女神ヶ丘女学院
めがみがおかじょがくいん。通称メガジョ。
女神ヶ丘と呼ばれる海側の土地に、古くからあった学校機関。
元々は中高のみだったが、次第に拡張・拡大・合併などをしていき、小学校から大学院までが入る教育機関となった。
土地は陸側と海側があり、ダンジョン化したのは海側の方である。
余談だが。
メガジョに彼女がいるということが、周辺の男子のステータスになっているとかなっていないとか。そんな噂がまことしやかに飛び交っており、それを耳にした女子は「男子はつぶれろ」と念仏をつぶやいているらしい。
捻百舌鳥 逆示の戦闘スタイルは、分かりやすく言うと魔法剣士だ。
テニスで培った身体能力で剣を振るい。
赤い髪のイメージ通り、炎の魔法を放つ。そんな戦闘スタイル。
両断。破断。
放射。延焼。
時と場合によって臨機応変に対応できるその立ち回りは、魔法と剣技を操る職業として、ほぼ理想形と言って良いだろう。
「すめし、右!」
「分かってるわ!」
彼女の振るった剣が、まるでバターにナイフを入れたかのように、ゴブリンの身体を両断する。
逆サイドから詰め寄る残りの二匹も、彼女の放った炎魔法により、黒塵と化していた。
「ゴぁ、ァ、ァ、ァ……」
散って行くゴブリンたちを背に、状況は終了した。
俺が手に魔力を込めた意味を、もう少し組みとって欲しかった。
「力、借りるまでも無かったわね」
「言うな」
「掌に魔力を集中させて、見事に終わったわね」
「だいぶイジるじゃん」
「冗談よ」
だから冗談に聞こえない。
クールな出で立ちも大概にしてほしいものである。
口角くらい上げればいいのに。
「お、ポイントになったな」
「そうね」
ゴブリンたちの瘴気は中空で一度一ヵ所に集まり、瞬間的にポイントを表示した後、再び霧散していった。
「なるほど。これが点数表示か」
「ポイントで競い合う試験は初めて?」
「だな。この手の試験って、だいたいは少数人数で挑むものが多いだろ?
そうなると必然的に、パーティ全員攻撃型になりやすいんだよ」
その方が効率が良いというか。
サポートタイプの冒険者(見習い)だと、相当ランクの高い人じゃ無いと声はかからないんじゃないだろうか。
まぁ……。単に俺が嫌われていたり、悪評が付きまとっていたりって理由もあるんだろうけど。
「まだ周囲に、第二陣もいるわね。気を抜かないように」
「おう、了解だ」
迷宮タイプのダンジョンは、通路が狭い代わりに、隣の通路を歩いているモンスターの息遣いや足音もキャッチできる。
確かに近くを歩くモンスターの気配がある。
それまでに、俺と組んだ理由をはっきりさせておこう。
「……それで。何で俺だったんだ?」
ゴブリンたちが出る前、その理由を聞こうとしていたところである。
俺の言葉にすめしは、「えぇ」と頷いて答えた。
「カルマが自慢してくるっていうことまで話したんだっけ」
「そうだな。
どんなことを言ってたんだ?」
「そうね、主に――――」
『タマはいいよ! エモいよ! とにかくイイ子で、一緒にクエストに行くと超テンション上がるんだよ! いいだろーすめし!』
「とのことよ」
「なんにも情報が伝わってない!?」
「トランプで言えばジョーカーだということだけは、伝え聞いているわ」
「ふわっとしてる!」
「でもカルマってトランプ弱いから……。ジョーカーの意味を間違って使っている可能性もあるわね」
「そうかもしれない……」
あの人にとってジョーカーとは、『初手で切っても良い強い手札』くらいの認識でもおかしくない。
そしてカルマさん、トランプ弱いのか。でも言われてちょっと納得だった。
「というか、すめしたち二人がそういう遊戯めいたものを行っているシーンが、全然想像できないんだけど」
「失礼ね。やることはやってるわよ」
「その言い方だとカルマさんと百合百合してるみたいになるけど」
「あ、いやその。違うわよ。そういうのはまだ男女ともに無いし、そういうコトは一人で、」
「おおぉい!? 何のカミングアウトだよ!?」
「っと、危ないわね。……ギリギリだったわ」
「いやほぼ言ってたよ!」
「こんな会話だけでイクわけないでしょ!? 中学生じゃないんだから!」
「待て待てすめし! もうグレーゾーンは通り過ぎてる! お前風に分かりやすく言えば、これまではギリギリダブルスコートだったけど、今はもう観客席くらいにボールが落ちてるから!」
「まぁネットインが続くよりはマシでしょ」
「むしろこの話題のラリーを続けないで欲しかったんだよなあ……」
お互いに、けっこう無茶な話題でも拾っちゃう性質みたいだからさ。
「ふぅ……。
じゃあ、話題を戻すわね」
「おう?」
「元々は、『カルマがあなたをどんな風に言っていたか』の話だったでしょ?」
「あぁそういえばそうだったな。
他にも何か言ってたのか?」
俺の質問に、すめしは綺麗に頷いた。
「〇〇〇が、だいぶかたいって――――」
「だからそのラリーを開始するなって!!!」
つーか。
あの人何話してんの?
