「ありがとうございます。でも、別に失くしたってかまわないんです。それはもう、誰のものでもないので……」
自嘲気味に笑うと、佐藤菜々が悲しそうな目で俺を見てくる。
「ほんとうに、失くしてもかまわないもの?」
「はい……」
「そうかな。私は、これを持ち主に返してあげてほしい。もしかしたら、後悔してるかもしれないから」
「はあ……」
佐藤菜々が、俺の手にちょっと強引にネックレスをねじ込ませてくる。
後悔なんて、してるはずがない。
別れた恋人は、わざわざ俺がバイトに出かける直前に自宅までやってきて、ほとんど一方的に別れ話をして、ネックレスを突き返してきたのだ。俺は茫然とするばかりで、別れ話をして去って行く彼女を引き止めることもできなかった。そんな彼女に、今さらどんな顔をしてネックレスを返しに行けというのだろう。
自分たちは幸せで夫婦仲がうまくいっているからといって、他人にまで余計な世話を焼かないでほしい。
複雑な想いでネックレスを握りしめると、佐藤菜々に抱かれていた男の子が俺に向かって小さな手を伸ばしてきた。
「ぱっぱあ?」
俺のことを父親と間違えているのか……。それとも、偶然に出た言葉なのか。
男の子は佐藤菜々に抱かれているくせに、なぜか俺に抱っこをねだるように両手を伸ばしてくる。戸惑いを隠せずにいると、佐藤菜々がふふっと笑って男の子を抱え直した。
「パパはまだお仕事中だよ」
「おちごと?」
「そう、お仕事。だけど、今日は少し早く帰ってくるって。ママのお誕生日だからね」
男の子をあやして微笑む佐藤菜々の顔が、ふと、別れた恋人の顔と重なる。
あの子も、今日が誕生日だったのにな……。