『ぐぅぅぅ……! ワ、ワタクシ、がっ……! こんな……!』
罠の姫は。
もうほとんど、その姿かたちを保っていられていなかった。
乱れたモニター映像のように、身体中のところどころが点滅し、消えかかっている。
戦いの終焉を意味しているのだろう。周囲のダンジョン壁も、淡く光り始めていた。
「ダンジョン、クリアか……」
「そうみたいね」
長かったようで短かった、プロBランクのダンジョン制覇。
明らかにランク以上の場所だったことを、どう説明したものかと考えていた矢先だった。
「――――、」
「カルマさん……?」
消えていくトゥトゥリアスへ。
彼女はかつかつと鉄靴を鳴らし、歩み寄る。
そして近くまで行くと同時。
「はい」
『え――――』
その、白銀に輝く鉄製の脛当てと鉄靴を脱ぎ。
トゥトゥリアスの眼前へと差し出した。
『なに、を……、なさっている、の、です……?』
今にも消えそうな身体で。薄らいでいく意識で。トゥトゥリアスはかろうじて声を出す。
それに対してカルマさんは、しっかりとした声であっけらかんと、言い放った。
「乗り移りなよ、これに。出来るでしょ?」
『は……?』
「カルマさん?」
ぽかんとしたのはトゥトゥリアスだけではない。俺たちもだ。
退去に備えていたすめしとるいちゃんも振り返り、呆気に取られている。
「ねぇタマ。このダンジョンって、死者とか出てないよね?」
「は、はい……。クリア者が出て無かったってだけで。死者は、一応」
「良かった良かった。
あぁでも、けが人は流石に出てるか」
「それは……まぁ、出てるでしょうね。でもそれは、職業が冒険者である以上、仕方ないというか、自己責任というか」
「えへへ! だよね!」
ぶっちゃけ死者も自己責任だけどな。冒険者ってそういうものだし。
しかし……、カルマさんが何を言いたいのかが分からないな。
「じゃあ大丈夫だね。……はい!」
カルマさんはそう言って。
改めて脛当て《グリーブ》と鉄靴を。己の武器を突きつける。
「由緒正しい鎧を改造してもらったものなんだけど、やっぱりお気に召さない?」
『だか、ら……! なんなのと聞いていますのよ! ……ぐッ!』
「いやぁ。『ちゃんとしたモノ』なら乗り移れるかと思ったんだけど。このダンジョンにしてたみたいに」
「カルマさん、それは――――」
確かに。
彼女の発言から想像するに、トゥトゥリアスは元々概念の存在みたいだ。
カルマさんに充てられて人の形を持ち、ダンジョン自体とも同化していたことから、何かの物質に乗り移ることもおそらく可能で。
――――というか。
その推測よりも、今重要なのはそこではなくて。
「助けてあげるよ、トゥトゥリアス! ボクたちの仲間になろう!」
『………………ッ!?』
言い切ったカルマさんの顔は。
太陽そのものだった。
あの記者会見で見せた顔。
俺を助けてくれた時の顔。
風呂場で頑張ってくれたときの顔。
クエストで元気いっぱい跳ね回っているときの顔。
エネルギーを放つ。
光りある、英雄の相貌だ。
『そ――――そんな、こ、と……』
「はやく! それとも、これじゃあ無理かな!?」
『~~~~ッ!!』
消えかける魂のまま、狼狽する黄金姫。
でも確かに。トゥトゥリアスの気持ちも分かる。カルマさんの思惑が、理解できないのだ。
手を差し伸べることに。どんな意味がある?