あの人何話してんの!?
世界的にも有名な元・天才テニスプレイヤーに、どんな情報伝えてんだよ!
「よくよしよししてあげているとは、そういう意味なのね?」
「違う」
「良くシテもらってるというのも、そういう意味なのね?」
「違うから!」
「いいのよ、月見くん。ちなみにこのクエスト、途中離脱はできたかしら?」
「露骨に距離を取ろうとするな!」
「大丈夫よ。節度ある関係なら、私からは何も言うことはないもの」
「誤解だすめし。俺とあの人の間に、そういうロマンス的な要素は一切ない」
「そういう関係じゃないのに、〇〇〇の具合を知っている方が問題だと思うの」
「具合とか言うな」
破壊力が高いよ。
直接的な単語を使っていることよりひでえ。
「羞恥心はとっくに無いわ、私。
そうじゃないと、カルマの知人なんて勤まらないでしょう?」
「ひっでえ理由」
共感性百パーセントだけどさ。
しかし、あの人経由でつながる人脈っていうのも、変な縁だな……。
「じゃあ話題を戻すわね」
「今度こそ戻してくれよ?」
「今度こそ大丈夫よ。
まぁあなたの戦闘スタイルだけど、魔力球を提供するだけというのは聞いているわ」
「それは良かった……」
話題をちゃんと戻してくれて、二重の意味で良かった。
「えーっと……。でもそれじゃあ、ますます謎なんだが?」
俺の役割を、謎のポジション・『ボール出し』と知った上で組んだということだ。
多少の強化魔法や回復も使えはするが、すめしにとってはそんなもの必要としないだろう。
「言ったでしょ? 彼女が自慢するって。
だから私も、打ってみたくなったのよ」
「打つ? 何を?」
「だから。あなたのボールを」
言って彼女は剣を抜いたかと思うと、そこへ魔法を送り込む。
「カルマから話を聞いたときから、密かに練習してたのよ」
魔力は次第にカタチを帯び、楕円で平べったい形状へと固まっていく。
「それ……、ラケット!?」
「これであなたの『魔力球』を、打つことが出来る」
隣の通路に居たモンスターが、こちらをターゲットと認定する。
複数では無く単体だが、身体の大きいゴーレムタイプである。
それと同時。
彼女は先ほどまでの、剣士のような構えでは無く。
テニスプレイヤーがこれからボールを打つための、フォアハンドストロークの姿勢を見せた。
右手に剣を構えて肩を開き、やや中腰の姿勢を取るすめし。
彼女の強気な瞳が、こちらをちらっと見た。
「だ、出せってことか……! 今、ここで……!?」
魔力の話である。
いや、さすがにこの会話の流れでは分かるか。
ともかく。
元より俺に、いや、俺たちに選択肢は無い。
既に向こうからモンスターが、鈍重な足音を響かせながらこちらに走ってきている。
あの巨腕で攻撃を受けたら、いくら低ランクモンスターの一撃とはいえ、大きなダメージとなるだろう。
「よ、よし……!」
俺は両手に魔力を込め、カルマさんへ提供するときと同じように、特大の魔力球を生成した。
杖を使わなくなった俺は、現在魔法手袋を使っている。
杖よりも魔法の媒介としては弱いが、その分杖を持たなくて済むので、両手が空くというメリットがある。
ただ、あまりにも魔力が通りやすすぎるせいか。
どうにもサイズ調整が安定しない。
前みたいにサッカーボール大に凝縮出来る事もあるのだが……、今日はいつものように、大玉タイプである。
「受け取れ、すめしっ!」
「え――――、は、はぁッ……!?」
「え?」
これまでのクールな出で立ちからは想像できない、頓狂な声を出すすめし。
放物線を描き飛んで行く魔力球は、いつものように止まらない。
ある程度はコントロールが出来るようになったので、一応彼女のラケット付近に行くよう調節したのだが――――
「これは……! む、無理ッ……!」
彼女はどうにか俺の魔法球を弾き飛ばそうと試みたが――――失敗した。
「え、失敗って!?」
瞬間。
