じゃばじゃばと水が流れる音が聞こえる。
 すりガラス越しに見える人影は、スレンダーな肢体を惜しげも無く見せつけ、堂々たる声を風呂場から発した。

「お湯、イイ感じだよ~」
「あ……、はい。うっす」

 きぃ……と、風呂場のドアを開ける。
 そこには見慣れた、決して広くない一人用の浴室とバスタブと。

 ――――色のついたタオルで身体を包んだ、一人の女子がいた。

 一人の女子というか、カルマさんだった。そんなこと、分かり切っている。

「こっちだよ」
「……っ」

 はだがしろい。
 浴室のライトに照らされているからか、それともこれまでに見たこと無い部位まで見えているからか。普段目にしている肌の色とは、全然違って見えた。

「というか……、どうして、タオルを上下に……?」
「ん、コレ? バスタオル一枚巻くよりも、二枚のほうが自由に動けると思ってね!」

 頭良いでしょーと笑う彼女。
 頭の良い女子は、決して思春期男子の前で、タオルのみで居ないと思うのだがどうか。

 普通(?)なら大きなバスタオル一枚を、身体前面に巻き付けるところだが。
 現在の彼女は、通常のタオルをまるでビキニタイプの水着のように、胸と腰に巻き付けるスタイルをとっていた。
 透けさせないための、せめてもの配慮なのだろう。タオルは流石に色付きだった。深い青色なので、これなら水がかかっても大丈夫だと思われる。
 が、それとはまた別の問題として――――

「こ、」
「こ?」
「い、いや……」

 隠れている部位では無く、出ている部位のハナシ。
 腰のくびれがエグすぎる。
 あまりの細さに声が出そうになった。
 細身だとは思っていたが……、こんなに引き締まり、そして艶めかしいラインになるのか……!
 というかカルマさん、思った以上に着痩せタイプだ。
 強く縛っているからという理由もあるだろうが、胸元にはしっかりと谷間が出来ている。

「おぉ……」
「ん? どうかした?」
「あっ! し、しまっ……! す、す、すみません……!」

 ついぞ興味本位と意外性で、じろじろと谷間を見ていることに気づいてしまう。
 イレギュラーなことが続きすぎて、脳が入ってくる情報を処理出来ていない。

「最近ようやくちょっと大きくなったんだよ! でぃー……おぉっと……! な、何でも無いよ!」
「でぃっ……!」

 そ、それってどれくらいだ……!?
 基準が分からんが、柔らかそうなことだけは確かだ。

「というか、足……!」

 そう。
 上半身のインパクトは、ある意味半分である。
 いや、女子の柔肌を目の当たりにしたのは初めてだから、相当の衝撃もあったんだけど。
 しかしカルマさんは元々、冒険者姿のときにも薄着だった。だから上半身の肌感(・・)は、俺の想像の中にはあったのである。

 しかし足部分は、完全な未体験ゾーンだった。
 銀の鎧に覆われていた、太腿及び脹脛の箇所が、外気に晒されている。

 白く、滑らかな肌だった。
 鍛え上げられた筋肉と、しなやかさを持つ柔肌が、バランスよく存在している。
 上半身部分とは、また違った意味で目を惹かれる。
 直接的なアダルトさではなく、芸術品の中に時折混ざってくるエロスというか――――

「あー、タマ……」
「は、はいっ!?」
「さ、さすがに……、見すぎ……かも」
「あっ!? い、いや、すみません!」
「いやいや、いいよ大丈夫!
 恥じるべき箇所ではないし、恥ずべき箇所は、こうして隠してるからね!」

 あはははは! と、元のテンションに戻りつつ、腰に手を当て笑う。
 いくら見えないようにしているからと言って、足を開いて立たないでいただきたい。滑って転びでもしたら、色んな意味で大ケガだ。

「しっかり結んでるから心配ないさ!」
「そうじゃなくて、俺側の事情を考えてくださいって言ってるんです!」
「キミのじじょう? えー……、ん……。む……おぉ…………わ、わ、」
「?」

 彼女の視線は俺の顔から、下のほうに移って行く。
 大きな瞳が、僅かに更に大きくなった。その視線の意味を理解した後、俺は慌てて股を手で覆った。
 カルマさんはまるで、これから強敵に挑むかのような目つきになる。……代わりに、さっきまでの笑顔は消えていた。

「な……、なかなかだと思う……よ?」
「そ、そうじゃねぇ……!」

 好戦的な表情に反して、珍しく言葉はやや揺らいでいた。

「いやコレはその、アレがそういう感情では無いと言いますか! やましい事ではないと言っておくべき事案でございまして――――ぐぉっ!?」

 わたわたと内股で狼狽する俺を、しかし彼女は無理やり右手だけで押さえつける。
 小柄な身体のどこにそんな力があるのか。
 もしくは、今の俺にはどうやっても力が入らないからか。

