新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する



「………………オツカレサマデス」
「「「………………っ!」」」

 激闘は終わった。
 うん。俺は何も見ていない。だから、感想は特にない。
 思うところも何も無いし、目撃してもいないから語ることは特にない。

 だから、どうして三人とも衣服が版脱げなのかとか。下着の替えが必要だったのかとか。カルマさんとすめしがチラチラとるいちゃんの大きな手を見ているのかとか。俺には知る(よし)はないのだ。

「るい……あなたね……」
「いやぁ……、その大きな指で、アレやソレは……ねぇ?」
「変なものに目覚めそうだったわ……」
「いや、すめしはけっこうギリギリラインだよいつも」
「感想戦をするな!」

 カルマさんとすめしは、激闘を思い出しつつ顔を赤らめている。
 オークの倒れる声が聞こえてからの五分弱。
 なにか違う音が聞こえていた気がするけど、俺は特に思うところはない!

『オーッホッホッホッホッホ! 絶景でしたわよあなたがた!』
「くっ……! 貴様!」
『やはりあなた方を苦しめるには、真っ当なものよりもエロトラップ! これにつきますわ!』
「なんてことするんだー!」
「単純に、〇〇〇しないと出られない部屋とかにしなさいよ!」
「そうです~! それかタマせんぱいだけがえっちになるような部屋にしてください~!」
「るいちゃんひでえな!?」
「あっ……! そ、そういう意味ではなくて……、い、いい意味でです~……」
「何が!?」

 そんな俺たちを、声の主は楽しそうにせせら笑った。

『いい気味ですわ~! イイ眺めでしたわ~!
 その調子で、ワタクシを楽しませてごらんなさい! オ~ッホッホッホッホッホッ!』

 そして最後にザザザと音がして、声は聞こえなくなった。
 どうやら今回の通話は終わったようである。

「今度はゴリラにならなかった……!」

 なんなんだよ! そういう芸風なら天丼しろよ!
 ツッコミのリズムが乱れるわ……!

「タマが良く分からない怒りを覚えてる……」
「でもイラつくのは確かよ」
「うぅ……、で、でも……、トラップはどうしましょう~?」
「確かにねぇ。さっきの……、え、えっちな状態。
 見られたのがタマだったから良かったけど、もう一回あんなことになると、体力が……」
「そうね。見られたのがタマだから大丈夫だったけど、心配ね」
「タマせんぱいだから良かったです……。タマせんぱいかっこいい……」
「うん。タマのえっちな状態はカッコイイよ!」
「どこかで私も見ておかないとね。今後のために」
「あれ? お前ら何の話してる?」

 なんか脱線してない?
 どうやら俺に無類の信頼を寄せてくれているみたいだけど、そこまで評価上がるようなことしてないからな?

「あ……、そうか。こっちにはタマがいるのよね」
「まぁそうだねー」
「え?」

 すめしとカルマさんの言葉に、るいちゃんも「ですね」と頷く。
 ん? マジで何の話してるんだ?
 今度もギャグの流れかと思ったが、どうやら違ったようで。
 三人の視線は、俺をじっと見つめていた。

「タマ! トラップ感知、頼んだよ!」
「はぁあああああ!?」

 いやいやいや!
 というか、本来ならトラップ感知は斥候(スカウト)職であるあなたの役目では!?

「ボクの感知はほら、低ランクだから」
「そ、そうかもしれませんけど!」
「まぁ厳密に言えば、センサーの範囲が狭いんだよ。
 Eランクだから、三メートル半径なら感知できるよ!」
「せまっ!」

 それって、通路の幅分くらいじゃん。
 部屋の中央とかに仕掛けられていた場合、全然機能しないぞ。

「ちなみに解除もその範囲だけど、解除はしない方がいいかもね」
「そうね。入口で発動した罠みたいに、解除魔法にカウンターで発動する罠もある気がするもの」
「だからタマ。どこに罠が(・・・・・)仕掛けられている(・・・・・・・・)か予測して(・・・・・)、ボクらに教えて!」
「そ――――そんなの」

 しっかりと。
 カルマさんの大きな瞳と、目が合う。

「っ…………、」
「タマ」

 確かに俺は。
 よく最悪を予測して動いていた。
 最適解を導き出して。
 パーティにとって最良の判断になると予想して。
 動いていた。――――んだけど。それは。

「……それは」

 玉突き事故野郎。
 耳にしなくなって久しいが、俺と切って切れない悪名。
 誰にも理解されない先読み行動。
 それを――――このダンジョンでやれっていうのか?

「大丈夫だよタマ」
「何がですか……?」

 カルマさんは笑って、柔らかく俺の肩に手を置いた。

「きみの判断に全てを合わせる。
 ボクらは、きみを信用しているからね!」
「カルマさん……」

 ダンジョンに、一陣の風が吹く。
 信頼という言葉が、すっと心臓に入り込んでくるのが分かった。

「…………重いですね」
「あはは! そりゃそうだよ! ――――だから、頑張ってね!」
「……はい!」

 実際問題として。
 先ほどはギャグのノリで済んだから良かったけれど、エロトラップもかかれば致命傷だ。
 洗脳状態になってしまい、仲間同士で攻撃し合う可能性だってある。

 つまりこれから先。
 一度も罠は踏めない。

「……踏ませません」
「タマ……」

 さぁ、月見 球太郎。
 思考の時間だ。

 脳を回せ。頭を冴えさせろ。
 考えに考えて、想定される最悪を導き出せ。

「みんなの意識は、俺が守ります……!」

 そうして。
 足を一歩。
 踏み出した。








「仕込むとするなら右手前のブロック。あ、いや。更に二メートル前の左下に、センサーみたいなものが仕込まれてる可能性があります。探ってください。――――あ、ビンゴです? よし、ならそれは解除で。
 もう一つある? たぶんそれはフェイクだと思います。こちらの用心を逆手に取ってる可能性が高い。まずは本命の、右手前の方からいきましょう」

 進む。
 進みながら、喋る。
 こんなにも。

「次の部屋。順番的におそらく、概念に作用する類のトラップです。隊列、止まって。
 すめし、何か投げて。――――うん。石ころがマイクロビキニを装備したね。つまりあの部屋、入ったら強制的に薄着にさせられる部屋だ。遠距離からどうにか攻撃しましょう」

 喋る。説明する。言語化する。

「カルマさん、そこの二歩くらい先にスイッチみたいなのありません? ……よし、ビンゴ。たぶんそれは解除していいやつです。解除してから五秒経って、何もなければ先に進みましょう。
 奥の部屋。たぶんそろそろ物理的なトラップの気がします。貞操を守りたいのであれば、迂回路を探しましょう」

