「お前はなんでそんなこと知ってるんだ?」

 英斗は眉をひそめ、魔王をにらんで聞いた。

「七百年前くらいにある地球滅ぼしたら、実際に出てきてそう言ってたんだよ」

 英斗は唖然として頭を抱える。気軽に地球を滅ぼし、女神と会話する魔王、どういうことか混乱してしまう。

「ちょ、ちょっと待って。お前と女神の関係って何なんだ?」

「ん? 元同僚だよ。俺も地球たちを作り、運営していたメンバーの一人だったのさ」

 英斗は言葉を失う。このムサい中年男が女神と同列だったという。そんなこと信じられるだろうか?

「ではお前も……、神?」

「はっはっは。まぁ、創られた人からしたらそう見えるかもしれんが、ただのITエンジニアだよ」

 英斗はパンクした。なぜITエンジニアが神様みたいになっているのか? この世界は一体どうなっているのか?

「では女神も……、エンジニア?」

「んー、彼女の場合は管理者(アドミニストレーター)かな?」

 英斗は何が何だか分からなくなって宙を仰いだ。

「そんなことはどうでもいい。どうだ? 俺の部下にならんか?」

 魔王はいやらしい笑みを浮かべながら英斗を懐柔にかかる。

 ただの高校生を標的にするのは釈然としなかったが、石垣を崩すなら一番弱いところから、ということかもしれない。

「それはお断りしたはずです」

 英斗は毅然とした声で答える。

「部下になるなら……、女神と会った時に地球の再生を頼んでやってもいいぞ」

 魔王はニヤリと笑った。

 えっ!?

 英斗は困惑した。地球の再生は最優先事項。女神の同僚が頼んでくれるなら成功確率は上がるのではないだろうか? 地球を滅ぼした張本人であり、にっくき敵ではあるが、神に近い男の提案は一見悪くないようには見える。

「この世界の半分もやろう。龍族の上に立て」

 さらに提案を重ねる魔王。

 一介の高校生には荷が重い決断に英斗はギリッと奥歯を鳴らし、考え込む。

 女神への依頼方法は二つ。魔王を倒し、女神が出てくるタイミングで直接頼むか、魔王の仲間となり、魔王に依頼してもらう。どっちが成功率が高いかと言えば仲間になった方が高いかも知れない。

 しかし……。

 英斗は何かが引っ掛かり、首をひねった。

「英ちゃん!」

 紗雪が英斗の腕をギュッと握り、首を振る。紗雪のこげ茶色の瞳には涙が浮かんでいる。

 英斗はハッとして紗雪を見つめた。

 魔王の甘言に惑わされてはいけない。『女神に頼んでやる』なんて言ってるが、履行される保証なんてないのだ。

 英斗は何度か深呼吸し、気持ちを整える。相手は人の命を何とも思わないサイコパス、魔王。それを忘れてはならない。

 英斗はキッと魔王を見上げ、

「本気で仲間にしたいなら、そこから降りてきたらどうだ!」

 と、言い放った。魔王がそんなことを言い出すのは追い込まれているからだ。要は自分たちの勝利が近いということでもある。

 魔王は呆れたような目で肩をすくめると、パチンと指を鳴らした。

 ガラガラガラと音をたてながら出入り口にシャッターが下りる。魔王は英斗たちを閉じ込めるつもりだ。

「マズい!」

 逃げようと思ったがもう間に合わない。

 キャハッ!