「いいから座ろう、タマ」
「……………………ハイ」

 色んな意味で、身動きが取れなかった。
 さて。
 怒涛の、風呂回が幕を開ける。






 右手。左手。
 右足。左足と。
 意外にも彼女は丁寧に洗っていく。
 俺はずっと股を押さえている体勢だったのだが、様々な部位がどんどんと綺麗になっていくから不思議だ。

「よーっし……。こんなモンじゃないかな?」

 言って彼女は、仕上げとばかりに俺の背中にシャワーの湯をかけた。
 一日の汚れが綺麗に洗い流されていく。

「あ、お〇ん〇んは自分で洗ってね!」
「何のためらいも無くその単語を!?」

 騎馬崎 駆馬、十九歳。
 彼女の言葉(いきざま)は、思った以上にもパンクだった。

「というか、無理やり洗われるのかとひやひやしてました……」
「さすがにボクも、異性のお〇ん〇んは触ったりしないよ~」
「良かった……! そこだけは分かっていてくれて本当に良かった……!」

 あははと彼女は面白そうに笑う。
 そして。
 俺の後ろにすとんと座った音がして。

「さてと。ボクも洗おうかな」
「おいおいおいおいおいおいおいおい」

 背中越しに不穏な言葉が聞こえましたが。

「ん? どうしたの?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!」
「壊れたラジオみたい。もしくは、本当に壊れちゃった?」
「壊れたくもなります」

 言っている間にも、カルマさんは完全に上下のタオルを外し終えたようだった。
 先ほどのボディーラインから逆算し、彼女の全裸が脳内に再生されそうになってしまう。
 俺は慌てて頭を振って、彼女に注意を施すことにした。勿論声だけを、背中越しに飛ばしてだ。振り返るような愚策は決して行わない。

「あなた、この状況で、本気で身体を洗おうとしてるんですか?」
「お風呂だからね」
「そうだけど……」
「あ、大丈夫だよ! 後でボディソープ代とかは支払うし! パーセンテージでいい?」
「そういうことではないです!」

 だめだ。めっちゃ単純な単語しか浮かんでこない。
 元より。一度こうと決めたこの人への説得など、試みるだけ無駄なのだ。ダンジョン三階層分だが、理解できている。

「…………」

 しゅこしゅこと、タオルと泡が肌を滑る音がする。
 先ほど俺へ行われた洗浄を、彼女は今、自分の体へと行っているのだ――――

「…………はぁ」
「ん?」
「いや……。諦めました」
「なぁにそれ?」

 ため息をつきつつ、俺は彼女に言葉を投げる。

「これから先、あなたとパーティを組んで行くにあたって。こんな突拍子もないことが起こるのかなと思うと、慣れておかないとなと思いまして」
「よく分かんないけど、ありがとう……でいいのかな?」
「まぁ……、イイんじゃないですかね?」
「…………」
「…………」

 再び、タオルが滑る音が響く。
 背中合わせの二人。
 互いに全く性格が違うのに、こうして裸になって、やることは同じだから不思議だ。

「えへへ……。ありがとね、タマ」
「こちらこそです」

 何がとは、言及しなかった。
 パーティを組んだことに関しては、最終的に俺が決めたことだし。
 破天荒に付き合って受け入れたのも、納得済みのことだし。
 彼女のパーソナリティと付き合っていくと割り切ったのも、感謝される謂われはない。

 だから俺の返事も、的を射ていないのかもしれない。
 それでも、一先ずはこのコミュニケーションで、いい。
 俺とカルマさんは、こういうので良いと思ったのだ。

「あ、ところでタマ?」
「何ですカルマさん?」
「これ……、身体拭くときどうしようか?」
「どうして考えなしに行動するかな……」

 一瞬の沈黙の後。
 先に口を開いたのはカルマさんだった。

「が……、」
「が……?」
「頑張るね!」
「くそう……!」

 その後彼女は、赤面しながらも、決して目を逸らすことは無かった。
 両手が不自由でどうしようもない俺は。
 ただただ、赤子のように。

 ――――拭いてもらったのだった。

「……そこは、目を逸らしてもいいところなんですよっ!」
「で、でもほら、ボクが頑張るしか、ない……、……ごくり」
「生唾を飲み込まないでくださいよ生々しい……」

 そんな俺は顔を覆うしか無くて。
 こんな風に。
 俺たちのファーストインプレッションは、終わったのだった。