新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する



 今から六年前。
 西暦二千十六年、初春。
 世界中に突如として、『ダンジョン』なるものが発生した。
 人々は混乱し、狼狽し、動揺し、困惑し、迷走し、――――そして順応した。

 社会というのはとても複雑で、単純だ。
 一つの決まり事さえ決まってしまえば、それをフックに様々な物事が芋づる式に進んでいく。そんなことを、中学生ながらに俺は思った。

 まぁ実際はもっと複雑だったりするのだろうが、俺たちが生きていく上ではあまり変わっていない。
 医療系、飲食業、美容・ファッション、公務員。
 事務、秘書、建築、スポーツ選手や教員、その他もろもろの職種の中に。
 冒険者という職業が、追加されただけのことである。





 そして――――現在俺に訪れているピンチは。
 そんな世界になった中の、ごく一部地域の出来事だ。

 ここは、世界中に数多(あまた)発生するダンジョンの中の、Cランクダンジョン。
 普段学園で潜っている、ランク調整がされていて、安全で、いたる所に監視カメラ(セーフティー)が設置されている汎用ダンジョンとは違い――――プロが潜るダンジョンだ。

 俺たち学生とプロの間には明確に差がある。
 安全などなにもなく。
 死と隣り合わせ。それが常。

 それは分かっていた。
 分かっていたのだが……、気が急いてしまい、つい挑んでしまった馬鹿野郎が、何を隠そうこの俺だ。

 そしてそんなダンジョン内にて。パーティメンバーに置き去りにされ、途方に暮れていた、そんな折。

「あはははははッッ!」

 プール開きの小学生よろしく、元気にはしゃぎまわる彼女。
 騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)先輩に救出された。

 いや、救出されたと言えば聞こえは良いが。
 そこからひねり出されたのは、新たなる問題(ピンチ)だった。

「ボクと一緒に最奥を目指そう!」

 どうにか無事に帰ろうと思っていた俺に対し、カルマ先輩はそんな誘いを口にする。

「えぇ……? い、嫌ですけど……」
「あはは! 秒で断るね!」

 笑いながらも彼女は俺の服の端を掴んだ。
 こつこつ貯めて買った冒険者用の外套(マント)である。丈夫なのが仇となり、掴まれている限り逃げ出せなかった。
 小柄ながら力が強い……!

「え? 何でイヤ?」

 きょとんとした瞳で真っすぐに俺を見つめる彼女。
 純粋な疑問なのだろうけれど、明るさの中にもエネルギーが混じるその瞳は、得体の知れない『圧』も同時に感じた。

「その……、俺はクリアを目標にしてなかったというか……」

 俺は彼女に、ここのダンジョンに挑んだ理由を説明することにした。

「そもそも俺たち学生の評価基準は、プロのソレとは違うでしょう?」
「そうだねぇ」

 プロはダンジョンをクリアして生計を立てなければならないが、見習いである俺たちは、ダンジョンを『どれくらい踏破したか』で評価を得られる。
 勿論クリアするに越したことは無いが、それが出来ないのは最初から分かっているワケで。

 ちなみにこれくらい無茶な話。

 俺(見習いFランク)<<<超えられない壁<<カルマ先輩(見習いBランク)<<<平均のプロの壁<<<プロCランク(今いるダンジョン!)<<<<それ以上

 確かにダンジョンというものは、『クリア』がある。
 この世界に発生しているほとんどのダンジョンは、その最奥に設置されている宝箱内アイテムを取れば、ダンジョンが消滅し外に脱出することが出来るのだ。
 つまり俺がこの場所から外に出て評価を得るには、最奥に行くか、入口まで引き返すかの二択なわけで。

「そして俺たちパーティは、後者を選ぶ予定だったんです」
「ふむふむ。なるほどね?」

 そもそも最初から、クリアしようとは思っていない。
 そんな俺の説明に、カルマさんは納得いかないような顔のまま頷いた。

 本来ならば。
 俺たち冒険者見習いは、プロが挑むようなダンジョンには来ない。
 評価を上げるにしても、学園内でランクを調整された汎用ダンジョンに挑むのが普通だ。
 汎用ダンジョン内はモニターされており、命の危険がせまったり、トラブルに見舞われたりしたさいには、即試験を中断してくれる。

「ただそこで選択肢。
 真っ当に試験をクリアするよりも……」
「はい。プロも挑むようなダンジョンに潜って、『踏破率』――――つまり、『何階層まで進んだか』で評価を得ようとした、んですが……」
「結局上手くいかず、命を落としかけたんだね~!」

 なるほどね! と元気に頷くカルマさん。
 どこに元気になれる要素があるのか問い詰めたい。
 まぁ、そんな理由があったので。

「そもそも俺たちは、この三階層まで進んだら、引き返すのが目的だったんですよ。
 ……他のパーティメンバーは、それよりも先に逃げてしまいましたが」

 俺だって本来なら引き返したかったが、道に迷った挙句にモンスターから逃げ惑う過程で、階下に降りざるを得なかったのだ。
 本来ならばいの一番に脱出したかったくらいである。

「ふむふむ、オッケー!」

 彼女は変わらず元気に、「事情は分かったよ!」と頷いた。
 もしかして、こちらを元気づけようとするため、わざと明るく振る舞っているのだろうか。

「じゃあ戻ろうか! ボクが上まで連れてってあげるから」

 カルマさんはそう言うと、てきぱきとした動きで先に進んで行こうとする。

「え!? あ、いや、ちょ……、ちょっと!」

 そんな彼女に、俺は一度待ったをかけた。

「ん? 何で待った?」
「あ……、いや」

 なんというか。
 展開がスピーディすぎる。
 自業自得でピンチに遭い、そこへ颯爽と有名人が現れ、命を救われたかと思ったら、手持ちのスキルがよく分からないものに変わっていた。

「……っていうのが、今の俺なんですけど」
「あははははは!」
「ここで笑いだすのは狂気なんだよなァ!」

 笑いながらもカルマさんは。
 とてつもなく真っすぐな瞳で見返してきた。

「ボクはね。キミを助けにこのダンジョンに入ったんだ」
「え……?」
「プロのダンジョンは、前のパーティと一時間開ければ別パーティも入れるじゃない。
 だから、急いで追いかけて来たよ!」
「え……、誰と?」
「ボクが二人いるように見える?」
「六人用のダンジョンに一人で入ったんですか!?」
「あはははははは! ――――おりゃあ!」

 真っすぐなエネルギーで笑っていたと思ったら、奇襲をしようと迫っていたスケルトンをノーモーションで蹴り飛ばす彼女。

「メンツを見て、万が一が起こりそうだなーと思ってさ」
「ど、どういう……、うわぁ!」
「また奇襲だね。おりゃー!」

 先ほどよりもやや可愛らしい声で蹴りを放つ。
 次々と襲い来るスケルトンの群れは、バラバラになって散っていく(ちなみにこのスケルトンも、上級のスケルトンだ。一体一体がけっこう強いはず)。

