良く晴れた朝六時。
俺、すめし、るいちゃんの三人は、カルマさんに連れられとあるダンジョンへとやってきていた。
「今日も元気!」
「眠い……」
冒険者には朝も夜も無い。
中学生時代、学生ながらに不健康で体だな生活を送っていたのだが、だいぶ改善はされてきている――――のだが、それはそれとして、寝起きは眠いのです。
「わたしも寝起きは良くないので、気持ちはわかりましゅ……」
「意外だねるいちゃん。けっこうしっかりしてると思ってたよ」
「気合い入れないと起き上がれないんですよね……。身体重くて」
「身体が……」
「一般の方よりも重くて……」
「重いってそういう意味じゃ無いだろ普通」
むちむちした身体がのそりと揺れる。
確かに。この身体を起こすだけでも、他よりもエネルギーを使うのかもなあと思った。
「それもあるんですけど、睡魔には勝てないですね……。快楽に弱くて、すぐ寝ちゃうんです……」
「誤解を招きそう」
眠そうに目をこする(と言っても前髪で見えないけれど)彼女を横目に、それ以上にやばそうなすめしを見やる。
「まさかすめしが、一番朝に弱いとはなぁ……」
「zzzzzzzzz……」
ベンチに横たわり、ライトアーマーのまま横になる女騎士。
眠っている姿勢は綺麗だが、しかしそこは眠りにつく場所ではないし、なんならもう一時間もすればダンジョンに突入である。
「タマ……だめよ……。私の知的財産は奪わせないわ……zzz……」
「どんな夢見てんだよ」
「督促状はやめて……。島流しにあうわ……。あぁ……、確定申告の時期が……、時期が……」
「割とシビアな世界観かな?」
すめしの頭の中身が心配だった。
「起こします?」
「あ、寝てるすめしに近づかない方がいいよー。近くに生命体が寄ってくると、根ながらもオートで攻撃してくるから」
「こわ!? どこのエージェントだよ!」
「冒険者ってエージェントみたいなものじゃん」
「睡眠魔法が効かないのは強いですね……」
るいちゃんはプラス思考だった。
「まぁすめすには前に直接説明してるからいいや。二人には今から説明するね」
というわけで説明開始。からの、説明終了。
要約すると、異変ダンジョンが見つかったので、今日はそこに四人で向かってみようとのことだった。
「ちなみにランクは、プロB!」
「「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!」」
るいちゃんと共に驚きの声を上げる。
その声と共にすめしがむくりと起き上がっていた。
「プロBって、業界でもかなり上のほうじゃないですか!」
「うん! ボクも未体験ゾーンだね!」
「しっ、死んじゃいますよ~……!」
「大丈夫だよ。二人ともこの間Cランクまで上がったじゃん」
「と言っても、『見習い』のCですよ! プロBはあまりにもかけ離れてます!」
あの後カルマさんらに連れられ、俺とるいちゃんもどんどんランクが上がっていった。
現在のランクは、カルマさんとすめしが見習いAランク。俺とるいちゃんが見習いCランクだ。
「とはいえ早すぎますって……」
「でも一週間前も、プロDならいけたじゃない?」
「奇跡的にね……」
俺の魔法球をすめしがギリギリで決めてくれなかったら死んでいた。
るいちゃんも、肉体的には無事だったけど精神的にはかなり追い詰められてたし。
「というか、すめしは賛成なのか?」
「えぇ。私とカルマはAに上がったから、そろそろプロの現場に多く慣れておきたいし」
「まぁ……、後は時期が来れば卒業できるもんな……」
Aランクに上がった者は、七月と十二月の時期になれば卒業となる。
そろそろ六月になる時期なので、あと一ヵ月くらいで二人はいなくなるってことだ。
「あのね、タマ。
私とカルマが卒業したら、どうなると思う?」
「ん? どう……ってのは?」
全員の顔を見やり、しばらく考える。
俺、カルマさん、すめし、るいちゃん……。なんだ?
うーんと考えていると、頭上からるいちゃんの「あっ」という声が聞こえた。
「お二人が卒業してしまうと……、このパーティはわたしとタマせんぱいだけになる……!」
「ん? そういえばそうだね」
「せんぱい! 何を呑気なリアクションしてるんですか! これ、けっこう大変な事態ですよ!」
「え?」
「今わたしたちのパーティがどういう風に成り立っているのか、考えてください!」
「えっと……」
腕組みをして考えると、俺もるいちゃんが言いたいことにたどり着いた。
「あっ、そうか! 前衛がいなくなる!」
「そうなんです!」
今このパーティは、Aランクの前衛二人が、Cランクの後衛二人を守っていることで成立している。
かつ、精神的にも前衛組が引っ張ってくれていると言っても過言ではないだろう。
「わたしとせんぱいだけだと、ものの役にも立ちません!」
「そこまで言わなくても」
「いえ、今日は言わせてくださいです!」
「おおう」
るいちゃんはずいっと体をつめてきた。
むちむちした体が近くに来てどきりとしてしまうが、今は話に集中しよう。
「わたしとタマせんぱいは、Cランクに上がれたとはいえ、いじめられていた過去や悪評までは払拭できていません」
「そ、そうだね……」
「つまり、他の人とパーティを組んだとしても、うまくいかない可能性が高いんです!」
「確かに……」
「そもそもわたしたち二人は、特殊な攻撃スタイルなんです! そんなの、他のパーティの人たちと合わせられると思いますか!?」
「で、でもさ……。俺たちもCランクに上がったんだから、話くらいは聞いてもらえるんじゃ……」
「いえ! クソザコメンタルのわたしとタマせんぱいでは、絶対うまいこと説明できません!」
「ひでえ言われよう!」
……でも、確かに。
新しい前衛の人に、『特技はボール出し』ですと説明しても、訝しがられて終わる気がする。
「だからタマせんぱい! わたしたちも二人が卒業してしまう前に、せめてAランク一歩手前までは上がっておかないといけないのです! そーきゅーに!!」
「そ、それはそうかも……」
なんてこった。
そりゃあ見習いCまで来れたのは自分の力だけではないと分かっていたけれど、この二人が抜けてしまうとパーティとして成立しなくなるだなんて。
「とまぁ。そんなことをカルマが提案してきたのよ」
「なるほど……。ありがとうございますカルマさん」
「えへへ!」
「本当は更に上のB+に行こうとしていたから、ストップをかけたわ」
「カルマさん!?」
「えへへ!」
「笑って済むことじゃねえ!」
まったくとんだパーティメンバーだ。
軽い気持ちで仲間を死地に送ろうとするのだから、全く気が抜けない。
「まぁそれに……、私としてもあなたたち二人に抜けられたら困るしね」
「すめし……」
「勘違いしないでよね。私もタマのことが気に入り始めているだけなんだから」
「うん……、うん……? それ、何も隠せてなくない?」
「え? 私があなたに好意的な感情を向けてるのは、周知の事実でしょう?」
「なんかド直球のデレが飛んで来たんだが!?」
しかもタイミングが変だ!
