽だよ」
今日も賑やかな教室を出て、ひとりで廊下を歩く。
まだ授業の15分前だから、ほとんど人はいない。
昼休みの今は、教室で喋ったり食堂で昼食をとったりする生徒も多く、比較的平和だとおもう。
「失礼します」
完全防音の音楽室に入ると、さっきまで少しはあった音も完全になくなる。
「花島さん、今日も早いね」
「ピアノ、弾きに来ました」
「どうぞー」
音楽の先生は、まだ年齢も若く可愛いので、生徒にも人気がある。
私もやさしい先生だから打ち解けやすかった。
今日もきれいに調律されたピアノに触れる。4年前からここにあるものとは思えない、きれいなピアノ。
しばらくピアノを弾いていると、授業5分前だと気づいた生徒がどんどん入ってくる。
「あ、また花島さんピアノ弾いてるー」
「上手だよね、私クラシックとかよくわかんないけど花島さんのピアノはすき」
ピアノの音の他に、かすかに聞こえるそんな話し声に少し微笑む。
直接話しかけてくれる人はあまりいないけど、こうやって私のピアノを褒めてくれるのはすごく嬉しかった。
。*.:.°。°♪
家に帰り、部屋に入るとパソコンと向き合う。
一日の中で、やっぱりこの10を超えるモニターと向き合うときが一番幸せ。
パソコンの画面には、カラフルなバーが表示されている。
グラフみたいなものも。
私の副業は、ボカロP。
AIが歌うボカロ曲を制作すること。といっても、まだまだ無名なのだけれど。
私の目標は、AIの歌う曲が人の歌う曲を上回ること。区別できないくらい精度の高いものを作ること。
ピコン、と音がしたそちらを向くと“通知 2件”とある。
Twitterを開くと、私の作った曲にいいねが押されていた。
[とても切ない曲ですね、ボカロ曲とは思えないクオリティです。思わず泣きそうになりました]とコメントしてくれた人には[Youtubeにはフルと私の作った曲一覧があります。よろしければご覧ください、お褒めいただきありがとうございます]と返信する。
どうしてかはわからないけどむかしから人から避けられる事が多いから、顔も声もわからない誰かが直接、こうやって話しかけてくれるのはすごく嬉しい。
他にTwitterやYoutubeに通知がないことを確認し、曲の制作に取り掛かる。
自分好みにカスタマイズされたキーボードとマウスを触ると、自然と頭が音楽のみの世界に入っていく。
私が使用しているAI 映那の声は、私の声をサンプルとしてたくさん録音したものをベースに作り上げたもの。
AIだけでは出せない声も、人の声をベースにすれば少しはマシになる。
AIではありえない息切れやブレスを作ったのも私のこだわり。
曲を作るときは、色の組み合わせが良いものを作るようにしていて。
私は、いわゆる共感覚を持っているから。
ドの音を聞くと、赤を感じる。
この能力があって良かったと思えるのは、この仕事だけ。
こうやって、ひっそりと音楽を楽しんでいけたら良い。
そう、おもっていた。
「っへっっっ?!?!?!?!?!」
いきなり私が出した声に驚いたのか、ロミとジュリが飛び上がって、
事態を把握できないのか右往左往し始める。
そんな二匹をごめんね、と撫でて、もういちどモニターとむきあう。
そこには確かに、[いつも拝聴させていただいています。歌い手グループ「青春屋」のリーダーの あお と申します。いつも素敵な歌詞とメロディで、なおかつAIが歌っているとは微塵も感じさせない花香──いつも私の活動名として名乗っている──さんの曲、ときに泣きながら、笑いながら聞かせてもらっています。突然で申し訳ないのですが、僕達「青春屋」の初のオリジナル曲として、作詞・作曲をお願いできませんか]とDMが来ていた。
…はじめて、依頼が来た。
……………でも、どう作れば…。
今までは色の感覚と、自分の気持ちだけで作ってきた。
どう、作れば期待に答えられるだろうか。
[ご依頼ありがとうございます。とても嬉しいです。恥ずかしながら、歌い手グループの歌を聞いたことがないので、そちらと青春屋さんの歌・性格の分析などが終わり次第、取り掛からせていただきます。]
…堅すぎたかな。
歌い手の曲や青春屋さんの魅力を知らずにいつもどおり作るのは簡単。
だけど、それでは依頼してくれたあおさんに申し訳ないし、何より自分にとってこの初の依頼曲をそんな適当に作って良いものなのかと考えたときに、きちんと考えて作りたいと思った。
あおさんのアイコンをクリック、さらにグループのプロフィール欄に行き、最近のツイート・メンバーである、あおさん・はるさん・ゆうやさんのツイッターも見る。
オリジナル曲すら出していないのに、青春屋さんのフォロワー数は20万人を超えていた。
まだ活動して半年くらいしか経っていなさそうなのに。
Youtubeに上がっているのは全て、カバー曲にアレンジを加えたもの。
そして、ツイキャスという配信アプリでの配信が異常に多い。
個人ならまだしも、グループでの配信は週2回もある。
