コホン!

 咳払いが聞こえ、二人はハッとしてあわてて離れる。

「悪いがヘルスチェックの時間じゃ。今、パワーアップされると困っちゃうんでな」

 レヴィアはニヤニヤしながら、言った。

 二人は真っ赤になってモジモジとしている。

「お、魔王の拠点が見えるじゃないか!」

 レヴィアはそう言って遠くの山の方を指さした。

 二人は驚き、指の指す方を見る。

 そこには、水色にボーっと輝いているドーム状のものが小さく見えた。それは遠くの山脈の切れ目に、まるでイルミネーションのような鮮やかな彩りを与えている。

「えっ? あれ……、ですか?」

 英斗は弱い近視を補うように目を細め、必死に目を凝らしながら聞く。

「さよう。あの水色は巨大シールドじゃな。火山丸ごと覆っておるんじゃ」

「シールド……?」

「物理攻撃を一切通さない厄介な膜じゃな。そんな長時間維持はできんと思うんじゃが、今回は我々にも時間がない。面倒な話じゃよ」

 レヴィアは肩をすくめる。

「ど、どうやって突破するんですか?」

「今、工作隊が秘かにトンネルを掘っている。明日の朝には内部に到達するからそれからがお主らの出番じゃ」

 レヴィアはニヤリと笑って二人を見る。

「魔王は……、あの中にいるんですね?」

 紗雪は眉をひそめながら聞く。その顔には重すぎる任務に対する悲壮感が浮かんでいた。

 核攻撃も辞さない深刻な人類の敵、そして逆転の手がかりを握る中年男。それが鉄壁な守りを展開する火山に立てこもっている。とても一筋縄ではいきそうにない。

 紗雪は美しい顔を曇らせ、ため息をついてうなだれる。

 英斗はそんな紗雪の肩をポンポンと叩き、

「僕がついてる。一緒に行こう」

 と、言いながら優しくハグをした。


        ◇


 翌朝、タニアを含めた一行はレヴィアの背に乗って火山を目指す――――。

 レヴィアは力強く飛び上がると、バサッバサッと巨大な翼をはばたかせ、朝の冷たい空気を切り裂きながら一気に高度を上げていった。

 みるみる小さくなっていくエクソダス。上空から見ると巨大なパラボラのノズルスカートの形がよく分かり、宇宙船の形をしているのが良く見えた。今度は死に戻りではなくちゃんと戻ってきたいと思いながらも、ミッションの難易度はむしろ前回より高く、気が重くなる英斗だった。

 英斗は大きくため息をつき、抱えたタニアの頭をなでながら、昇ってくる真っ赤な太陽を渋い顔で眺めた。

 ふと見ると、紗雪はそんな英斗をジッと心配そうに見つめている。

 英斗は、失敗したと思い、慌ててグッとサムアップして無理に笑顔を作る。

 自分なんかより前衛の紗雪の方が圧倒的に不安は大きいはずだ。自分が士気を下げるようなことをしてはならないと、英斗は気合を入れなおした。

 レヴィアは力強く羽ばたくと雲を抜け、さらに高度を上げながら眩しい朝日を浴びながら火山を目指し飛んでいく。

 タニアは飛んでいく大きな鳥の群れを見つけて指さし、キャハッ! と嬉しそうな歓声を上げて英斗を見上げる。

 英斗はそんなタニアの頭をそっとなで、マシュマロのようなプニプニのほっぺたを軽くつまんだ。

 きゃははは!

 タニアは楽しそうに笑い、英斗の心にのしかかる重しをひと時軽く癒したのだった。


        ◇


 火山を見渡せる稜線へと降りてきた一行――――。

 目の前には半透明の巨大なシールドのドームが水色に輝きながら火山全体を覆っている。高さは五キロほどはあるだろうか、その遠近感が狂う圧倒的な大きさに英斗は気おされ、改めて魔王の型破りな技術力、実践力に舌を巻いた。女神と過去にいろいろあったらしいという魔王は、その存在自体が神に近いのかもしれない。

