昔々あるところに、シンデレラという名の美しい娘がいました。

 シンデレラは父親から母親は幼い頃に亡くなったのだ、と教えられていました。

 シンデレラは、父親が再婚した継母とその連れ子である姉にまるで召使いのように扱われていました。

「シンデレラ! まだ汚れているわよ! お前はまともに掃除もできないの?」

「何回同じことを言わせるのよ! しっかり覚えなさいよ!」

 シンデレラが何時ものように義母や義姉に掃除をやらされていたある日、この国の王子様が花嫁を決める為の舞踏会を開く事になり、国中の貴族の娘を王宮に招待しました。もちろん、義姉は喜び勇んで準備をしました。

「泥棒猫の子は舞踏会に連れて行けないわ。お前は家で大人しくしていなさい!」

 義母がシンデレラに冷たく言いました。

 義母はシンデレラの母親が父親を誘惑して奪ったと言い、その娘のシンデレラにも同じ泥棒の血が流れていると言って毛嫌いしています。

「私達が留守の間もしっかり働きなさい! ちゃんと働かないと牢屋に行く事になるんだからね!」

 シンデレラにそう言い残して、義母達は綺麗に着飾って出かけていきました。 
 それに比べ、シンデレラはボロボロの服で、家中の掃除や片づけを命じられています。あまりの扱いの違いに、いつまでこんな生活が続くのか、シンデレラは途方に暮れました。

 悲しみに暮れたシンデレラは、掃除をする気力を無くしてしまいました。そして屋敷をフラフラと出ると、町の外れにあるお城が見える高台までやって来ました。

 夕焼けに染まる美しいお城からは賑やかな笑い声や音楽が聞こえてくる様でした。
 シンデレラは舞踏会に行ってみたくて堪りません。シンデレラは自分の境遇に泣きました。

 そうしてシンデレラが泣いていると、シンデレラの前に魔法使いが現れました。
 
「可愛いお嬢さん、舞踏会に行きたいのかい?」

「はい……」

 シンデレラが力無くうなずくのを見て、可哀想に思った魔法使いは、豪華な馬車と立派な白馬、キラキラと美しいガラスの靴を空間から取り出し、さらに美しいドレス着せてシンデレラをを舞踏会へ行けるようにしてくれました。

 シンデレラは大喜びで舞踏会へ向かおうとしましたが、魔法使いに呼び止められ、忠告を受けました。

「深夜0時を過ぎるまでに貸したものを返して欲しい。そして0時までにここへ帰って来てくれるかな?」

 忠告を守ると約束したシンデレラがお城に向かってみると、初めて見るお城の豪華絢爛さに驚きました。
 見るもの全てが珍しく、シンデレラはお城の中を夢中で歩き回りました。