というかすめし。それじゃあお前は、何の感情を隠したくて『勘違いしないでよね』構文を使ったんだ……。
「とりあえず、話しはまとまったかな? 出発出発~!」
「はーい……」
こうして俺たちはいつものように、カルマさんの後に続いた。
無理難題も日常の内。
いつも通りのクエストの始まり。
だから。
まったく予想していなかった。
このクエストが、俺の運命を大きく変えることとなる一件になるとは。
この時は、露程も。
流れるように受付を済ませ、俺たちパーティはダンジョン内へと入る。
入り口からすぐの部屋が、教室二つ分くらいの大部屋になっていた。
「あれ? 形状が変わってる」
「お、気づいたみたいだねー」
このダンジョンは、以前俺がカルマさんに助けてもらったダンジョンだった。
前は岩がごつごつしている、洞窟めいた場所だったのだが。現在は床・壁・天井全てにおいて、レンガ状のタイルで構成されている。
「前よりも歩きやすそうでいいですけど……、そもそも攻略されて無かったんですね」
ダンジョンは。発生と消滅を繰り返すものだ。
だから同じ場所に違うタイプのダンジョンが現れることも当然あるのだが……。
「どうやらクリア者は出ていないと」
「うん。登録名も同じく、『K-2966』のままだね」
余談だが。前は発生するたびにカッコイイ名前をつけまくっていたらしいのだが、あまりにも多く発生しすぎるためそれを断念。バリエーションが追い付かなかったらしい。
今はアルファベットと数字の羅列に落ち着いているのだとか。
「前はプロCランクだったのね。タマ、あなたもけっこう無茶なことするわね」
「ま、まぁ……。あのときは切羽詰まってて、視野が狭くなっていたというか」
ともかく。そんなプロCランクダンジョンは。
現在は観測結果が変わり、プロBランクにまで上がっている……と。
「計測結果が変わることは珍しくはないけれど……、クリア者が出ていないというのは変な話ね」
すめしは顎に手を当てて考える。
「たしかにそうですね……。
タマせんぱいが挑戦したのが四月の頭ごろ。そこから二ヵ月も経ってるんですから、ふつうはクリア者が出て、違うダンジョンが発生していてもおかしくないです……」
たいてい発生したダンジョンは、半月もあれば誰かが攻略する。
中には時々低ランクのものが攻略されずにいることもあるらしいが、そういう場合は上位ランクの冒険者に依頼し、攻略してもらうらしいのだ。
「ここもそういう依頼をしたらしいんだけどね。
でも、誰も攻略出来なかった」
「それは……、全員死んでるってことですか……?」
ごくりと唾を飲み込み、俺がカルマさんに聞くと。
しかし彼女は「いや」と、わりと軽めに否定する。
「モンスターのランク自体はそんなに大したことも無いらしい。けど、誰も『宝箱』を見つけられてないんだってさ」
「宝箱を……?」
ダンジョンの最奥には、『宝箱』なるものが設置されていて、その中に入っているアイテムに触れればダンジョンは消滅する。
一説にはこの、『宝箱』が自らを守るためにダンジョン現象を起こしているのではないかとも言われている。
つまりそれくらい、ダンジョンと宝箱は切って切れない関係だ。
ダンジョンの中には宝箱があるはずで。
そしてそれが無いのは、確かに異常だ。
「おそらく隠し部屋とかがあるんだろうけどねぇ。けど、名うての冒険者たちの悉くが探索に失敗してるんだよ? 絶対変だよねぇ」
「そうですね……」
「そうだよね! 変だよね!」
「楽しそうだなぁ!」
今日も騎馬崎 駆馬は絶好調だった。
この挑戦ジャンキーめ。
得意スポーツはサッカーじゃなくて、ハードル走だったんじゃないのか?
そうこうしていると、すめしは「ねぇ」と俺の肩を叩く。
「あそこに見える装置。分かる?」
「ん? ……あれは、」
彼女の示す方向を見やると……、確かに、一ヵ所だけブロックがぽこんと飛び出ている。
「トラップだな」
「そうよね?」
目で見る限り、先へ続く通路はあの一本しかない。
解除せずにあの通路を進んだら、起動してたってことか……。
「び、微妙な変化なのに、よく気づきましたねすめしせんぱい……」
「まぁ観察するのは得意だからね」
「というかそういうのって、斥候職であるカルマさんの仕事なのでは……」
「あははははは! 今更だね!」
楽しそうである。
まぁこれまでのダンジョンでも、カルマさんが先にトラップに気づいたことなどほとんど無かった。
そういうのに鈍感そうなるいちゃんの方が、先に気づいたこともあった。
「でも解除は出来るからね! まかせて!」
ててっとトラップの場所まで走り、罠解除の魔法をかける。
すると……、
「わわっ!?」
部屋の中心部がまばゆく光ったと思ったら――――そこには大量のモンスターが現れていた。
「なんで!?」
「まさか……、逆手に取られるなんてね……!」
「なるほど……。罠解除に反応するトラップかよ」
「な、なんですかそれ~……!?」
「よくわかんないけど、戦闘開始だねッ! いっくよ~ッ!」
入り口をくぐっただけなのに。もう激闘開始である。
確かにこれは、以前俺がくぐったダンジョンとは性質が違う。
モンスターは強かったけど、こんな特殊なトラップが設置されているような場所では無かったはずだ。
「でもまぁ……。起動したものが、『ただの戦闘』で良かったかな……」
言いながら俺も戦闘態勢に入る。
この二ヵ月。
連携を高めた二ヵ月。
まだまだ粗削りではあるけれど――――こと『攻撃力』だけで考えれば、俺たちはプロBランクにも匹敵する。
それくらいのチカラをつけているのだ。
「行くぞみんな! ボール……出します!」
思い思いのポジションへと散っていく三人。
俺は。
掌に魔力を込めた。
激闘の最中。
敵を一体蹴とばした後、カルマさんの声が俺に届く。
「タマ、ボールお願い!」
「分かりました!」
モンスターからターゲットにされないギリギリのポジショニングへと走り、掌に魔力を込めた。
「ふっ……!」
カルマさんのことを考えてボールを作る。
改めて――――彼女が蹴りやすいのは、サッカーボール大のものだ。
「カルマさん!」
「おっ……」
作成したボールを、掌から中空へと投げる。
一発で二十二センチ大の魔法球が出てきたことで、一瞬だけカルマさんは驚きの表情を見せた。
その後、再び戦いの顔へと戻り、ボールへ向かって大きなジャンプをして――――ジャンピングボレーを叩き込む。
「いっけぇッ!」
ジャストミートで打ち出されたボールは、モンスター集団の一角へと飛んで行き、着弾の後大きな爆発を見せた。
跡形も無く吹き飛んだモンスター群を確認した後、華麗に着地したカルマさんはガッツポーズを決める。
「よしっ!」
「うまくいきました」
「すごいね! どんどんサイズの精度が上がってるね!」
彼女ら一人一人を深く想うことで、自在に出せるようになったのだ。……変態チックだから言わないけど。
「じゃあもっとおっきいの欲しいって言っても良いんだね!」
「もっといっぱい出してって言ったら、それも可能なのね」
「ア、アツいのくださいって言ったら、出してくれますか……?」
「せっかく俺は言わずに我慢してたのに!」
台無しである。
全員口元を波打たせているのは、つまりそういうことである。
「というかお前ら、戦闘に集中しろ!」
多種多様なモンスターが蠢く中、断章に興じているわけにはいくまい。
「いいわタマ、今度はこっちに頂戴!」
「分かった!」
テニスボール大のものを作成し、すめしへと放る。
今の俺は、わざわざ彼女の正面に立たなくてもイメージが出来るようになった。
個人特訓のお陰である。
「フッ!」
放たれたフォアハンドストロークの打球は、そのまま大型モンスターを三体貫いていった。
「カルマよりは少なかったか……。でもまぁ、こんなものね」
剣をラケットのように扱いながら、彼女はこちらに視線を送った。
「ウィンブルドンの試合映像。その中の、『ボールボーイが選手にボールを投げて渡す部分』百選を見せた甲斐があったわ」
「……まぁ、役に立ちましたよ」
実際のところ。けっこう人によって違いがあったのだ。
なるほど距離があるからワンバウンドさせるのかとか、転がして渡したりもするんだなとか……挙げて行けばきりがないので割愛するけれど。
「タマせんぱい! 最後、こっちに!」
「るいちゃん! 了解だ!」
後方からるいちゃんの声が聞こえる。
彼女は現在、アタックをするために助走距離を確保していた。
「バレーボール大の球……っと!」
俺は彼女が飛び上がるところ目掛け、直径ニ十センチの魔法球を放り投げる。
「あっ……、タマせんぱい。さすがです……!」
「へへ」
助走する彼女が一瞬笑う。
その後、バンッ! という地面を蹴る音がする。
巨体は華麗に宙を舞う。
胸を突き出し腰を逸らせ、右手を大きく掲げた後――――その一撃は放たれる。
「いっ――――けぇッ!」
渾身のスパイク。
俺の魔法球、プラス、彼女が付与する属性魔法。
雷を帯びたバレーボール球は敵陣に直撃した後、広範囲へと拡散し、まとめて灰燼へと変えた。
「威力上がってたねるいちゃん!」
「は、はい!