ちゅどん! という音と共に、すめしの居る地点は彼女ごと爆発に見舞われる。
黒煙の中。ボロボロの大ダメージを負った彼女の姿が現れた。
「だ、大丈夫かすめしー!?」
「へ、平気、よ……」
「明らかに平気そうじゃねえ!?」
「ガフッ……!」
口の中から黒煙を吐き出す彼女。
綺麗な白い肌も赤い髪も、魔法煙により真っ黒に染め上げられていた。
爆発実験に失敗した科学者みたいである。
「すめし、前! 前!」
「くっ……、こンのぉッ!」
苛立ちを発散するように。すめしはそのまま剣を振るった。
テニスラケットの形をした、剣のようなナニカは、そのままゴーレムの腕と衝突して。
そして腕ごと、ゴーレムの身体を粉砕した。
肩で息をしながらも残心をとったかと思うと、すっと剣を天井に掲げ、勝鬨を上げる。
「だっしゃああああッッ!」
「すめし、キャラ! キャラブレがすげえ!」
「うっさい! あなたのせいでしょうがッ!」
「理不尽な!?」
何というか。今のは。
月見 球太郎の、正しくない使い方の一例みたいにして、戦闘は終わった。
「とりあえず……、休憩、しましょ……」
「お、おう……」
本日の俺の成果は。
魔物除けを設置したのと、すめしへの攻撃《ーファイア》だけである。
捻百舌鳥 逆示とのクエストは。
あまりにも、愉快すぎた。
プロフィール・3
名前:捻百舌鳥 逆示(すめし)
身長/体重:160センチ/52キロ
職業:魔法剣士
物理攻撃:B+ 魔法攻撃:B+
物理耐久:B 魔法耐久:C
敏捷:B 思考力:C
魔力値:B+ 魔吸値:B
常時発動能力
炎耐性:D、氷耐性:D、風耐性:D、雷耐性:D、光耐性:D、闇耐性:D
状態異常耐性:E
任意発動能力
炎魔法:C、回復術:D、状態異常回復術:D、
過去回想。
その日。
女神ヶ丘女学院初等部に在籍していた捻百舌鳥 逆示は、衝撃を受けた。
もう半月もすれば中等部に上がろうかという三月の頃。
ソレは、起こった。
学園の半分を塗り替える出来事。
異なる世界の侵食。
異質で異常な異物の混入。
フィクションのような目の前で巻き起こる光景は、しかし現実のことであると、そのときの彼女は思ったらしい。
「それが――――ダンジョン現象か」
魔物除けを設置して、一息つく。
すめしを落ち着かせるため、あえて戦闘以外の話題をしていたところ、彼女の過去話に着地した。
そのまま花が咲きそうだったので、俺は話を聞いてみることに。
当時を知る者からの話だ。
歴史にさほど興味が無くとも、心は動かされる。
「目の前でそれを見たんだな」
「えぇ。びっくりしたわ」
「だったらもっと表情筋を動かせよ……」
俺だったらびっくりどころか、あまりの衝撃で記憶を失っていてもおかしくない。
というか実際に、そういう症状を訴えた生徒も少なくなかったのだとか。
「それからしばらくは、元・女神ヶ丘の生徒として、人間坂高校に通ってたの」
「あぁ、隣の市の?」
「そうよ。学園側の配慮で、一旦違う土地に行ったほうがいいんじゃないかって」
「なるほど……。
で、その後。テニスを続けて一躍有名になって、この土地に戻って来たのか」
「名前はセピア丘に変わったけれどね。
でもまぁ、土地に愛着ってあるじゃない?」
「へぇー」
俺の相槌にすめしも頷き、ぐいっと豪快に水を飲みほして言う。
「丘側の校舎から見える海。その光景が、好きだったのよ」
「そっちって……、もろにダンジョン現象が起こった方角じゃん」
「そうよ」
女神ヶ丘は、元々海に面したところに学園施設を設けていた。
広い施設の半分ほどがダンジョン現象に侵食されたのだが、そのほとんどが、海側の部分なのである。
綺麗な景観を誇っていたと、すめしは語る。
俺はその光景は見たこと無いけれど、初等部で丸五年過ごした彼女が言うのだ。相当なものだったと見て間違いないだろう。
「だから、取り戻したいと思ったのよ」
「何を?」
「その景観を」
は?