 ズン! ズン! と腹に響く爆発音が響いてくる。

 見下ろすと警護の魔物たちと黄龍隊らしきドラゴンがすでに戦闘を行っている。地下を掘り進んでいる工作隊がバレないようにする陽動作戦なのかもしれない。

 レヴィアはドラゴンのままシールドのドームを忌々しそうに見つめると、

「核融合炉出力最大! 充填でき次第全砲門ポイントAに全力砲撃!」

 と、重低音の声を上げた。エクソダスに通信しているらしい。

 いよいよ始まる魔王討伐の第二弾。倒すだけでよかった前回とは重みが全然違う。

 英斗は稜線を渡る強い風に髪を揺らしながら、キュッと口を結んでこれからの戦闘にブルっと武者震いをした。













32. 不可解なオーロラ

「お主、何やっとる。()よ準備せんかい」

 レヴィアは巨大な真紅の瞳をギロリと光らせ、英斗に小声で伝える。

「えっ!? じゅ、準備って?」

 あわてる英斗に、レヴィアはあごをシャクって紗雪を指した。

「ぼ、僕から行くんですか?」

「昨日は自分から行っとったじゃろ?」

 ニヤッと笑うレヴィア。

「み、見てたんですか!?」

 英斗は真っ赤になって目をギュッとつぶり、顔をそむけた。

「重篤なけが人を観察するのは基本じゃからな。じゃが、健全で安心したぞ。ガハハハ」

 英斗はチラッと紗雪の方を見る。

 紗雪は大きな岩の上に立って黄龍隊の戦いっぷりを真剣に見つめていた。

 ふぅと大きく息をつくと英斗は覚悟を決め、紗雪のところまで行って、

「紗雪、ちょっと……」

 と、声をかけて手招きした。

「何?」

 キョトンとする紗雪。

「そろそろ準備を……」

 そう言いながら赤くなってうつむく英斗。

「準備……? あっ!」

 そう言って真っ赤になる紗雪。

「あっちに行こう」

 英斗は紗雪の手を取ると林の中へといざなった。


      ◇


 カサカサと落ち葉を踏み分けながら紗雪は沈んだ声で言った。

「ねぇ……、私たち勝てるかしら?」

 確かにあんな巨大で壮麗なシールドを展開する魔王にたった四人で突っ込んでいく、それも完全なアウェイで。勝率は限りなく小さく見える。不安になるのは仕方ないだろう。

「もちろん勝てるよ!」

 英斗はニコッと笑って返したが、言っていて自分でも無責任に感じてしまう。

「ありがと……、でも本当は……どう考えてるの?」

 紗雪は上目づかいで聞いてくる。

 英斗は足を止め、大きく息をついてうんうんとうなずくと、紗雪をじっと見つめて答える。

「正直勝てるかどうかは時の運だね。でも勝つと信じてる人だけが勝てるって思うんだ」

 紗雪は目をつぶり、しばらく考えこむ。

 高いとは言えない成功確率。でも、それはゼロじゃない。であればそれをどうたぐり寄せるかだけがポイントなのだ。

 そもそも一度は死んだ命である。惜しんでいるような話でもない。成功を信じて全力を尽くすこと、それが今やるべきことだろう。

 紗雪はギュッとこぶしを握り、カッと目を見開いた。その瞳には決意が浮かんでいる。

「ありがと!」

 英斗に笑いかける紗雪。

 そして、すっと歩み寄り、唇を近づけてくる。

 英斗も自然にそれを受け入れた。

 決戦前の熱いキス。二人は舌を絡ませ、またお互いの舌を吸った。もしかしたら最後のキスになってしまうかもしれないという想いが二人を熱く求めあわせていく。

 やがてズン、ズンという激しい爆発音が響き始める。エクソダスからの粒子砲の攻撃が始まったらしい。

 英斗は紗雪からそっと離れる。

 紗雪は眉をひそめ、うるんだ瞳で『もっと』と、訴える。

 もちろん、いつまでも求めあっていたいのは英斗も同じだったが、さすがに戻らねばならないだろう。

 英斗は唇にチュッと軽くキスをするとニコッと笑いかけ、紗雪は口をとがらせて伏し目がちにうなずいた。


      ◇


 レヴィアのところへ戻ると、シールドのドームに次々と爆発が起こり、爆炎が上がっている様子がよく見えた。

 粒子砲はドームの一点を次々と狙い撃ちし、シールドは徐々にダメージが蓄積していっているように見える。