……タマせんぱい、覚えててくれたんですね」
「うん。勿論」
この間るいちゃんに言われたことだ。
本来ならバレーボールは、二十一センチの5号球を使用する。
しかしるいちゃんがやっていた中学バレーまでは、一つサイズの小さい4号球(ニ十センチ)を使用するのだ。
微妙な差だが、そっちの方が撃ちやすいのだと彼女は言ってくれた。
「うまくできて良かったよ。
それに、るいちゃんへ上げるのは一番イメージつきやすいんだ」
何せ、同じ『手』を使ったボールの扱いだからだ。
バレーにおけるセッター(主にパス回しをする係)をイメージすればイイだけだから、とても簡単だった(他と比べればだけど)。
「ある意味一番相性いいかもしれないね、るいちゃん」
「えっ! わわっ! あ、ありがとうございましゅ……!」
巨体のままもじもじする姿は、何だか大型わんこみたいだ。
餌を与えてご褒美をあげたくなってくる。
「一番相性イイですってよ、カルマ?」
「あははははっ! ……ちょっとだけモヤるね」
なんか後方で太陽に曇りが現れていた。
さておき、一戦目は無事終了だ。
「それじゃあ改めて、先に進みましょうか――――」
再び足を踏み出そうとした瞬間だった。
ゴゴン! と、背後で大きな音が聞こえる。
「えっ!? き、来た道が……!」
見ると、俺たちが入ってきた入口が、完全に塞がってしまっていた。
ダンジョン内は暗くないため視界が塞がってしまうことは無いが、一抹の不安に駆られてしまう。
「はわわ……、もしかして、閉じ込められたんでしょうか……」
「も、もしかして、ヤバイ……?」
狼狽する俺とるいちゃんをよそに、カルマさんとすめしは余裕の立ち振る舞いを見せる。
「あはは大丈夫だよ。扉が閉まっちゃうのはよくあること」
「どうせそのうち上にいる人たちが、再び扉を開けてくれるわ。そうでないと、後続の冒険者たちも入れないものね」
「そ、そっか。なら安心ですね……」
るいちゃんに続き、俺もほっと溜息をつく。
しかし今度は、ブオン! と、魔法が起動するような音がした。
「あの、なんか……。扉のあった場所が、完全なる壁になってるんですけど……?」
「これは……、ねぇカルマ? これは大丈夫なの? 私は初めてのケースなんだけど? あ、初めてってそういうコトではないわよ? 異性とも同性ともそういうことはしてないというか、そういうことは一人で、」
「見るからに動揺するなすめし! そしてそのくだりは前にやった!」
しかも初対面時にな! 考えてみればお前けっこうなことやらかしてるな!
「あは、あはは、大丈夫だよ! 扉がなんかアレしちゃうのも、よくあること……かも、よ?」
「こっちはこっちで自信なさ気だ!」
そして極めつけに。
ザリザリと壊れたラジオみたいな音がして。
フロアに声が、響き渡った。
『――――いいですわよッ!』
高貴な声だ。
けれど、どこか力強さを感じる。
『やはり最高の強さですわ~~~~っ!』
「え、ちょっと……」
『なのであなた方はこの場所にて、ワタクシが徹底的に支配して差し上げますわよ~~~ッッ!』
「は――――」
『ホホッ! オホホッ! オ~ッホッホッホッホッホッホホホホゥ!』
「なんか最後ゴリラみたいにならなかった!?」
特殊な笑い声と共に、再びザリザリ音が流れる。
ぷつんという音がしたということは、通話(?)は終わったというコトだろう。
一瞬の静寂の後、俺はカルマさんへ視線をやった。
「………………これは?」
「うーん」
腕組みをしてやや考えた後。
彼女は「うん」と頷き、元気に答えた。
「閉じ込められたね!」
「やっぱりかぁぁぁぁぁッッ!?」
さてさて。
前途多難な冒険の、幕開けである。
謎の高笑いが過ぎ去った後。
俺たちは、ダンジョンの最奥を目指すことになった。
「とりあえず進もうか」
「そうね」
「軽!?」
まるで何事も無かったかのように進むカルマさんとすめし。
そのあと少しだけ遅れて、「そうですね」とるいちゃんも続いた。
「たぶん声の主さんは奥のほうにいるでしょうから……。探し出してぶちのめしましょう」
「オウ……、ジャパニーズ・ノウキン・ガール……」
「でも実際、私たちにはそれくらいしかできないわよ、タマ」
「まぁそうなんだけどさ」
現在。
一、そもそも退路は無い。
二、敵(仮定)がどんな存在かも分からない。
三、戦力は頼れる。
という状況だ。
「このまま出入口を探しても仕方なさそうだし。さっきの声の主がいるとしたら、最奥の可能性が高いでしょ?」
「そうね。この状況を作り出したのがあの声の主なら、彼女(暫定)を探し出して何とかしてもらうのが手っ取り早いでしょうし」
「ですね~……」
というわけで。
どんどんと先へと進む。
道中に、明らかにプロBランクとは思えないほどのモンスター群が現れていたのだが……。
「ご覧の有様に……」
「絶好調だね!」
俺のリアクションが静かなのは、もうこの光景にも慣れてきたからである。
どうやらうちのパーティ、攻撃力だけで言えばプロ冒険者の中でもトップクラスらしく。
うまくハマりさえすれば、すでにプロでも通用するという評価を、この二ヵ月の間に手にしていた。
そして激闘は繰り広げられる。
またも大部屋。
ところ狭しとモンスターの群れが襲い掛かってくる。
「タマ。ボール頂戴」
「いくぞ! ――――すめし!」
テニスボール大の魔法球を放り投げる。
すめしは振りかぶると同時、何やら俺の魔法球に魔力を流し込んでいた。
「やってみたかったのよこれ」
「へ?」
魔法ラケットと魔法球が、ばちばちと光る。
そして勢いよく、ボールは姿を変えて発射された。
「増える――――魔球ッ!」
すめしの魔力は俺の魔法球を、まるで散弾銃のように分散させる
大量のモンスターたちを、粒となった高威力の魔法球が貫いていった。
「成功ね」
「すげえことするな……」
それを見ていたカルマさんは、「いいなー!」と目を輝かせる。
「それじゃあタマ! ボクにもちょうだい! 三つ!」
「え、み、三つ? は――――、はい……!」
サッカーボール大の魔法球を、一発、二発、三発と、彼女へ放る。
飛び上がった彼女は、自身の体に魔力を流し込み。
股の間から、尻尾のようなものを作り出した。
「増える――――足ッ!」
「いや足はおかしいだろ!?」
右足、左足、中足(?)と、三発のボールを蹴り込む。
単純に破壊力が三倍の打球が、敵へと飛んで行き爆散した。
「タ、タマせんぱい! こっちにもくださ~い……!」
「るいちゃんまで……! は、はい!」
指定が無かったので、バレーボール大のものを一発。
すると彼女も魔力を身体に流し、ボールへ向けてスパイクのフォームで飛び上がった――――かと思えば、後追いで『もう一体のるいちゃん』も飛び上がってきた。
「増える――――わたし!」
「何言ってんの!?」
魔法体で同じ体積の人物をもう一体作り出していた。
むちむちが二倍だ。
むちむちむちむちである。
「だっ、だぶるスパイクです~っ!」
鏡合わせのように、左右対称のポーズをした魔法体と共にスパイクをうつるいちゃん。
着地したその顔は、前髪で隠れていても分かるくらい、赤面していた。
慣れないコトするから……。
「やったー!」
三人はハイタッチを決めてドヤ顔を向ける。
お前らは何と戦っているんだ。
――――とまあ、そんな風に。
大部屋、通路、大部屋と。
プロのBランクダンジョンを、まるで意にも介さず進んでいく我らがパーティだった。
「縦横無尽だなあ……」
「そうだね! でも、パーティがこの強さになったのは、タマのお陰だよね!」
「え、そうなんですか? 確かに俺の魔法球は、高威力ですけど……」
俺が首をかしげると、すめしは「それもあるけど」と付け加える。
「あなたの魔法球を私たちが放つというチームスタイルに出来たこと。これが大きいのよ」
「え? どういうこと?」
「上級ランクのダンジョンを、次から次へと攻略できているのは、このチームスタイルを確立させてからでしょ?」
「……うん?」
すめしの言葉で、俺はこの二ヵ月間を思い返す。
「あー、たしかに」
とにかく俺たちはこの戦闘スタイルを貫いていた。
俺がボールを三人へ提供する → それを三人が思い思いのフォームで放つ。
こと戦闘においては、この繰り返しだ。
「これが、強くなるには一番効率が良いのよね」
「わたしたちが、一番慣れているスタイルのまま、冒険者として在れますから……」
「そういうことか」
言われて俺も、不明瞭なところが繋がってきた。
俺たちは強い強くない以前に、まだ冒険者として学び始めて一年くらいの人間だ。
経験者やプロと比べ、本来ならば圧倒的に足りない部分が存在する。
知識だけではなく――――身体の動かし方だ。
「本来なら、剣を振るとか、魔法を放つとか、これまでの生活でやったことのない動きを身体にしみこませなきゃいけない」
「そう。けれど、私たちはソレをせず、これまで培ってきた技術をそのまま戦闘に活かせている」
すめしを例に挙げると。
本来、剣を振るう動きとテニスラケットを振るう動きは全くの別物だ。
フォームだけでなく、細かな足運びや筋肉の連動のさせ方。見えている視界だって違うかもしれない。
剣を強く、あるいは速く振るうという技術は、強くなるためには必須である。
けれど彼女は、これまでの技術を戦闘へと取り入れることによって――――
「強くなる階段を、すっ飛ばした……!」
「そういうこと」
剣を振るう技術は初心者でも。
テニスラケットを振るう技術は一流だ。
そしてそれは、るいちゃんだって同じ。
「カルマは最初から、サッカーのキックを戦闘に取り入れていたじゃない?