それってつまり……。
「すめしがこの学園に戻ってきたのってさ。
このダンジョン現象を、消滅させたいから……なのか?」
「そうよ」
彼女は。
変わらずクールな表情と、曇りなき眼で頷いた。
「何も世界中のダンジョン現象をどうこうしようという気は無いわ。
けれど、私は私のために、この土地を元に戻したい。それだけよ」
「いやいやそれだけって! それでも壮大すぎるだろ!」
何せ、世界中で研究がなされているにも関わらず、解決策が分かっていないのだ。
強くなればいいってわけでもないだろうしなぁ。
「だから私は、プロの冒険者になって、研究も続けたいの」
「はぁ~……、なるほど……」
すげえことを考えるもんだ。
「ってことはすめしは、もしもこの場所からダンジョンを切除することが出来たら、今度は世界中のダンジョンを消して回るのか?」
「いえ? 私はそこまでお人よしでは無いわ。
協力要請があったら行くけれど……、それも、ギャラによるわね」
「しっかりしてんな」
「そりゃそうよ。
だって私は、『プロテニスプレイヤー』ではなく、『プロ冒険者』を職業にすると決めたのだから」
「プロ……。職業、か……」
そう口にされて、改めて実感しなおした。
俺も、カルマさんも、ここに参加している奴らだって、みんなこの職業で食っていくために学んでいる。
辛いことに耐えられたのも、そのゴールがあるからだ。
「だから……。カルマとダンジョンで一緒になったときは、ちょっと嬉しかったわ。
何せ彼女、向上心の塊でしょ?」
「そうだな。あの向上心……というか挑戦心は、見ていて気持ちいいよな」
その熱に引っ張られるというか。
まぁ俺は、気持ち以外にはついて行けてないんだけど。
「というか、すめしとカルマさんってパーティ組んだりするんだ?」
「してないわよ。
ほら、プロのダンジョンには、時間差で入れたりするじゃない。そのときにすれ違ったりね」
「あぁそういう……」
二人とも高ランクだもんな。
「まぁすめしもカルマさんも、誰かとパーティを組んだことが無いわけではないんだよな?
でも、それじゃあ尚更、二人でパーティ組んだことが無いっていうのは珍しいな」
疑問に思い質問してみると、すめしは「そうね」と、やや苦い顔をして言った。
「私も彼女のも、『最後は自分で決めたくなる』のよね……」
「あー……、アタッカー故に……」
「そう。平たく言えば、事故るのよ」
それは衝突するという意味では無く。
むしろ考え方が合いすぎて、狙いどころがかぶるのだ。
「大型モンスターへの最後の一撃。それが例えば、ピンポイントで頭を狙うものだったとして……。
そこへ共に駆け出していく私とカルマ。頭をぶつけて悶絶する私とカルマ。ぐだぐだになるパーティ。……どうかしら?」
「すげえ! ありありと想像できる!」
悲しいかな。
冒険者は、強い人だらけで集まったとしても、決して相乗効果が生まれるわけではないのです。
「うーん……。難しいな。
仲が悪いわけではないからこその、ぶつかりか」
「えぇ。でも、言い合いとかはしたことないわ。戦術や戦闘方法については、よく意見を交わし合ってるけれど」
「そうなんだ」
「私と考え方は違うけれど、聞いていて参考になるもの。彼女も楽しそうに話しているし」
「まぁそうだよな」
むしろあの人が、楽しく無さそうに人と話しているところの方が想像できない。
「私も同意だわ。
そうね……。だから、不仲では無いと思う」
「そうなんだ……」
「さすがのカルマも、嫌いなやつと一緒にお風呂には入らないと思うし」
「そうなんだ!?」
「いや……、普通そうでしょ」
「いや、今の驚きはそこじゃなくてだな……」
一緒に風呂に入るくらい仲が良いとは。
それもう親友とする行為じゃん。
「だからあなたも好かれてるともうわよ、タマ」
「ん? あぁ……、聞いたんだっけ。あの人に風呂に入れられたこと」
半ば強引だったけどな。
俺の〇〇〇の話題を知っているということは、つまりそういうことなのだろう。
「羞恥心は無くなったけれど、常識を捨てているわけではないのよ私。
だから異性と軽々しく入浴することは、私たちの年齢的に考えて、正直どうかと思うわ」
「だよな!」
良かったよそこの感性がまともで!