 すかさずタニアが肉球手袋を光らせながら飛び出し、シャッターに対峙した時だった。

 パン! と、爆発音がしてタニアが吹き飛ばされ、転がっていく。

 上着の焦げ跡から焦げ臭い煙が立ち上り、意識を失ってしまうタニア。

「タ、タニアぁぁぁ!」

 転がっているタニアを英斗は抱き上げ、ギュッと抱きしめた。

 幼女を撃つなんてありえない。それが戦場の宿命だとしても許し難い。

 英斗はタニアの心臓が動いているのを確認すると、顔を上げ、魔王をにらんだ。

 魔王はレーザー銃を肩に担ぎ、ニヤリと笑い、

「そんな余裕を見せてていいのかね? クフフフ」

 と、意味深なことを言う。

「ど、どういうことだよ!」

 英斗が叫んだ時だった。ゴゴゴゴと、重低音を発しながら奥の巨大な鋼鉄製シャッターが上がっていく。

 何が始まるのか分からなかったが、英斗は死がすぐそこにひたひたと迫っている足音を感じ、冷汗を浮かべながらゴクリと唾をのんだ。








42. 龍の矜持

 暗闇に沈むシャッターの向こう側からは、何者かがグォォォ! と腹に響く重低音の咆哮を放ちながらズン、ズンと足踏みをして地響きを響かせている。

 なるほど、ここは地下闘技場だったのだ。魔物同士を戦わせ、それを高みの見物する娯楽施設。そこにまんまと誘いこまれていたのだ。

 英斗はキョロキョロと辺りを見回し、隅の物陰にタニアをそっと横たえると、ニードルガンを出し、魔物に向けて構えてみる。

 しかし、青い顔してカタカタと震える腕でニードルガンを構えてはみるが、数十メートルはあろうかという巨大な敵相手にこんな針の銃が効くとも思えない。頼みの綱のタニアも倒れてしまい、もはや絶体絶命だった。

 何か活路を見出さない限りここで死亡である。復活できたとしても魔王の手中に落ちて、死ぬよりひどい目に遭わされるに決まっているのだ。

『マズい……、非常にマズい……』

 英斗は冷や汗を流しながら紗雪の方をチラッと見た。

 紗雪もシャーペンを構えているが表情は険しく、苦戦は必至だった。

 シャッターが上がり終わるとスポットライトが敵を照らし上げ、二人はその現れた姿に唖然として言葉を失う。

 なんとそれはドラゴンのレヴィアだった。いかつい漆黒の鱗に淡く黄金色の光をまとい、三十メートルはあろうかという巨体に巨大な翼。そして、巨大な鋭い牙に大きな真紅の瞳。それは見慣れたレヴィアそのものだった。

「レ、レヴィアさん……なんで……」

 英斗が気おされ、動揺していると、ドラゴンは咆哮を一発放ち、二人はその重低音に心が折れそうになる。

 紗雪は先日レヴィアと戦って負けたばかりである。このままでは蹂躙されてしまう。

「紗雪、勝つ方法はあるか?」

 英斗は小声で聞いてみるが、紗雪は力なく首を振るばかりで、シャーペンを持つ手も震えてしまっている。

 ズーン! ズーン! ドラゴンはゆっくりと巨体を揺らしながら近づいてくる。万事休すである。

 このままでは勝てない。英斗は必死に策を考える。頼りになるのは紗雪だけ。紗雪を最大限にパワーアップするにはどうしたらいいか……。

 ここで英斗は一つのアイディアを思いつく。そもそも紗雪も龍族である。で、あるならばドラゴン化できるはずだ。人化状態でレヴィアより紗雪の方が強いのだからドラゴン化できたら紗雪の方が強いのではないだろうか?

「紗雪、ドラゴン化できるか?」

 英斗は聞いてみたが、紗雪は口をとがらせて、

「いろいろ試したんだけどうまくいかないのよ……」

 と、ベソをかきながら答える。

「パワーアップ状態で試したことは?」

「え? そ、そう言えば……、やったことないわ」

 ハッとする紗雪。

 ずっとパワーアップしてたら無敵だったので、試そうとも思っていなかったようだ。

「や、やってみるわ」

 紗雪はシャーペンを高く掲げ、目をつぶると何やらぶつぶつとつぶやき始める。

 それを見たドラゴンはギュァァァと雄たけびを上げるとパカッと巨大な口を開いた。

「危ない!」

 英斗は紗雪を抱きかかえると、隅に置かれた物置の物陰へとダッシュした。

 直後、ドラゴンブレスの鮮烈な高熱が辺り一帯を覆いつくす。

「ぐはぁ! あちちちち!」

 英斗は物置の脇で床に突っ伏してその灼熱に耐える。

 その時、『ギュワァァァ!』と、別のドラゴンの咆哮が響き渡った。

 英斗は驚いてその咆哮の方を見上げると、何とそこには純白の巨大なドラゴンが宙に浮かんでいた。神々しい淡い金色の光をまとい、巨大な純白の翼をゆったりとはばたかせながら辺りを睥睨(へいげい)してる。

