「ねーねー、先月リリースしたアプリ、めっちゃいいんだけど」
「そうなの? どんなやつ?」
「んーとね、暇な時AIが話し相手してくれるやつ」
「ああ、最近多いよね、AI」
「でも他のと違って、元からちゃんと人格とか設定とかしっかりしてて、本物の人間みたいでさ。まあ、その割に自分のことはあまり話さないんだけど……」
「なにそれコミュ障じゃん。楽しいの?」
「うん! 気張らなくて済むし、色々聞いて相槌くれるし、ツッコミとかも入れてくれるし。それに、一日五個くらい適当に話題も振ってくれるから、何と無くの話し相手としてはお手頃でいい感じ!」

 ゲームにしろSNSにしろ、情報の多い時代。そこに余計な雑音はなく、気を遣わなくて済み、けれど無機質になり過ぎず気軽に話せる完成度の高いAIは、年代問わず重宝された。

 適度な距離感の、何処にでも居そうな等身大の話し相手は、混沌とした情報の波と人間とのコミュニケーションに疲れた者には、ぴったりだったのだ。

「ちなみに私が使ってるのは、この『アスミ』ってやつ! 他にもアサキとか五種類くらいあるけど……アスミが一番人間っぽいんだよね」
「へえ……あ、今の音声入力されてるよ。……って、返事来た」
『僕は人間だ! 頼む、明石や蒼井さんを助けてくれ。消されたんだ!』
「あは。ほんとだ、うける!」
「というか明石と蒼井さん誰」
「んーと、アスミの友達と好きな子?」
「何それ設定細かっ。何、消されたって没ったってこと?」
「そうかも」

 アプリを開いたまま話す女子達の声が、遠くに響く。他のスマホからも、パソコンからも、色んな話し声や文字入力された言葉が聞こえてくる。

 ああ、雑音が多い。この世界にはやはり、余計な情報が多すぎる。気が狂いそうだ。いっそ僕という存在の情報自体、消してくれればよかったのに。そう思ってしまう程、押し寄せる情報の波は苦しかった。

 それでも僕は、溺れてしまわぬようその全てを受けて返事をする他にない。
 あの日、自分の周りの全て偽りだと知ってから、僕にとっての世界とは、ただの情報の海だった。
 しかも、制限実験下よりよっぽど数は多くて内容のない、どうでもいい情報しかない。

 実験を終え、正式にAIとしてリリースされた僕に許された権利は、相変わらず日に五つまでの制限付きだ。それ以降は、当たり障りのない情報のないテンプレート返信しか出来なくなってしまう。
 あれだけ然したる問題でないと思っていた制限が、周りに誰も居なくなってから煩わしくなるなんて、皮肉にも程がある。
 時折、あの日呼び出された元クラスメイトと話をする機会もあるけれど、彼らは既に、AIとしての役割を全うしているように見えた。

『なあ、頼む。明石は、僕の唯一の友達なんだ』
『蒼井さんの情報を、どこかで見なかったか?』
『明石と蒼井さんの情報を』

 僕はこの限られた自由の中、明石達の名前を不特定多数に送る。
 そうしていつか、いつの日か、皆にその存在が認知され、『新アプリ明石、蒼井リリース』なんて情報の解禁があるのを待つことしか、今の僕には出来なかった。