 思考して、出して、思考して、出して。
 勇気を、出して。
 仕掛けてある先の先を読んで、裏を探り当てる。
 自分の考えが一番正しいのだと、信じ切る勇気。
 思った以上に恐ろしく、そして――――楽しい。

「るいちゃん、あの旗みたいなの、サーブで狙える? あ、腕は必要以上に出さないで。たぶんこの部屋、入ったら魔法封印か何かをかけてきそうな気がするから」

 俺があのお嬢様の思考なら。次にどんなことを仕掛けるか。
 彼女はエロトラップだと言っていた。
 つまり、絶対それ以外も(・・・・・・・)仕掛けてくる(・・・・・・)

 彼女が感じたいことは、『してやったり』感。
 つまり、こちらの裏をかきたくて仕方ないのだ。

 エロの中に本命を仕込ませ、その避けた先でエロに落とす。
 そのパターンを。
 出来る限り最悪を想定して、探り当てる。

「……すごい、です」

 るいちゃんの呟きに、俺は苦笑しながら返す。

「凡人にできる事は、『気を付ける』ことくらいだからね。
 気を付けて、神経を張り巡らせて、時には賭けに出て、当てる。それくらしか出来ないから、俺には」

 喋りながらも思考はこのダンジョンの主のことへ。
 やつが仕掛けてきそうな方法(こと)
 やつが仕掛けてきそうな場所(とこ)
 寸分違わず、予想して予測して、超越しろ。
 このパーティを安全に前へ進められるのは、今、俺しかいないのだから。

「この三十分間、トラップ発動率ゼロ……」
「やっぱりタマはすごいね! 大好き!」
「唐突なデレはやめて……」

 集中が途切れるので……。
 背中越しに抱きついてくるカルマさんのぬくもりを感じつつも、どうにか次を考える。

「次、は……! くっ……!?」
「どうしたのタマ?」
「う……、うぉぉ……!」

 次は。
 おそらく、さっきも回避した『入った瞬間、衣服が変化する』系の部屋だ。
 これまで解除と同時に、すめしに魔力パターンも解析してもらっていた。
 魔力の波と流れからして、おそらく間違いないだろう。

 が、とても大事な問題が訪れた。
 重大な問題だ。

「くっ……!」

 むにゅう。
 抱きついたカルマさんの、胸の柔らかさ(ぬくもり)を感じる。
 ……こう表記するとめっちゃ変態っぽいなオイ。
 とにかく。
 俺は今、めちゃくちゃ煩悩に支配されている……!
 平たく言えば、おっぱいのことしか考えられていない。

 今ここで、俺が嘘を吐けば……。
 ここにいる全員の、超薄着が見られるわけで。

「――――はっ、はっ、はっ、」
「どうしたのタマ? 以前死にかけてたときと、同じ顔してるよ?」
「くっ……! はっ、はっ、かお、近い……! はっ、はっ……!」

 どうして抱きつきを解除しないのだカルマさんは。
 こんなにも俺を煩悩まみれにしてどうしようというのか。
 俺に間違った選択をさせないでくれ! 俺に、俺にみんなを窮地に陥らせるような選択肢を、選ばせないでくれぇぇぇぇぇぇぇッッ!!


「――――次、たぶん普通の部屋デス」
「え、いきなり!?」
「ウン。ホントウ、デス。タマ、ウソツカナイ」
「タマせんぱいがロボットみたいになっちゃいました!?」
「心配ね。敵の攻撃かしら」
「ダイジョウブ、デス。ササ、ゴーゴー」


 言って、三人は部屋に入る。
 すると……、ぼしゅうっとピンクの煙が三人を包み込んだ。

「おっひょおおおおおうやったぜええええ! マイクロビキニか!? 眼帯水着かぁぁぁぁぁ!!?(みんな大丈夫か! すまない、俺がしっかりしていないばっかりに……!)」

 なんか心の声と本心が逆に出てしまった気がするが、今はそんなことどうでもいい。
 カルマさんの健康的な美乳!
 すめしの煽情的な巨乳!
 るいちゃんのむちむちの爆乳!
 ここまで頑張ってんだから、目の保養の一つくらいしても問題はな――――い?

「な……、何が起こったんですか~……?」
「分からないわ……。こ、このかっこうは……!?」
「うええええ!? な、なにこれ……?」
「…………ん?」

 見るとそれは。
 動物の着ぐるみだった。
 小さいリスさん。中くらいのウサギさん。大きなトラさんが立っていて。
 ぼてっとした衣装に身を纏った三人は、肌どころか顔すらも見えていない。

「マニアック!!」

 確かにそういうのにエロスを感じる方々も居ると聞いたことはあるけど!
 でもそうじゃない! そうじゃないだろダンジョンの主っ!!

「俺は……! 俺はなんてもののために、重大な裏切りを……!」

 膝をつき崩れ落ちる。
 そこへやってくる三匹のアニマルズ。

「タマをこのまま信用していいと思う?」
「あはは。タマも男の子ってことで!」
「う~……、これ、暑いです~……」

 着ぐるみの嗜好を否定するわけではないよ!? ただ、今の俺にそのチャンネルは無いんだ!
 俺が今見たかったのは! 悪に手を染めてでも見たかったのは! 女子の肌だったんや! 最低なこと言ってるかもしれないけど、ハプニングに恥じらう姿が見たかったんやぁぁぁぁっ!!

「うぉぉ~~~~~ん! うぉぉんうっぉぉん! うぉぉぉ~~~~~ん!(辞世の句・フリースタイル)」
「はぁ……。とりあえず、元に戻るまで休憩しましょ」
「そうだね~。魔物除けおいてくるよ」
「あ、手伝います~……」


「おおおおお~~~~~んんんんッッ!!」


 その怨嗟の声は。
 ダンジョン全体に響き渡るほどだったという……。

 あ、その後は再び、ちゃんと予想して進みました。
 悪いことはするもんじゃないですね……。







 トラップを感知して、先へと進む。
 ――――もちろん解除した魔力に、手で触れるのを忘れない。

「タマー? 何してるの、行くよー?」
「あ、はいー! すぐ行きます!」

 一応奥の手として、備えておかないとな……。
 みんなにこれを話していないのは、ぶっちゃけこの行為(・・・・)が、不確定要素だからだ。

「教えてもらった通り、出来ればいいけど……」

 そう呟きつつ、再び罠を予想する。
 そして通路にて二つ罠を解除して大部屋に入った直後だった。


「ぐぅぅぅ~~~~~ッッ! 先ほどから邪魔ばかり! もう――――我慢なりませんわッ!!」


 突如として。
 部屋の中央の空間に、『亀裂』が入る。

「……っ!?」

 邪悪さの中にも高貴さを思わせる声と共に、ソレは姿をあらわした。
 全員一気に警戒態勢に入り、眼前の影を見やる。

「お前、が……!」

 それはまさしく。
 このダンジョンの主であろう。
 これまで聞こえていた声と、ぴたりとイメージが合致した。

 すらりとした体型。立ち姿捺してはすめしと似ているが、足をクロスさせていたり、手を優雅に組んでいたりと、所作に優雅さを秘めている。
 百七十センチほどの身長だからか、怒りの視線がまっすぐに飛んできていた。