 そうしているうちにシンデレラは舞踏会の会場に辿り着き、王子様と出逢いました。

 シンデレラを見た王子様は、あまりの美しさにシンデレラの虜になってしまった様でした。

 王子様からダンスに誘われると、シンデレラは時間が経つのを忘れ、夢のような時間を楽しみました。

 しかし、シンデレラが気がついた時にはすでに約束の0時が迫っており、シンデレラは大急ぎでお城を後にしました。

 シンデレラの名前を聞いていなかった王子様は、必死に引きとめようとしましたが、シンデレラはあっという間に姿を消してしまいました。

 シンデレラの逃げ足の速さに残念がる王子様の目の前には、シンデレラが履いていたガラスの靴が片一方だけ残されていました。




 その後、「王子様が舞踏会に参加していたガラスの靴を履いた令嬢を花嫁にするらしい」と云う噂が国中に流れました。

 そして王子様とその側近がガラスの靴にぴったり足が入る令嬢を国中で探し始めました。

 我こそは、と国中の令嬢が、残されたガラスの靴を履いてみましたが、ぴったり足が合う令嬢は一人も現れませんでした。

 もうすぐ王子様達がシンデレラが居る屋敷にやって来ます。

「王子様がガラスの靴を履ける令嬢を探していらっしゃるそうだけど、あんたは絶対出ちゃ駄目よ! 何処かに隠れていなさい!」

 義姉はシンデレラに王子様達の前に出ないよう言い含めました。

 そして遂に王子様達が屋敷に到着しました。

 シンデレラの義姉もガラスの靴を履こうとしたのですが、当然の如く全く合いません。

 そこへシンデレラが進み出て、「私にも試させて下さい」と王子様に願い出ました。

「「シンデレラ!!」」

 義母と義妹がシンデレラの登場に驚きます。

 王子は突然現れたシンデレラに驚きましたが、「いいだろう、履いてみろ」と言ってシンデレラに許可を出しました。 

 それを聞いた義母達は慌ててシンデレラにやめるように言いました。

「何と言う身の程知らずな……! お止めなさい!」

「お前みたいな汚い娘に、その靴が合う訳が無いでしょう!」
 
 義母達に反対されながらもガラスの靴を履いてみると、靴はまるでシンデレラの為に仕立てたかのようにぴったりでした。
 
 ──そしてシンデレラは、持っていたもう片一方のガラスの靴を取り出して履きました。

 その様子に、この場にいる者達全員驚きました。
 
 王子は急いで立ち上がり、大きな声で言いました。

 
「──この娘をひっ捕らえろ!!」


 * * *


 そうして王子と一緒にいた騎士達にシンデレラは捕らえられたのだった。
 
「おい、魔法師団長。この娘で間違いないな?」

「はい、初めに履いた人間にしか履けないように、この靴には術式を組んでいますので」

「……やれやれ、人が良いのも困りものだな」

「いや、まさかこんな可愛い少女が盗みを働くなんて……ねぇ?」

 王子と魔法使い──宮廷魔法師団の団長との会話に義母達が恐る恐る声を掛ける。
 
「……あの、シンデレラはまさか、また盗みを……?」

 義母達の質問に王子は呆れたように教えてくれた。
 
「舞踏会の日、王宮や休憩室にあった高価な物……宝石などの小さいものばかりが盗まれるという事件があってな」

 そして王子は城内をうろついていたシンデレラが怪しかったので、ダンスに誘って足止めしていたという。
 
「普通の娘は宮殿の奥からコソコソと出てこないからな。何か悪さでもしたのかと思っていたが……」
 
 ダンスを踊っているその間に、何か異常が無いかそれぞれの家の使用人に確認をさせたところ、いくつかの物が失くなっていた事が判明した。
 
「壺の一つでも割ったのかと思いきや、盗みを働いていたとは驚いたよ。まあ、ドレスも見覚えがあるものだったからな、まさかと思って声を掛けたんだよ」

 王子の言葉に、義母と義姉が顔を青くする。
 
「……どうして舞踏会なんかに……行かないように言い付けていたのに……それにドレスだって……!」

「それについては私が悪いのです」

 師団長が申し訳なさそうに説明したところ……。
 
「舞踏会を開催するにあたって防御結界の確認をしていたら、こちらのお嬢さんがすっごく羨ましそうな顔で王宮を見ていたのを見掛けたんです。だからてっきり舞踏会に行きたいけど行けない、貧しい少女なのかなーって」

「……だからと言って馬車や自立式白馬型ゴーレムまで貸し出すか普通? どれだけお人好しなんだか」

「……うぅ、それについては反論の余地なしですね」

 王子と師団長がそんな会話をしていると、屋敷の奥から騎士達が帰って来た。
 
「王子! 団長! ありましたよ! 王宮から失くなっていた宝石類が、その娘の部屋から出てきました!」

 それとほぼ同時に、玄関からも賑やかな声が聞こえてきた。
 
「団長! やはり闇ギルドに団長の馬車とゴーレムが売りに出されていました!」

「「…………」」

 あまりの事に、王子と魔法使いが絶句していると、シンデレラの義母と義姉がシンデレラを問い詰めた。
 
「シンデレラ! もう盗みはしないって約束したでしょう!!」

「ちゃんと真面目に働き続けたら、牢屋へ行かなくても済んだのに……どうして……!」


 * * *


 実はこのシンデレラ、昔から散々盗みを働いては売り飛ばすという事を繰り返し、町の衛兵に捕まることウン百回の常習犯だった。

 その度に父親が弁償していたのだが流石に庇いきれなくなってしまい、後一回罪を犯せば一生牢屋入りになってしまうところまで来ていたのだ。
 
 しかし肝心のシンデレラは悪びれることもなく、全く反省の色がない。そんなシンデレラを心配をした義母達がシンデレラに労働を通してお金の大切さを学ばせている途中に、この事件が起こってしまったのだ。……要は執行猶予中の犯罪だった訳だが。
 