やっぱ俺がおかしいわけじゃ無かったんだよなァ!?
「あの人、ナチュラルに薄着になるからさ……。薄着っていうか、脱衣っていうか」
「ありありと想像出来るわね」
さしものすめしも、苦い顔をして顎に手を当てていた。
「最初のパジャマパーティで、私の入浴に乱入してきたときもそうだったわ。
せっかくお笑いライブDVDとタコパの余韻に浸りつつ、お気に入りのパジャマに着替えることに想いを馳せていたというのに。台無しよ」
「突っ込まないぞ」
何だそのチョイス。
クール美人キャラがやることじゃないだろ。
「ちなみにカルマのパジャマは『むーむーオウルくん』よ」
「それって対象年齢三歳くらいのやつだよなあ!?」
百五十センチが小柄だとしても、それでもサイズはあるのか!?
「さぁ……? でも選手時代から、遠征や強化合宿のさいは、絶対持っていってたみたいだけど……」
「あんなバケモノみたいな動きしてた裏で、そんな衣装で寝てたのかよ」
いや人の趣味に文句はつけないけどさ。
そしてちょっと想像出来てしまうのが嫌だ……。
全然お姉さんキャラじゃないじゃん。
「まあ話題をお風呂に戻すとして、カルマは意外とスタイルいいわよね。
やせ形に見えても下着をつければちゃんと谷間はでき――――あ、流石にこれ以上は言えないことね」
「だいたい全部言ってるよ!
そして意外と胸があることは、本人からも聞いてるし!」
どうして双方から、カルマさんの胸の話題を耳にしなければならないのか。
欲情させたいの? 浴場の話だけに。――――とはさすがに言わなかったけれど。
「彼女、天然でビッチなところがあるわよね。ビッチというか、ユルい?」
「まぁ、距離が近い女子っていうのは、思春期男子にとってそれだけで凶器だからね……」
だから。すめしが普通の距離感で良かったよ。
一瞬だけ近かったり、初手で手を握ってきたりはしてたけど。
「まぁ話がやや逸れたけれど。
そんなカルマとは、仲良くさせてもらってるわ」
「なるほどね……」
対等な関係というか。
互いが互いを認め合ったうえでの、友情を育んでいるわけか。
そう俺が納得していると、彼女はすっと言葉を滑り込ませる。
「だから私は、自分から彼女の元を訪れたし――――あなたにも声をかけたのよ、タマ」
「……は? お、俺? そこで、何で俺のハナシ?」
突然焦点を当てられて、動揺してしまう。
「向上心。あなたにもあるでしょ?」
「お、俺……、も……?」
しどろもどろになっている俺へ、彼女は「えぇ」と頷いて続けた。
その言葉は、言及するようではなく。むしろ「当然でしょ?」というニュアンスの、事実確認のような言葉尻だった。
「あなたもカルマと、本質は同じ。
挑戦を見つけ、向上心を持ち、どんな環境でももがいていた」
「そ、そうか……?」
「普通は『玉突き事故野郎』なんて悪評で呼ばれてたら、早々にここから居なくなってるわよ」
「それは……」
後が無かったし、金銭の問題もあった。
けど……、まぁ確かに。それだけでも無かったかもな……。
「向上心とは、違うかもしれないけどなぁ」
「改善策を考えることは、使ってるエネルギーは同じだと思うわ」
言うとすめしはじっと俺の目を見る。
「あなたはこれまで、『自分』を理解するのに時間がかかっていた」
月見 球太郎という人間の持つ特性。強み。
思考の癖や思い浮かぶ戦略。
内側に眠っていた全体強化の常時発動能力さえ、理解出来ていなかったくらいだ。
「でもあなたは、自分自身を理解した」
「――――、」
「だからこれから先。あなたの土台には色々なものが乗っかっていくと思う」
それは。カルマさんが俺に言った言葉と同種のものだった。
強敵との経験。
高ランク者との経験。
俺の中にある、思考回路のアップデート。
「いい、タマ?」
うすく柔らかく動く唇と共に、
彼女は俺の肩に触れ、真っすぐに瞳を覗き込んだ。
「――――、」
「……、」
紫がかった情熱の瞳が。