だから、私もるいも、あなたという『ボール出し係』さえいれば、階段をすっ飛ばせるんじゃないかって思ってたのよ」
「そ、そうだったんですかすめし先輩……!」
「ちなみにこのことをこれまで言わなかったのは、アナタたち二人が知っちゃうと、変に力んでしまうと思ったからよ」
「うっ!」
「図星です~……」
確かに俺もるいちゃんも、『この方法で強くなるよ!』と提示されると、『この方法で強くならなければならないのか!』と変に身構えてしまうだろう。
いつも以上に空回りしていただろうことが、ありありと想像できる。
今は既に、パーティとしてのスタイルが確立できたから、言っても良くなったってことか。
「でも……、そうですね~。
それを知らなかったおかげで、わたしもかなり自由に戦えるようになりました~……」
「そうだね。増えてたもんね」
「えへへ……。せんぱいたち見てたら、わたしも変なコトしても大丈夫かなって……」
「変な自覚はあったんだね」
良かった。常識ラインは一応あって。
「せっかくならタマも増えればいいじゃない」
「半分に切れば二つに増えるかもよ!」
「突然の狂気はやめましょうカルマさん!」
「あはは!」
「だからそこで笑うと怖いんだって!」
「楽しくおしゃべりもいいけれど、再び敵影よ」
「よーっし、また増やすぞー!」
言ってカルマさんは、走って突っ込んでいった。
俺も後に続く――――前に。
「いけないいけない。コレやっておこう」
つぶやいて俺は。
掌でダンジョン壁を触った。
魔力を同調させ、波を感じ取っていく――――
「タマせんぱい?」
「あぁうん。すぐに行くよ」
――――よし。大丈夫だ。
どうやら教官から教えてもらったことは、本当らしい。
俺は再び。
みんなの元へ走った。
戦闘は順調だった。
「しかし……、何者なんでしょうね、あの声の主さん……」
更に三十分以上を進んだ後。
るいちゃんはぽつりと疑問を口にした。
「そうだね」
あの謎のお嬢様喋りの主が、ダンジョンを意のままに操っている。これはもう確定事項だろう。
「確実に普通の存在ではないよなあ」
「人語を操っているけれど、人間では無い可能性もあるわね」
「だね! というか、その方が確率としては高いかも」
「教科書には、時折ヒトの言語を覚えるモンスターもいると記されていましたけど……」
「インコみたいだね!」
「いや、モンスターと通常生物は違うでしょう。……違うわよね?」
「俺に聞くなよ……」
授業で教わった常識で考えれば、違うとはおもうけど。でもそれも分からない。
なんたって、このダンジョン自体がもう普通じゃないからなあ。
「ランクとかに関係なく、通常どおりに物事が進むと思わない方がいいかもな……」
用心しながら通路を進む。
するとほどなくして、るいちゃんが声を上げた。
「みなさい気を付けてください! 前方に!」
「っ!」
戦闘態勢に移りつつ、前方を確認する。
通路の出口の先。
さっきみたいな大部屋が広がっていた。
そしてその中央には、獰猛なオークが二体立っている。
「――――懐かしいね!」
「助けられたときのことを思い出しますね……」
頷くとカルマさんは隊列を飛び出し、一番槍として飛び掛かっていく。
目にも止まらぬ速さで、オークの一体に白い足が炸裂した。
「わぁ、やりました!」
「また一段と速いわね……」
「よし、ならもう一体もみんなで……ん?」
華麗に敵を倒し着地したカルマさんだったが。
しかし両膝をつき、その場にうずくまっていた。
「なんだ!?」
まさか、攻撃したときにどこか痛めたのか?
「私が行くわ! 後衛の二人はそこにいて!」
「りょ、了解です~!」
すめしが先に大部屋へと入り、カルマさんの元へと駆け寄る。
すると――――
「んあああああぁぁぁッッ!!?!???」
「す、すめし!?」
「き、きちゃ、ら、めぇ……! いや、キ、キちゃ、う……!?」
「すめしせんぱい!?」
彼女の言葉に従って、俺とるいちゃんは部屋に入るギリギリで足を止めた。
見ると、すめしもカルマさんと同じように、身をかがめてうずくまっている。
……おなかいたいのか?
「と……とりあえず、一旦部屋に入るのは待とうるいちゃん!」
「は、はいです……!」
前衛の二人は、部屋に入った瞬間おかしなことになってしまった(主にすめし)。
仮に、部屋へと入った者に何らかの阻害が入る罠だった場合、迂闊には飛び込めない。
「カルマさんは……、カルマさんはアレ、どうなってるんだ?」
遠目でよく見えないけれど、立ち上がっても、何やら動きが鈍い。足もがくがくしてるし。
「なんだか股の間をもじもじさせてます……? はっ……!」
「るいちゃん、何か気づいたの?」
「はい――――おそらく、あっ、いっ、いいえ! わたしは、なにも気づいてないです!」
「え、そうなの?」
「はいです! おっ、おふたりの名誉のためにも!」
「名誉?」
何とも不思議なリアクションをする彼女であったが、一旦それは置いておき。
「たぶんこの部屋に入らず、モンスターを倒す必要があります! ……あったんです!」
「みたいだね!」
どうやら先走った二人は大惨事みたいだけどな!
とにかく、それで解決するかどうかはさておき、何にせよあのオークをどうにかしないといけないだろう。
二人は謎の内股現象のまま、ギリギリで回避している状況だし。
こういうときは遠距離攻撃だ。
「るいちゃん、狙える?」
「はいです! ――――えいっ!」
やや助走をつけ、るいちゃんの魔法サーブが放たれる。
風魔法を纏った緑色の閃光は、狙い通り、オークの頭部へと一直線に飛んで行った。
しかし。
「えっ!?」
バチン! と、頭部の前で何かに阻害される魔法球。
見ると、先ほどカルマさんが倒したオークの黒塵が、もう一体のオークの周りをまとっていた。
「まさか……、倒した一体が防御魔法代わりに……?」
『オーッホッホッホッホッホ! かかりましわわね愚かなニンゲン!』
「この声は!」
『あなた方を弱らせるには、ただモンスターをけしかけるだけでは効果が無いと思いましたので。一つ、趣向を凝らしてみましたのですわ!』
「趣向だと……?」
『オフフ。どうやら催淫耐性を持っているニンゲンはいなさそうでしたのでね』
「さ、さいいん……?」
え、じゃあこの空間に入ったら、めっちゃエッチな気分になるってことか?
ということはあの二人、もしかして、つまりそういうこと……?
「うぅ……。お、おふたりの名誉が……」
「そういうことだった!」
るいちゃんの気づかいが全部台無しになってしまった!
「くっ……! と、とにかく助けないと!」
先ほどの突入のさい。すめしも数秒だけなら動けていた。
この数秒間の間に、あの敵をどうにかするしか方法はない。
『ホッホゥ! 気を付けることですわね! この部屋にはもう、すでにニンゲン種が二体入っていますのよ!』
「は!? ど、どういうことだ!?」
俺の疑問に、『それはですわね』と偉そうに付け加える変な笑い方のお嬢。
『この場に入った者には強制的に催淫魔法がかかり、倒したモンスターはもう一体のモンスターの防御魔法となり蘇生し、そして同時に三体以上の種族が入る事の出来ない――――部屋ですのよ!』
「めんどくせえギミック!」
インフレしたカードゲームのテキストみたいになっていた。
単純にセッ……しないと出られない部屋とかの方がまだマシだ。
『しかも、入れば入るほど催淫効果はアガっていきますのよ! さぁ、最後に入って絶頂を迎えるのは、いったい誰になるのでしょうねぇ!? オホホホホウホホゥ!』
「やっぱりゴリラになった!」
途中もちょいちょい怪しかったけど!
などと突っ込んでいる場合ではない。
オークは今にも、身動きのとれなくなった二人へと、棍棒を振り下ろそうとしている。
「わたしがイきます!」
「るいちゃん!?」
「そもそもオークに力で対抗できるのは、わたししかいません……!」
「で、でもるいちゃん! それじゃあきみが……!」
「だいじょうぶです」
広い背中で。
彼女は俺の前に立つ。
「タマせんぱいは……、むこう、むいててくださいね……」
「るいちゃん……」
「きっとわたし、ケモノみたいになっちゃいますから……」
「――――分かった」
俺は目を伏せ、後ろを向いた。
その動作がスタートの合図。
彼女が飛び出した音が、こだまする。
「くっ……!」
涙を流さずにはいられない、
おのれ……! なんて卑劣な罠を仕掛けるんだ……!
