侑里太とLINEでやり取りをするようになって、もう、3ヶ月も経った。週末に2時間くらいメッセージのやり取りをしている。凛子にそのことを言うと、なんで会わないのさ。デート誘っちゃえばと言われたけど、私はそれをしなかった。凛子は最初のうちはやきもきしていたけど、しばらくすると、メッセージの内容を面白がって私から聞くようになった。凛子と夏織は相変わらず、順調そうな恋愛だった。

 11月なのに今年はすごく寒かった。昨日、大雪が降った。この時期にこれだけ雪が積もるのは10年に一度の珍しいことだと天気予報で言っていた。ホームルームが終わり、私は帰ろうと凛子に話しかけたら、ごめん今日は夏織と帰るからと言われた。私は凛子にフラれた。あんなにかわいい凛子ちゃんを私から奪うなんて夏織は酷い男だと思ったけど、凛子は夏織と付き合っているんだから、奪うも何もない。わかったと言って、私は凛子と別れた。コートを着たあと、自分の席に戻り、バッグからマフラーを取り出した。そして、黒いマフラーを巻いてそそくさと帰ることにした。

 下駄箱で自分の靴を取り、上靴を脱いだ。「理那」と自分の名前を呼ばれて振り返ると、侑里太がいた。



 玄関を出た。外の道は見るからに最悪だった。昨日降った雪が一度踏み固められていて、昨日の気温で解けてを繰り返しツルツルの氷になっていた。そして、その上に今日の雪がさらっと積もっていて、まるでスケートリンクの上を歩いているようなそんな嫌なこおり方をしていた。

「嘘でしょ。めっちゃ滑るよこれ」私は侑里太にそう言った。
「やばいね」侑里太はそう言った。私は一歩ずつゆっくり歩き始めた。何歩か歩くと身体が思い出した。小さな歩幅でつま先から路面に着くようにした。侑里太も同じように慣れた歩き方をしていた。私と侑里太はそのまま、黙々と歩いた。街路樹のイチョウの葉はまだ落ちきってなくて、黄色の上に雪が積もっていて、ちょっとだけ幻想的に思えた。

「なんか、緊張するな」侑里太はそう言って沈黙を破った。
「うん。私も」
「ラインなら思いつくのに」
「――ねえ、なに話そうか」
「――そうだな。リナと話したいことは本当はたくさんあるんだよ」
「そうなんだ」
「――だけど、ラインじゃ足りないよ」
「――そうだね」
 私は一気に身体が熱くなる感覚がした。外に出て数分で冷たくなっていたはずの両耳すら、熱く感じる。

「そのタイミングが今日だった」
 侑里太との会話はなぜか途切れ途切れになる。一気にべらべらと話してくれていいのにって思ったけど、私も同じ症状を発症しているから、侑里太にそんなことは言えないし、何より、私が上手く喋れたら、たぶん、侑里太も自然に話してくれるような気がした。

「そうなんだ」
 私はそう答えたあと、息を吸った。すると、冬の凛として、澄んだ空気が肺の中いっぱいに入っていった。

「――嫌じゃない?」
「ううん。嫌じゃない」
「――そっか。それならよかった」
 そう言われて嬉しくて、少し照れくさくなったから、私はそれを誤魔化そうと小さく頷いた。

「こうやって話すの夏以来だよな」
「遅いよ。もう冬になっちゃったよ」と私は少しだけ、ふてくされたような声でそう言った。凛子に3か月もウジウジして、どうするのって、先週言われたのを思い出した。私達って、そんなにウジウジしてるのかな――。

「ごめん。興味ないわけじゃないんだ」
「わかるよ」
「――ただ、どうすればいいのかわからなくて」
 侑里太を見ると、侑里太は右手で自分の髪を何度かわしゃわしゃした。侑里太のその仕草が、俺にもさっぱりわからないよと言いたげなように見えてしまった。