「ここにいるとどんどん敵が湧いてきちゃうね!」
「楽しそうに言わないでください!」
「あはは! とりあえず、脱出だ!」

 言って彼女は笑いながら、手を差し出した。
 俺はまるで、夜会をロマンチックに抜け出すお姫様のように、つい手を取ってしまう。

「――――あ」
「よし、行こう!」

 手を引かれて、その場から駆け出す。
 謎は色々ある。
 どうして俺を助けるために、わざわざ有名人兼実力者が来てくれたのか。
 どうして俺と、パーティを組もうと思っているのか。
 あのスキル変化は一体何なのか……などなど。

 けれど。そんなことが頭の中からトぶくらい。
 破天荒に、強烈に、縦横無尽に爽快に。
 騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)は駆けていく。


 そんな風にして、この日。
 俺は彼女に救われて。
 最底辺冒険者見習いという立場を、一気に脱却することとなる。

 これは。
 覚醒の物語。

 これまでうだつの上がらなかった月見 球太郎が。
 力技で、ほぼ無理やり上級ランクへと覚醒させられる(・・・・・)――――

 サクセスストーリーに似た、何かである。





プロフィール・1

名前:月見 球太郎(タマ)
身長/体重:172センチ/60キロ
職業:付与術士(バッファー)

物理攻撃:F  魔法攻撃:E
物理耐久:F  魔法耐久:D
敏捷:D    思考力:F
魔力値:D   魔吸値:F

常時発動(パッシブ)能力(スキル)
回復量増加:E

任意発動(アクティブ)能力(スキル)
魔法上昇(マジカロ):E、攻撃上昇(ストラク):E、回復術(トリトム):E、
ボール出し:A+++(元・防御上昇(ハーデン):C)、






ステータスの意味合いについて
物理攻撃:物理で攻撃したときの値
魔法攻撃:魔法で攻撃したときの値(回復値やバフ・デバフにも影響)
物理耐久:物理攻撃からの耐性値
魔法耐久:魔法攻撃からの耐性値(回復値やバフ・デバフにも影響)
敏捷:様々な速度数値の総合(回避値も含む)
思考力:その戦闘における最適解を弾き出す速度(学力、IQとは別物)
魔力値:自分の体内の魔力総合値
    この値が高い程多くの魔法を放つことが可能となる
魔吸値:ダンジョン内の魔力をどれだけ吸収できるかの値
    この値が高ければ他項目の値が底上げされやすい


パッシブスキル
ダンジョン内で常時発動している個人の能力。稀に他人へ影響を及ぼすスキルを習得している者もいる


アクティブスキル
ダンジョン内にて任意で発動する能力。
攻撃方法や魔法名で表示され、中には個人で名前を付けている者もいる(効果は同系統の魔法と同じであることが多い)






 騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)と言えば、学園に馴染めない俺でも知っていた。
 太陽のような笑みと、小柄なワンコ感。
 けれどその中身は、修羅のような道程を辿った元・アスリート女子である。
 そんな、元スタープレイヤー。

 今から六年前。
 世界各地で起こったダンジョン発生の土地に、このセピア丘学園も選ばれた。
 元は、小学校から大学院までが入るほどの広大な敷地を持つ、お嬢様学校だった。が、切除できない事象に襲われたと理解するや、経営陣の行動は早かった。
 急ピッチでこの学院の歴史に幕を閉じ、アフターケアも万全にしたのち――――この、ダンジョンに隣接する土地を、『冒険者育成施設』へと再編させた。

 このころの俺も、そしてカルマさんも、この学園とは何のかかわりも無い人間で。
 俺は平凡な小学生。カルマさんは当時から、超新星の、ジュニアサッカー選手として名を馳せていた。

 そこから六年。何の因果か。
 俺たちは示し合わせたように、同じ年に冒険者を目指し、この学園に入ることとなる。

 元々この学園は、十歳から二十二歳までの人間なら入れる制度だ。
 これまでの経歴も学力も、学費が払えるのならば経済状況さえ不問というのが、この新生した学園の理念らしい。

 ――――なので。
 高校一年生までは普通の生活を送っていた俺みたいな一般人でも入れるし。
 騎馬崎先輩のような、超一流スポーツ選手でも、進路を変えて編入できるのである。

『サッカーは終わり! 次はダンジョン(ココ)です!』

 写真の光とマイクが飛び交う記者会見で、騎馬崎 駆馬は元気よくそう告げ。
 この学園へと足を踏み入れた。

 小学校からすでに、飛び級で高校生以下年代の代表入り。
 中学一年生で本格化し、世界で表彰されたこともあるほどの天才プレイヤー。
 俺はサッカーのことはよく分からないけれど。
 その分野を沸かせた人間というものは、素直に尊敬できる。

 一度何かの映像で見た限りだと、あのスピードと動きは人間のソレではなかった。
 ダンジョンに潜る俺たち『冒険者』は魔法で身体能力が強化されるけれど、それでも今の俺にあの動きが出来るとは到底思えない。

 さておき。
 そんな騎馬崎女史は、高校一年のとき。
 まだこの学園とは一切関係のない、スーパースターだった時代。
 その所属高校を、全国優勝へと導いた。
 ぶっちゃけ終始、彼女の独り舞台だったらしい。
 サッカーは一人ではやれないとは言うが、チームを盛り立て、勝利へ導くことは一人でも出来ると、世界でも有名な監督に言わしめたほどだとか。

 だから意外だったのだ。
 世界中から注目され、
 サッカーをこのまま続けていれば、確実に成功が約束されているであろう彼女が、
 その道を逸れて、『冒険者』の門を叩いたことが。




「とりゃー!」
「おー……」
「おりゃー!」
「おぉ~……」
「うりゃりゃ……やぁッ!」
「ほほぉ~~……」

 カルマさんを先頭に、俺たちはダンジョンを進む(もどる)
 第三層のモンスターたちですらも余裕だった彼女にとって、第二層のモンスターは紙くずに等しかった。
 エンカウントからテンカウント以内。
 悉く、現れた先から魔力の塵となっていく。

「絶好調だね!」
「絶不調のときとかあるんだろうか……」

 太陽のような笑顔がまぶしい。
 真っすぐな瞳で狂気的に笑うとき以外は、本当に爽やかなスポーツ少女といった感風貌だ。黒髪ショートだからというのもあるかもしれない(青く変色した部分からは目を逸らしつつ)。

「少女っていう年齢でもないけどね! 十九歳! 大学生のお姉さんだよ!」
「あ、あぁまぁ……、そうですね……」

 小柄な体でえへんと胸を張る彼女。
 まぁ、しっかり者のお姉さんといった感じではあるけれど、それにしてはやや落ち着きが足りない気もする。

「今お姉さんキャラにしては、足りないものがあるって思ったでしょ~」
「え、いやその……」
「身長かおっぱいか、どっちかだと見たね!」
「違います」
「でも十八歳の男の子だもんね! 女の人の身体にイチャモンつけちゃうのは仕方ないよ!」
「そこ笑って言わないでください! 俺がとんでもなくゲス野郎みたいじゃないですか!」
「柔らかさには自信があるよ」
「何の話してます!?」
「身体の関節のはなし」
「紛らわしい!」

 喋りながらも、彼女はざくざくと先へ進んでいく。
 基本的な歩行速度が違いすぎるので、俺はついて行くだけで精いっぱいだ。……何もしてないのに。

「今は何もしなくて大丈夫だよー。元よりさっきの魔法球? は、イレギュラーなものとして扱ってるから」
「です……ね」

 確かに先ほどの特大魔法球は、俺のピンチを救ってくれた。
 けれど、再現性の無いものを戦力としてカウントするわけにはいかない。
 もしかしたら暴発する可能性だってあるのだ。