つたうしずくもそこそこに。
獣の号砲が耳に入る。
「おほぉぉぉぉぉぉっ!! あぁっ! あぉおん! あぁぁぁぁああおおおんおんおん、おおぉぉぉぉ――――ん!」
……………………犬の遠吠えかな?
うん。おとなしいるいちゃんから、あんな声が出てくるわけがない。
俺は背中で、激闘の音を感じつつ。
ちょっと感情を整理するのだった。
「………………オツカレサマデス」
「「「………………っ!」」」
激闘は終わった。
うん。俺は何も見ていない。だから、感想は特にない。
思うところも何も無いし、目撃してもいないから語ることは特にない。
だから、どうして三人とも衣服が版脱げなのかとか。下着の替えが必要だったのかとか。カルマさんとすめしがチラチラとるいちゃんの大きな手を見ているのかとか。俺には知る由はないのだ。
「るい……あなたね……」
「いやぁ……、その大きな指で、アレやソレは……ねぇ?」
「変なものに目覚めそうだったわ……」
「いや、すめしはけっこうギリギリラインだよいつも」
「感想戦をするな!」
カルマさんとすめしは、激闘を思い出しつつ顔を赤らめている。
オークの倒れる声が聞こえてからの五分弱。
なにか違う音が聞こえていた気がするけど、俺は特に思うところはない!
『オーッホッホッホッホッホ! 絶景でしたわよあなたがた!』
「くっ……! 貴様!」
『やはりあなた方を苦しめるには、真っ当なものよりもエロトラップ! これにつきますわ!』
「なんてことするんだー!」
「単純に、〇〇〇しないと出られない部屋とかにしなさいよ!」
「そうです~! それかタマせんぱいだけがえっちになるような部屋にしてください~!」
「るいちゃんひでえな!?」
「あっ……! そ、そういう意味ではなくて……、い、いい意味でです~……」
「何が!?」
そんな俺たちを、声の主は楽しそうにせせら笑った。
『いい気味ですわ~! イイ眺めでしたわ~!
その調子で、ワタクシを楽しませてごらんなさい! オ~ッホッホッホッホッホッ!』
そして最後にザザザと音がして、声は聞こえなくなった。
どうやら今回の通話は終わったようである。
「今度はゴリラにならなかった……!」
なんなんだよ! そういう芸風なら天丼しろよ!
ツッコミのリズムが乱れるわ……!
「タマが良く分からない怒りを覚えてる……」
「でもイラつくのは確かよ」
「うぅ……、で、でも……、トラップはどうしましょう~?」
「確かにねぇ。さっきの……、え、えっちな状態。
見られたのがタマだったから良かったけど、もう一回あんなことになると、体力が……」
「そうね。見られたのがタマだから大丈夫だったけど、心配ね」
「タマせんぱいだから良かったです……。タマせんぱいかっこいい……」
「うん。タマのえっちな状態はカッコイイよ!」
「どこかで私も見ておかないとね。今後のために」
「あれ? お前ら何の話してる?」
なんか脱線してない?
どうやら俺に無類の信頼を寄せてくれているみたいだけど、そこまで評価上がるようなことしてないからな?
「あ……、そうか。こっちにはタマがいるのよね」
「まぁそうだねー」
「え?」
すめしとカルマさんの言葉に、るいちゃんも「ですね」と頷く。
ん? マジで何の話してるんだ?
今度もギャグの流れかと思ったが、どうやら違ったようで。
三人の視線は、俺をじっと見つめていた。
「タマ! トラップ感知、頼んだよ!」
「はぁあああああ!?」
いやいやいや!
というか、本来ならトラップ感知は斥候職であるあなたの役目では!?
「ボクの感知はほら、低ランクだから」
「そ、そうかもしれませんけど!」
「まぁ厳密に言えば、センサーの範囲が狭いんだよ。
Eランクだから、三メートル半径なら感知できるよ!」
「せまっ!」
それって、通路の幅分くらいじゃん。
部屋の中央とかに仕掛けられていた場合、全然機能しないぞ。
「ちなみに解除もその範囲だけど、解除はしない方がいいかもね」
「そうね。入口で発動した罠みたいに、解除魔法にカウンターで発動する罠もある気がするもの」
「だからタマ。どこに罠が仕掛けられているか予測して、ボクらに教えて!」
「そ――――そんなの」
しっかりと。
カルマさんの大きな瞳と、目が合う。
「っ…………、」
「タマ」
確かに俺は。
よく最悪を予測して動いていた。
最適解を導き出して。
パーティにとって最良の判断になると予想して。
動いていた。――――んだけど。それは。
「……それは」
玉突き事故野郎。
耳にしなくなって久しいが、俺と切って切れない悪名。
誰にも理解されない先読み行動。
それを――――このダンジョンでやれっていうのか?
「大丈夫だよタマ」
「何がですか……?」
カルマさんは笑って、柔らかく俺の肩に手を置いた。
「きみの判断に全てを合わせる。
ボクらは、きみを信用しているからね!」
「カルマさん……」
ダンジョンに、一陣の風が吹く。
信頼という言葉が、すっと心臓に入り込んでくるのが分かった。
「…………重いですね」
「あはは! そりゃそうだよ! ――――だから、頑張ってね!」
「……はい!」
実際問題として。
先ほどはギャグのノリで済んだから良かったけれど、エロトラップもかかれば致命傷だ。
洗脳状態になってしまい、仲間同士で攻撃し合う可能性だってある。
つまりこれから先。
一度も罠は踏めない。
「……踏ませません」
「タマ……」
さぁ、月見 球太郎。
思考の時間だ。
脳を回せ。頭を冴えさせろ。
考えに考えて、想定される最悪を導き出せ。
「みんなの意識は、俺が守ります……!」
そうして。
足を一歩。
踏み出した。
「仕込むとするなら右手前のブロック。あ、いや。更に二メートル前の左下に、センサーみたいなものが仕込まれてる可能性があります。探ってください。――――あ、ビンゴです? よし、ならそれは解除で。
もう一つある? たぶんそれはフェイクだと思います。こちらの用心を逆手に取ってる可能性が高い。まずは本命の、右手前の方からいきましょう」
進む。
進みながら、喋る。
こんなにも。
「次の部屋。順番的におそらく、概念に作用する類のトラップです。隊列、止まって。
すめし、何か投げて。――――うん。石ころがマイクロビキニを装備したね。つまりあの部屋、入ったら強制的に薄着にさせられる部屋だ。遠距離からどうにか攻撃しましょう」
喋る。説明する。言語化する。
「カルマさん、そこの二歩くらい先にスイッチみたいなのありません? ……よし、ビンゴ。たぶんそれは解除していいやつです。解除してから五秒経って、何もなければ先に進みましょう。
奥の部屋。たぶんそろそろ物理的なトラップの気がします。貞操を守りたいのであれば、迂回路を探しましょう」
思考して、出して、思考して、出して。
勇気を、出して。
仕掛けてある先の先を読んで、裏を探り当てる。
自分の考えが一番正しいのだと、信じ切る勇気。
思った以上に恐ろしく、そして――――楽しい。
「るいちゃん、あの旗みたいなの、サーブで狙える? あ、腕は必要以上に出さないで。たぶんこの部屋、入ったら魔法封印か何かをかけてきそうな気がするから」
俺があのお嬢様の思考なら。次にどんなことを仕掛けるか。
彼女はエロトラップだと言っていた。
つまり、絶対それ以外も仕掛けてくる。
彼女が感じたいことは、『してやったり』感。
つまり、こちらの裏をかきたくて仕方ないのだ。
エロの中に本命を仕込ませ、その避けた先でエロに落とす。
そのパターンを。
出来る限り最悪を想定して、探り当てる。
「……すごい、です」
るいちゃんの呟きに、俺は苦笑しながら返す。
「凡人にできる事は、『気を付ける』ことくらいだからね。
気を付けて、神経を張り巡らせて、時には賭けに出て、当てる。それくらしか出来ないから、俺には」
喋りながらも思考はこのダンジョンの主のことへ。
やつが仕掛けてきそうな方法。
やつが仕掛けてきそうな場所。
寸分違わず、予想して予測して、超越しろ。
このパーティを安全に前へ進められるのは、今、俺しかいないのだから。
「この三十分間、トラップ発動率ゼロ……」
「やっぱりタマはすごいね! 大好き!」
「唐突なデレはやめて……」
集中が途切れるので……。
背中越しに抱きついてくるカルマさんのぬくもりを感じつつも、どうにか次を考える。
「次、は……! くっ……!?」
「どうしたのタマ?」
「う……、うぉぉ……!」
次は。
おそらく、さっきも回避した『入った瞬間、衣服が変化する』系の部屋だ。
これまで解除と同時に、すめしに魔力パターンも解析してもらっていた。
魔力の波と流れからして、おそらく間違いないだろう。
が、とても大事な問題が訪れた。
重大な問題だ。
「くっ……!」
むにゅう。
抱きついたカルマさんの、胸の柔らかさを感じる。
……こう表記するとめっちゃ変態っぽいなオイ。
とにかく。
俺は今、めちゃくちゃ煩悩に支配されている……!
