最後の配達先に届けるのは、薔薇をメインにピンク系の花をまとめたブーケだった。

 白とピンクのラッピングペーパーに包まれたブーケを届けるお客様の名前は、佐藤(さとう)菜々(なな)

 普段は事務的に確認するだけの送り状。そこに書かれたお客様の名前が目についたのは、《菜々》というのが、今朝別れを告げられたばかりの彼女と同じだったからだ。それも、漢字まで。

 もっというと、俺の名前は《佐藤(さとう) 洸希(こうき)》で。もし俺が彼女と別れずに結婚できたら、あの子は《佐藤 菜々》になったんだよな……、なんて。ひどくくだらないことを考えてしまった。

 だけど、冷静になってみれば、佐藤なんて名字はありふれてるし、菜々という名前も決して珍しくはない。俺はお届け物のブーケを抱え直すと、気を取り直して、オートロック式のマンションのインターホンの呼び出しボタンを押した。

 しばらく待っていると、「はーい」と女性の声が聞こえてくる。

「お荷物をお届けにあがりました」

 お届け先のインターホンのカメラにドアップに写りすぎないように一歩下がると、普段よりもワントーン明るいよそ行きの声で挨拶する。

「どうぞ〜」

 エントランスのドアロックが解除されると、ブーケを抱え直してマンションの中に足を踏み入れる。入って正面にあるエレベーターに乗り込むと、俺は佐藤菜々さんの部屋がある五階に向かった。