曲のカバーも結構多いのに、このグループのスケジュールは大丈夫なのだろうか、と少し心配になってしまった。
ゲーム配信するのはゆうやさんで、勝って無邪気に喜んだり、負けてむくれたりする幼さがかわいいらしい。
それとは別に、普通にお話しているのはあおさんとはるさん。
仲が良いけど性格はほぼ正反対とも言える二人の漫才のような掛け合いが好まれているみたい。
しかも、視聴者に事前にアンケートを取ったり質問を投げかけたりしているものが多いみたいだった。
そして、個人ツイートには視聴者──リスナーというらしい──への愛が伝わるものが多い。
ときに体調を気遣い、ときに甘える。日常の愚痴や嬉しかったことを報告したりして、推しの日常を感じられるリスナーはかなり嬉しいみたい。
私にはできないような気遣い……少し羨ましいとさえ思った。
さらに、3人の性格はバランスが取れている。
素直に何でも言ってしまうはるさんと、末っ子キャラのゆうやさん、そしてみんなをまとめるリーダーキャラで、クールなイケボが売りのあおさん。
こんな3人だからこそ仲の良いツイートの絡みができるのだろうし、ファンからも支持されるのだろう。
フォロワー20万人の凄さが、一気にわかってしまった気がした。
歌い手のオリジナル曲は、そこまで私が作っているものとは変わらないらしいけれど、比較的恋愛・青春要素が多いように感じる。
片思いや両片思いの歌、青春を謳歌しているような状態を歌い上げた歌、またリスナーに対する感謝の気持ち、推してほしいと媚びを売るような歌まである。
私が作る歌は比較的人生を悲観的に捉えてもっとこうであれば、とかネガティブな歌が多いけど、ポジティブ要素も含めたほうが良さそう。
あとはメンバーカラーの青、黄色、ピンクの音であるソ、レ、ラの音を中心に入れれば、──といっても、その色を感じるのは私だけだけど──良いと思うし、
歌詞はこの青春屋さんの仲の良さを存分に活かして作りたい。
セリフ部分があったり、ラップ部分があって掛け合いをするのもいいな、なんて考えていた。
そんな感じで構成やストーリー性をどうしようか悩んでいて、ふと時計を見ると、22時を切っていた。
いつもなら寝る時間。
久しぶりに、自分の好きなことをしていつの間にか時間が過ぎている、なんてことがあって。
普段なら眠くて思考回路も働かないはずなのに、自然と、頬がゆるむのを感じた。
。*.#。°♪
はじめて曲を聞いたとき、何だこの歌は、と思った。
ボカロ、とは言うものの、ボカロの域を超えている。
人間が歌ってるみたいだ、とおもった。
時々息継ぎの間を入れたり、上ずったりする。更に、不思議と歌詞に感情が乗っているような風に聞こえる。
ボカロPの次元を超えている。なのになぜ、
…なのになぜ、フォロワーが1000人しかいないのだろうか。
もっと広めたかった。
花香さんの凄さを。
だから、自分たちを利用したのかもしれない。
花香さんの曲を、知ってもらうために。
「なぁ、はる、ゆうや。半年記念日にオリ曲を出したいんだけど」
花香さんの曲を知ってもらおうと思いついてから早速、翌日に言ってみると。
「はぁ?!また突拍子もない事を言い出すじゃん、急にどうしたの」
「だめだった?一周年記念じゃリスナーのみんなを待たせちゃうし、ちょうど良いかなと思ったんだけど」
「だめではないけど…どうしたのあおくん、あおくんらしくないよ?急すぎるってゆーか」
「そーそー。リーダーらしくない。まぁ、丁度いいとは思うんだけど…。」
「じゃー決定。花香さんにお願いしとこ」
強行突破。一応二人からもOKが出たし、何より半年記念日に合わせるためにはもう言っておかないと間に合わなくなってしまうだろう。
「なん……え?!自分たちで作詞作曲は厳しくないって言おうとしたんだけど…。花香さんってだーれ?」
ゆうやですらも知らないのか…。この天才ボカロPを。
「ん」
「はなか…さん、ね。初めてみた。フォロワー1089人て信用していいの?」
「サムネかわちぃ…この絵も書いてるのかなぁ」
無言で携帯を突きつけると二人も調べ始めた。
そして、この部屋に静寂が訪れる。
…やっぱみんな、音楽のことになると真剣になるよなぁ…。
曲を聞いたり素性を調べたりしている二人の傍ら、俺も花香さんにすこしでも思いが届くよう、DMの文面を考える。
自己紹介は必須だろうし、自分が花香さんのファンであることも伝えたい。できればその感想も。
歌詞や日々のツイートを見る限りあまり自分の曲に対して自信を持っていなさそうだし、趣味程度に楽しんでいるように見える。
少なからず、あの苦しい状況から救ってくれた花香さんの曲の凄さは、それに対する感謝は伝えたい。
DMの文面をスマホのメモに書き起こしながら、ふと花香さんへの依頼って初めてなんじゃないだろうか、とか考えたりする。
花香さんはまめにファンへの感謝やリプをするほどファンを大事にする気持ちが強い。
それでも、ツイートには依頼への感謝や報告といったものは見受けられなかった。