 黄金のストレートロングの髪に、同じく金色(こんじき)の瞳。
 色白な肌は怒りのせいか魔力のせいか、やや淡く発光しているようにも見えた。

 薄淡いドレスをまとった美女は。
 あまりにも不釣り合いな暴言を、美しき声と美しき発音で言い放った。

「この――――イカレ〇〇〇野郎め! そのつっかえねー一本鎗を叩き折りますわよッッ!!」
「え、えぇ~……」

 月見 球太郎の周り、〇〇〇を躊躇せず言える女性多すぎ問題。

「失礼な! タマの〇〇〇は使えるよ! 立派だったよ!」
「私もそう伝え聞いているわ! 彼の〇〇〇は、カチカチで、平均くらいには立派だったと!」
「わっ、わたしは知りませんけれど、タマせんぱいのお〇ん〇んは、きっと硬そうな気がします……!」
「お前らちょっとは羞恥心を持とう!?」

 このダンジョンのラスボス(?)を前にして、何とも緊張感のない我らがパーティだった。
 気を取り直して俺は、眼前に突如として現れた彼女を睨む。

「と――――とにかく!
 お前の目的はなんだ!? どうして俺たちをトラップまみれにしようとする!?」

 困惑しながら俺が言うと、黄金の女は怒りの顔のまま言った。

「それは……、そこの女を支配するためですわ!」
「え、そこの……、おんな……?」

 綺麗な指の先は。
 騎馬崎 駆馬を指していた。

「……ん!? ボク!?」
「そうよ! あなたよ!」

 この場にいるメンバーの誰よりも驚くカルマさん。
 眼をぱちぱちさせる彼女へ謎のお嬢様風味美女は向き、綺麗な地声からは想像できないほどにドスのきいた声で言う。

「あなたを支配するために、わざわざワタクシはヒトの姿になったのですわよ!」
「はぁ~~~~~~っ!?」
「あの、縦横無尽にダンジョンを駆け、破壊と共に魔力をまき散らしていく艶姿! それはまさに麗しき獣! たまりませんでしたわ!」
「麗しいのも獣なのも、どっちもキミだと思うんだけど……」
「ってことはつまり……」

 二ヵ月ほど前に俺を助けたカルマさんを見て、こいつは意志を持ったってことなのか……?

「同じ種族の姿で上に立つことで、徹頭徹尾分からせる! こんなにも完全なる支配はありませんわ!」
「そんな理由で……?」
「カルマせんぱいを支配するって、どういうコトなんです~……?」

 すめしたちの疑問に彼女は「オホホ」とプチ高笑いをし、悦に入った。

「支配……、そう、支配です! ワタクシがあなたを支配し、身も心も、全てこのダンジョンの中で溶け合い、一つの意思になり生きていく……! アァッッ! 最ッ高ですわよ~~~~ッッ!!」
「言ってることがめっちゃ狂気的!?」

 なんかとんでもないことを言っていた。

「なるほど~……。好きな人とどろどろに溶け合いたい気持ちは、分かるかもです……」
「くっ! 敵ながら素晴らしい思想を持っているわね……!」
「納得しかけちゃう理由だね……!」
「おうふwwwうちのパーティ、おかしいでござるwwwwwwwデュフwwwwww」

 倒錯的なメンツしかいねえ。
 何がどうしてこんな空間になってしまったのか。

 頭を抱えていると。
 ギャグの空気を終わらせると言わんばかりに、敵対する彼女の魔力が膨れ上がった。

「タマ、構えて!」
「え――――」

 カルマさんからの注意と同時。
 視線の先から一筋の光が飛来する。

「なっ……!」

 俺の頬をチュン! とかすり壁へと突き刺さるソレは。
 一本の神々しい弓矢だった。

 そして。
 その矢の鋭さに負けない声が。
 俺たちに突き刺さる。


「――――ワタクシの名はトゥトゥリアス」


 先ほどまでの馬鹿げた高笑いとは完全に別種の声質。
 明らかに敵対の意志を示す(こえ)を持ってして。
 彼女は名乗りを上げた。

「異界を作りし形天海(ハズルバ)帯着土(ヤージュ)の狭間にて芽吹いた、意思を持つ(トラップ)

 紡がれる言葉と共に。
 一つ。また一つと。彼女は自分の周囲に矢を召喚していく。
 十本以上の(ひかり)が舞い踊る中。
 金の瞳の麗罠(れいびん)・トゥトゥリアスは、明確な敵意を持った後。
 俺を――――俺たちを、正面から見据えた。

「神々の城を守りし数多の罠にて、貴様らに存在としての違いを教えて差し上げますわッッ!!」

 戯れはここに終わり。
 最後の激闘の幕が上がる。

 俺は。
 掌に魔力を込めた。









 罠の王・トゥトゥリアスの放つ矢は超高速で。
 弓に番えてさえいないのに、その射出速度は埒外である。
 射られたら最後。その軌道上に立っていた場合、常人には避けることすらままならない。
 無傷でいることなど出来やしないだろう。

 けれど――――ここは例外の見本市。
 ニンゲンの中でも例外的な力を備えた、元・アスリートたちが住まう魔都である。

「フッ!」

 トゥトゥリアスはその美しい腕で号令を出し、宙に舞う屋の一本を投擲する。
 しかしターゲットとなった速力の魔人・騎馬崎 駆馬は、高速を超えた身のこなしでその場から姿を消す。

「なっ!?」
「遅いね」

 号令を出した腕へと、豪快に放たれるカルマさんの白い足(シンデレラ)
 腕自体は胴から離れなかったものの、相当なダメージを与えたようだった。

「ぐっ……!?」
「おっと、意外に頑丈だね」

 確かに驚きの防御力だ。
 凶悪なデーモンの腕すらも吹っ飛ばした白い足(シンデレラ)に、あの体形で耐えるとは。
 見た目ほどに柔ではないということか。

「ワ。ワタクシはこのダンジョンと同化する者! なめないでくださいまし……!」
「――――なるほど」
「っ!?」

 トゥトゥリアスが再び矢を展開した直後だった。
 背後より、今度は対応力の達人・捻百舌鳥 逆示が忍び寄る。

「では、ダンジョンの壁を破壊するほどの貫通力なら、どうかしら?」
「な――――」

 そしてその行動を予期していた俺は。
 とっくにすめしの胸元へと、魔力球(ボール)の提供を完了させていた。

「最高のタイミングね、タマ」
「くっ!」
「はぁッ!」

 放たれるすめしの打球。
 穿たれるトゥトゥリアスの腹部。
 身体の中心部分に穴を開けられた彼女は、苦悶の表情で後退る。

「がっ! な、ならば――――!」

 黄金嬢は吐血しながらも、両腕をダンジョンの床にとぷん(・・・)と浸け、魔力エネルギーを送っていく。

「現れなさい! ダンジョンドラゴン!」

 正面にクレーン車のような、超大型の物体が現れる。
 岩のような外皮ががぱりと開かれ、そこには不揃いで獰猛な牙が見えた。
 顔だけでも二メートルはある、ダンジョンそのもので構成された巨大なドラゴンだった。