「何であんなものが出たのかが分からない以上、慎重に扱うべきですね」

 そう俺が言うと。しかし彼女は「いや」と首を振った。

「その力の内訳は分からないけれど、キミの身に『何で』変化が起こったのかは、分かるよー」
「え……、そうなんですか?」
「うん」

 言いながら彼女はよしよしと俺の頭を撫でる。
 どうしてこのタイミングで頭を撫でたんだ……。お姉さんキャラ特有の甘やかし行為にしては、タイミングが謎過ぎる……。

「あ、あの。俺の身体への変化って?」

 こちらの質問に対して、カルマさんは笑顔のまま指を立てて説明する。
 頼られたことがそんなに嬉しかったのか、満面の笑みだ。
 ホント、狂気な笑顔以外は、かわいいな……。

「まずはスキルの変化についておさらいしておこうか。
 ボクたちは冒険者として、基礎ステータスに加え、常時発動(パッシブ)能力(スキル)任意発動(アクティブ)能力(スキル)を持ってるでしょ?」
「そうですね」

 常時発動(パッシブ)は、ダンジョン内でほぼオートで発動しているもの。
 何らかの加護とか、攻撃や防御のアップとか。恩恵のようなものである。
 個人だけに効果があるものもあれば、パーティを組んだ時、その人員全員に効果を及ぼすものもあったりと様々だ。

「俺に変化があったのは……、任意発動(アクティブ)の方」

 任意発動(アクティブ)は、ダンジョン内の魔力と自分自身の魔力を使って、任意で発動するもの。
 回復魔法や攻撃魔法、防御魔法などなど。罠のサーチや高速移動魔法。
 前衛が使う物理攻撃技も、このカテゴリである。

「そうだね!」

 言い終わると同時、彼女は再びえらいえらいと頭を撫でてくれた。
 事実確認をしただけで、褒められるようなことは何もしてないんだけど……。
 あと、実は撫でられるたびにイイ匂いがして、ドギマギするのでやめていただきたい。

「あ、あの。それで……?」

 質問ばかりになってしまっているが、ここをはっきりさせておかないとどうしようもない。
 申し訳なさそうな俺の質問に、しかし彼女はあっけらかんと続けた。

「スキルの変化は、今でも確定した研究結果は出てないんだ。だけど、おそらくコレだろうという推論は立ってる」

 それが。
 危機的状況における、体中の急激な成長と。
 もっとこうしたいという、願望やイメージが具体化される現象である。

「キミはあのときモンスターに襲われ、命の危機に面していた。
 そしてボクの、足技による攻撃を見た。これがきっと、――――変化のピースだったんだ」

 ダンジョンの風にさらりとなびく、彼女の短い黒髪。
 それから連想し、出会ったときの光景を思い返す。

「確かに……。あのときは、とにかく必死でした」

 目に映る全てのものが情報として流れてきた感じだった。
 死にたくない一心で、とにかく出来る限りのものを見て、何か打開できるものは無いかと無意識に探していたのかもしれない。
 結果的には自力で何とか出来なかったものの……、それが、スキル変化のトリガーとなった。

「知っての通り、ボクはサッカー選手だった。だからやりやすい攻撃方法をとると、自然とサッカーの『何らかの』フォームに近くなる」

 最初の飛び蹴りも、俺の出した魔力球を蹴った時も、ダイレクトボレーシュートみたいな回し蹴りだった。
 遠心力を利用した腰の入ったそのキックは、今はサッカーボールでは無く、モンスターを蹴っているわけか。

「だからキミはきっと、この場に足りないモノを補うために、とっさに魔力を出したんだろう。あの――――超密度の魔力球をね」
「そんなことが……」

 確かに。
 俺が一番慣れている魔法は、自分か味方の防御力を上昇させる『防御上昇(ハーデン)』のスキルだ。
 ――――死にたくない。
 から、とにかく慣れているやり方で、魔力を出してみた。
 するとそれが、防御魔法ではなく攻撃魔法――――のようなナニカに変化した、と……。

 彼女の説明を一通り聞き終えて。
 俺はあらためて……、首をかしげていた。

「……うーん」
「うーん……?」

 カルマさんは覗き込むような視線で、疑問が晴れていない俺へと問いかけた。

「腑に落ちないかな。――――『玉突き事故』の月見くん?」
「ッ!」

 瞬間。
 脳裏にフラッシュバックする。

 これまでの悪評。
 視線、声、噂。

『アイツも参加してたのかよ』『いなくなってくれねぇかな』『こっちにも影響無いといいよな』『前の試験も、アイツのパーティがさ』『迷惑だよなあ』『どっかで事故って消えてくれねえかな』『何のためにこの学校いるわけ?』

 耳を塞いでしまいたくなる幻聴が、一時的に脳を支配する。

「……カルマさん、そのこと」
「うん。ボクも知ってたよ。キミの評判」
「……う」

 俯きながら、冒険者プレートに目を向ける。
 カルマさんと組まれたパーティの証だ。
 しかし、本当にこのまま組んでしまって良いのだろうか。
 何たって俺は、悪評付きまとう冒険者見習いだ。

「――――『玉突き事故』の月見、かぁ。
 うまいこと言ったもんだよね」
「……、」

 うなだれる俺を他所に、カルマさんはおさらいのように、一つ一つ、事実を確認していく。

「キミと組んだパーティは、その悉くがクエストを失敗してしまう」
「……」
「しかも、失敗理由は均等に、均一に。
 まるで図ったかのように、口をそろえて全員が同じことを述べる」

 曰く。
 途中まではうまくいっていたが、月見が急によく分からない行動をしたせいで、バランスが崩れた、と。

「全員だ。
 キミに関わった全員が全員、嘘偽りなくそう発言している」

 彼女の言うとおりだ。
 だから俺はこうレッテルを貼られている。
 肝心な時に仕事の出来ない、無能の付与術士(バッファー)
 途中で恐怖に支配され、混乱して場を乱す邪魔者。
 そういう、疫病神のような扱われ方だ。

「そう噂されるようになってからは。授業でも出来る限りみんなの邪魔にならないよう、チーム実習には顔を出さないようになりました」

 それゆえに昇級もなかなか出来なかった。
 授業を受けていないのだから当たり前だ。

「きみ確か、このダンジョンには、同じFランクの人から誘われたって言ってたね?」
「はい。Fが一人。それ以外はDランクです」
「なるほど。災難だったね!」

 あははと彼女は視線を外さず笑って、言葉を続ける。

「おおかたこんなところじゃないかな?
 今回はたまたまキミの悪評を知らない、編入したてのFランクの子に誘われた」
「……」
「が、Dランクの連中は。元々どこかでキミを『切る』気でいた」
「――――!」

 あまり耳にしたことは無いが。
 中にはパーティメンバーを(エサ)にして、高ランクモンスターから逃げる奴らもいるという。

「だってキミら、(はな)からクリアする気は無かったんだよね?
 つまりは、月見 球太郎を囮にして、三階層踏破の実績を作りにいった――――ってところかな?」
「そんな……」
「笑えるね」

