迫り来る巨躯が二体。
しかしそれらは、俺の方へと来ることは無かった。
「たぁ!」
カルマさんが放った神速の蹴り。
それにより上半身にダメージを追ったサイクロプスと呼ばれる一つ目巨人たちは、二体ともターゲットを彼女に定めた。
「あはははは! おそいおそいー!」
宙へ舞っては蹴りによるダメージを与え。
地面を、壁を、時に相手の身体を蹴って、フィールドと空間を縦横無尽に飛び回るカルマさん。
遠くから見ているのでかろうじて姿は確認できるが、それでもはっきりと見えないのは流石の速力だ。
「そー……りゃッ!」
まるでサッカーボールを蹴るかのように。
彼女のインステップキックが巨人の腕へと炸裂する。
しかしこれまでの敵と頑丈さが違うのか、苦しみはするものの、腕を破壊するまでには至らなかった。
「グォォォッ!」
反撃に出る巨人だが、それを回避したカルマさんは後方に大きく飛びのく。
が、そこへと。
もう一体のサイクロプスが、大きな両腕で迫り来る――――ことを。
俺は。
予見していた。
「…………ッ、」
けれどそこで、動きは止まる。動きを止める。
前へ進もうとした足へと無理やり待ったをかけて、その場で立ちすくんでしまった。
玉突き事故の月見。
急に異様な行動をしだすため、チームに迷惑をかけ、クエストを失敗させる。
そんな評価があって。
俺は度重なる失敗のせいで、『俺自身』を信用できない。
この考えが合っているのか。正しいのか。
この行動に意味があるのか。適切なのか――――
『キミはキミの、思った通りに動いてみて』
「あ……、」
一瞬のフラッシュバック。
彼女の視線が、思い出される。
「俺……、俺は……ッ!」
けれど。
けれどけれど、けれど――――
迷っている暇はない。
止まっているかのような一瞬時間。
巨人の腕の、わずか下で。
彼女の牙が、歪んだような、そんな気がした。
『信じてるよ』
「カルマさん……」
自己紹介だ。
これまでの月見 球太郎は、こんなシチュエーションに面したとき。
後衛が前衛をかばうという動きをしていた。
パーティが窮地に陥ったときの、最終手段。
俺の防御上昇は本当にポンコツで。他者へかけたときと自分自身へかけたときだと、ランクが違うのではないかと思うくらい上昇力に差がある。
だから、自分自身へと防御上昇を付与し、攻撃を受けそうになっている前衛をガードする。
本来ならばあり得ない行動だが、それが最善であると、思ってしまうのだから仕方がない。
『は!?』『オイっ!』『ちょっとっ!』『何やってんだお前!』『ふざけないでよ!』
数々の罵声が思い出される。
そう――――
けれどそれによって、前衛はリズムを崩し壊滅。
後衛もそれに巻き込まれてクエスト失敗……と。
それが、俺が『玉突き事故』と呼ばれる由来だった。
だから/きっと/おそらく/本当は、
今ここで走っていくのは間違いなのだ。
元より俺には、魔法を放つための杖がない。ピンチのときに失われてしまっている。
今はもう、一つしか。
出来ることは無い。
少なくとも、彼女に対しては。
『キミの――――』
「思った通りに、」
彼女にとっては、どちらでも良かったのかもしれない。
俺が従来通り前線に走るのでも。
例え走らなくても、一人で状況を打開できた。そんな気がする。
「けど、俺は……!」
俺も、一緒に戦いたい。
パーティの戦果の、一部になりたい。
そう思ったからこその、熱。
「うぉ――――おおおおおッ!」
奥底から魔力を練り上げる。
杖はない。なのに、威力は高い。
「ボールよ……! 出ろッ!」
名も無い魔法を放出させる。
両掌から練り上げられ、球体のカタチをとったソレは。
ゆるやかな軌道を描き、彼女の頭上へと飛んで行った。
「あはっ☆」
ぺろりと舌なめずりの音。
宙を舞う魔力を見て、目を輝かせる彼女からだ。
きらきらとした瞳が輝いて。
ソレに、飛びかかる。
「そこだね……!」
良く晴れた草原。澄み渡った空気の中舞う、一枚のフリスビーとカワイイ犬。
しかし、そんな平和な光景が見えたのは、勿論錯覚だった。
「――――シュートッ!」
ダイナミックなオーバーヘッドキックが、魔力玉を蹴り飛ばす。
後、一瞬の爆発。
超密度の魔力を持った巨大球は、流れ星のように急降下していき、サイクロプスへと炸裂した。
「よし! やったァ!」
着地した後、灰燼と化していく巨体を見てブイサインを出す彼女。
しかし。
「カルマさん、後ろ……!」
背後からもう一体のサイクロプスが迫る。
俺は再び魔力玉を生成しようと思ったが、今の反動で上手く魔力を練れなくなってしまっていた。
「あはは、大丈夫だよ」
笑ってカルマさんは。
まだ消滅しきっていない、倒したばかりのサイクロプスの身体を駆け上がったかと思うと、そこから高い宙返りを見せた。
「ボクは負けない!」
黒い魔力塵に、白い足が映える。
鳥のように自在だと思ったし。
龍のように、空を支配しているようにも見えた。
「――――行くよっ」
そして黒龍は、牙を剥く。
魔力の後押しによる直滑降。
あまりにも眩い白き魔力。
己が身をまるで一つの剣と化し、騎馬崎 駆馬は流星となり対象へと落下していく。
「やぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」
「グ――――ガァァァァァッ!」
こうして。
小さな矮躯の俺たちは、その倍ほどもあった巨人を葬ることに成功したのだった。
消滅していく二体の巨人たち。
どこか綺麗に見える黒塵を見送りながら、彼女は口を開く。
「……さっきの説明の続きだけどね、タマ」
「説明……? あぁ、スキル変化の話ですか?」
「うん」
小柄な身体とは思えないほどに通る声で。
まるで彼女は、俺を諭すように。
言葉を浸透させるように、言い聞かせた。
「これまでキミは、防御スキルを自分の『軸』に据えてきた」
人を守るとき。自分を守るとき。
戦況を予測し、どうにかしなければともがき、あがいて、導き出したのが、『守ること』だった。
「けれど今、キミのスキルは。攻撃のためのものに変わったんだ」
名称の間抜けさは置いておいて。
俺のこの『ボール出し』は、物凄い魔力量を秘めていることは確かで。
このスキルは、明確に攻撃用の魔力である。
「ずーっと長い間。
どうにか現状を打開したいと考え続けていた――――キミの成果だよ」
「……」
言って彼女は、こちらへ近づいて。再び俺の頭を撫でる。
俺は身長百七十センチほど。彼女は百五十センチほど。
だけど、意外と身長差が無いなあと思ったが、その理由をふと唐突に理解した。
「俺は……」
「ん?」
きっと、彼女は姿勢が良くて。背筋も伸びていて。
俺は俯く姿勢が多かくて。やや猫背気味だったからだろう。
だから、彼女の、今の言葉をきっかけに。
胸を張って、上を向いて。
姿勢を良くして歩いても良いのかもしれないと。
そう思って。
「――――出口だよ、タマ」
「そう……ですね」
入り口からの光が見える。
違う冒険者ともすれ違い、もう危険はほとんどないエリアに、帰ってきていた。
「……カルマさん」
振り向く太陽を。
俺は直接見やる。
綺麗に輝く瞳が、俺の目を離さない。
「なぁに、タマ?」
さて。
ここでクエスチョン。
助けてもらってありがとうございました。
その後に続く、言葉を述べよ。
ただし俺は。
彼女と、パーティになりたいものとする。