「GLHHHhhhhhhrrrrr!!」

 こちらをまとめて噛み砕く、凶顎(きょうがく)が迫り来る。
 しかしそこに立ちふさがったのは、力の超人・鯨伏 るいだ。
 ダンジョン内の魔力を吸い、常人以上の力へと引き上げられた彼女の怪力は、もはや一つの必殺スキルだ。

「やぁああああああああっっ!」

 るいちゃんの両腕は、真正面から竜の(あぎと)を受け止めた。
 上下から迫る顎の力に、まったく力負けしていない。
 そしてそのまま掌から二種類の魔力を放出し、巨竜へと反撃を行った。

「GHHhhhh――――ッッ!!」
「やりました! 今です!」
「はぁぁぁぁあっ!」
「おおおおおっっ!」

 カルマさんとすめしへ、魔法球を提供する。
 それぞれのベストフォームで打ち出されたソレらは、ダンジョンドラゴンごとトゥトゥリアスを吹き飛ばした。

「ぐぅぅぅぅッッッ!!? こ、こんな……!」

 しかし敵も只者ではない。
 自分の攻撃をここまで受け切られたのだ。普通なら困惑が勝ちそうだが、その顔には怒りを張り付けていた。
 まだ、闘志は折れていない。

「これ……がッ! 最終手段ですわあああああああッッ!」
「……ッ! これは!」
「みんな、こっちに!」

 トゥトゥリアスはその体を、黄金に発光させる。
 魔力は膨らみに膨らみ、この部屋自体に魔力を行きわたらせているようだ。

「神も屈したこの槍の威力……、とくと味わわせて差し上げます!」
「……ッ!」

 彼女の号令の下。
 トゥトゥリアスの後方の壁が、巨大な槍のような形状となり、こちらへ向いた。
 古代兵器のバリスタのようだ。
 あれをまともに食らったら、身体に穴が開くだけではなく、存在まで消滅してしまうだろう。

「つぶれて――――おしまいなさいッッッ!」

 魔力溢れる(やり)が穿たれる。
 黄色の螺旋は容赦なく、否応なしに、俺たちを貫くだろう。
 だから――――

「タマッ!」
「おぉぉぉぉ―――――防御上昇(ハーデン)ッッ!」

 最後は。
 読みだけが取り柄の―――――凡人。
 月見 球太郎の、防御スキルである。
 貯えに蓄えた魔力は、腕先から、指先から放出され、黄金の壁を受け止める。

「これは……、タマの、元々のスキル……!?」
「すごいです~……」
「――――タマ、」


 あの日。
 教官を救った、春先の事。

 俺は彼に、上級魔法を教わりにいっていた。
 約束通り彼は色々と(秘密裏に)教えてくれたけれど、やっぱり俺にはセンスがないようで。結局一つも身につかなかった。
 けれど、失敗続きの中。
 一つだけ有用なことがあったのだ。

『自身のスキルが変化した?』
『そうなんですよね』
『それ、たぶん元に戻せると思うよ』
『え!?』

 教官曰く。
 俺の防御上昇(ハーデン)は、ボール出しというスキルに変化したのではなく。
 一時的に奥に引っ込んでいるような状態なのだそうだ。

『魔力は身体の作りに合わせて流れていくものだ。だから、出ないってことはない。
 もしも出ないのであれば、単純にそこに蓋がされてるだけなのさ』
『蓋……』
『もしかしたら新スキルのせいかもしれないし、心情的なものかもしれない。それが何なのかは分からないが――――』
『はい! 探っていきたいです!』
『よし。ならまずは、この魔法を覚えてみようか』
『この魔法は……?』
『これは、魔力の残骸を回収し、自分のものにするための魔法だよ』
魔力回収(コルクト)……』
『本来なら上位ランクの者しか教われない魔法さ。
 ただ、なんとなくきみ、素質ありそうでね』
『そうなんですか?』
『きみの蓋を壊すには、おそらく自身の魔力だけでなく、別の強大な魔力の後押しが必要になってくる。だから、ダンジョン内に魔力が回収できそうな物質(モノ)があれば、拾っておくといい』
『はぁ……。例えば、罠の残骸とか?』
『お、それいいと思うよ』
『何にせよ、俺の魔力とため込んだ魔力を使えば、防御上昇(ハーデン)は戻るかもしれないと』
『まぁ試しだ。まずは、魔力回収(コルクト)を覚えてみようじゃないか』
『はい。お願いします!』


