身内の五人――母の水萌(みなも)、妹の雪香(せっか)、叔父の哲也(てつや)、俺は風音(かざね)、そして祖父――はすべて黒川姓。家族以外の門人からは、宗家である祖父以外はファーストネームに「さん」付けで呼ばれている。うちでは宗家以外は先生と呼ばない習いだ。門人はすべて共に修行に励む同志という意味で。

桜さん以外の三人も、高校生の双子、清都(せいと)くんと莉眞(りま)さん、母と同年代の女性は入門時には息子さんと一緒だったので翔子(しょうこ)さん。こうなるともう、ファーストネームで呼ぶのがデフォルトのようになる。

俺としては年が近い女性をファーストネームで呼ぶことに多少の迷いも感じたが、母たちが呼んでいるのを聞いているうちにどうでもよくなった。すでに桜さんの苗字を忘れそうだ。

「何かお話しした?」
「話? いや、特には」
「そっか。桜さんておとなしいもんね」
「そうだな」

正直なところ、俺はそういう方が気が楽だ。テンションの高い相手に合わせることはできるけれど、とても疲れる。

「そういうおとなしい人を誘った母さん、すごいな」

早とちりの母がかなりの勢いで話しかけたことは雪香から聞いた。まるで突進するようだったという。桜さんは相当びっくりしただろう。半分怯えたような顔が簡単に目に浮かぶ。

「そうだね……」

赤信号で止まりながら、雪香がゆっくりと言う。

「あのとき、桜さんが刀ケースのことを訊いて……、その訊き方がね、なんて言うか、ものすごく思い切った感じだったの。人生の一大事みたいな。お母さんの勘違いを一緒に笑ったあとだったから、気楽に質問してもおかしくなかったのに」
「ふうん」

俺も何度か訊かれたことがある。刀用のバッグは横に取っ手やストラップがついている細長い三角形のような独特の形状なのだ。駅や信号待ちで近くに居た人が結構気軽に尋ねてきたりするのだが、桜さんは違ったのか……。

――そうだ、今日も。

短い居合刀を使ったらどうかと俺が言いかけたとき。彼女は柄をしっかり握って「頑張りたいです」と言った。訴えるような瞳で。とても大切なことみたいに……。

「だからお母さん、誘ったんだと思う、桜さんのこと。あたしは逆に、こんなに人見知りっぽいひとを誘ったら悪いよって思ったんだけど」
「母さん、そそっかしいけど敏感なところあるからなあ」

俺も、口に出したことの裏を言い当てられて驚いたことが何度もある。

母は桜さんの願いとためらいを感じたのかも知れない。そしておとなしい桜さんにとっては、前のめりの性格の母との出会いはちょうど良かった……と思いたい。

「新しく入ったひとが上達するのを見るのは楽しみだな」
「そうだね。教えるときに自分の見直しにもなるしね」
「うん」

同年代の仲間ができたのも嬉しい。部活の後輩ができたみたいな、ちょっと懐かしい気分でもある。

また来週の稽古が楽しみだ。