俺の視線を離さない。
「あなたは頑張っているし、頑張ってきた。
前に進もうともがくエネルギーはね。成功しようが失敗しようが、それを持っているだけで偉いのよ」
「すめし……」
「恩師の言葉の受け売りだけどね」
「……そうなのか」
「うーん……。『偉い』じゃ無くて、『強い』だったかしら」
「記憶曖昧じゃん」
「だって言われたの五歳の頃よ? 一言一句覚えてるなんて無理よ」
台無しにもほどがあった。
まぁ、ニュアンスは伝わったよ。
「それにね」
「ん?」
彼女は立ち上がり、休憩は終わりと剣を腰に戻し。
堂々と胸を張って言った。
「少なくともこのクエスト。
私と一緒に居る限り、失敗はあり得ないわ」
颯爽たる態度は、俺にも熱として伝播する。
「カルマも言っていたみたいだけど……。
あなたに足りていないのは、結果としての成功体験よ。それを積み重ねるだけで――――、きっとあなたは、化ける」
それは情熱でも決意でもなく、決定事項のような言い回しだった。
「私があなたを導いてあげる。
だから、ついてきて」
あまりにも強すぎる彼女は、この一時に限り。
俺の、師となるのだった。
私、捻百舌鳥 逆示から見た月見 球太郎の評価は。
一言で表せば、『勿体ない』だった。
「位置取り、完璧。思考の方向性、完璧。視野の確保、完璧――――」
だからこそ。
「身体能力がゴミ」
「言い方ァ!?」
モンスターを退けた私は。
先ほどの戦闘で回避行動をとりまくり、そこらをごろごろと転がり回って汚れだらけになっている彼を見て、言い捨てた。
「あらごめんなさい。カルマの口のテンションがうつってしまったわ」
「人のせいにするな! あとカルマさんはそんな口調じゃねえよ!?」
「顔が近いわ。あとファッションがダサい」
「変な髪留めしてるヤツに言われたくねえけど!?」
「失礼ね」
「いやどう考えても先に失礼なこと言ったのはお前だろ!」
そうかしら。
カルマにはこういうノリのコミュニケーションで成立しているのだけれど。
「だいたい、『変な』というなら、あなたの魔法よね」
「ん? 『ボール出し』の事か?」
彼の使用する魔法は、所謂『オリジナルスキル』と言われるものだ。
「俗称では無く、正式名称が『ボール出し』になっているものね」
騎馬崎 駆馬のステータス蘭に表示されているらしい、A+ランクスキル・白い足。
これも元は、疾風蹴りという斥候職が覚える汎用技だったという。
「けれど、使い続けるうちに、違うスキルへと変化するらしい……か。
カルマさんの場合は、単純に上位版の攻撃方法ってかんじだけど」
「あなたのスキルは、全く違うスキルになっているわね」
「だな。けど、不思議と防御上昇と同じ感覚で放てるんだよ」
「そうなのね」
防御上昇は元々、術者の魔力を『強固』にして自分ないし他者に付与する魔法だ。
この、『強固』にするというところが、ボールの強固さになっているのかしらと思ったけれど……、
「不思議だよなぁ」
「……そうね」
なんだか。
彼の能天気さを見ていると、詳しく考えるのがばかばかしくなってくるわね。
というか。防御上昇という切り札を失っているにも関わらず、状況を飲み込みすぎじゃない?
「あぁまぁ。理不尽にはなれてるからなあ」
「……変なところで強いわよね」
褒めてるわけではない。
褒めてるわけではないけれど……、思わずもう一度頭を撫でたくなる健気さを感じさせる。
どうしても可愛がってあげたくなる、カルマとは違った魔性を持っている気がするわねタマは。
「まぁいいわ。
タマ、今度もボール出し、お願いね」
「え、またやるのか?」
「何よ。私には無理って言いたいの?」
「そうじゃないよ。どっちかと言うと、俺側の問題だ」
彼は言うと、にぎにぎと手を握ったり開いたりして続ける。
「今日はどうも、サイズの調整が難しくて。指関節も微妙に硬い気がしてさ」
「…………、」
魔力って普通、身体の中で調節するものじゃないの?