「も、もしかして……」

 あわてて英斗は周りを見回したが、抱いてきたはずの紗雪はいなかった。無事、ドラゴン化に成功したらしい。

 純白のドラゴンはグルルルとのどを鳴らし、漆黒のドラゴンを威圧した。

 漆黒のドラゴンは何が起こったのかよく分かっていないようで、ポカンとしている。

 直後、紗雪は華麗にくるりと回転すると、その長く強靭なシッポで思い切り漆黒のドラゴンの鼻っつらを痛打した。まるで重機が電信柱をなぎ倒したようなゴスッ! という腹に響く衝撃音が放たれ、

 ギュォォォォ!

 と、悲鳴を響かせながら漆黒のドラゴンは弾き飛ばされ、壁に激突するとその巨体で派手な地響きを起こす。

「す、すごいぞ紗雪!」

 英斗はこぶしをギュッと握り、上気した顔で叫んだ。愛すべき幼なじみが今、神々しい龍となって世界のために戦っている。それは絶望の中に現れた誇らしい奇跡であり、英斗は思わず涙ぐんだ。












43. 死の宣告

 漆黒のドラゴンは怒り狂い、渾身のドラゴンブレスを放つ。灼熱の輝きが広間をまぶしく光で覆った。

 しかし、紗雪は待っていたかのようにパカッと大きな口を開け、純白の息を吐く。氷魔法のアイスブレスだった。

 氷の溶ける激しい蒸気がブシューっと辺りに吹き荒れた。

 くぅっ!

 激しい蒸気の暴風から必死に顔を守りつつ戦いを見守る英斗。

 漆黒のドラゴンが息切れした直後だった、さらに威力を上げた紗雪は氷のつぶてをドラゴンに浴びせかけ、鱗を穿(うが)ち、体表を凍らせていく。

 ギュワァァ!

 漆黒のドラゴンはたまらず逃げた。体中に白く霜が降り、苦しそうな叫びをあげている。

 直後、紗雪は一気に急降下してドラゴンの首を後ろ足で思い切り蹴り飛ばす。強靭な太い後ろ足が生み出すパワーはとてつもなく、ゴスッという重低音の振動が響き渡った。

 ドラゴンは悲鳴を上げながらゴロゴロと転がる。

 ここぞとばかりに畳みかける紗雪は、すかさずドラゴンの喉笛(のどぶえ)に迫ると大きな口で噛みつき、その強大で鋭い牙を逆鱗に合わせ、一気にかみ砕いた。

 ギュッ……ギュォォォ……。

 漆黒のドラゴンは断末魔の叫びをあげながら腕を上げ、鋭い爪の手が力なく宙をつかむ。

 直後、ボン! と、爆発音を残して魔石へと変わるドラゴン。床にコロコロと転がった魔石は鮮やかに真紅に輝きを放ち、この戦いの終止符を告げた。

 魔石になったということはあのドラゴンはレヴィアではなかったということだろう。魔王がレヴィアをコピーした魔物を作り上げたのかもしれない。

「ヨシッ!」

 英斗は物置の物陰でガッツポーズをすると、飛び出し、

「魔王だ、魔王! 一気に決めよう!」

 と、魔王の部屋を指さして叫ぶ。

 紗雪はグンと巨大な首を振り、魔王を見上げ、ギュォォォォ! と重低音の咆哮を響き渡らせ、パカッと口を開いた。

 直後、アイスブレスの鋭い氷のつぶてが無数、超音速で射出され、魔王のいる部屋のガラスを激しく穿(うが)つ。

 強烈な衝撃音が響き渡り、あたりは霜で真っ白になった。

 しかし、いつまで経ってもガラスには何のダメージも入らず、魔王は平然としている。

「はっはっは! 小娘、やるな。だが、貴様らは『魔王』をなめすぎだ。クフフフ……」

 いやらしく笑う魔王はパチンと指を鳴らした。

 刹那、天井に開いた無数の穴から次々とレーザービームが紗雪に降り注ぐ。レーザーは次々と紗雪の上で爆発を起こし、紗雪の純白の鱗を吹き飛ばしながら紗雪を血に染めていく。

 グギャァァァ!