 さらに怒涛のような連射が加わり、やがて、シールドを突き抜け、火山で爆発が起こる。

「よっしゃぁ!」

 レヴィアはガッツポーズしながら重低音で吠えた。

「おぉ! シールド破れるんですね」

 英斗は晴れやかな顔で声をかける。

 すると、ドームの頂上から打ち上げ花火のように虹色に輝く光の玉が射出され、宇宙へ向かって一直線へと飛び上がっていった。

 光の玉はオーロラのような不思議な光の幕を周りに形作りながら上昇し、辺り一面を幻想的な光のアートへと変えていく。

 何だろう? と思った瞬間だった。

 目の前に広がったのはたくさんの落ち葉、そしてうっそうとした森の木々……。

 へ?

 直後、全身に激痛が走り、のたうち回る。

 英斗はなぜか全身傷だらけで森の中で寝っ転がっていたのだ。

 着ていた服はズタズタで、英斗は額から垂れてくる鮮血に視界が赤く染まり、言葉を失った。

『一体何をされた?』

 英斗は激しく早鐘を打つ鼓動を聞きながら、冷汗をタラリと流す。

 オーロラを眺めたら血だらけになって転がっていた。吹き飛ばされて転がされたということだろうが、攻撃を受けた記憶もない。攻撃のショックで記憶を失ったのなら、オーロラの記憶もあやふやになっているはずだがそこは鮮明である。まるで時間を止められている間に攻撃を受けたような不気味で異質な攻撃だった。

 どんな攻撃か分からなければまたくらってしまうかもしれない。英斗は極めて面倒な事態になってしまったことにウンザリしながら額から垂れてくる血を手で拭った。









33. 可愛いスライム

「み、みんなは……?」

 英斗は傷だらけの身体を何とか持ち上げ、足を引きずりながら斜面を登り、稜線を目指す。

 林を抜けると、レヴィアが倒れているのが見えた。巨大なドラゴンのどてっぱらに大穴が開き、おびただしい血が流れ出している。地面には血液がまるで小川のようにちょろちょろと流れ、くぼみには赤黒い血だまりができていた。

 あわわわわ……。

 英斗はその凄惨な情景に思わずよろけ、ペタンと座り込んでしまう。

 あの頼もしいドラゴンが倒されてしまった。それは英斗の心を折るのに十分なインパクトをもって脳髄を揺らす。もはや魔王討伐どころではない。

「そ、そうだ、紗雪とタニアは?」

 英斗はガクガクと震えるひざに(むち)を打ち、よろよろと立ち上がって辺りを見回すと、向こうの林の方に銀色の輝きが見えた。紗雪のジャケットに違いない。

「さ、紗雪ーーーー!」

 英斗は、叫びながらヨタヨタとしながら必死に足を動かし、紗雪を目指した。かなりの距離を吹き飛ばされてしまっていてダメージが心配だ。

 近づくと紗雪は藪の中でぐったりとしている。顔は傷もなく綺麗で安心したが、血色が悪い。

「お、おい、大丈夫か!?」

 英斗は声をかけてみるが返事がない。

「お、おいって……」
 
 英斗はほほを軽く叩いてみる。すると、口から真っ赤な鮮血がタラリと流れだした。

 ひっ!

 あわてて身体を調べると、太い枝が紗雪の胸を貫通するという絶望が目に入ってくる。

 英斗は声にならない声を上げながらしりもちをついてしまった。血のりのべったりとついた太い枝のあたりからはおびただしい血が流れた跡があり、見るからに即死という状況である。

 英斗は凄惨な状況に声を失い、ガタガタと震えながら首を振り、後ずさった。

 次々と失われていく命。一体何がおこっているのかわからず、英斗は青い顔をしながら紗雪のきれいな死に顔を見つめていた。

 さっきまでみずみずしく、熱いキスを交わした唇も今や青くなり、石の彫刻のようになってしまっている。

「う、嘘だろ。おい……」

 自然と湧いてくる涙をぬぐいもせず、英斗はただ紗雪に話しかける。しかし、紗雪はもはやピクリとも動かなかった。

 あ……、あぁ……。

 どうしたらいいか分からず、英斗は力なく紗雪に手を伸ばし……そしてガックリとうなだれた。

 と、その時、青白い光が紗雪から放たれ始める。

 え?