「――私もわからないよ」
「だよな」
 侑里太にそう言われて、そのだよな、って言葉が男らしくないなって思った。男の子なら、もう少し私のことリードしてくれたっていいじゃん――。 

「どうすればいいのか。こういうとき。えっ、あ!」
 急に右足が宙に浮いた。だから、咄嗟に雪の上で転ぶ準備をした。両手を路面に着けれるように後ろに受け身の準備をした。
 だけど、なぜか、左手が一瞬引っ張られるのを感じた。私の身体は左側に引っ張られるように、ゆっくりと右手の平から接地した。次に右太もも、お尻、背中の順番に雪の上に転んだ。右側に鈍い痛みが走っている。

 気がつくと、私に覆いかぶさるように侑里太も転んだ。
 私は仰向けのまま、侑里太の顔を間近で見た。息をすればすぐにお互いの息があたるくらいの近さだった。私は何が起きたのか、まだよくわかっていなかった。

「大丈夫?」と侑里太は私を見つめたままそう言った。侑里太の息は白かった。
「うん。痛い」
「だよね。びっくりした」
「私も」
「理那のこと引っ張ったけど間に合わなくて、俺も一緒にコケちゃった」
「反射神経すごいね」
「俺、運動神経いいから」
 
 侑里太がそう言ったあと、私と侑里太は繋いだままのお互いの手を見た。そして、手が繋がったままであることに気づき、左手から一気に身体全体が火照るような感覚がした。侑里太は体勢をおこして、手を繋いだまま、私を引っ張り起こした。そのまま、お互いに手を繋いだままでいた。

「――手、冷たいね」侑里太はそう言った。
「今日ね、手袋忘れたんだ。いつも着けてるのに」

 私は朝、いつもより5分遅く出て慌てたのを思い出した。侑里太の手は暖かく感じた。なぜかわからないけど、侑里太の手から感電しているかのように左腕が鳥肌が立ち始めた。

「もしかして――朝、出るの遅かった?」
「え、――そうだよ」
「――そうか」侑里太はそう言って、私をじっと見つめていた。
「うん」と私はそう言ったあと、侑里太の手を離した。

 ――なんで今、わかったんだろう。そんな、一瞬の違和感よりも、手を繋いだままの恥ずかしさのほうが勝っているような気がする。そして、私はとっさに手を離してしまった。

「――あ、悪い」と侑里太はバツが悪そうにそう言った。別に侑里太が悪いわけじゃないのに、私は侑里太に謝られた。
「――ごめんね」
 私がそう言うと、侑里太は行こうと言って、私達はお互いにそのあと、黙ったまま歩き始めた。



 ベッドに寝転び、両手を天井に思いっきり突き出した。
 そして、侑里太の手の感触を思い出すと、左手はじんわりと温かくなる感覚がした。やがて、その熱が下がっていき、腕、肩を通って胸に流れ込んだ感覚がする。胸にドロっと何かが流れ込んだようなそんな感覚だ。

 結局、侑里太とはあのあと、ろくに話をしないで終わった。お互いにだんまりしてしまった。LINEでは上手く会話できるのになんで会話出来ないのかよくわからなかった。たぶん、侑里太も同じことを考えているのだろうなとわかった。なぜかわからないけど、私は理解することができた。

 今のところ、侑里太からのLINEもなかった。どうすれば素直になれるのかよくわからない。上手く話せないのは、お互いに緊張していたからなのかよくわからなかった。

 私だって、LINEではあんなに学校のこととか、テレビでやってたバラエティ番組のこととか、YouTubeで見つけた面白い動画とか、共有して一緒に面白がっているやり取りをしてるはずだ。だけど、面と向かうとこうした自然な話題ができない。
 ため息を吐き、両手を下ろした。どうして凛子と夏織は自然に話ができるのだろう――。
 