 悲痛な叫びが響き渡り、翼が破けてズタズタになった紗雪は、ドスンと床に墜落して地響きをたてながら転がった。

「さ、紗雪ぃ!」

 英斗は真っ青になって叫ぶ。

 渾身の攻撃が通じずに一方的にやられた。この残酷な事実は英斗の心を絶望で塗りたくる。レヴィアが倒れ、タニアがやられ、ついに紗雪が倒れたのだ。もはや打つ手がない。

 血だらけになった純白のドラゴンは、龍の形態を保てずにボン! と、音を立てて美しい美少女姿になってゴロリと転がった。

 ぐはっ!

 真っ赤な鮮血を吐く紗雪。

 なんとか身体をよろよろと起こす紗雪だったが、ゴホッゴホッとせき込んでしまう。

「さて、そろそろ完全に終わりにしよう。この世界だとまた生き返ってきてかなわん」

 魔王はタブレットを取り出し、いやらしい笑みを浮かべながら画面をタンタンと叩く。

 ブォォン……。

 不気味な電子音とともに広間の奥に瑠璃色の輝きが立ち上がった。

「ま、まさか……」

 英斗は血の気が引いて言葉を失う。それはゲートだったのだ。

 魔王の意図は分からないが、きっと決定的な危機をもたらしてくる予感に英斗はガクガクとひざが震えた。

 紗雪はギョッとして、急いで逃げ出そうとしたが足に力が入らないようで、よろよろと英斗に向けて手を伸ばしながら苦しそうに歩き出す。

「紗雪ぃ!」

 英斗が紗雪を迎えに行こうとした時だった。

 突如、激しい風が巻き起こる。ゲートがとんでもない速度で空気を吸い込んでいるようだった。

「うわぁ!」「キャーーーー!」

 二人は予想外の事態に頭を抱えうずくまる。

「はっはっは! そのゲートの向こうは別世界の宇宙、つまり真空だ。ゴミ掃除にはちょうどいい」

 魔王は愉快そうに笑いながら絶望的な宣告をした。つまり、ゲートに吸い込まれたら最後、宇宙に放り出され、血液が沸騰して爆発して死んでしまう。そして、別世界なら生き返りもない。それは二人にとって完全なる死の宣告だった。

















44. 自分の順番

「英ちゃーん!」

 紗雪は必死に床に張り付いて何とか耐えようとしていたが、吸い込む風が強すぎてじりじりとゲートへと引き寄せられていく。

「さ、紗雪!」

 英斗は叫んだものの、自分自身床に張り付いていることしかできない。とても助ける余裕などなかった。

「いやぁーーーー!」

 紗雪の悲痛な叫びが英斗の心に突き刺さる。

 大切な人の死が目前に迫っているのに何もできない。英斗は無力な自分の情けなさに涙をポロポロとこぼし、ギリッと奥歯を鳴らすと、顔を上げ、叫んだ

「魔王! わかった。部下にでもなんでもなるからゲートを止めてくれ!」

 しかし、魔王は何も答えない。ただ、ニヤニヤと紗雪がどんどんと吸い込まれて行く様子を眺めるばかりだった。

 もう紗雪が吸い込まれるまで何秒もない。吸い込まれたら確実な死あるのみ。なのに英斗には打てる手がもう何もなかった。

「魔王! 貴様、呪ってやるー!」

 英斗は絶望の中、絶叫した。

 と、その時、金色に光る小さな人影が紗雪の元へと飛んでいき、直後、紗雪を英斗の方へと動かし始めた。

 えっ!?

 驚いて目を凝らすと、それはタニアだった。

 タニアは肉球グローブを金色に光らせながら床に爪を立て、ものすごい風圧をものともせず、チャカチャカチャカと軽快に英斗の方へと進んで行く。

 近づいたところでタニアは器用に紗雪を放り投げ、

 キャハッ!