 英斗はその神聖な淡い輝きを不思議そうに見つめる。

 やがて紗雪の身体が徐々に色を失い始め、透明になっていく。

 一体何が起こっているのか分からず、英斗は呆然としながらガラスみたいになっていく紗雪を眺めていた。

 紗雪がすっかり透明な水色になった時だった、いきなりドロリと液体になって紗雪が流れ出す。

 死体が溶けていく、そんな想像もしない出来事に英斗は驚き、思わず飛びのいた。

 流れ出した水色の液体はやがてくぼみのところに集まり、神聖な水色の光を放ちながら球体となり、大きく育っていく。

 最終的に紗雪はまるで魔物のスライムのようになってしまった。

 英斗はこの不可思議な現象に圧倒され、首をひねる。

 レヴィアはこの世界では自分たちは不老不死だと言っていた。であるならば、これは紗雪が再生するプロセスなのだろう。しかし、スライムがどうやって紗雪になるのか見当もつかなかった。

 神々しい光を放つ水色のスライム。英斗は次はどうなるのかドキドキしながらじっと眺めていた。

 いつまで経っても何も変わらないと思っていた英斗だったが、よく見るとスライムの内部に金色に輝く小さなかけらがあることに気が付いた。

 英斗は急いでスライムに近づき、そっとそのかけらを見つめる。それは小さすぎて良く分からなかったが小魚のシラスのような形に見えた。なぜスライムの中に魚が生まれたのかよく分からず首をひねる英斗。

 徐々に大きくなってきた魚は頭が丸くなり、小さなクリっとした目が付いた。

 英斗はハッとする。ここに来てようやくこれが人間の胎児だということに気が付いたのだった。そう、きっとこれは受精卵から赤ちゃんになる過程なのだ。

 さらに胎児は大きくなっていき、水色のスライムの中で立派な赤ちゃんへと成長していく。それはまさに生命の神秘ではあったが、本来お母さんのおなかの中で十カ月かかるプロセスを数十分で再現している。こんなので本当に大丈夫なのだろうか?

 そろそろ出産となってスライムから出てくるのかと思ったが、赤ちゃんはそのままスライムの中で成長を続けていく。

 (たま)のようにかわいい赤ちゃんがスライムの中でピクピクと手足を動かしている。その顔はどことなく紗雪の面影が感じられた。

 紗雪が戻ってくる。それは絶望に打ちひしがれた英斗にとっては福音だったが、不老不死という自然の摂理を無視したこの世界の奇妙な力はまた別の不安を呼び起こす。

 こんな復活方法があるとしたら自分たち人間は何なんだろう? 今まで培った記憶や経験はどうなってしまうのだろうか? 次々と湧きおこる疑問に首をひねりながら、英斗は静かに可愛い赤ちゃんを眺めていた。












34. バチーン!

 さらに大きくなっていく赤ちゃんは保育園児くらいにまで育ってきた。ここまでくるともう記憶の中にある紗雪そのものである。一緒に公園で駆けずり回っていたころの紗雪を思い出し、英斗は思わず顔をほころばせた。

 ここに来て英斗は、昨日自分もこうだったに違いないことに気がつく。自分が昨日、一度死んで受精卵からやり直したという荒唐無稽な話をどう理解したらいいか分からず、英斗は首をひねり、眉をしかめた。

 もし、本当に再生したのなら何か証拠があるはずである。英斗は自分の両手をじっと見つめ、ふと思いついて自分のひじを見てみた。子供の頃に側溝に落ちて、その時にコンクリートのエッジで思いっきり切ってしまった大きな傷跡が、ここに残っているはずである。

 首をひねってひじをのぞきこむ英斗。しかし、そこはつるっとしていて傷跡など全く見えなかった。

 えっ……?