 言いつつも、彼女は笑わず言葉を吐き捨てた。
 正義感が強いのか。
 それとも仲間想いなのか。ともかく。

「そんなキミは……。
 第三階層に置き去りにされて、成すすべなく彷徨い歩いてモンスターに遭遇して――――ボクに出会って今に至ると」
「そう……ですね」

 事実を整理してみると。
 思った以上に大分酷い。
 俺の悪評を知っていても、パーティを組んでくれたということが嬉しくなって、囮に使われるかもしれないという考えにまで至らなかったのか。

「大分酷いですね……、俺は」
「ん? 何が?」
「そうでしょう。パーティに切られるかもっていう最悪を、想定して動けなかった」
「へえ……。キミ……、」

 カルマさんが何かを言おうとした直後だった。
 ズン――――、ズン――――と、これまでの大型モンスターよりも一段大きな音が、フィールドに響き渡る。
 足音は、二重。
 つまりは二匹の、超大型モンスターが迫ってきている。

「よし。この話は後にしよう。……だけど、ねぇタマ」
「タ、タマ……? って、俺のことですか?」
「うん。月見 球太郎だから、タマね?」
「は、はぁ……」

 急なあだ名呼びにきょとんとする俺に対し、彼女は真っすぐに目を見てくる。
 大きく見開かれた元気な瞳が。
 俺の目を掴んで離さない。
 目を切ったら負けだと言わんばかりの、力強い眼光だった。

「キミはキミの、思った通りに動いてみて」
「え……」
「これまで散々ボクを味わっただろ? 今度はボクが、キミを試す番だよ!」

 その言葉はしかし。
 嫌な感じは一切しなかった。
 というよりも、この言葉の意味を考えると。
 それは……、本格的なパーティ宣言だ。

「信じてるよ! 何せボクは、頼れるお姉さんだからね!」

 そうして。
 エンカウントする。

 二匹のバケモノと。
 二人のニンゲン。

 ゆうに俺たちの倍以上あるその巨躯は。
 こちらへと勢いよく襲い掛かってきて――――




 迫り来る巨躯が二体。
 しかしそれらは、俺の方へと来ることは無かった。

「たぁ!」

 カルマさんが放った神速の蹴り。
 それにより上半身にダメージを追ったサイクロプスと呼ばれる一つ目巨人たちは、二体ともターゲットを彼女に定めた。

「あはははは! おそいおそいー!」

 宙へ舞っては蹴りによるダメージを与え。
 地面を、壁を、時に相手の身体を蹴って、フィールドと空間を縦横無尽に飛び回るカルマさん。
 遠くから見ているのでかろうじて姿は確認できるが、それでもはっきりと見えないのは流石の速力だ。

「そー……りゃッ!」

 まるでサッカーボールを蹴るかのように。
 彼女のインステップキックが巨人の腕へと炸裂する。
 しかしこれまでの敵と頑丈さが違うのか、苦しみはするものの、腕を破壊するまでには至らなかった。

「グォォォッ!」

 反撃に出る巨人だが、それを回避したカルマさんは後方に大きく飛びのく。
 が、そこへと。
 もう一体のサイクロプスが、大きな両腕で迫り来る――――ことを。
 俺は。
 予見していた。

「…………ッ、」

 けれどそこで、動きは止まる。動きを止める。
 前へ進もうとした足へと無理やり待ったをかけて、その場で立ちすくんでしまった。

 玉突き事故の月見。
 急に異様な行動をしだすため、チームに迷惑をかけ、クエストを失敗させる。

 そんな評価があって。
 俺は度重なる失敗のせいで、『俺自身』を信用できない。
 この考えが合っているのか。正しいのか。
 この行動に意味があるのか。適切なのか――――

『キミはキミの、思った通りに動いてみて』
「あ……、」

 一瞬のフラッシュバック。
 彼女の視線(ねつ)が、思い出される。

「俺……、俺は……ッ!」

 けれど。
 けれどけれど、けれど――――
 迷っている暇はない。
 止まっているかのような一瞬時間。
 巨人の腕の、わずか下で。
 彼女の牙が、歪んだような、そんな気がした。

『信じてるよ』
「カルマさん……」

 自己紹介だ。
 これまでの月見(つきみ) 球太郎(きゅうたろう)は、こんなシチュエーションに面したとき。
 後衛が前衛を(・・・・・・)かばう(・・・)という動きをしていた。

 パーティが窮地に陥ったときの、最終手段。
 俺の防御上昇(ハーデン)は本当にポンコツで。他者へかけたときと自分自身へかけたときだと、ランクが違うのではないかと思うくらい上昇力に差がある。
 だから、自分自身へと防御上昇(ハーデン)を付与し、攻撃を受けそうになっている前衛をガードする。
 本来ならばあり得ない行動だが、それが最善であると、思ってしまうのだから仕方がない。

『は!?』『オイっ!』『ちょっとっ!』『何やってんだお前!』『ふざけないでよ!』

 数々の罵声が思い出される。
 そう――――
 けれどそれによって、前衛はリズムを崩し壊滅。
 後衛もそれに巻き込まれてクエスト失敗……と。
 それが、俺が『玉突き事故』と呼ばれる由来だった。

 だから/きっと/おそらく/本当は、
 今ここで走っていくのは間違いなのだ。
 元より俺には、魔法を放つための杖がない。ピンチのときに失われてしまっている。

 今はもう、一つしか。
 出来ることは無い。
 少なくとも、彼女に対しては。

『キミの――――』
「思った通りに、」

 彼女にとっては、どちらでも良かったのかもしれない。
 俺が従来通り前線に走るのでも。
 例え走らなくても、一人で状況を打開できた。そんな気がする。

「けど、俺は……!」

 俺も、一緒に戦いたい。
 パーティの戦果の、一部になりたい。

 そう思ったからこその、熱。

「うぉ――――おおおおおッ!」

 奥底から魔力を練り上げる。
 杖はない。なのに、威力は高い。

「ボールよ……! 出ろッ!」

 名も無い魔法を放出させる。
 両掌から練り上げられ、球体のカタチをとったソレは。
 ゆるやかな軌道を描き、彼女の頭上へと飛んで行った。

「あはっ☆」

 ぺろりと舌なめずりの音。
 宙を舞う魔力(ボール)を見て、目を輝かせる彼女からだ。
 きらきらとした瞳が輝いて。
 ソレに、飛びかかる。

「そこだね……!」

 良く晴れた草原。澄み渡った空気の中舞う、一枚のフリスビーとカワイイ犬。
 しかし、そんな平和な光景が見えたのは、勿論錯覚だった。

「――――シュートッ!」

 ダイナミックなオーバーヘッドキックが、魔力玉を蹴り飛ばす。
 後、一瞬の爆発。
 超密度の魔力を持った巨大球は、流れ星のように急降下していき、サイクロプスへと炸裂した。