平たく言えば、おっぱいのことしか考えられていない。
今ここで、俺が嘘を吐けば……。
ここにいる全員の、超薄着が見られるわけで。
「――――はっ、はっ、はっ、」
「どうしたのタマ? 以前死にかけてたときと、同じ顔してるよ?」
「くっ……! はっ、はっ、かお、近い……! はっ、はっ……!」
どうして抱きつきを解除しないのだカルマさんは。
こんなにも俺を煩悩まみれにしてどうしようというのか。
俺に間違った選択をさせないでくれ! 俺に、俺にみんなを窮地に陥らせるような選択肢を、選ばせないでくれぇぇぇぇぇぇぇッッ!!
「――――次、たぶん普通の部屋デス」
「え、いきなり!?」
「ウン。ホントウ、デス。タマ、ウソツカナイ」
「タマせんぱいがロボットみたいになっちゃいました!?」
「心配ね。敵の攻撃かしら」
「ダイジョウブ、デス。ササ、ゴーゴー」
言って、三人は部屋に入る。
すると……、ぼしゅうっとピンクの煙が三人を包み込んだ。
「おっひょおおおおおうやったぜええええ! マイクロビキニか!? 眼帯水着かぁぁぁぁぁ!!?(みんな大丈夫か! すまない、俺がしっかりしていないばっかりに……!)」
なんか心の声と本心が逆に出てしまった気がするが、今はそんなことどうでもいい。
カルマさんの健康的な美乳!
すめしの煽情的な巨乳!
るいちゃんのむちむちの爆乳!
ここまで頑張ってんだから、目の保養の一つくらいしても問題はな――――い?
「な……、何が起こったんですか~……?」
「分からないわ……。こ、このかっこうは……!?」
「うええええ!? な、なにこれ……?」
「…………ん?」
見るとそれは。
動物の着ぐるみだった。
小さいリスさん。中くらいのウサギさん。大きなトラさんが立っていて。
ぼてっとした衣装に身を纏った三人は、肌どころか顔すらも見えていない。
「マニアック!!」
確かにそういうのにエロスを感じる方々も居ると聞いたことはあるけど!
でもそうじゃない! そうじゃないだろダンジョンの主っ!!
「俺は……! 俺はなんてもののために、重大な裏切りを……!」
膝をつき崩れ落ちる。
そこへやってくる三匹のアニマルズ。
「タマをこのまま信用していいと思う?」
「あはは。タマも男の子ってことで!」
「う~……、これ、暑いです~……」
着ぐるみの嗜好を否定するわけではないよ!? ただ、今の俺にそのチャンネルは無いんだ!
俺が今見たかったのは! 悪に手を染めてでも見たかったのは! 女子の肌だったんや! 最低なこと言ってるかもしれないけど、ハプニングに恥じらう姿が見たかったんやぁぁぁぁっ!!
「うぉぉ~~~~~ん! うぉぉんうっぉぉん! うぉぉぉ~~~~~ん!(辞世の句・フリースタイル)」
「はぁ……。とりあえず、元に戻るまで休憩しましょ」
「そうだね~。魔物除けおいてくるよ」
「あ、手伝います~……」
「おおおおお~~~~~んんんんッッ!!」
その怨嗟の声は。
ダンジョン全体に響き渡るほどだったという……。
あ、その後は再び、ちゃんと予想して進みました。
悪いことはするもんじゃないですね……。
トラップを感知して、先へと進む。
――――もちろん解除した魔力に、手で触れるのを忘れない。
「タマー? 何してるの、行くよー?」
「あ、はいー! すぐ行きます!」
一応奥の手として、備えておかないとな……。
みんなにこれを話していないのは、ぶっちゃけこの行為が、不確定要素だからだ。
「教えてもらった通り、出来ればいいけど……」
そう呟きつつ、再び罠を予想する。
そして通路にて二つ罠を解除して大部屋に入った直後だった。
「ぐぅぅぅ~~~~~ッッ! 先ほどから邪魔ばかり! もう――――我慢なりませんわッ!!」
突如として。
部屋の中央の空間に、『亀裂』が入る。
「……っ!?」
邪悪さの中にも高貴さを思わせる声と共に、ソレは姿をあらわした。
全員一気に警戒態勢に入り、眼前の影を見やる。
「お前、が……!」
それはまさしく。
このダンジョンの主であろう。
これまで聞こえていた声と、ぴたりとイメージが合致した。
すらりとした体型。立ち姿捺してはすめしと似ているが、足をクロスさせていたり、手を優雅に組んでいたりと、所作に優雅さを秘めている。
百七十センチほどの身長だからか、怒りの視線がまっすぐに飛んできていた。
黄金のストレートロングの髪に、同じく金色の瞳。
色白な肌は怒りのせいか魔力のせいか、やや淡く発光しているようにも見えた。
薄淡いドレスをまとった美女は。
あまりにも不釣り合いな暴言を、美しき声と美しき発音で言い放った。
「この――――イカレ〇〇〇野郎め! そのつっかえねー一本鎗を叩き折りますわよッッ!!」
「え、えぇ~……」
月見 球太郎の周り、〇〇〇を躊躇せず言える女性多すぎ問題。
「失礼な! タマの〇〇〇は使えるよ! 立派だったよ!」
「私もそう伝え聞いているわ! 彼の〇〇〇は、カチカチで、平均くらいには立派だったと!」
「わっ、わたしは知りませんけれど、タマせんぱいのお〇ん〇んは、きっと硬そうな気がします……!」
「お前らちょっとは羞恥心を持とう!?」
このダンジョンのラスボス(?)を前にして、何とも緊張感のない我らがパーティだった。
気を取り直して俺は、眼前に突如として現れた彼女を睨む。
「と――――とにかく!
お前の目的はなんだ!? どうして俺たちをトラップまみれにしようとする!?」
困惑しながら俺が言うと、黄金の女は怒りの顔のまま言った。
「それは……、そこの女を支配するためですわ!」
「え、そこの……、おんな……?」
綺麗な指の先は。
騎馬崎 駆馬を指していた。
「……ん!? ボク!?」
「そうよ! あなたよ!」
この場にいるメンバーの誰よりも驚くカルマさん。
眼をぱちぱちさせる彼女へ謎のお嬢様風味美女は向き、綺麗な地声からは想像できないほどにドスのきいた声で言う。
「あなたを支配するために、わざわざワタクシはヒトの姿になったのですわよ!」
「はぁ~~~~~~っ!?」
「あの、縦横無尽にダンジョンを駆け、破壊と共に魔力をまき散らしていく艶姿! それはまさに麗しき獣! たまりませんでしたわ!」
「麗しいのも獣なのも、どっちもキミだと思うんだけど……」
「ってことはつまり……」
二ヵ月ほど前に俺を助けたカルマさんを見て、こいつは意志を持ったってことなのか……?