 私だって、できるはずだ。
 
 いつも凛子と話しているときみたいにふざけて笑えばいいだけのことだ。だけど、なぜか侑里太の前ではそれができない。きっと凛子に話しても理解されないことだと思った。

 『もう、付き合っちゃいなよ』と凛子に言われたのを思い出した。たぶん、このまま、LINEだけの関係になったら、侑里太とはもう、付き合うことはないかもしれない。そして、来年になったら別のクラスになって、そのまま、話さなくなって、中学を卒業して、別々の高校に行くのかもしれない。そうなったら、もう、侑里太とは自然消滅だ。そんなのは嫌だ。


 だけど、侑里太からのアプローチはあまりない。
 もしかしたら、私からアプローチをかけたほうがいいのかもしれない――。
 だから、私は侑里太と付き合うことを決意した。

 ちょうど、LINEの通知音が響いたから、私は慌てて机に置いてあるスマホを取るためにベッドから起き上がった。



 ラッキーピエロはいつもより空いていた。7月に凛子と夏織と四人で座っていたボックスシートで座っている。席に座るとき、侑里太は私に奥の席に座るようにジェスチャーをした。私は素直にそれに従った。昨日、侑里太から誘われて、これが私達にとって初めてのデートになる。昨日の夜は胸が高鳴って、あまりうまく寝れなかった。だけど、目の前に侑里太がいること、昨日の夜、告白することを決意したことで、私は侑里太に会ってから、すごく緊張していた。

 きっと、侑里太も緊張しているのかもしれない――。
 ボックスシートに向かい合って座り、お互い、黙ったまま、頼んだパフェを待っていた。

 お昼を過ぎた店内は落ち着いた雰囲気だった。暖房がほどよく効いていて、眠気を誘うような暖かさだ。私は右手で頬杖をつき、壁と天井の境目をぼんやりと眺めていた。見慣れた壁と天井は相変わらず深い緑色をしていた。それが店内の落ち着きを更に作っているように感じた。こうしていてもなにも侑里太にかける言葉は見つからなかった。

「なあ」と侑里太はようやく私に話しかけてきた。
「――なに?」
「楽しみだね」
 私が頷くと簡単にやり取りが終わってしまった。だけど、別に気まずさは、なぜか感じなかった。

 店員が頼んだパフェと飲み物を持ってきた。目の前に置かれたパフェは大きなコーンの中にソフトクリームと生クリームがたっぷり乗っていた。生クリームの側面にはいちごが4つ付いていた。そして、細長いクッキーが2本、ソフトクリームに刺さっていた。

 侑里太が理那と呼んだから、私は「なに?」と答えた。だけど、侑里太はよくわからなさそうな、表情をしていた。呼んだのそっちなのに、なんで? どういうこと?って、私は侑里太の表情を見て、よくわからなくなった。

「え。――どうした?」
「――今呼ばなかった? 私のこと」
「いや。――呼んでないよ」
 急に気まずい空気が流れ始めた。でも、たしかに私は呼ばれたような気がしたのに、なんでこんなことになっているのか全然、納得がいかない。もしかしたら、寝不足で、私の空耳だったのかもしれない。それだったら、普通に空耳に返事をした変な女になっちゃうから、私が謝るしかないかもって、思った。

「そっか。――ごめん、そんなことより、食べよう」私はそう言って、スプーンを持った。
「うん。いただきます」侑里太はそう言って、パフェを食べ始めた。

 パフェを食べている間もお互いに無言だった。まずい、頭が真っ白だ。全く言葉が思いつかないから、侑里太と一緒に居ても、会話すらできない。一体、なにをどうやって話せばいいのか、本当によくわからない――。だけど、パフェは美味しいから順調にパフェは減っていく。はやくも私は3つ目のいちごに手を出して、それを頬張った。口入れた瞬間、生クリームの甘さといちごの酸味で、最高って思った。