「よし! やったァ!」

 着地した後、灰燼と化していく巨体を見てブイサインを出す彼女。
 しかし。

「カルマさん、後ろ……!」

 背後からもう一体のサイクロプスが迫る。
 俺は再び魔力玉を生成しようと思ったが、今の反動で上手く魔力を練れなくなってしまっていた。

「あはは、大丈夫だよ」

 笑ってカルマさんは。
 まだ消滅しきっていない、倒したばかりのサイクロプスの身体を駆け上がったかと思うと、そこから高い宙返りを見せた。

「ボクは負けない!」

 黒い魔力塵に、白い足が映える。
 鳥のように自在だと思ったし。
 龍のように、空を支配しているようにも見えた。

「――――行くよっ」

 そして黒龍は、牙を剥く。
 魔力の後押しによる直滑降。
 あまりにも眩い白き魔力。
 己が身をまるで一つの剣と化し、騎馬崎 駆馬は流星となり対象へと落下していく。

「やぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」
「グ――――ガァァァァァッ!」

 こうして。
 小さな矮躯の俺たちは、その倍ほどもあった巨人を葬ることに成功したのだった。

 消滅していく二体の巨人たち。
 どこか綺麗に見える黒塵を見送りながら、彼女は口を開く。

「……さっきの説明の続きだけどね、タマ」
「説明……? あぁ、スキル変化の話ですか?」
「うん」

 小柄な身体とは思えないほどに通る声で。
 まるで彼女は、俺を諭すように。
 言葉を浸透させるように、言い聞かせた。

「これまでキミは、防御スキルを自分の『軸』に据えてきた」

 人を守るとき。自分を守るとき。
 戦況を予測し、どうにかしなければともがき、あがいて、導き出したのが、『守ること』だった。

「けれど今、キミのスキルは。攻撃のためのものに変わったんだ」

 名称の間抜けさは置いておいて。
 俺のこの『ボール出し』は、物凄い魔力量を秘めていることは確かで。
 このスキルは、明確に攻撃用の魔力である。

「ずーっと長い間。
 どうにか現状を打開したいと考え続けていた――――キミの成果(・・)だよ」
「……」

 言って彼女は、こちらへ近づいて。再び俺の頭を撫でる。
 俺は身長百七十センチほど。彼女は百五十センチほど。
 だけど、意外と身長差が無いなあと思ったが、その理由をふと唐突に理解した。

「俺は……」
「ん?」

 きっと、彼女は姿勢が良くて。背筋も伸びていて。
 俺は俯く姿勢が多かくて。やや猫背気味だったからだろう。

 だから、彼女の、今の言葉をきっかけに。
 胸を張って、上を向いて。
 姿勢を良くして歩いても良いのかもしれないと。
 そう思って。


「――――出口だよ、タマ」
「そう……ですね」

 入り口からの光が見える。
 違う冒険者ともすれ違い、もう危険はほとんどないエリアに、帰ってきていた。

「……カルマさん」

 振り向く太陽を。
 俺は直接見やる。
 綺麗に輝く瞳が、俺の目を離さない。

「なぁに、タマ?」

 さて。
 ここでクエスチョン。

 助けてもらってありがとうございました。
 その後に続く、言葉を述べよ。
 ただし俺は。
 彼女と、パーティになりたいものとする。




冒険者
現代に発生した、『ダンジョン』へと潜る者の相称。
戦うだけでは無く、原因究明など研究目的に潜る者もいる。



ダンジョン
中には魔力が渦巻いており、高ランクであればあるほど魔力の濃度は濃い。
冒険者はこの魔力を身体に取り込むことで、超常的な身体能力を発揮したり、魔法を使用することが可能となる。
魔吸値のランクによって、ダンジョン中の魔力を取り込める量が上下する。




 ボク、騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)から見た月見 球太郎は、才能(・・)の塊だった。

「これはすごい」

 それは編入から半年経った頃。
 中庭の大型モニターに、試験の中継映像が映し出されていた。
 教員や試験官だけではなく、ボクたち一般生徒でも見ることの出来る、公開試験の真っ最中だったようで。

 その中で。
 明らかに『異質の動き』――――いや、『異質の考え』を持っている人物を発見した。

「…………へ?」

 彼は細身で、鍛え上げられてもいない身体を持ち。
 どこか申し訳なさそうに、どこか居心地が悪そうに。
 パーティの中に、しかし確かに存在していた。

 四人組の最後尾。
 前衛で戦う二人。中盤で矢を射る弓兵(アーチャー)の、更に後ろ。
 味方にパワーアップ魔法をかける役割を担っていた、何とも覇気の感じられない男の子だった。
 けれど。

「あの子……、天才だ……!」

 抜群の、味方との距離感。
 ポジショニングに目がいったのは、ボクが長年団体競技であるサッカーをやってきていたからか。ともかく。
 つかず離れず。
 自分が魔法を最大限かけやすく、かつ、戦況を把握できる位置に立って。
 その都度、必要なバフを味方へ与えていた。

「これは、この試験も楽勝だろうな~」

 そう、気楽に見ていた矢先だった。
 ベストのポジショニングに、ひびが入る。
 前衛の一人と後衛のバッファーが、衝突したのだ。
 それもおそらく、これまで後衛に居たはずのバッファーが、急に前へと飛び出した。

「ん……? んんん???」

 一瞬の疑問。
 けれどその後、ソレは氷解する。

「あぁ……」

 あの子。
 掛け値なしの天才だ。
 ボクはその状況をそう評したが――――どうやら周囲は違ったようで。

 その突飛とも取れる行動に、チームはバランスを崩し、モンスターからの反撃に遭い、あえなく試験は終了。
 前に飛び出した名も知らぬ男の子は、味方内外から、大量の批難を浴び続けていた。






「ボクが弁明しに行くことも出来たんだけどね。でも上手く説明できないかもしれないし、所詮は映像越しだからね。逆効果だろうなーって」

 ダンジョンから出たその足で。
 ボクたちは学園の報告課へと向かう。
 時刻は十六時。ボクがタマを追いかけ始めたのが昼前だったので、正味五時間ほどしか経過していない。
 その割には濃い時間だったなぁと思い返しつつも、ボクはタマの様子を伺う。

「見てたんですね……、そのときのこと」
「ありゃ。テンション落ちちゃったかー」

 この様子を見るに。その一回だけじゃ無いんだろう、ヘマをやらかしまくっていたのは。
 彼と組んだ人たち全員が同じ評価を下すってことは、つまりはどのチームに居ても、同じムーブをし続けているということなのだから。

「俺の行動原理や思考を、説明できないのが悪いんです」

 けれどタマは。
 落ち込むというよりかは、自分の実力不足を認めているような言い方をする。
 自分の落ち度をしっかり見つめられるのは、彼の良さだよなと改めて思う。

「タマはさ。目の前のことに、全力過ぎる(・・・・・)んだね」
「え……? あぁ……」
「周りと上手くいかなかったのは、ソレが原因だ」

 戦闘方法の話では無く。
 性格的な話。
 簡単に言えばこの月見 球太郎という人物は。
 みんなのことを考えすぎるが故に、いつも全力で頑張ってしまって。
 ちょっと、空回りしてしまう男の子なのだ。

「過去の試験内容だけど。色々と話しを聞かせてもらったよー。
 組んだ生徒のみならず、そのときに見ていた教員や試験官の意見もね」
「そんなことしたんですかカルマさん」
「大事なバッファー……になってくれるかもしれない子のことだし。これくらい当たり前じゃない?」
「……」