「カルマ」
「ん?」
場が混乱していく中。
すめしとるいちゃんが、横合いから質問を投げた。
「どうして彼女を助けようとするの? その存在は、私たちを殺そうとしたのよ?」
「そ、そうです~……! たまたま倒せたから良かったですけど、一歩間違えればわたしたちが死んでました……」
二人の質問を受け取ったカルマさんは。振り返ってにこりと笑った。
一瞬だけ、こちらを見たような。
そんな気がした。
「一度失敗することくらい、生物にはあるよ」
「あ……」
それは。
いつか言った、俺のセリフだった。
「こんな面白い存在が、たかがボクらのパーティに行った暴力でいなくなるの、世界の損失だと思う」
「カルマさん……」
あの夕日さす教室で。
俺が教官に言った言葉と同じことを。彼女は口に出している。
「だってトラップ操れるんだよ? それってつまり、ボクの斥候職と合わさったら、最強になると思わない? 解除も仕掛けるのも思いのまま! ……とかね」
「カルマ……」
「せんぱい……」
呆れたようにため息をつく二人に笑いかけて。
カルマさんは、あらためてこちらに視線を向けた。
「どうかな、タマ?」
「いいと思いますよ」
「えへへ! やったぁ!」
俺の返事は即答だ。
きっと呆れながらも、二人も納得してるだろう。
「一緒に行こう! トゥトゥリアス!」
差し伸べた手は。あの日のように。
死にかけ、もうどうしようもなくなった存在に、再び活力を与える。
太陽のような笑顔と共に。
『――――ふん。とっても、甘い奴ら、ですわ……』
でも。
だからきっと、惹かれたんですのね。
そう、言葉にならない呟きと共に。
彼女はカルマさんの鉄足――――ではなく、俺の手袋へと吸い込まれていった。
「ありゃ?」
『魔力の籠っていない物質には、長くはいられませんの。なので、仮住まいとしては、こちらで』
「あはは、そっか!」
『ふん……! 居心地は最悪ですけれどね』
「悪かったな」
弱々しく言葉を発していた手袋は。
そのまま、ひと時の眠りについた。
最後に、『ありがとう』という言葉を残して。
「……今度こそ、終わりましたね」
「そうだねぇ。あー疲れた!」
「疲れたじゃないわよ、まったく」
「そ、そうですよ~! びっくりしました……!」
「あはは、ごめんごめん!」
朗らかに、そしてやや狂気を孕みつつ、彼女はいつものように笑う。
俺はため息をつきながら、カルマさんに問いかけた。
「どうして、俺がやったみたいなことを?」
「へへ。――――それはね」
くるりと振り返り。
強い瞳と、目が合う。
爛々と輝く、エネルギーのある瞳だ。
「タマはさ。ボクに影響を受けてるいちゃんを助けたって言ってたけれど。
それは、こっちもなんだよ?」
「え?」
俺の何歩も先にいるはずの。
憧れでもあった、天才は。
輝く笑顔と共に、こう言った。
「キミはとっくに、ボクに影響を与えるくらいに。
立派な冒険者になってるってこと!」
「――――」
「えへへ! だから大好きっ!」
「うわぷっ!? カ、カルマさん……!?」
がばっと抱きつかれる。
彼女の温もりと力強さを、一身に感じた。
「これからもずっと一緒にいようね、タマ!」
「――――はい。カルマさん」
笑って。俺は。
チームメイトであり恩人であり。
ヒロインのようでいてトラブルメーカーでもあり。
あけすけなようでいて乙女でもあり。
強気で狂気で勝気で陽気な、彼女に。
はっきりと告げた。
「ずっと一緒に、冒険し続けましょう」
彼女はこれから、プロ冒険者となる。
俺もこの、太陽みたいに。
自分で輝ける強い冒険者になりたいと。
だからこの先何年かかっても。
絶対にプロ冒険者になってやると、決意したのだった。
「あぁキミら。全員でプロになってもらうから」
「「「「えっ!?」」」」
「あんな特異な事件、プロでもなかなか解決できないからね。
学生でくすぶらせておくのはもったいないと、組合からのお達しが出たんだよ」
「「「「えっ!?!?」」」」
「というわけで。はい、卒業資格と、プロDランク証ね」
「「「「えええええええええええ~~~~~~ッッッ!!!!!!???」」」」
なんつーか。
カルマさんと出会ってからの俺の人生、波乱万丈すぎだろ。