「最高だね」といきなり侑里太に言われた。
「えっ」
 私は持っているスプーンを落としそうになった。私、もしかして、最高って自分が気づかない独り言、言ってたのかな。それじゃあ、ますます、変な女じゃん――。

「――うん。最高だよ」と私はとりあえず、そう答えて、場をつなげることにした。もうすでに告白するとか、そういう緊張じゃなくて、私が変な女に思われているんじゃないかって、自分自身に動揺して、鼓動が早くなっているのを感じた。そして、急に恥ずかしくなった。もしかして、最高って独り言を言っていたかもしれないと思った。

 だけど、このあとも侑里太との会話は続かなかった。このままじゃまずいと思った。
「まずい?」と侑里太はまた、脈略のない話をし始めた。というか、私が緊張しすぎて、変なことばかり言ってるのかもしれない。

「え?」
「え、今、理那さ、まずいって言わなかった?」
「いや、言ってないよ。――ラッピのパフェ、まずいわけないでしょ」
「そうだけどさ。――ごめん」と侑里太はそう言ったあと、何かを考え始めるように一度、天井を見た。そして、すぐに目線を自分のパフェのほうに戻して、コーンを手に持ち、食べ始めた。

 独り言を言い過ぎているのかもしれないと思った。興奮しちゃって、3時間くらいしか寝てないし、そのうえ、緊張してるから、咄嗟に思ったこと、自分で気づかないうちに出してしまっているのかもしれない。
 本当にこのままじゃ、まずい。やばい女だって見られる――。

 LINEなら上手く話せるのに――。
 そっか。そうすればいいんだ。
 いつもみたいに。

「ねえ」
「なに?」
「――LINEで話さない? 上手く話せないから」
「わかった。いいよ」

 侑里太はスマホを取り出し、テーブルに置いた。私もハンドバッグからスマホを取り出して、同じようにテーブルの上に置いた。そのあとLINEを起動し、侑里太のトーク画面を開いた。

《マジで話せないんだけど。どうしよう》と私は侑里太にメッセージを送った。
《俺も。なにこの現象》
《誘ったの俺なのにかっこ悪くてごめん》

 そのあと侑里太は「ごめん」と言った。
 「いいよ。私もごめん」と私もそう返事をした。

《ねえ。私、緊張してるだけだと思うんだ。お互い》
《んだね》
《私さ、もしかして、変な独り言、言ってた?》
《うん。言ってた気がする》
《気がするってなにさ》
《うーん。わからないんだけど、言ってるかどうか》
《独り言?》

「うん」
 侑里太は低い声でそう言った。だから、私はうわー、やっぱりかって思って、あまりにも恥ずかしすぎて、テーブルに突っ伏した。

「うわーって言われてもな」
「え、私、今、うわーって言ってた?」
「あぁ。言ってた」
 侑里太は真面目な表情でそう言った。私は余計によくわからなくなった。だから、気持ちを落ち着かせるためにパフェを一口食べた。シリアルと生クリーム、そして、スポンジを口の中で噛みしめる。もしかして、思ったことがそのまま独り言になる病気になったのかもしれない。――最悪だ。なにこれ。

「いや、なにこれって言われてもな」

 えっ。私はたぶん、そのことを、今、口に出していない。というか、パフェを食べていたから、口をもぐもぐした状態で、話すわけがない――。私は慌てて、パフェを一気に飲み込んだ。そして、喉につまりかけたパフェを水の飲み、一気に流し込んだ。

「今、なんでわかったの?」
「え、どういうこと?」
「私、思っただけで言ってないんだけど」
「ん? 余計わかんないだけど」
 侑里太は眉間に皺を寄せて、また困っているような表情をした。私はいちごと思った。