 何を当然のことを。
 データは集めれるだけ集めたほうが、いざという時役に立つ。
 そういうところ、もっと教えていけたらいいかな! お姉さんとして!
 まぁとにかく。

「キミの最大の武器。それは――――、先読みの技術だ。
 何で培った技術かは知らないけど、キミは誰よりも、敵の攻撃を読めすぎる」
「う……」
「だからこそ、それが噛み合わなかったとき。
 傍目にはキミひとりの(・・・・・・)暴走(・・)に見えてしまう」

 ボクの言葉に、「その通りだ」と言わんばかりに目を伏せるタマ。
 うーん、だからぁ。しょんぼりさせたくて言ってるワケじゃないんだけどなー……。
 お姉さん道は険しくて難しい。
 もっと頼れて元気づけられるお姉さんになりたいんだけど。

「やっぱり包容力? 包容力なの?」
「はい?」
「もうちょっと胸も大きい方がいいのかな? サイズの割には柔らかいとは思うんだけど」
「何の話してるんです!?」

 お。とりあえず大きな声は出たみたい。
 何がきっかけかは分からないけど、良かった良かった。

「とにかくね、タマ。
 キミはこれまで散々無能だ何だと言われてきたんだろうけど。間違っても無能ではないよ」
「……」
「まぁ、有能かどうかは、これから先の行動で決まっていくんだろうけどねー」

 彼の有効な使い方は。
 ともかく強敵と戦うことだ。
 その戦闘経験のあるなしで、動き方もだいぶ変わってくると思う。

「だいたいキミもさ。自分がこう考えてるよってことくらい、ちゃんと周囲に伝えておかなきゃ」
「そう……なんですけど。そういうの苦手で……」
「いきなりやられたらびっくりするよね!
 何せこれまで最後尾でバフを放つだけに徹していた後衛が、いきなり前に飛び出すんだから! あはは!」
「ですよね……」

 ただまぁ。
 あのときはアレがベストだったと、今でもボクも、そして彼自身も思っている。

「コミュニケーションが苦手だろうがなんだろうが、仲間に手の内は知らせておくべきだと思うよ」
「はい……」
「ボクにはちゃんと伝える事!
 なんたって今は、『玉突き事故』の月見じゃなく、うちの大事な『ボール出し係』なんだから!」
「……はい!」

 まぁ。
 パーティ内における『ボール出し係』って何だろうという疑問はさておいて。

「あの、カルマさん?」
「なに?」
「ってことはつまり、カルマさんはそのときから俺を見てたってことですよね?」
「ん? そうだね――――」

 いや待てよ、聡明でお姉さんなボク。
 確かにその通りだけれど。その発言に素直に頷いた場合、いろいろ誤解されそうではないだろうか。
 ぶっちゃけると、いくら聡明で優秀で人当たりの良いお姉さんであっても、けっこうキモいのでは? なんかストーカーみたいな扱いされそうじゃないだろうか?
 それは流石にこちらとしても本意ではない。
 ボクはストーカーではなくお姉さんなのだから。彼にとっての頼れる先輩でありたいのだから。
 せっかくパーティ組めたというのに。
 変な誤解で距離をとられたらたまったものではない。

「いやいや、全ッ然キミのことなんか見てないんだからね!」
「急にどうしました!?」
「キミのことなんざ全然好きじゃないんだからね!」
「出来の悪いツンデレみたいになってますけど!?」
「ツンデレなんかじゃないんだからね! そんなの目じゃないんだからね!」
「じゃあもうこれ、ただの怒りっぽい人だ! お気持ち表明アカウントみたいなやつだ!」
「アカウントなんて持ってないんだからね!」
「たしかに、ネットには疎そうな気はしていました! いや……、もういいです……」
「むぅ……」

 なにやらコミュニケーションに失敗してしまったみたいだけど。
 まぁいいか。どうやらテンションは元に戻ってくれたみたいだ(正直今ボクはノリで喋っていたから、どういう発言したか覚えてないけど)。

「とりあえず。報告終わったら、明日の結果待ちだね」
「え、報告したらそのまま帰っちゃうんですか?」
「うん。クエストを、クリアか脱出したら、だいたいそう――――あ、」
「あー……その」

 そういえば彼。
 これまで全部のクエスト失敗してるんだっけ。
 学園内の汎用ダンジョンだから命があっただけで、これまでの人生で、『ダンジョンの報告』というものを行ったことが無いのか……。

「つまり……、初体験ってことかぁ」
「ま……、まぁ、そうなりますかね?」
「ボクが初体験の相手かぁ。嬉しいね!」
「間違ってないんですけど御幣がありますね!?」

 間違っていないのならば良いのでは?
 そう首をかしげていると、程なくして報告課の部屋が見えてくる。

「それじゃあちゃっちゃと報告して……ん?」
「はい? どうしました?」
「いや、タマ。キミ……、どうしたのその手?」
「え? ……って、何だコレ!!?????」

 また『って』だ。
 いや、今は置いておこう。

「どうしたのその手の傷! 血もすっごいにじんでるよ!」

 見ると彼の両の掌からは、大量の血がぼたぼた流れ落ちていた。
 手荷物の持ち手部分にも血がにじんでいる。
 慌てて覗き込んでみると、皮膚がずたぼろになっていた。
 血も、赤というよりは黒ずんでいる。そしてその中に、紫色の粒子のようなものも混じっていた。

「あー……、コレ、内側から魔力が暴発してるね?」
「え……、そ、そんなことあるんですか!?」
「キミ、あの魔力球放つとき、杖を媒介させてなかったじゃない? だからじゃないかな?」
「えーと……」

 主に魔法で戦うスタイルの人が杖を使う理由は、大きく分類して二つ。
 一つは魔法の威力が上がるから。
 そしてもう一つは、生身から魔力を放出すると、身体が耐えられないからだ。

「からだが耐えられない、からだ」
「何で二回言ったんですか!?」
「いや……、意図せずダジャレになっちゃったから。浄化しておこうと思って」
「随分余裕ですね……いてて!」
「あ、大丈夫?」

 ダンジョン内で魔力が通っているならまだしも、表に出てきてしまえば回復魔法は使えない。
 赤黒いその傷は、見ているだけでとても痛そうだ。

「報告はボクに任せて、タマは治療室に行ってきなよ。後でボクが向かうから」
「ご……、ご迷惑かけます~……」

 言って、彼は別室へと歩いて行った。
 あーあ。
 パーティでダンジョンに行ったよって報告するの。
 ちょっとだけ、楽しみにしてたんだけどな♪





 救護室に迎えに来てくれたカルマさんと共に、寮の方へと歩いていく。
 時刻は十六時近く。
 もう春だというのに、まだまだ肌寒い。
 髪が耳元でカットされている長さなので首元が寒くないかと若干心配になったが、私服に着替えたカルマさんはちゃんとマフラーを巻いていた。
 その姿でいると、普通の可愛い、ワンコ系の後輩キャラみたいである(年齢的には先輩だけど)。