え? この人、手先で調整してるの?
「……馬鹿なの?」
「突然の悪口!」
「いや真っ当な意見よ。
でもまぁ、お互いの主張がぶつかってしまうことはあるわよね」
「俺の方は全く主張してないのに!?」
そうだったかしら。
「私、意外とコミュニケーション苦手なのよね」
「意外でも何でもないけど……。学園でもあんまり人と話してないだろすめし」
「あなたに言われたくないわ」
「それもそう」
ただまぁそうね。彼のいうことも一理ある。
スポーツが出来ることと、円滑にコミュニケーションが出来ることと、団体競技が出来ることは、全て別物である。
ある意味私はその極地に居た。
「言われてみれば、ダブルスも苦手だったわ」
「そうだろうなぁ」
「全部自分でやりたくなってしまうのよね」
「うんうん、そんな気はしたよ」
「何でも分かるのね、素敵よタマ」
「変な好感度の上がり方してない?」
失礼ね。
私は私を理解してくれるヒト、好きよ?
「ふぅ」
とりあえず雑談を切り上げて、私は問題点を改めて口にする。
「タマの問題点はあまりにも多いわ。
体の使い方がなってない。足が遅い。動きが悪い。力が無い。ファッションセンスが悪くてちょっとご当地袋麺みたいな匂いがする。以上よ」
「後半二つは関係なくない!? というか、袋麺みたいな匂いってなんだよ!」
「う〇かっちゃん、よ」
「じゃあイイ匂いじゃん!」
「でも戦闘中に嗅ぐとお腹空いてくるわ。食べたくなるし」
「そんな匂いをさせてるのか俺……」
「しまった。切り上がらないわね、雑談」
何だか彼とはずっと雑談に興じている気がする。
道中戦っている時間の方が長いはずなのに、圧倒的に描写が少ないというか。
「何にせよ動き方ね。
カルマはあなたの動きも評価していたみたいだけど、私はそうは思わない」
「どうしてだ?」
カルマが評価して私が評価しない理由。
それは、互いがプレイしていたスポーツにも起因しているだろう。
「サッカーはチームプレー。いくら身体能力が低くても、『ここにいてほしい』という場所に陣取ってくれれば、評価は大きく変わる」
「ポジショニングってやつだな。確かカルマさんも、そこを褒めてくれたっけ」
その部分は私も疑っていない。
タマはすでに、何度かカルマと共にダンジョンへ潜ったみたいだけれど。
彼女に攻撃が集中し、タマが様子を伺えるのも、このポジショニングがしっかりしているからだ。
「けれど私はテニス出身。それも、ダブルスはほとんどしたことが無い」
「あぁなるほど……。団体競技じゃなくて、個人競技。
だから、『自分で何とかする力』を、一番に評価するわけか」
「そうね」
だからもっと、考え方を変えてもらった方がいいだろう。
「カルマに対しては、同じフィールドプレイヤーとしての、『パスを出す』という考え方でいいと思うわ。
けれど私に対しては、違う考えでいてもらった方がいいと思う」
「違う考えっていうのは?」
「それは……、その、流石に私の口からはちょっと……」
「え、卑猥なコト言おうとしてる!?」
「違うわよ!」
まったくもう。
ペースが乱れる。
彼と話していると、日ごろ気を張っている自分が居なくなる。
気を紛らわすために、楽しいことを頑張って見つけようとしているのに。
不思議と、彼といると。
勝手に楽しくなっている自分が居る。
「本当に、かっこいいわねあなたは」
「えぇ……? 突然褒めるじゃん……」
いいえ。
全然、突然じゃないわ。
だってずっと、私はあなたを評価しているもの。
理解できないものでも理解しようとする。
あなたのその、ひたむきさを。
すめしの言うように、『考え方』を変えてみる。
そもそもからして。俺のこの魔法球の特徴は、超威力であることと、サイズをある程度変更することが出来る。この二つだ。
なら俺は、どんなときにこのサイズを調整できていただろうか。
最初カルマさんに助けてもらったときに出した球は、沸き上がってくる衝動のままにぶちまけたので、そもそも球体が出ることすら分かっていなかった。
カルマさんの仮説では。