「その犯罪者を連れて行け!」

 王子の命令に騎士達がシンデレラを連行していく。
 その姿を義母と義姉がぼんやりと見送った。

「……やはり泥棒猫の娘は泥棒猫だったのね」

 義母が残念そうに呟いた。
 
「でも、牢屋で実の母親と再会できるかもしれないわ」

 シンデレラには実の母親はもう亡くなったと言っていたのだが、本当はシンデレラの母親も同じ様に盗みを働き、ずっと牢屋に捕らえられているのだ。
 
「……そうね。それだけが救いかもしれないわね」



 ──そうして盗まれたものを取り返し、その犯人も捕まえる事が出来、今回起こったこの事件は無事一件落着したのだった。めでたしめでたし。


 * * *


 王宮にある私室に戻った王子は、師団長をジト目で睨み続けている。

「そんなに睨み続けないで下さいよー。私が悪かったってちゃんと謝罪しましたよね? 王宮に犯罪者を呼ぶような事をしてしまって反省していますって」

「別に、その件に関しては怒っていない」

「じゃあ、どうしてそんなに不機嫌なんですか?」

 師団長の言葉に、王子はジト目のままで質問に答えた。

「お前が、俺が贈ったドレスを他人に貸すからだろう?」

「だ、だからそれは……! 0時までには返してくれるってあの娘が約束してくれたから……」

「ドレスを返して貰うまで待ってたと? 結局あの娘からは返して貰えなかったようだがな」

 王子の嫌味に師団長が頬を膨らます。

「どうしてそんなに意地悪なんですか! そんなに性格が悪いと国中のご令嬢たちがガッカリしますよ!」

「俺はお前と踊れるのを楽しみにしていたんだよ!」

「……え?」

 王子の言葉に、師団長は驚いて目を見開く。

 驚く師団長の視線から逃れるように、王子がそっぽを向いた後、ため息混じりに呟いた。

「だからお前にドレスを贈ったし、その後だって色々準備していたというのに……このお人好しは全く……」

 片手で顔を隠した王子だったが、その耳が赤くなっているのは隠せていない。
 
「……え? だからドレスを私に……? それと準備って……?」

 疑問だらけの師団長に、王子は赤い顔のまま告白した。
 
「好きだ、アンジェリカ。俺と結婚して欲しい」

 師団長──アンジェリカは、王子の言葉を聞いて更に驚いた。まさか王子が自分の事を好きだとは全く思っていなかったからだ。
 
「お前とダンスを踊った後、プロポーズするつもりだったんだ。そしてプロポーズを受けて貰えたら、そのまま婚約発表をするつもりで準備していたんだ」

「……断られるという考えは……」

「全く無かったな。だって、お前も俺が好きだろう?」


 * * *


 ──舞踏会が始まるちょっと前。

 宮廷魔法師団長、アンジェリカは悩んでいた。
 それは、今日の舞踏会は王子が花嫁を見つける為に開催されるのだと云う噂を耳にしたからだ。

 アンジェリカは王子がずっと好きだったが、身分柄あまりにも一緒に過ごす事が多かったからか、自分が王子に異性として見られていないのをよく理解していた。
 だから王子は自分以外のご令嬢を選んで結婚するのだろうな……そう考えると、舞踏会に行きたくない気持ちが止まらなくなってしまったのだ。

 しかし今回、何故か王子からドレスを贈られてしまった。今まで散々世話をしたお礼だろうか? それともお前もこのドレスを着て誰か良い男を見付けろと言いたいのか……。
 魔法には精通していても、恋愛はさっぱりのアンジェリカには全く王子の考えがわからない。

 そうして舞踏会をサボるべきかと悩みながら、仕事ついでにうろついていた時、すごく羨ましそうな目で王宮を見ている少女を見掛けたのだ。

 手が届かないものなのに、それでも憧れ、欲してしまう──そんな瞳をした少女が、今の自分と重なったからかもしれない。

 アンジェリカは思わず少女に声を掛けていた。

「可愛いお嬢さん、舞踏会に行きたいのかい?」




 ──結局、素直そうな少女の見た目に騙されたアンジェリカは、舞踏会に参加出来ず仕舞いだったのだが。

「でも、王子がどこぞの令嬢を選ぶ場面を見ずに済んだんだし、これでいっか」

 ポジティブなアンジェリカはそう思考を切り替えた。──翌日、超不機嫌な王子と合う事になるとは思いもせずに。
 登城したらいきなり呼びつけられて事情徴収されたのだ。あの時は本当に怖かった……。


 ──アンジェリカがそんな事を思い出していると、王子がふいに問いかける。

「大方、俺がどこぞの令嬢を選ぶ場面を見ずに済むとか何とか考えていたのだろう?」

「ぐっ……!」

 アンジェリカの反応を見て、アンジェリカの気持ちに確信を得た王子は、その端正な顔にふわりと優しい笑顔を浮かべた。

「俺が小細工などせずに直接告白すればよかったな」

 そして王子は椅子から立ち上がると、アンジェリカの前で跪き、もう一度告白をする。

「アンジェリカ、愛してる──俺と結婚して欲しい」

 王子の真剣な顔に、アンジェリカは花が咲いたような笑顔で答えた。

「はい、喜んでお受け致します──殿下」




 ──その後、王子と宮廷魔法師団長のアンジェリカは結婚した。
 生まれた子供達はアンジェリカに似たのか魔力が総じて高かった為、国を挙げて魔法研究に取り組んだ結果、世界でも有数の魔法国家となり、末永く繁栄する事となりましたとさ。