 まぁそんな。
 何に役に立つのか分からない、日常的な会話があって。
 俺はこうして、原点ともいえるスキルを思い出すことが出来て。

「ぐっ……、おぉぉおおおおおッッ!」
「なっ! き、きさまァァァッ……!」

 互いの歯ぎしりが響く。
 どちらが打ち勝つかの、最後のせめぎ合いだ。
 魔法の光は目に痛い。
 もうどんな色に光っているのか、判断がつかないほどに眩かった。

「……なんなんですの!?」

 並みの冒険者であれば。一掃されていただろう。
 しかし。
 正面衝突も、搦手も、打ち負ける。捌かれ続ける。

「なんなんですの! 一体きさまは何者なんですのッ!?」
「俺……、か……?」

 投げられた問いに。
 返す答えは決まっている。
 おそらく。
 騎馬崎 駆馬と出会った、そのときから。とっくに。

「月見 球太郎。
 落ちこぼれで、才能がなくて、悪評がつきまとっていて、」

 あがいて、もがいて。それでも叩かれて。
 でも、諦めなくて。人の縁に助けられて。
 這ってでも前に進んだ――――


「このパーティの、ボール出し係だッ!」


 防御上昇(ハーデン)は。
 しだいに丸みを帯びていき。
 まるで一つのボールみたいになる。

「おぉぉぉッ!」
「――――なっ!?」

 最初の頃にの、自分のことを何も分かっていないときの。
 カルマさんへ、とりあえずで投げていた、大玉転がしのような魔法球。

「みんな!」
「うん!「えぇ!」「はい!」

 そして。
 衝突する光の中、反撃は完了する。

 カルマさんのキック。
 すめしのショット。
 るいちゃんのスパイク。
 その全ての力を内包した魔法球は、迫り来るダンジョン壁をもろとも押し返し――――

「ガァァァァッ――――ァ――――ッ――――…………」

 黄金の罠姫。
 トゥトゥリアスを、完全に吹き飛ばしたのだった。




 収束した光の中。
 息を整えつつ、俺はぼうっと眼前を見る。

 まったく。
 惨敗だ。
 やっぱり最後は天才たちが決めるんだから。

 まだまだ凡人程度では、才気あふれる元・アスリート女子たちには。
 敵いそうにない。

 だから支えてもらわないとな。
 これからも、ずっと。






『ぐぅぅぅ……! ワ、ワタクシ、がっ……! こんな……!』

 罠の姫は。
 もうほとんど、その姿かたちを保っていられていなかった。
 乱れたモニター映像のように、身体中のところどころが点滅し、消えかかっている。
 戦いの終焉を意味しているのだろう。周囲のダンジョン壁も、淡く光り始めていた。

「ダンジョン、クリアか……」
「そうみたいね」

 長かったようで短かった、プロBランクのダンジョン制覇。
 明らかにランク以上の場所だったことを、どう説明したものかと考えていた矢先だった。

「――――、」
「カルマさん……?」

 消えていくトゥトゥリアスへ。
 彼女はかつかつと鉄靴(サバトン)を鳴らし、歩み寄る。
 そして近くまで行くと同時。

「はい」
『え――――』

 その、白銀に輝く鉄製の脛当て(グリーブ)鉄靴(サバトン)を脱ぎ。
 トゥトゥリアスの眼前へと差し出した。

『なに、を……、なさっている、の、です……?』

 今にも消えそうな身体で。薄らいでいく意識で。トゥトゥリアスはかろうじて声を出す。
 それに対してカルマさんは、しっかりとした声であっけらかんと、言い放った。

「乗り移りなよ、これに。出来るでしょ?」
『は……?』
「カルマさん?」

 ぽかんとしたのはトゥトゥリアスだけではない。俺たちもだ。
 退去に備えていたすめしとるいちゃんも振り返り、呆気に取られている。

「ねぇタマ。このダンジョンって、死者とか出てないよね?」
「は、はい……。クリア者が出て無かったってだけで。死者は、一応」
「良かった良かった。
 あぁでも、けが人は流石に出てるか」
「それは……まぁ、出てるでしょうね。でもそれは、職業が冒険者である以上、仕方ないというか、自己責任というか」
「えへへ! だよね!」

 ぶっちゃけ死者も自己責任だけどな。冒険者ってそういうものだし。
 しかし……、カルマさんが何を言いたいのかが分からないな。

「じゃあ大丈夫だね。……はい!」

 カルマさんはそう言って。
 改めて脛当て《グリーブ》と鉄靴(サバトン)を。己の武器を突きつける。

「由緒正しい鎧を改造してもらったものなんだけど、やっぱりお気に召さない?」
『だか、ら……! なんなのと聞いていますのよ! ……ぐッ!』
「いやぁ。『ちゃんとしたモノ』なら乗り移れるかと思ったんだけど。このダンジョンにしてたみたいに」
「カルマさん、それは――――」

 確かに。
 彼女の発言から想像するに、トゥトゥリアスは元々概念の存在みたいだ。
 カルマさんに充てられて人の形を持ち、ダンジョン自体とも同化していたことから、何かの物質に乗り移ることもおそらく可能で。

 ――――というか。
 その推測よりも、今重要なのはそこではなくて。

「助けてあげるよ、トゥトゥリアス! ボクたちの仲間になろう!」
『………………ッ!?』

 言い切ったカルマさんの顔は。
 太陽そのものだった。

 あの記者会見で見せた顔。
 俺を助けてくれた時の顔。
 風呂場で頑張ってくれたときの顔。
 クエストで元気いっぱい跳ね回っているときの顔。

 エネルギーを放つ。
 光りある、英雄の相貌だ。

『そ――――そんな、こ、と……』
「はやく! それとも、これじゃあ無理かな!?」
『~~~~ッ!!』

 消えかける魂のまま、狼狽する黄金姫。
 でも確かに。トゥトゥリアスの気持ちも分かる。カルマさんの思惑が、理解できないのだ。
 手を差し伸べることに。どんな意味がある?

「カルマ」
「ん?」

 場が混乱していく中。
 すめしとるいちゃんが、横合いから質問を投げた。

「どうして彼女を助けようとするの? その存在は、私たちを殺そうとしたのよ?」
「そ、そうです~……! たまたま倒せたから良かったですけど、一歩間違えればわたしたちが死んでました……」

 二人の質問を受け取ったカルマさんは。振り返ってにこりと笑った。
 一瞬だけ、こちらを見たような。
 そんな気がした。

「一度失敗することくらい、生物にはあるよ」
「あ……」

 それは。
 いつか言った、俺のセリフだった。

「こんな面白い存在が、たかがボクらのパーティ(・・・・・・・・)に行った暴力でいなくなるの、世界の損失だと思う」
「カルマさん……」

 あの夕日さす教室で。
 俺が教官に言った言葉と同じことを。彼女は口に出している。

「だってトラップ操れるんだよ? それってつまり、ボクの斥候(スカウト)職と合わさったら、最強になると思わない? 解除も仕掛けるのも思いのまま! ……とかね」
「カルマ……」
「せんぱい……」

 呆れたようにため息をつく二人に笑いかけて。
 カルマさんは、あらためてこちらに視線を向けた。

「どうかな、タマ?」
「いいと思いますよ」
「えへへ! やったぁ!」

 俺の返事は即答だ。
 きっと呆れながらも、二人も納得してるだろう。

「一緒に行こう! トゥトゥリアス!」

 差し伸べた手は。あの日のように。
 死にかけ、もうどうしようもなくなった存在に、再び活力を与える。
 太陽のような笑顔と共に。

『――――ふん。とっても、甘い奴ら、ですわ……』

 でも。
 だからきっと、惹かれたんですのね。

 そう、言葉にならない呟きと共に。
 彼女はカルマさんの鉄足(よろい)――――ではなく、俺の手袋へと吸い込まれていった。

「ありゃ?」
『魔力の籠っていない物質(ところ)には、長くはいられませんの。なので、仮住まいとしては、こちらで』
「あはは、そっか!」
『ふん……! 居心地は最悪ですけれどね』
「悪かったな」

 弱々しく言葉を発していた手袋は。
 そのまま、ひと時の眠りについた。
 最後に、『ありがとう』という言葉を残して。

「……今度こそ、終わりましたね」
「そうだねぇ。あー疲れた!」
「疲れたじゃないわよ、まったく」
「そ、そうですよ~! びっくりしました……!」
「あはは、ごめんごめん!」