「鑑定結果が出るのは二日後だけど……、まぁ、流石にランクは上がるんじゃないかな?」
「どうでしょうね……? 俺、ほとんど何もしてないですし」

 せいぜい魔力球を放っただけだ。
 それも、無くても問題は無かっただろうし。
 しかしそんな俺の発言に対し、カルマさんは「それは違うよー」と言葉を飛ばした。

「役に立ってないように見えても、パーティでいてくれることに重要性があるんだよ!」
「そうなんですか?」
「もちろん!」

 太陽のような笑顔がこちらへ放たれる。
 直接見るのはまぶしすぎた。

「例えば、サッカーのゴール前。毎回ボクが華麗にゴールを決めてるかのように思われるけど、そうじゃないときも当然あった。
 他のメンバーがディフェンスを引き付けてくれているから。一瞬でも自分がシュートを打つと見せかけてくれるから、ボクへのマークが甘くなるんだ」
「ふむふむ」
「例えば、スケルトンが強襲をかけようとしたとき。
 そのターゲットが一瞬でもキミに向いていたら、それはもう仕事をしたことになってるのさ。本人が意図した、しないに、かかわらずね」
「なるほど」

 こちらへモンスターの意識が向いているからこそ、カルマさんは自由に動ける。
 少なくともその一瞬だけは、攻撃されることが無い。
 だから、思い切った行動に移ることが出来て――――勝利(ゴール)を狙えたと。

「まぁ高校一年のときは、既にボクは超プロ級だったから、一人で何人も抜いてたんだけど」
「さっきのセリフの意味」
「でもそしたらさ。ボクにディフェンスが全員寄ってきて、他の選手がフリーになるでしょ? それもチームプレーだよ」
「おぉ、スポーツマンっぽい」
「そう言えばチームメイトに、『一人で何人も抜く』って言わない方がいいよ。ビッチみたいだから……って言われたんだよね」
「うわ、スポーツマンじゃなくなった」

 というかチームメイトの人ひでえ。
 そしてその発言は、全てのスポーツ選手に失礼になるから謝った方がいい。

「よく分からないけど、ごめんなさい?」
「とりあえず俺は許します……」

 とまぁ。
 こんな許されざる会話をしつつも、俺たちはようやく学園の寮まで戻ってきた。

「結局ソレ、すぐには治らなかったねぇ」
「そうですね……」

 現在俺の両腕は、包帯でぐるぐる巻きになっている。
 指一本動かせない状態だ。

「治るまでは、この状態回復効果のある特殊包帯を巻き続けなかければならない、と……」
「今日の夜だけ?」
「ですね。まぁ、思ったより早くて助かりました」

 そんなわけで。実は現在、俺の荷物はカルマさんが運んでくれていたりする。
 男子寮と女子寮は別方面なので申し訳なかったのだが、彼女が妙に嬉しそうに、「パーティだからね!」と言うので、お言葉に甘えることにした。
 ワンコ化が進んでいる。可愛げポイント、プラスワン。

「ありがとうございましたカルマさん」

 部屋の前に到着したので、俺はぺこりと頭を下げる。

「いやいやなんの!
 パーティメンバーである、ボクのせいでもあるからねー!」

 言って、彼女はばたんと扉を閉めた。

「さて……、何にせよこれからの生活が大変だなぁ」

 数日だけとはいえ、両手が使えないとなると不便極まりないだろう。

「まずは風呂……、どうするかな」
「まずはお風呂だね? お任せ!」
「おわっ!?」

 呟きに対して、後ろから見知った声が聞こえた。
 見知ったというか、さっきまで聞いてた声だった。というかカルマさんだった。

「カ、カルマさん!? なんでここに!?」
「なんでって、部屋まで送ったじゃん」
「そうじゃなくて、どうして部屋の中に!?」
「なるほど? いいタマ? キミは今まで知らなかったのかもしれないけど、アレはドアっていうものでね。あの外側が部屋の外。それより内側が部屋の中って言う概念で人間は生活しているんだよ! 不思議だね!」
「そうじゃねえ! そして不思議でもねえ!
 どうして俺の部屋の中に入って来てるんだって聞いてんの!」
「キミのその、余裕無くなってため口になるところ、割と好きなんだよねボク」

 言ってあははと笑う闖入者。
 やめろ。まるで自分の家みたいに、部屋の冷蔵庫を開けないでください……。

「お、ちゃんと麦茶とか作るんだね~。はい」
「あぁこれはどうも。……って、そうじゃねえ!」

 あまりにもナチュラルに麦茶のボトルを出し、平然と棚のコップを使うものだから、つい流れで普通に受け取ってしまった。
 気が利くのか、ストローまで刺してくれている。
 丁度食器を洗っていて良かった。使えるコップがゼロだったら、直で口の中に流し込まれていたかもしれない。

「あの……。どうして俺の部屋に上がってるんです?
 俺と、俺の荷物を送り届ける任務は、完了したはずでは?」
「あはは! そんなの決まってるよー」

 笑いながら椅子に座り、綺麗にかっこよく足を組んで。
 彼女ははっきりと言った。

「ボクのせいでもあるって言ったじゃない」
「えっ」
「だから、お世話するよ!」
「えっ」
「パーティだからね!」

 あの凶悪なダンジョンの中でも無かっためまいに。
 俺は今ここで、初めて苛まれた。








 じゃばじゃばと水が流れる音が聞こえる。
 すりガラス越しに見える人影は、スレンダーな肢体を惜しげも無く見せつけ、堂々たる声を風呂場から発した。

「お湯、イイ感じだよ~」
「あ……、はい。うっす」

 きぃ……と、風呂場のドアを開ける。
 そこには見慣れた、決して広くない一人用の浴室とバスタブと。

 ――――色のついたタオルで身体を包んだ、一人の女子がいた。

 一人の女子というか、カルマさんだった。そんなこと、分かり切っている。

「こっちだよ」
「……っ」

 はだがしろい。
 浴室のライトに照らされているからか、それともこれまでに見たこと無い部位まで見えているからか。普段目にしている肌の色とは、全然違って見えた。

「というか……、どうして、タオルを上下に……?」
「ん、コレ? バスタオル一枚巻くよりも、二枚のほうが自由に動けると思ってね!」

 頭良いでしょーと笑う彼女。
 頭の良い女子は、決して思春期男子の前で、タオルのみで居ないと思うのだがどうか。

 普通(?)なら大きなバスタオル一枚を、身体前面に巻き付けるところだが。
 現在の彼女は、通常のタオルをまるでビキニタイプの水着のように、胸と腰に巻き付けるスタイルをとっていた。
 透けさせないための、せめてもの配慮なのだろう。タオルは流石に色付きだった。深い青色なので、これなら水がかかっても大丈夫だと思われる。
 が、それとはまた別の問題として――――

「こ、」
「こ?」
「い、いや……」

 隠れている部位では無く、出ている部位のハナシ。
 腰のくびれがエグすぎる。
 あまりの細さに声が出そうになった。
 細身だとは思っていたが……、こんなに引き締まり、そして艶めかしいラインになるのか……!
 というかカルマさん、思った以上に着痩せタイプだ。
 強く縛っているからという理由もあるだろうが、胸元にはしっかりと谷間が出来ている。