「いちご?」と侑里太は私が予想したとおり、そう言った。
「ねえ、私、わかったかも。侑里太、なにか心の中で言ってみて」と私がそう言ったあと、『ゴリラ』と聞こえた。
「ゴリラでしょ」
「正解。――マジかよ。リナもう一回やってみて」私は『ラッパ』と心の中で呟いた。
「ラッパ」侑里太はそう言った。
「正解。パセリ」
「――正解。リアカー」侑里太はそう言った。
「正解。え、カイシン?」
「ううん。ハズレ。会心の一撃」
「あー、後ろの方、聞こえなかったわ」
「そうだったんだ。長いのは無理なのかな」
「わからない。だけど、私達」『すごくない?』
『すごいね』と侑里太の心の声が聞こえた。




 店を出ると、空気は秋に戻っていた。歩道で日陰になっているところにはまだ、ところどころ、雪が残っていたけど、私が学校帰りに滑ってころんだ、あの雪は4日であっという間に溶けてしまった。
 
『行こうぜ』と侑里太に言われて、私は『うん』と返した。
 どこに行くかはわからないけど、私は侑里太の横を歩くことにした。数日前まで寒かったのが嘘だったみたいに今日は暖かかった。きっと10℃くらいありそうだ。

 海と反対側に歩いているけど、時折吹く冷たい風に乗って、潮の香りがした。黙ったまま、歩き続け、市電の線路と道路が交わる交差点で信号に引っかかり、私と侑里太は立ち止まった。右側にいる侑里太を見ると、侑里太は優しく微笑んでくれた。思わず私は恥ずかしくなって、視線を反らした。市電が鈍くて大きな音を立てながら、私達の雨を通過した。

『手』と侑里太の心の声が聞こえた。
「えっ」
「あ、えーっと。手」と侑里太がそう言ったのとあわせて、私の左手は侑里太に繋がれ、数日前に感じた温かさを再び感じた。

『冷たいな。理那の手』
『あたたかいよ。侑里太の手』

 心の声でそう返した。手を繋ぐとより鮮明に侑里太の心の声が聞こえる気がする。もう一度、侑里太を見ると、侑里太の顔が赤くなっていた。そして、信号は青になった。



 『ラズベリー』
 『リアリスト』
 『トライアンドエラー』
  
 会話をすればいいのに私と侑里太は心の声を使って、しりとりをしていた。もっとやるべきこと、話すべきことはあるはずなのに。もう、侑里太が向かおうとしている場所はわかっている。目の前に五稜郭公園の入口がすでに見え始めていた。

『だよな。話すべきことなんてたくさんあるよな』
 あ、やっぱり私の心の声、聞かれてた。
『そうだよ。私、もっと、侑里太のこと知りたい』
『俺もだよ。――なあ』
『なに?』
『口使わないで会話するのは自然にできるな』
『そうだよね。そう思った、私も』
 侑里太はそのあと、声に出して、なんでだろうなって言った。周りには人はいないけど、もし、他の人が私と侑里太のことをみたら、ホラーかもしれないって思った。

『ホラーってなんだよ』
『だって、侑里太、声で会話してないのにさ、急に話し始めたら、変に見えるしょ。他の人から見たら』
『だな。だけどさ、これ、めちゃくちゃ便利じゃね』
『は? 便利ってどういうことさ』
『だって、授業中、理那と会話できるってことだろ』
 あ、そっか。って思った。確かに退屈な授業を侑里太と二人でずっと話できるっていいかもって思った。先生にわからない問題あてられたときとか、侑里太に聞けばいいじゃん。

『そうじゃなくて、普通に授業中にラインするようなもんだろ』
『え、問題の答え教えてくれないの? 私が困ってるのに』
『いや、そうじゃないけどさ、授業中、暇つぶしになるだろ』
『え、私のこと、暇つぶし相手としか思ってないの』
 私は茶化すようにそう返して、侑里太を見ると「いや、そうじゃねーし」と言って、困ったような表情をしていた。
 そんなことを話しているうちに、私達はいつの間にか五稜郭公園に入っていた。直線的なお堀と対岸には五稜郭城が立っていた島が、そして、左手には白いピンを立てたような形をしている五稜郭タワーが見えた。五稜郭タワーの展望台は、ガラスが太陽に反射して、眩しかった。そして、さっきまで歩いた住宅街では人はまばらだったのに、公園に入ると多くの人が歩いていて、急に別な国に入ったような感覚がした。

