「ねえ、ガラス越しで手を合わせるのってどんな気分なんだろう」

 彼女は静かにそう言った。僕はそんなことを急に言われて、ドキッとした。
 僕の横で歩いている彼女は夏服のセーラー服なのになぜか、上手く着こなして清楚に感じる。
 ショートで色素の薄い髪がとても似合っていた。白いセーラーの半袖から、細くて折れそうな腕が出ていて、涼しげな印象を受ける。

 6月の初めなのに、今日はものすごく暑かった。
 日が沈みかけている今でも熱は残っていて、夏がもう、やってきたんだって、うんざりする気持ちと、少しだけ楽しみな思いが入り混じって、複雑な気持ちになる。

 脈略がなく始まったその話は、メジャー初登板で緊張して自分のフォームを忘れて投球に入り、ボーク判定された投手のようなぎこちなさを感じた。

「ねえ、聞いてる?」と彼女はそう催促した。
「うん、聞いてる。聞いてる」
 僕は彼女にそう答えた。そして、彼女がガラス越しにいるのを想像しようとした。

 誰も居ない帰り道だ。
 高校は山の上にあり、学校に登校する時は登山みたいに息を切らしながら何百段もの階段を登る。下校の時は、山の麓に広がる灰色の街とその奥に広がる海を嫌でも眺めながら、比較的速いテンポで階段を下る。

 すでに辺りはまるで藍色の絵の具を折れた筆で塗りたぐるように夕闇が迫っていた。

 学校がない土曜日、こんな時間まで学校にいる部活はほとんどなかった。僕と彼女は放送部で、大会前の番組制作の編集を放送室に缶詰になってやっていた。
 ほかの部員は掛け持ちで部活をしたり、ほとんど姿を見せない幽霊部員ばかりで、一番面倒な編集を僕と彼女が受け持つことになってしまった。

 ――あと2日でたった15分の映像番組を仕上げなければならない。

「ドキッとしたあとは?」
「そのあと?」と僕は彼女に聞き返した。

「ドキッとした瞬間、きっと消えるんだよ」
「え、どういうこと?」
「いや、テンション合わせてよ。ガラス越しでお互いに手を合わせた瞬間に、お互い消えてしまうの。そういう短編作ってみたい」
「もう、次のこと考えてたんだ。俺は今のことで精一杯だよ」
「付き合い悪いなぁ。うーん、触れたくても触れられないみたいな、そんな感じの短編作れないかな」
「MVみたいな感じにするってことでしょ?」
「そうそう。で、最後なんかの理由でガラスが割れて、触れて消えるとか」
「そしたら、ガラス越しで手を触れても消えないね」
「あ、そっか。そうなるね。問題は役者だね。ブスとデブしかいない」
「確かに」

 僕は彼女が役者をやれば、きっと、透き通る作品になると思っけど、やってほしくない気持ちもどこかにあった。