 と、嬉しそうに笑った。

 英斗はあわてて紗雪の腕をつかみ、グイっと引っ張り寄せる。

 だが、悪夢は終わらない。

 バン! という爆発音がして驚いて顔を上げると、意識を失ったタニアの身体が宙に浮き、そのままゲートへと吸い寄せられていくのが見えた。

「タ、タニア?」

 その一瞬の出来事に英斗は頭が付いていかなかった。

 まるでスローモーションのようにくるくると回りながら宙を舞うタニア。

 かわいいプニプニとしたほっぺ、モミジのような手が死神の標的となってしまった。

 やがてタニアはすぅっとゲートの中に吸い込まれ、バリバリっと瑠璃色の輝きが明滅する。

 あ……、あぁ……。

 言葉を失い、ただ、タニアが消えていったゲートを見て唖然とする英斗。

 魔王がレーザー銃を撃ったのに違いない。

 タニアは逝ってしまった。もうあの人懐っこい笑顔を見ることはできない。『パパ、パパ』と、うるさいくらいにまとわりついてきた天使のような微笑みはもう失われてしまったのだ。

 紗雪はガタガタと震え、現実を受け入れられずにただ静かに涙を流している。

 英斗はキッと魔王を見上げる。

 涙目で揺れる視界の向こうで、魔王は手にレーザー銃を構え、満足そうにニヤけていた。

「お、お前ーー!」

 英斗は吠える。悪逆非道な魔王のサイコパスっぷりに、幼女に助けてもらうばかりだった自分の無力さに、全てがどうしようもなくムカついてただ、吠えるしかできなかった。

「うるさいなぁ。君にも静かになってもらおう」

 魔王はやれやれという感じで銃を英斗の方に向ける。

 くっ!

 英斗は紗雪を抱きかかえながら強風の中を駆け出す。

 バン! という爆発音が足元で炸裂し、英斗は肝を冷やしたが、何とか物置の裏に飛び込む。

「はっはっは、無駄なあがきだな。それそれ!」

 魔王は楽しそうにレーザーを放ち、物置は爆発しながら屋根が飛び、扉がはずれ、少しずつ小さくなっていく。

 出口は閉ざされ、辺りは死の暴風が吹き荒れ、上からはレーザー攻撃。決定的な窮地に追い込まれ、英斗は自分の首に死神の手がまとわりつき始めたのを感じた。

 紗雪を見ると、ガタガタと震え、ただ涙を流すばかりである。

 バン! と、目の前の板に大穴が開き、もはや万事休すだった。

 英斗は少しひんやりとする紗雪の身体を抱き寄せ、何も言わずギュッと抱きしめる。紗雪の震えがどうしようもない死への恐怖を伝えてくるが、それに負けないように英斗は力強く抱きしめた。

『死ぬなら一緒に殺してほしい』英斗は絶望の淵でそんなことを思いながら、ひたひたと迫ってくる死のタイミングを待った。パパもママも友達もみんな死んでしまっているのだ。ついに自分の順番が来たに過ぎない。