『独り言いうと、変な人に思われるよ』
『理那もな』
 侑里太がそう言うと、私と侑里太はお互いに弱く笑っちゃった。だから、きっと、はたからみたら、私たちは変人に見られていると強く思った。

10
 お堀の遊歩道に沿って、五稜郭タワーの方へ歩き続けた。ラッキーピエロからずっと歩いているけど、そんなに疲れを感じなかった。それよりも、こうやって、二人で並んで、五稜郭のお堀を歩いているのがデートっぽく感じた。すれ違うカップルも私達のように手を繋いで、歩いていたから、きっと、私達もすれ違うカップルのように馴染んでいるんだろうなって思った。
 星の一片を歩き終え、道がカーブに差し掛かった。対岸の島の石垣は綺麗に直角が作られていて、星の先端を感じた。生まれたから、何度も見ているけど、なんで昔の人はこんなに几帳面なことをわざわざしたんだろうって、この直角に作られた石垣を見ると、いつも考えてしまう。きっと、大人になっても、この石垣を見るとそう思うのかもしれない。
 
 急に侑里太が笑ったから、侑里太の方を見た。

『もしかして、ずっと聞いてたの?』
『当たり前だろ。全部、聞こえるんだから』
『最低』
『なんだよそれ。聞こえるんだから、仕方ないじゃん。てか、手繋いでるとめっちゃ、長い話も聞こえるな』
『だよね。だけど、盗み聞きしないでよ。恥ずかしいから』
 私がそう言い終わると、侑里太は「無理だって」とまた独り言を言った。

『なあ。――大人になってもさ、また同じことできたらいいよな』
『――まだ、早いよ』
 私は繋いでいた手を離した。これが告白じゃないよね。――間接的すぎるよ。 
 また、私たちは心の声でも雑談もせずに、五稜郭城跡までつながっている橋を渡り、五稜郭の中心まで来た。別にお城があるわけじゃなく、資料館になっている古くて小さな建物がある以外は芝と桜の木々が植えられている大きな公園だ。

「なあ」と言われたから、侑里太の方を見ると、またすぐに侑里太に手を繋がれた。

『五稜郭の中心ってどこだろうな』
『この古い建物の奥かな』
『あの、奥にある小高くなってるところ行こうぜ』
 侑里太は右手で指を差した。小高くなっている場所は芝に覆われていて、側面は石垣が積まれていた。きっと、お城だったときに何かの役割があった場所なのかもしれない。そして、急に侑里太が走り始めたから、私も引っ張れるような状態で、慌てて走り始めた。

「ちょっと、急だよ」
『勢いつけて登ったほうが楽しいだろ』
 前を走る侑里太がちらっと私を見てきた。そして、なぜか楽しそうな表情をしていた。いや、だから急だって。小高くなっているところに差し掛かった。遠目で見るよりも坂は急で、最初の何歩かは走った勢いで登ったけど、登り切る最後のほうは歩くくらいの早さに戻っていた。
 坂を登りきると私達が渡ってきた反対側にある橋が見えた。そして、左右には芝と木々が広がっていた。 

「なあ」
「――なに?」
「好きだよ」 
 しっかりとしたその声が嬉しくて、急に胸がときめく感覚がした。世界の色が急に変わったような気がしたけど、よく目をこらして見ても、いつもと変わらない見慣れてた景色だった。だけど、侑里太が穏やかに微笑んでいるから、これから、心の声じゃなくても、侑里太と上手く話せるような気がしたし、このまま、侑里太と心の声で話すだけでもいいやとも思った。

 こうして、私と侑里太は五稜郭の中心で愛を誓った。