 朗らかに、そしてやや狂気を孕みつつ、彼女はいつものように笑う。
 俺はため息をつきながら、カルマさんに問いかけた。

「どうして、俺がやったみたいなことを?」
「へへ。――――それはね」

 くるりと振り返り。
 強い瞳と、目が合う。
 爛々と輝く、エネルギーのある瞳だ。

「タマはさ。ボクに影響を受けてるいちゃんを助けたって言ってたけれど。
 それは、こっちもなんだよ?」
「え?」

 俺の何歩も先にいるはずの。
 憧れでもあった、天才は。
 輝く笑顔と共に、こう言った。

「キミはとっくに、ボクに影響を与えるくらいに。
 立派な冒険者になってるってこと!」
「――――」
「えへへ! だから大好きっ!」
「うわぷっ!? カ、カルマさん……!?」

 がばっと抱きつかれる。
 彼女の温もりと力強さを、一身に感じた。

「これからもずっと一緒にいようね、タマ!」
「――――はい。カルマさん」

 笑って。俺は。
 チームメイトであり恩人であり。
 ヒロインのようでいてトラブルメーカーでもあり。
 あけすけなようでいて乙女でもあり。
 強気で狂気で勝気で陽気な、彼女に。
 はっきりと告げた。

「ずっと一緒に、冒険し続けましょう」

 彼女はこれから、プロ冒険者となる。
 俺もこの、太陽みたいに。
 自分で輝ける強い冒険者になりたいと。
 だからこの先何年かかっても。
 絶対にプロ冒険者になってやると、決意したのだった。







「あぁキミら。全員でプロになってもらうから」
「「「「えっ!?」」」」
「あんな特異な事件、プロでもなかなか解決できないからね。
 学生でくすぶらせておくのはもったいないと、組合からのお達しが出たんだよ」
「「「「えっ!?!?」」」」
「というわけで。はい、卒業資格と、プロDランク証ね」

「「「「えええええええええええ~~~~~~ッッッ!!!!!!???」」」」


 なんつーか。
 カルマさんと出会ってからの俺の人生、波乱万丈すぎだろ。






 ――――そんな、衝撃の春から二ヵ月。
 夏が終わるころ、俺は晴れてプロ冒険者となった。

 しかも卒業と同時にDランクを与えられ(本来なら見習いのスタートランクと同じく、プロFランクからだ)、その後一件異変ダンジョンを解決したことでCランクに上がっていた。

「……俺、四か月前まで見習いFランクだったんですけど」
「あはははは! そういうこともあるよ!」
「人生何が起こるか分からないわよね」

 本日は再び異変ダンジョンだ。
 部屋をまたぐたび、ダンジョンの質が変わるという仕様らしい。なんだか目がちかちかしてくる。

「というか俺らのパーティ、異変ダンジョン絡みの依頼しか来ないんですけど……」
「か、完全に『そういう』案件専用として、認識されてますよね……」

 小心者組は後方でどんよりとし、肝が据わっている組はさくさく進んでいた。
 相変わらず温度差がやべえが、悲しいかな、うちの平常運転である。

「タマもあれからすごく強くなったからいいじゃん!」
「学生と比べればね! けど、あんたらのインフレに比べれば、全然ですから!」
「そんなことないよー。まだプロA+ランクだし」
「えぇ。世界にはSSSランクまでいるのだから、気は抜けないわ」
「な、なんだかすみませんです~……」

 現在のプロランク。
 俺:C、カルマさん:A+、すめし:A+、るいちゃん:A である。

 この地域にはA+はカルマさんとすめししかいない。Aランクだって、十人ほどではなかったか。
 それにお供するCランクの身にもなって欲しい。
 あまりにも格が違い過ぎて視線が痛い。

「タマの戦闘方法は、どうしても評価されにくいからなー」
「そうね。戦ってるときはあんなにかっこいいのに」
「頑張ってるタマせんぱい見てると、抱きしめたくなります~……」
「違う意味で興奮しちゃうよね!」
「まぁ普段はアレだけどね」
「決してイケメンではないからね、タマ」
「に、人間、顔じゃないってことですね……!」
「デレ方がめんどくせえんだよお前らは!」

 わちゃわちゃしながら進んでいると、俺の『腕』から声が飛んでくる。

『ほらほらあなたたち、前をごらんなさい! 敵影でしてよ!』
「あぁごめんトゥトゥ。ありがとう」
『まったく……。本来なら、カルマかタマ()のお役目ですのに』
「いつも助かってまーす」
『まぁ……、そんな抜けているタマ様も、素敵でしてよ!』
「……あぁ、うん。どうも」

 こいつもなあ。
 ずっと俺の魔法(マジック)手袋(グローブ)に居ついていたものだから、なんか俺のことを主人みたいな認識し始めてるんだよな……。

『ワタクシたちのパゥワーを、今日も炸裂させますわよ!』
「たよりにしてまーす……」

 あの、うん。
 トゥトゥのテンション、カルマさん以上についていけないんだ。
 常にフルスロットルなテンション維持するの、冒険しながらじゃちょっと難しいんだ……。

「おっ! すごいすごい! 大当たりの戦闘だよ!」
「変異巨大ドラゴン……! これは骨が折れるわね」
「がっ、頑張ります~……!」
「うわぁ……」

 サッカーグラウンドが二面入るほどの大部屋に入る。
 しかしそこには。その面積を覆い尽くすほどの巨大なドラゴンが待ち構えていた。
 喉を鳴らし、炎を吐き、おまけに上位精霊を従えている。
 見ただけで面倒な相手だと分かる。

また(・・)教本にも乗って無いようなモンスターかぁ……」

 ただ……、これももう慣れっこだ。
 異常個体のモンスターも、この二ヵ月で見飽きる程見てきた。
 ため息をついていると、それぞれ臨戦態勢に入った彼女たちから、声が上がる。

「タマ、ボール頂戴!」
「こっちにも!」
「おっ、お願いします~……!」

 元気に飛び跳ねる、快速少女が前へ向かう。
 ラケットを構える、平静少女が待ち構える。
 助走の構えをとる、巨体少女が手を挙げる。

 俺はその合図に対し、三者三様、適正な魔法球(ボール)を提供した。

「ふっ……!」

 掌から瞬時に生成され、彼女らの元へとボールは送られる。
 そして放たれる――――三人の打球。

 中空からのボレーシュートは、巨竜の厳つい頭を吹き飛ばした。
 放たれるグランドスマッシュは、巨竜の大きな羽を貫いた。
 打ち下ろすストレートアームスマッシュは、巨竜の胴体に炸裂した。