 英斗はそんな諦観の中で迫りくる魔王の銃撃音を聞いていた。













45. 予想外の真実

 その時だった。

 パンパン! と、軽い銃声に続いて、

「ぐぁぁぁ! 何だお前!」

 と、魔王の悲鳴が響いた。

 英斗は驚いてそっと物置の影から上を眺める。そこには、なんと銃を構えた金髪おかっぱの少女がドヤ顔で倒れた魔王を見下ろしている。

「レ、レヴィアさん!」

 英斗はその意外な救世主に目を疑った。

 扉の向こうで倒れていたはずのレヴィアが、なぜか観覧室にいる。魔王が設置したセキュリティを苦労して何個も突破したのだろう。レヴィアの執念の勝利だった。

 英斗はへなへなと物置にもたれかかり、死の恐怖からの解放に安堵する。

 やがてゲートは閉じられ、広間には静けさが戻ってくる。

 うぅぅぅ……。

 紗雪のむせび泣く声が広間にかすかに響いた。

 英斗は紗雪の背中をそっとなでる。

 ついに手にした念願の勝利。しかし、大活躍したあの笑顔の幼女はもう居ないのだ。

 勝利の感慨よりも、失ったものの大きさに胸が締め付けられる思いで、紗雪の体温をじんわりと感じながら英斗は一緒にほほを濡らした。


        ◇


 観覧室に上がると小太りの中年男は手足を縛られ転がされていた。足からは血が流れ、顔を歪めながら英斗を見上げている。

 英斗は無言でニードルガンを魔王の顔に向けた。

「ひっ! や、止めろ! 止めてくれぇ!」

 おびえた目で喚く魔王。

「さっき僕が『止めてくれ』って言ったときどうしたっけ?」

 英斗はカチャリとニードルガンの安全装置を外す。

「わわわわ、悪かった! 反省する。話し合おう!」

「どうせお前も不老不死なんだろ? 一回死ねよ」

「ひぃぃぃ!」

 目をギュッとつぶって顔をそむける魔王。

 いたいけな幼女を殺したにっくき敵、魔王。英斗はそっと引き金に力をこめていく。

「それは後にしてくれんか?」

 レヴィアがそっと英斗の腕をつかみ、たしなめるように顔をのぞきこむ。

「どうせ生き返るんだから一回()らせてくださいよ!」

 英斗は吹きだしてくる怒りを押さえられず、言い返した。

「五百年……、五百年じゃぞ? 我がコイツにいたぶられ続けたのは! 殺しても殺したりないほどの恨みじゃ。ちょっと待っとけ!」

 真紅の瞳に燃え上がる積年の恨み。それは文句を言わせぬ迫力で英斗に迫る。

 英斗はふぅと大きく息をつくとうなずき、ニードルガンをおろす。

「まずどっから行くかの?」

 レヴィアは魔王を憎々しげににらみながら英斗に聞く。

「じゃあまず、地球にいる魔物を全部消せ! この野郎!」

 英斗はそう言うと、流血している足を思い切り蹴った。

 ぐはぁ!

 魔王はうめき、ギロッと英斗をにらむ。

 英斗は眉をピクッとさせると、無言のままニードルガンで足をカッカッカ! と数発撃った。

 ぐほっ!

 激痛でビクンと跳ねる魔王。

「お前を宇宙に放り出してもいいんだぞ?」

 英斗は座った目で淡々と脅した。

 少し前の英斗だったらこんな脅しなど到底できなかった。何しろ平凡なただの高校生だったのだ。しかし、何度も死線を超え、タニアを失った今となっては、配慮など度外視したむき出しの怒りの表現ができるようになっていた。それは一皮むけた成長でもあり、また、けがれた大人に一歩近づいてしまったことでもある。

「タブレットメニューのAの3だ……。そこのスイッチを全部オフにすれば魔物たちは行動をやめる」

 魔王はほほをピクピクと動かしながら嫌々答えた。

 レヴィアは淡々とタブレットを操作し、

「これじゃな。……。よし、とりあえず止めたぞ」

 と、英斗にサムアップする。

 英斗はうなずくと、魔王をにらみ、聞いた。

「お前が殺した人類を復活させるには女神に頼るしかないのか?」

「女神でなくても管理者(アドミニストレーター)なら誰でもできる。俺も昔は管理者(アドミニストレーター)だったが、今はできない」

 魔王は淡々と答える。

 英斗は管理者(アドミニストレーター)という言葉の意味をとらえかね、首を傾げた。神聖な全知全能の神様に、システム管理者のような呼び名がついていることの不自然さに理解が追い付かない。

「そもそも管理者(アドミニストレーター)って何? 女神は神様じゃないの?」

 そう聞く英斗を、魔王は鼻で笑うと、

「君はここが何でできているか分かってないのかね?」

 と、偉そうに言った。

 英斗はじっと魔王をにらみ、大きく息をつくと、無言でカッカッカ! とニードルガンを魔王の太ももに数発打ち込んだ。

 ふぐぅ!

 魔王は激痛に悶える。

「質問にはちゃんと答えようよ」

 英斗は無表情で諭しながら見下ろす。残酷なことをやっている自覚はあるが、パパもママも友達も、みんなの命運がかかっているのだ。奴にペースを握らせてはならないと、本能の導くままに引き金を引く。

「くっ! ……。世界はコンピューターで作られてる。管理者(アドミニストレーター)はその管理者だ」

 魔王は吐き捨てるように言う。

 英斗は魔王が何を言っているのか分からず、ポカンとした顔で言葉を失った。