 英斗は青い顔をして頭を抱え、大きく息をつく。これまで何度も何度も見て気になっていた肉の盛り上がった不格好な傷跡、それがない。この身体はすでに愛着のある自分の身体ではなかったのだ。自分は今、スライムになって再生された第二の身体にいる。

 しかし、身体が違っても自分だと感じてしまう。これは一体なんなのだろうか? 自分という存在は脳の中に宿っているのではなかったのか? 一体魂はどこにあるのか? 英斗は知ってはならないこの世界の真実に触れた気がして、背筋にゾクッと冷たいものが流れるのを感じた。

 そうこうしているうちにも紗雪は成長し、スライムの膜の中でひざを抱えた姿勢でゆったりと揺れ動いている。森の中で水の珠に閉じ込められた美少女、それはアートを超えた神々しさをはらみ、触れてはいけない神聖な輝きを放っていた。

 やがて胸が膨らみ始める。透き通るような白い肌が静かにゆっくりと盛り上がり、美しい紡錘形を形作っていく。そこには神秘的な美が宿り、英斗は目が釘付けになって思わずゴクリと唾をのんだ。

『見ちゃダメ!』

 英斗は頭にこだまする心の声を聞き、正気を取り戻す。ギュッと目をつぶると大きく息をつき、服を取りに歩き出した。

 枝に刺さった服と下着を回収していると、バシャ! という音がする。見るとスライムの膜が破け、羊水とともに紗雪が出てきていた。

 落ち葉の地面に横たわる裸体の美少女。

 英斗はあわてて駆け寄ってジャケットをかぶせ、抱き起こすとハンカチで顔をぬぐってあげた。

 直後、ゴポォと勢いよく羊水を吐き出し、咳をする紗雪。

 英斗は急いで背中をさすってあげる。

 紗雪はまぶたをゆっくりと開けた。澄み通るこげ茶色の瞳がキュッキュと動き、やがて英斗を見つめる。

 一瞬どうなるのかと構えた英斗だったが、紗雪はいつもの調子で、

「あら、英ちゃん……。どうしたの?」

 と、笑いかける。

 英斗は言葉に詰まる。さっきまで胎児だった人に『どうしたの?』と、聞かれてもどう答えていいか分からなかったのだ。

 困惑している英斗にいぶかしく思った紗雪は、自分が素っ裸でびしょぬれなことに気が付く。

「きゃぁ! 何よこれ! エッチー!」

 バチーン!

 森に盛大なビンタの音が響き渡る。

 あひぃ……。

 英斗はいきなりの攻撃に対応が遅れ、まともに食らって思わずしりもちをついた。

 ふーふーと息を荒くしながら、真っ赤になって英斗をにらんだ紗雪だったが、辺りを見回して首をかしげた。彼女にとってみれば、オーロラを見上げていた次の記憶が英斗に顔を拭かれているものだったのだ。

「紗雪は生き返ったんだよ」

 英斗は叩かれたところをさすりながら言った。

「生き……返った?」

「そう、別に僕が脱がした訳じゃないよ」

 英斗は渋い顔で説明する。

「えっ……あっ……そ、そうなのね……」

 紗雪は真っ赤になって小さくなり、申し訳なさそうにジャケットを整えた。

「レヴィアさんとかも死んじゃったから見に行ってるね」

 英斗はそう言って立ち上がって歩き始める。

『確かに気が付いたら裸体だったら正気ではいられないよなぁ』と、英斗は理解はするものの、我慢したのに叩かれたことには納得がいかなかった。さらに、さっきまで胎児だったのに記憶も人格もしっかりと連続していることを確認して、人間とは何なのだろう? という悩みがまた深くなってしまう。

 紗雪は、申し訳なさそうにもじもじしながら、

「英ちゃん……、ゴメン……」

 と、謝った。

 英斗は振り向かずにサムアップすると、そのままレヴィアの方へと進んで行った。









35. 本番

 稜線に戻ってくると、レヴィアもびしょぬれの金髪おかっぱの少女姿で倒れていた。

 紗雪と同じく受精卵から再生されたのだろう。まだ幼いながら、その透き通るような肌の美しい裸体は英斗には目の毒だった。

 英斗は顔を赤くして顔を背けながら、タオルで胸を覆ってレヴィアを抱き起こす。

 う……、うぅ……。

 眉間にしわを寄せ、うめくレヴィア。

 白い肌に整った目鼻立ち、長い金色のまつげが美しくカールしている。どことなく紗雪にも通じるものがあり、血のつながりがあるのかもしれない。

「レヴィアさん、起きてください」

 英斗はほほをペチペチと叩き、声をかける。

 レヴィアはゆっくりとまぶたを開け、

「ん? んん……?」

 と、辺りを見回す。そして、素っ裸でびしょぬれの自分を見て、

「我は死んどったのか?」

 と、ウンザリしたような表情で英斗を見上げた。

 英斗は水のしたたる美少女に少しドキッとしながら、真紅の瞳を見つめてゆっくりとうなずいた。

 きゃははは!