「同じ種族の姿で上に立つことで、徹頭徹尾分からせる! こんなにも完全なる支配はありませんわ!」
「そんな理由で……?」
「カルマせんぱいを支配するって、どういうコトなんです~……?」
すめしたちの疑問に彼女は「オホホ」とプチ高笑いをし、悦に入った。
「支配……、そう、支配です! ワタクシがあなたを支配し、身も心も、全てこのダンジョンの中で溶け合い、一つの意思になり生きていく……! アァッッ! 最ッ高ですわよ~~~~ッッ!!」
「言ってることがめっちゃ狂気的!?」
なんかとんでもないことを言っていた。
「なるほど~……。好きな人とどろどろに溶け合いたい気持ちは、分かるかもです……」
「くっ! 敵ながら素晴らしい思想を持っているわね……!」
「納得しかけちゃう理由だね……!」
「おうふwwwうちのパーティ、おかしいでござるwwwwwwwデュフwwwwww」
倒錯的なメンツしかいねえ。
何がどうしてこんな空間になってしまったのか。
頭を抱えていると。
ギャグの空気を終わらせると言わんばかりに、敵対する彼女の魔力が膨れ上がった。
「タマ、構えて!」
「え――――」
カルマさんからの注意と同時。
視線の先から一筋の光が飛来する。
「なっ……!」
俺の頬をチュン! とかすり壁へと突き刺さるソレは。
一本の神々しい弓矢だった。
そして。
その矢の鋭さに負けない声が。
俺たちに突き刺さる。
「――――ワタクシの名はトゥトゥリアス」
先ほどまでの馬鹿げた高笑いとは完全に別種の声質。
明らかに敵対の意志を示す音を持ってして。
彼女は名乗りを上げた。
「異界を作りし形天海と帯着土の狭間にて芽吹いた、意思を持つ罠」
紡がれる言葉と共に。
一つ。また一つと。彼女は自分の周囲に矢を召喚していく。
十本以上の鏃が舞い踊る中。
金の瞳の麗罠・トゥトゥリアスは、明確な敵意を持った後。
俺を――――俺たちを、正面から見据えた。
「神々の城を守りし数多の罠にて、貴様らに存在としての違いを教えて差し上げますわッッ!!」
戯れはここに終わり。
最後の激闘の幕が上がる。
俺は。
掌に魔力を込めた。
罠の王・トゥトゥリアスの放つ矢は超高速で。
弓に番えてさえいないのに、その射出速度は埒外である。
射られたら最後。その軌道上に立っていた場合、常人には避けることすらままならない。
無傷でいることなど出来やしないだろう。
けれど――――ここは例外の見本市。
ニンゲンの中でも例外的な力を備えた、元・アスリートたちが住まう魔都である。
「フッ!」
トゥトゥリアスはその美しい腕で号令を出し、宙に舞う屋の一本を投擲する。
しかしターゲットとなった速力の魔人・騎馬崎 駆馬は、高速を超えた身のこなしでその場から姿を消す。
「なっ!?」
「遅いね」
号令を出した腕へと、豪快に放たれるカルマさんの白い足。
腕自体は胴から離れなかったものの、相当なダメージを与えたようだった。
「ぐっ……!?」
「おっと、意外に頑丈だね」
確かに驚きの防御力だ。
凶悪なデーモンの腕すらも吹っ飛ばした白い足に、あの体形で耐えるとは。
見た目ほどに柔ではないということか。
「ワ。ワタクシはこのダンジョンと同化する者! なめないでくださいまし……!」
「――――なるほど」
「っ!?」
トゥトゥリアスが再び矢を展開した直後だった。
背後より、今度は対応力の達人・捻百舌鳥 逆示が忍び寄る。
「では、ダンジョンの壁を破壊するほどの貫通力なら、どうかしら?」
「な――――」
そしてその行動を予期していた俺は。
とっくにすめしの胸元へと、魔力球の提供を完了させていた。
「最高のタイミングね、タマ」
「くっ!」
「はぁッ!」
放たれるすめしの打球。
穿たれるトゥトゥリアスの腹部。
身体の中心部分に穴を開けられた彼女は、苦悶の表情で後退る。
「がっ! な、ならば――――!」
黄金嬢は吐血しながらも、両腕をダンジョンの床にとぷんと浸け、魔力エネルギーを送っていく。
「現れなさい! ダンジョンドラゴン!」
正面にクレーン車のような、超大型の物体が現れる。
岩のような外皮ががぱりと開かれ、そこには不揃いで獰猛な牙が見えた。
顔だけでも二メートルはある、ダンジョンそのもので構成された巨大なドラゴンだった。
「GLHHHhhhhhhrrrrr!!」
こちらをまとめて噛み砕く、凶顎が迫り来る。
しかしそこに立ちふさがったのは、力の超人・鯨伏 るいだ。
ダンジョン内の魔力を吸い、常人以上の力へと引き上げられた彼女の怪力は、もはや一つの必殺スキルだ。
「やぁああああああああっっ!」
るいちゃんの両腕は、真正面から竜の顎を受け止めた。
上下から迫る顎の力に、まったく力負けしていない。
そしてそのまま掌から二種類の魔力を放出し、巨竜へと反撃を行った。
「GHHhhhh――――ッッ!!」
「やりました! 今です!」
「はぁぁぁぁあっ!」
「おおおおおっっ!」
カルマさんとすめしへ、魔法球を提供する。
それぞれのベストフォームで打ち出されたソレらは、ダンジョンドラゴンごとトゥトゥリアスを吹き飛ばした。
「ぐぅぅぅぅッッッ!!? こ、こんな……!」
しかし敵も只者ではない。
自分の攻撃をここまで受け切られたのだ。普通なら困惑が勝ちそうだが、その顔には怒りを張り付けていた。
まだ、闘志は折れていない。
「これ……がッ! 最終手段ですわあああああああッッ!」
「……ッ! これは!」
「みんな、こっちに!」
トゥトゥリアスはその体を、黄金に発光させる。
魔力は膨らみに膨らみ、この部屋自体に魔力を行きわたらせているようだ。
「神も屈したこの槍の威力……、とくと味わわせて差し上げます!」
「……ッ!」
彼女の号令の下。
トゥトゥリアスの後方の壁が、巨大な槍のような形状となり、こちらへ向いた。
古代兵器のバリスタのようだ。
あれをまともに食らったら、身体に穴が開くだけではなく、存在まで消滅してしまうだろう。
「つぶれて――――おしまいなさいッッッ!」
魔力溢れる壁が穿たれる。
黄色の螺旋は容赦なく、否応なしに、俺たちを貫くだろう。
だから――――
「タマッ!」
「おぉぉぉぉ―――――防御上昇ッッ!」
最後は。
読みだけが取り柄の―――――凡人。
月見 球太郎の、防御スキルである。
貯えに蓄えた魔力は、腕先から、指先から放出され、黄金の壁を受け止める。
「これは……、タマの、元々のスキル……!?」
「すごいです~……」
「――――タマ、」
あの日。
教官を救った、春先の事。
俺は彼に、上級魔法を教わりにいっていた。
約束通り彼は色々と(秘密裏に)教えてくれたけれど、やっぱり俺にはセンスがないようで。結局一つも身につかなかった。
けれど、失敗続きの中。
一つだけ有用なことがあったのだ。
『自身のスキルが変化した?』
『そうなんですよね』
『それ、たぶん元に戻せると思うよ』
『え!?』
教官曰く。
俺の防御上昇は、ボール出しというスキルに変化したのではなく。
一時的に奥に引っ込んでいるような状態なのだそうだ。
『魔力は身体の作りに合わせて流れていくものだ。だから、出ないってことはない。
もしも出ないのであれば、単純にそこに蓋がされてるだけなのさ』
『蓋……』
『もしかしたら新スキルのせいかもしれないし、心情的なものかもしれない。それが何なのかは分からないが――――』
『はい! 探っていきたいです!』
『よし。ならまずは、この魔法を覚えてみようか』
『この魔法は……?』
『これは、魔力の残骸を回収し、自分のものにするための魔法だよ』
『魔力回収……』
『本来なら上位ランクの者しか教われない魔法さ。
ただ、なんとなくきみ、素質ありそうでね』
『そうなんですか?』
『きみの蓋を壊すには、おそらく自身の魔力だけでなく、別の強大な魔力の後押しが必要になってくる。だから、ダンジョン内に魔力が回収できそうな物質があれば、拾っておくといい』
『はぁ……。例えば、罠の残骸とか?』
『お、それいいと思うよ』
『何にせよ、俺の魔力とため込んだ魔力を使えば、防御上昇は戻るかもしれないと』
『まぁ試しだ。まずは、魔力回収を覚えてみようじゃないか』
『はい。お願いします!』
まぁそんな。
何に役に立つのか分からない、日常的な会話があって。
俺はこうして、原点ともいえるスキルを思い出すことが出来て。
「ぐっ……、おぉぉおおおおおッッ!」
「なっ! き、きさまァァァッ……!」
互いの歯ぎしりが響く。
どちらが打ち勝つかの、最後のせめぎ合いだ。
魔法の光は目に痛い。
もうどんな色に光っているのか、判断がつかないほどに眩かった。
「……なんなんですの!?」
並みの冒険者であれば。一掃されていただろう。
しかし。
正面衝突も、搦手も、打ち負ける。捌かれ続ける。
「なんなんですの! 一体きさまは何者なんですのッ!?」
「俺……、か……?」
投げられた問いに。
返す答えは決まっている。
おそらく。