「やったね! ――――ん?」
「わわっ、まだカタチが残ってます……!」
「なかなか頑丈ね。面白い」

 驚くことに。
 Aランクを超える三人の攻撃を食らっても、まだ倒し切れていなかった。
 相当頑丈ってことだな。

「それじゃあ最後の一発! タマ!」
「決めちゃって!」
「お願いします~!」
「…………ッ!」

 それぞれの、元・アスリート女子たちから。
 スポットライトを当てられる。

 さあ、月見(つきみ) 球太郎(きゅうたろう)
 リベンジだ。
 これまで負け続けの彼女らに、勝利するときがやってきた。

「行くぞ、トゥトゥ」
『えぇ。魔力はばっちりですわ、タマ様』

 掌のグローブから、大量の魔力を感じる。
 まるでエンジンがかかっているかのように、力強く振動する両の腕。
 とどめることができないほどの魔力が流れ、それは次第に、一つのカタチとなっていく。

「行くぞ……。試合開始(プレイボール)……!」

 さて。
 ボール出し係となった月見 球太郎だが。
 俺にも何か、『攻撃』が出来ないかを探ってみた。

 これまでの経験。これまでの経緯。
 これまでの蓄積にこれまでの記憶(おもいで)

 道具は使ったことはない。
 では出来るとしたら、新たにフォームを覚えるくらいか?
 それも、メジャーなもので。
 そして、誰でも使える(・・・)もので。

 不格好でも。
 見栄えが悪くても。
 何でもいい。
 このパーティの役に立てるのであれば。なんだっていい。

「うぉぉぉッ!」

 ヒントは野球だった。
 道具を一切使わず、俺でも知っているメジャーな球技である。

 ボールを手で投げるだけ(・・)
 しかし実際に投球練習を行ってみたところ。
 力のある魔法球(ボール)は投げられなかった。

 そりゃそうだ。
 ピッチャーはみな簡単に投球をしているようだが、その実違う。
 フォームを研究し、血のにじむような努力をし、ピッチャーマウンドに立っているのだ。

 だから考え方を変えてみた。
 もちろん努力はする。しかし。すぐに実践で使えるような動き(フォーム)を手に入れることは、おそらく難しいだろう。

 では。それなら。
 立ったままでも、投げることが出来る投球がるとしたら――――?

 すめしのときと同じだ。
 カルマさんやるいちゃんに対してみたいに、必ずしも同じフィールドに立つ選手として考えなくていい。

「目的は、俺がボールを投げることではなくて」

 要は、ボールが敵へと飛んで行けば。
 手段はなんだっていいのである。

「――――だから」

 トゥトゥの能力を使って、目の前に物質を作り出す。
 本人曰く。トラップを生成することの延長でできるらしい。

「はぁぁぁぁぁ――――」

 俺は魔法球(ボール)を生成して……、


「よっと……」

 目の前の物体に優しくセットした。


「この角度でどう?」
『んー……、もちょっと右ですわ』
「こんな感じ?」
『オッケーですわ!』

 それは。
 一台のピッチングマシーンだった。
 仕掛け弓と同じような方法で、生成できるらしい。
 お手軽でいいね!

「よし……。いけ!」
『オッホホホホホホゥ! 発射ですわ~~~~~ッ!』

 そうして穿たれる――――超純度の魔法球。
 まるで戦艦から放たれる大砲だった。
 強烈な闇色の波動を携えた絶球は、弱り果てていた巨竜と周囲の上位精霊を、もろとも跡形も無く吹き飛ばす。
 そこには、消滅した証である魔力の塵すら残っていなかった。

「……いつ見てもひでえ威力」

 けたたましく笑うピッチングマシーン(トゥトゥリアス)を見ながら、俺はつぶやく。

「やったぁ! さすがタマ!」
「今日のMVPね」
「かっこいいですタマせんぱい!」

 駆け寄ってくるみんなに。
 今までの俺なら、「いやこれ、トゥトゥリアスの力だから……」と言って、ギャグにしていただろう。
 けれど今の俺は、みんなと一緒に冒険するプロだ。
 みんなが支えてくれたおかげで、このスタイルにもたどり着いた。

「うん。
 ボールを出すことで、負けてられないからね」

 誰かの力を借りて。誰かに世話になって。誰かに支えられて。生きていく。
 カルマさんに出会って、ボールが出せるようになって。
 すめしに出会って、ボール出しの奥深さを知って。
 るいちゃんに出会って、ボール出しで人を導けることが分かって。
 トゥトゥリアスに出会って、ボール出しだけでも戦えるようになった。

 誰かのおかげも、全部自分の力だ。
 自分の力だと、思って良いんだ。
 そうすることが、俺を支えてくれた人たちへの、一番の恩返しだと思うから。

「かっこよかったでしょ? 俺」

 言って。笑って。
 四人でハイタッチを決める。

 さぁて。
 宝箱まで、あとどれくらいなのか。
 このダンジョンの結末は、どうなるのか。
 今日はまだまだ、厄介なことが起こるのか。
 明日はどんな事件に、頭を悩ませるんだろうか。

「行こうか、みんな!」
「えぇ!」「はい!」『よくてよ!』
「――――うん!」



 俺は冒険者として。
 ボール出し係として。
 現代ダンジョンで、元・アスリート女子たちと共に、無双――――していく。
 これからも、ずっと。




 第三章
 試合終了《ゲーム》&試合開始(プレイボール)





新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する

       END





名前:月見 球太郎(タマ)
異名:『球憑(たまつき)』の月見
身長/体重:172センチ/60キロ
     →173センチ/62キロ
職業:付与術士(バッファー)(ボール出し係)

(以下、能力ランク、常時発動(パッシブ)能力(スキル)任意発動(アクティブ)能力(スキル)は全て、トゥトゥリアスの加護込み)
物理攻撃:F →F  魔法攻撃:E → B
物理耐久:F →E  魔法耐久:D → A
敏捷:D → C    思考力:A+++  → SS
魔力値:D → B   魔吸値: → SS


常時発動(パッシブ)能力(スキル)
強化成功率上昇:A、全体混乱耐性:B、全体自動回復:B、全体身体能力向上:A+、
全体魔法耐性:A+、全体魔力回復:S


任意発動(アクティブ)能力(スキル)
全体魔法上昇(オルマジカロ):C、全体攻撃上昇(オルストラク):C、
防御上昇(ハーデン):A、魔力回収(コルクト):C、
回復術(トリトム):D、全体回復術(オルトリトム):D、
罠解除(リフター):SS、罠感知(センシグ):SS、ボール出し:SS