 林の方から元気な笑い声が聞こえ、見下ろすとタニアが素っ裸でトコトコと歩いてくる。これで全員無事ということではあるが、唯一死ななかった英斗だけが全身傷だらけで痛みをこらえているのは何だか腑に落ちず、英斗は首を傾げた。


      ◇


 一行は地下に掘られたベースキャンプに後退し、被害状況を確認する。

 記録班の映像を見ると、オーロラが展開された直後、英斗たちも黄龍隊もすべて動かなくなり、そこに火山の砲門から次々と砲撃を当てられていたようだった。

 オーロラには意識を断つ機能があったらしい。レヴィアたちも知らない新兵器を投入してくる魔王の底知れなさに、英斗は渋い顔をして映像を見つめていた。

 自分のことを『特異点』と呼び、部下にしようとした小太りの中年男、魔王。彼が一体何を考え、何を目指しているのかさっぱり分からない。誰しも何らかの意図があって動いているものだが、魔王に限って言えばそれが滅茶苦茶だった。

『女神に復讐』というのが本当なら女神と直接やってもらえばいい話で人類は関係ない。なぜ滅ぼす必要があるのか?

 英斗は大きくため息をつき、肩をすくめた。

 ズン! ズーン!

 地響きが響いてくる。魔物たちの攻撃が始まったようだった。

 ベースキャンプは小さなドーム状のシールドで覆われ、魔物たちの攻撃から耐えていたが、いつまでも耐え続けられるわけではない。一行と黄龍隊は急いで再度攻撃の態勢を整えていく。

 明り取りの穴から見上げると、パピヨールたちが上空で群れてレーザー攻撃をシールドに雨のように降らし、爆音の嵐を奏でている。このままだとシールドを突破されるのも時間の問題のように思えた。

 気が気でない英斗はそわそわしてしまうが、紗雪は堂々としたもので、タニアをひざに乗せて一緒に手遊びをしている。

「これ、大丈夫なのかな?」

 英斗は眉をひそめながら紗雪に声をかける。

「ダメならまた生き返るだけだわ」

 紗雪は覚悟を決めた様子でそう言うと、タニアをキュッと抱きしめた。

 タニアはきゃははは! と、嬉しそうに笑い、紗雪はその楽しそうな顔に癒され、優しい顔をする。

『生き返ればいい』

 理屈ではそうなのだが、そう簡単に割り切れない英斗は渋い顔でため息をついた。

 それにしても死に戻りを計算するなんてまるでゲームの世界である。なぜ、こんなリアルな世界でゲームみたいな戦略が成り立ってしまうのか英斗は困惑し、首をかしげた。


      ◇


 タッタッタと軽快な足音が通路の穴の方から響いてきて、

「さて、そろそろ本番じゃ!」

 と、レヴィアが顔を出して言った。

「魔物を倒すんですか?」

「そんなのは黄龍隊に任せとけ。ワシらは一気に火山へ行くぞ!」

 そう言いながら手招きをした。

 一気に魔王のいる火山へ行くというレヴィアの言葉に、英斗の心臓がドクンと高鳴る。いきなり核心がやってきてしまったのだ。

 緊張でこわばっている英斗の肩を紗雪はポンポンと叩き、

「大丈夫よ。『僕がついてる』んでしょ?」

 と、言ってニコッと笑った。その笑顔には曇り一つなく、まるで吹っ切れたように明るい表情だった。

「え? いや、まぁ、そうなんだけど……」

 英斗は生き返ってからすっかりポジティブになった紗雪に、少し違和感を感じながらも、自分の言葉を使われては反論もできない。

 大きく息をつき、パンパンと自分の頬を両手で張った英斗は、

「大丈夫、行こう!」

 と笑顔を見せてレヴィアの後を追った。