その日終わったのは、願ったこととは別のものだった。

「あれ……明石は?」

 いつものように登校し、辺りを見回す。明石が居ないなんて珍しい。風邪ひとつ引かないような元気の塊だったのに。
 否、そもそもとして、明石の席がない。隣を見るとそこに机と椅子はなく、ぽっかりと空間が出来ていた。

 陰湿なイジメだろうか。しかし僕ならいざ知らず、人気者の彼にこんな扱いは似合わない。僕は思わず辺りを見回して、ふと気付く。他にも、教室の中は幾つも席がなくなっていた。

「……は? 何だ、集団イジメか?」

 僕は戸惑い、後ろの席の蒼井さんを振り返る。彼女は物静かで、たまたま席が近いだけで特段接点もない相手だった。
 黒髪おさげの文学少女的な雰囲気がお淑やかで、前々から少し気にはなっていたが、今までほとんど話したことはない。けれどこの状況で、他に聞ける人も僕には思い付かなかった。

「あの……おはよう蒼井さん。ええと、急にごめん。……席、なんでこんな間引きされてるのか知ってる?」
「……え?」
「あ……いや、答えたら朝から情報数減らしちゃうか……蒼井さん制限守ってそうだもんな」
「ええと、ごめんね。阿澄くんが何言ってるのか……」
「え、いや、僕の隣の明石の席、ないだろ? 蒼井さんの後ろの席も、後列なんて一列まるごと撤去されてるし」
「……? 明石って、誰?」
「え」

 僕と違って、明石は蒼井さんと同じ塾に通っているだかで、よく会話していたはずだ。
 席を無くして、存在を無視するくらいの喧嘩でもしたのか。それともやはり集団イジメなのか。
 一瞬そう考えたが、当の蒼井さんの表情は、悪意の欠片もなく困惑に満ちていた。その表情が、陰キャに突然話しかけられたからではないことを願いたい。

 そして明らかに人数の減ったクラスは、それでも何の違和感もなくホームルームを迎え、出欠確認を取る。席のない生徒は、担任からも名前を呼ばれることはなかった。

「どうなってるんだ……」

 混乱しながらも、一時間目に割り当てられた全校集会のため大人しく廊下に整列する。そしてクラス単位で移動し体育館に集まると、やはり明らかに、全校生徒の数も教師の数も、記憶より遥かに少なくなっていた。

 昨日までと違う日常に、誰一人疑問を抱かない。
 その不気味さを感じながらも、蒼井さんの反応を思い出し口に出す勇気のないまま、静かに冷たく固い体育館の床に膝を抱えて座り、壇上でマイクを握る『実験の研究チームの代表』だという男の話を聞いた。研究員と聞き白衣のイメージをしていたが、スーツ姿の優男だった。
 話の内容は、三ヶ月の協力への感謝と、渦中の体感とあまり変わらない今のところの実験結果。そして想定より早く、来月にでも実験を終える予定だということ。

「皆さんのお陰で、貴重なデータが取れました。ご協力感謝します。来月一日をもって、この実験の第一段階は終了という形を……」

 居なくなってしまった明石達のことが気になって、男の話はあまり耳に入って来なかった。けれど不意に、マイクを通じて響く声に、名前を呼ばれる。

「特に成績が良かったのは、三年一組阿澄くん、浅木さん、新井くん……」
「えっ」
「……以上の皆さんは、後程お話ししたいことがあるので、応接室まで来て下さい」

 複数の名前が連なる中、トップバッターを決め呆然とする僕に対して、近くの蒼井さんを始めとする皆が拍手をしてくれている。
 地味で控えめな僕がこんな風に視線と称賛を集めるのは、生まれて初めてのことだった。


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