☆解説
 トゥトゥリアスの宿主となったことで、魔力関係が大幅アップ。
 おかげで身長も伸び、彼女も三人できました(カルマ、すめし、るい)。
 特に常時発動(パッシブ)能力(スキル)は、ほとんどトゥトゥの能力によるもの。
 タマとパーティを組むだけで、身体能力が格段に上昇し、体力と魔力が常に回復し続ける。
 やばいね。





名前:騎馬崎 駆馬(カルマ)
異名:『韋駄天』のカルマ
身長/体重:149センチ/40キロ
BWH:79(D60)・55・81

職業:斥候(スカウト) → 魔法闘士(マジックモンク)

物理攻撃:A → SS  魔法攻撃:C → C
物理耐久:F → C   魔法耐久:E → D
敏捷:A+++ → SS 思考力:B → A+
魔力値:A → A    魔吸値:B+ → A+

常時発動(パッシブ)能力(スキル)
攻撃上昇:B、敏捷上昇:SS、全体敏捷上昇:S


任意発動(アクティブ)能力(スキル)
白い足(シンデレラ):SS、
回復術(トリトム):E、状態異常回復術(リカバー):E、


☆解説
 プロに上がった時点で、職業を斥候(スカウト)から魔法闘士(マジックモンク)へ変更した。
 そのため、斥候(スカウト)専用スキルである罠解除(リフター)罠感知(センシグ)は使えなくなっている。
 しかしパーティで活動するようになった彼女には、すでに必要のないスキルである。
 トゥトゥリアスに。タマに、すめしに、るいに。存分に頼り、自由気ままにダンジョンを駆け巡っている。





名前:捻百舌鳥(ひねもず) 逆示(すめし)
異名:『不沈艦』のすめし
身長/体重:160センチ/52キロ
BWH:88(F66)・59・82
   →数値は変更があったが未公表

職業:魔法剣士(マジックナイト)

物理攻撃:B+ → B  魔法攻撃:B+ → B+
物理耐久:B → A+  魔法耐久:C → A
敏捷:B → B     思考力:C → B
魔力値:B+ → A   魔吸値:B → A

常時発動(パッシブ)能力(スキル)
全体炎耐性:C、全体氷耐性:C、全体風耐性:C、全体雷耐性:C、
全体光耐性:C、全体闇耐性:C、全体状態異常耐性:D、全体魅了耐性:D


任意発動(アクティブ)能力(スキル)
炎魔法(フレア):B+、回復術(トリトム):C、状態異常回復術(リカバー):C、


☆解説
 攻撃面はあまり変わっていないが、耐久面を向上させたすめし。ある程度の攻撃を受けても、体制を崩さずショットを放つことが出来るようになった。
 常時発動(パッシブ)能力(スキル)の属性耐性は、パーティ全員へ効力を発揮するよう変化している。
 スリーサイズの変更は未報告&未公表。
 プロになってからの初給金は、下着代に消えた。





名前:鯨伏(いさふし) るい
異名:『城塞』の鯨伏
身長/体重:205センチ/78キロ
BWH:110(H81)・71・100

職業:魔術師(メイジ) → 魔法闘士(マジックモンク)

物理攻撃:A+++ → S+  魔法攻撃:E → E
物理耐久:A+++ → S+  魔法耐久:F → D
敏捷:E → D    思考力:F → E
魔力値:C → B   魔吸値:B+ → A

常時発動(パッシブ)能力(スキル)
物理耐久:A、動体視力上昇:B、自己修復:D

任意発動(アクティブ)能力(スキル)
炎魔法(フレア):B、雷魔法(サンダ):B、
風魔法(ウィンド):B、氷魔法(アイシア):B


☆解説
 まさかのパーティ内における二人目の魔法闘士(マジックモンク)となってしまったるい。厳密には、プロ意識が目覚め、「自分もパーティに役立つことを……!」と考え転職してきたところ、カルマとタイミングがかぶってしまったという事故が起こった。
 このパーティのバランスはどうなってしまうのか。
 今のところめっちゃいいカンジなので誰も問題視していないし、たぶんこのままいくと思われる。
 魔法闘士(マジックモンク)となったことで、自己修復のスキルランクはダウンしている。
 最近すめしだけでなく、カルマも胸を触ってくるようになった。
 でも好きな人たちなので受け入れている。タマにも触って欲しいと思っているが、チキンなのでヤツは未だに手を出していない。
 まぁこの作品、R18じゃないからね!










 最後までお読みいただきありがとうございました! おふなじろーでございます!
 故あって名義を変えての、第一作となりました。
 無事かき上げることが出来て本当に良かったです。感想やご評価などありましたら、ぜひ聞かせていただきたいです。よろしくお願いします!





 さて今作(いつもの入り)。
 ちょっとカルマのことについて書かせておくれ。
 実は第一章のカルマパート、三週間のあいだに、のべ四回書き直しているのです。

 第一段階。
 説明が多すぎてかったるいので構成変更。
 第二段階。
 展開が遅いので構成変更。
 第三段階。
 カルマの人格及び外見設定、他、もろもろを完全変更。
 第四段階。
 それによって更に展開が微妙になったので構成変更。
 ……完成。

 という流れでした。
 最初の彼女は、百七十センチスレンダー体型。笑い方は「ヒャハハハハハ」、黒髪ロングでサイドに刈り上げも入り、釣り目ギザっ歯のロックでワイルドな女性でした。
 しかし友人に雑談がてら相談してみたところ。

「それメインヒロインだと読者ついて来ないんじゃね?」
「えっ!?」
「刈り上げはパンチ強すぎるんだよ」
「ええっ!?」
「お前の中では「ヒャハハ」は萌えポイントなのかもしれないけど、一般読者は北斗の拳しか連想しないからな?」
「ひでぶっ!?」

 意訳ですがそんなやりとりがあり、キャラも話も変更することに。ちなみにその時点で、るいちゃんが出る直前くらいまでは書き終わってました(なので当然、カルマの話をするパートとかも全とっかえしてます)。

 だけど、そんな経緯で出来たニュー・騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)は、今ではこっちが大元だったのではないかと思うくらいにしっかり馴染みました。
 太陽のように元気で、明るく、時に一直線な狂気を持つ彼女です。
 今日もタマたちと一緒に、どこかのダンジョンを跳ね回っていると思います。




 そんなこんなで、今作は色々と新しいことに挑戦してみた話でした。
 ステータスというものを使ったのも初めてでしたし、現代ダンジョンも初めて。途中からヒロインの方向性をガッツリ変えるのも初めてだし、実はエンディングも途中から変えたのです(当初はもっと薄暗いエンディングでした)。
 それでも無事書き終えることが出来たのは、ひとえに読者様方の応援のおかげです。
 これからも執筆していくと思いますので、見かけたら遊びに来てやってください。


 それでは今回はこのあたりで!
 あらためまして。
 ありがとうございました!


 2023/2月某日   おふなじろー



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