「おぉ……」
「ん? どうかした?」
「あっ! し、しまっ……! す、す、すみません……!」

 ついぞ興味本位と意外性で、じろじろと谷間を見ていることに気づいてしまう。
 イレギュラーなことが続きすぎて、脳が入ってくる情報を処理出来ていない。

「最近ようやくちょっと大きくなったんだよ! でぃー……おぉっと……! な、何でも無いよ!」
「でぃっ……!」

 そ、それってどれくらいだ……!?
 基準が分からんが、柔らかそうなことだけは確かだ。

「というか、足……!」

 そう。
 上半身のインパクトは、ある意味半分である。
 いや、女子の柔肌を目の当たりにしたのは初めてだから、相当の衝撃もあったんだけど。
 しかしカルマさんは元々、冒険者姿のときにも薄着だった。だから上半身の肌感(・・)は、俺の想像の中にはあったのである。

 しかし足部分は、完全な未体験ゾーンだった。
 銀の鎧に覆われていた、太腿及び脹脛の箇所が、外気に晒されている。

 白く、滑らかな肌だった。
 鍛え上げられた筋肉と、しなやかさを持つ柔肌が、バランスよく存在している。
 上半身部分とは、また違った意味で目を惹かれる。
 直接的なアダルトさではなく、芸術品の中に時折混ざってくるエロスというか――――

「あー、タマ……」
「は、はいっ!?」
「さ、さすがに……、見すぎ……かも」
「あっ!? い、いや、すみません!」
「いやいや、いいよ大丈夫!
 恥じるべき箇所ではないし、恥ずべき箇所は、こうして隠してるからね!」

 あはははは! と、元のテンションに戻りつつ、腰に手を当て笑う。
 いくら見えないようにしているからと言って、足を開いて立たないでいただきたい。滑って転びでもしたら、色んな意味で大ケガだ。

「しっかり結んでるから心配ないさ!」
「そうじゃなくて、俺側の事情を考えてくださいって言ってるんです!」
「キミのじじょう? えー……、ん……。む……おぉ…………わ、わ、」
「?」

 彼女の視線は俺の顔から、下のほうに移って行く。
 大きな瞳が、僅かに更に大きくなった。その視線の意味を理解した後、俺は慌てて股を手で覆った。
 カルマさんはまるで、これから強敵に挑むかのような目つきになる。……代わりに、さっきまでの笑顔は消えていた。

「な……、なかなかだと思う……よ?」
「そ、そうじゃねぇ……!」

 好戦的な表情に反して、珍しく言葉はやや揺らいでいた。

「いやコレはその、アレがそういう感情では無いと言いますか! やましい事ではないと言っておくべき事案でございまして――――ぐぉっ!?」

 わたわたと内股で狼狽する俺を、しかし彼女は無理やり右手だけで押さえつける。
 小柄な身体のどこにそんな力があるのか。
 もしくは、今の俺にはどうやっても力が入らないからか。

「いいから座ろう、タマ」
「……………………ハイ」

 色んな意味で、身動きが取れなかった。
 さて。
 怒涛の、風呂回が幕を開ける。






 右手。左手。
 右足。左足と。
 意外にも彼女は丁寧に洗っていく。
 俺はずっと股を押さえている体勢だったのだが、様々な部位がどんどんと綺麗になっていくから不思議だ。

「よーっし……。こんなモンじゃないかな?」

 言って彼女は、仕上げとばかりに俺の背中にシャワーの湯をかけた。
 一日の汚れが綺麗に洗い流されていく。

「あ、お〇ん〇んは自分で洗ってね!」
「何のためらいも無くその単語を!?」

 騎馬崎 駆馬、十九歳。
 彼女の言葉(いきざま)は、思った以上にもパンクだった。

「というか、無理やり洗われるのかとひやひやしてました……」
「さすがにボクも、異性のお〇ん〇んは触ったりしないよ~」
「良かった……! そこだけは分かっていてくれて本当に良かった……!」

 あははと彼女は面白そうに笑う。
 そして。
 俺の後ろにすとんと座った音がして。

「さてと。ボクも洗おうかな」
「おいおいおいおいおいおいおいおい」

 背中越しに不穏な言葉が聞こえましたが。

「ん? どうしたの?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!」
「壊れたラジオみたい。もしくは、本当に壊れちゃった?」
「壊れたくもなります」

 言っている間にも、カルマさんは完全に上下のタオルを外し終えたようだった。
 先ほどのボディーラインから逆算し、彼女の全裸が脳内に再生されそうになってしまう。
 俺は慌てて頭を振って、彼女に注意を施すことにした。勿論声だけを、背中越しに飛ばしてだ。振り返るような愚策は決して行わない。

「あなた、この状況で、本気で身体を洗おうとしてるんですか?」
「お風呂だからね」
「そうだけど……」
「あ、大丈夫だよ! 後でボディソープ代とかは支払うし! パーセンテージでいい?」
「そういうことではないです!」

 だめだ。めっちゃ単純な単語しか浮かんでこない。
 元より。一度こうと決めたこの人への説得など、試みるだけ無駄なのだ。ダンジョン三階層分だが、理解できている。

「…………」

 しゅこしゅこと、タオルと泡が肌を滑る音がする。
 先ほど俺へ行われた洗浄を、彼女は今、自分の体へと行っているのだ――――

「…………はぁ」
「ん?」
「いや……。諦めました」
「なぁにそれ?」

 ため息をつきつつ、俺は彼女に言葉を投げる。

「これから先、あなたとパーティを組んで行くにあたって。こんな突拍子もないことが起こるのかなと思うと、慣れておかないとなと思いまして」
「よく分かんないけど、ありがとう……でいいのかな?」
「まぁ……、イイんじゃないですかね?」
「…………」
「…………」

 再び、タオルが滑る音が響く。
 背中合わせの二人。
 互いに全く性格が違うのに、こうして裸になって、やることは同じだから不思議だ。

「えへへ……。ありがとね、タマ」
「こちらこそです」

 何がとは、言及しなかった。
 パーティを組んだことに関しては、最終的に俺が決めたことだし。
 破天荒に付き合って受け入れたのも、納得済みのことだし。
 彼女のパーソナリティと付き合っていくと割り切ったのも、感謝される謂われはない。

 だから俺の返事も、的を射ていないのかもしれない。
 それでも、一先ずはこのコミュニケーションで、いい。
 俺とカルマさんは、こういうので良いと思ったのだ。

「あ、ところでタマ?」
「何ですカルマさん?」
「これ……、身体拭くときどうしようか?」
「どうして考えなしに行動するかな……」

 一瞬の沈黙の後。
 先に口を開いたのはカルマさんだった。

「が……、」
「が……?」
「頑張るね!」
「くそう……!」

 その後彼女は、赤面しながらも、決して目を逸らすことは無かった。
 両手が不自由でどうしようもない俺は。
 ただただ、赤子のように。

 ――――拭いてもらったのだった。

「……そこは、目を逸らしてもいいところなんですよっ!」
「で、でもほら、ボクが頑張るしか、ない……、……ごくり」
「生唾を飲み込まないでくださいよ生々しい……」

 そんな俺は顔を覆うしか無くて。
 こんな風に。
 俺たちのファーストインプレッションは、終わったのだった。




学園寮
全寮制というわけではないが、学園外への持ち出し禁止物品も多いため、入寮することを推奨されている。


風呂場
異性と入るのはえっちだと思います。
同性でも距離が近ければえっちだと思いますけどね。