騎馬崎 駆馬と出会った、そのときから。とっくに。
「月見 球太郎。
落ちこぼれで、才能がなくて、悪評がつきまとっていて、」
あがいて、もがいて。それでも叩かれて。
でも、諦めなくて。人の縁に助けられて。
這ってでも前に進んだ――――
「このパーティの、ボール出し係だッ!」
防御上昇は。
しだいに丸みを帯びていき。
まるで一つのボールみたいになる。
「おぉぉぉッ!」
「――――なっ!?」
最初の頃にの、自分のことを何も分かっていないときの。
カルマさんへ、とりあえずで投げていた、大玉転がしのような魔法球。
「みんな!」
「うん!「えぇ!」「はい!」
そして。
衝突する光の中、反撃は完了する。
カルマさんのキック。
すめしのショット。
るいちゃんのスパイク。
その全ての力を内包した魔法球は、迫り来るダンジョン壁をもろとも押し返し――――
「ガァァァァッ――――ァ――――ッ――――…………」
黄金の罠姫。
トゥトゥリアスを、完全に吹き飛ばしたのだった。
収束した光の中。
息を整えつつ、俺はぼうっと眼前を見る。
まったく。
惨敗だ。
やっぱり最後は天才たちが決めるんだから。
まだまだ凡人程度では、才気あふれる元・アスリート女子たちには。
敵いそうにない。
だから支えてもらわないとな。
これからも、ずっと。
『ぐぅぅぅ……! ワ、ワタクシ、がっ……! こんな……!』
罠の姫は。
もうほとんど、その姿かたちを保っていられていなかった。
乱れたモニター映像のように、身体中のところどころが点滅し、消えかかっている。
戦いの終焉を意味しているのだろう。周囲のダンジョン壁も、淡く光り始めていた。
「ダンジョン、クリアか……」
「そうみたいね」
長かったようで短かった、プロBランクのダンジョン制覇。
明らかにランク以上の場所だったことを、どう説明したものかと考えていた矢先だった。
「――――、」
「カルマさん……?」
消えていくトゥトゥリアスへ。
彼女はかつかつと鉄靴を鳴らし、歩み寄る。
そして近くまで行くと同時。
「はい」
『え――――』
その、白銀に輝く鉄製の脛当てと鉄靴を脱ぎ。
トゥトゥリアスの眼前へと差し出した。
『なに、を……、なさっている、の、です……?』
今にも消えそうな身体で。薄らいでいく意識で。トゥトゥリアスはかろうじて声を出す。
それに対してカルマさんは、しっかりとした声であっけらかんと、言い放った。
「乗り移りなよ、これに。出来るでしょ?」
『は……?』
「カルマさん?」
ぽかんとしたのはトゥトゥリアスだけではない。俺たちもだ。
退去に備えていたすめしとるいちゃんも振り返り、呆気に取られている。
「ねぇタマ。このダンジョンって、死者とか出てないよね?」
「は、はい……。クリア者が出て無かったってだけで。死者は、一応」
「良かった良かった。
あぁでも、けが人は流石に出てるか」
「それは……まぁ、出てるでしょうね。でもそれは、職業が冒険者である以上、仕方ないというか、自己責任というか」
「えへへ! だよね!」
ぶっちゃけ死者も自己責任だけどな。冒険者ってそういうものだし。
しかし……、カルマさんが何を言いたいのかが分からないな。
「じゃあ大丈夫だね。……はい!」
カルマさんはそう言って。
改めて脛当て《グリーブ》と鉄靴を。己の武器を突きつける。
「由緒正しい鎧を改造してもらったものなんだけど、やっぱりお気に召さない?」
『だか、ら……! なんなのと聞いていますのよ! ……ぐッ!』
「いやぁ。『ちゃんとしたモノ』なら乗り移れるかと思ったんだけど。このダンジョンにしてたみたいに」
「カルマさん、それは――――」
確かに。
彼女の発言から想像するに、トゥトゥリアスは元々概念の存在みたいだ。
カルマさんに充てられて人の形を持ち、ダンジョン自体とも同化していたことから、何かの物質に乗り移ることもおそらく可能で。
――――というか。
その推測よりも、今重要なのはそこではなくて。
「助けてあげるよ、トゥトゥリアス! ボクたちの仲間になろう!」
『………………ッ!?』
言い切ったカルマさんの顔は。
太陽そのものだった。
あの記者会見で見せた顔。
俺を助けてくれた時の顔。
風呂場で頑張ってくれたときの顔。
クエストで元気いっぱい跳ね回っているときの顔。
エネルギーを放つ。
光りある、英雄の相貌だ。
『そ――――そんな、こ、と……』
「はやく! それとも、これじゃあ無理かな!?」
『~~~~ッ!!』
消えかける魂のまま、狼狽する黄金姫。
でも確かに。トゥトゥリアスの気持ちも分かる。カルマさんの思惑が、理解できないのだ。
手を差し伸べることに。どんな意味がある?
「カルマ」
「ん?」
場が混乱していく中。
すめしとるいちゃんが、横合いから質問を投げた。
「どうして彼女を助けようとするの? その存在は、私たちを殺そうとしたのよ?」
「そ、そうです~……! たまたま倒せたから良かったですけど、一歩間違えればわたしたちが死んでました……」
二人の質問を受け取ったカルマさんは。振り返ってにこりと笑った。
一瞬だけ、こちらを見たような。
そんな気がした。
「一度失敗することくらい、生物にはあるよ」
「あ……」
それは。
いつか言った、俺のセリフだった。
「こんな面白い存在が、たかがボクらのパーティに行った暴力でいなくなるの、世界の損失だと思う」
「カルマさん……」
あの夕日さす教室で。
俺が教官に言った言葉と同じことを。彼女は口に出している。
「だってトラップ操れるんだよ? それってつまり、ボクの斥候職と合わさったら、最強になると思わない? 解除も仕掛けるのも思いのまま! ……とかね」
「カルマ……」
「せんぱい……」
呆れたようにため息をつく二人に笑いかけて。
カルマさんは、あらためてこちらに視線を向けた。
「どうかな、タマ?」
「いいと思いますよ」
「えへへ! やったぁ!」
俺の返事は即答だ。
きっと呆れながらも、二人も納得してるだろう。
「一緒に行こう! トゥトゥリアス!」
差し伸べた手は。あの日のように。
死にかけ、もうどうしようもなくなった存在に、再び活力を与える。
太陽のような笑顔と共に。
『――――ふん。とっても、甘い奴ら、ですわ……』
でも。
だからきっと、惹かれたんですのね。
そう、言葉にならない呟きと共に。
彼女はカルマさんの鉄足――――ではなく、俺の手袋へと吸い込まれていった。
「ありゃ?」
『魔力の籠っていない物質には、長くはいられませんの。なので、仮住まいとしては、こちらで』
「あはは、そっか!」
『ふん……! 居心地は最悪ですけれどね』
「悪かったな」
弱々しく言葉を発していた手袋は。
そのまま、ひと時の眠りについた。
最後に、『ありがとう』という言葉を残して。
「……今度こそ、終わりましたね」
「そうだねぇ。あー疲れた!」
「疲れたじゃないわよ、まったく」
「そ、そうですよ~! びっくりしました……!」
「あはは、ごめんごめん!」
朗らかに、そしてやや狂気を孕みつつ、彼女はいつものように笑う。
俺はため息をつきながら、カルマさんに問いかけた。
「どうして、俺がやったみたいなことを?」
「へへ。――――それはね」
くるりと振り返り。
強い瞳と、目が合う。
爛々と輝く、エネルギーのある瞳だ。
「タマはさ。ボクに影響を受けてるいちゃんを助けたって言ってたけれど。
それは、こっちもなんだよ?」
「え?」
俺の何歩も先にいるはずの。
憧れでもあった、天才は。
輝く笑顔と共に、こう言った。
「キミはとっくに、ボクに影響を与えるくらいに。
立派な冒険者になってるってこと!」
「――――」
「えへへ! だから大好きっ!」
「うわぷっ!? カ、カルマさん……!?」
がばっと抱きつかれる。
彼女の温もりと力強さを、一身に感じた。
「これからもずっと一緒にいようね、タマ!」
「――――はい。カルマさん」
笑って。俺は。
チームメイトであり恩人であり。
ヒロインのようでいてトラブルメーカーでもあり。
あけすけなようでいて乙女でもあり。
強気で狂気で勝気で陽気な、彼女に。
はっきりと告げた。
「ずっと一緒に、冒険し続けましょう」
彼女はこれから、プロ冒険者となる。
俺もこの、太陽みたいに。
自分で輝ける強い冒険者になりたいと。
だからこの先何年かかっても。
絶対にプロ冒険者になってやると、決意したのだった。
「あぁキミら。全員でプロになってもらうから」
「「「「えっ!?」」」」
「あんな特異な事件、プロでもなかなか解決できないからね。
学生でくすぶらせておくのはもったいないと、組合からのお達しが出たんだよ」
「「「「えっ!?!?」」」」
「というわけで。はい、卒業資格と、プロDランク証ね」
「「「「えええええええええええ~~~~~~ッッッ!!!!!!???」」」」
なんつーか。
カルマさんと出会ってからの俺の人生、波乱万丈すぎだろ。