彼女から感ぜられる『サッカー』の要素に反応して、俺の中の魔力が球体を象ったのではないかとのことだった。
つまり俺のこの魔法は、『人』に反応するのだ。
デーモンを倒すときに予測して放った魔力球は、彼女が一番蹴りやすい、サッカーボールの大きさにまで落とし込めていたし。
と、いうことは。
俺が一番考えなければならないのは、ソイツとの関係値だ。
「タマ、考えているところ悪いけど、もう一度ゴーレムよ」
「うっ……、マジか。今いいところなのに……!」
考えがまとまり、何かが閃きそうだったところでエンカウントしてしまった。
「どうする? あなたは後ろで休んでる?」
「いや……、役に立つかどうかはさておき、俺も参加はするよ」
「分かったわ。無理はしてもいいけど、無茶はしないように」
たぶんこの言葉は、俺を気遣ってのものではなく、『さっきみたいなヘマはするな』というメッセージだ。
いやぁ。
変に気を使われるより、こういう激励の方がありがたい。
すめしはきっと、信じているのだ。
俺なら、期待に応えてくれると。
まったくこの天才少女め。お前もカルマさんと同じように、俺を高ランクに引き上げてくれるつもりでいるのか。
「行くわ! ……ハァッ!」
すめしは剣を抜き、ゴーレムへと斬りかかる。
これまで戦ってきたやつよりも、更に大きい。この通路は人間三人分くらいの幅なのだが、それとほぼ同等の幅。そしてそれに準ずるくらいにでかい。天井ギリギリの四メートルくらいだ。
「大きさとしては今日イチ。この間のデーモンサイズだ……」
攻撃力はさほど高く無さそうだが、防御力が高そうだ。
だいたいこういう場合は、付与術士が前衛に攻撃力上昇などの魔法をかけて戦ってもらうのだが、悲しいかな俺の魔法の力は弱い。
「ねぇ付与術士って、そこを伸ばしていくのが第一じゃ無いの?」
「言うな」
戦いながらすめしは今更なツッコミを飛ばす。
その第一すら伸ばせなかったのが、何を隠そうこの俺だ。
魔法球を生成することと言い……、俺の適正ってもしかして付与術士じゃないのでは?
「い、一応Eランクで良ければかけれるけど……?」
「焼け石に水ね。……フッ!」
ギィン! と、岩と剣がぶつかる音がする。
巨腕をどうにか剣でさばきながら、すめしの奮闘は続いていた。
そして大きくバックステップをとり、こちらへと近寄ってくる。
ゴーレムもすめしを警戒しているのか、距離をとったまま警戒態勢に入っていた。
「……あのゴーレム。一定以上の攻撃じゃないと、ダメージにならないよう設定されてあるわ」
「マジか。……あ、本当だ」
言葉に従って巨岩を見ると、すめしが与えた斬撃痕が、みるみる回復していっていた。
「常にダメージを与え続けるか……、大きな攻撃で一気にカタを付けないとダメってことか」
「そうみたいね」
「とんでもないモンスターを配置したもんだな」
「えぇ。試験前にも言われていたわ。『見習いでは倒せないようなモンスターを徘徊させますので、参加者はそれを潜り抜けながらポイントを稼いでください』って」
「馬鹿なのかお前は!?」
じゃあ逃げの一択じゃん!
端から倒せるように設定されてねえのかよ!
「だから、こっちが一定の距離を取ったら動きを止めてるのか……」
今はつまり、半ば待機モードってところなのだろう。
けれどすめしは……。
「倒せそうだから倒すわよ?」
「お前もカルマさんと同じかよ……」
挑戦できそうなやつがいたら挑戦する。
うん。お前は俺のことを『カルマと同じ』と評価してくれたけど、やっぱ理解は出来そうにないわ。
「でも……、あなたが答えを出せば。いけるはずよ」
「え……?」
「今考えてること。私で試してみていいから」
変わらずクールな口調のまま。
けれどどこか、熱を込めて。彼女は言った。
「あなたの向上のため、私を便利につかいなさい」
「すめし……」
「ステータスとしては平均的に高い。
こんな使いやすい女、他に居ないと思うけど?」
対応力の鬼ってことか。
分かったよ。言い回しはだいぶ気になるが、その案に乗ってやる。
「血の気が多くなったよなあ、俺も……」
「何せ、カルマと一緒に居るしね」
否定できない言葉と同時。
戦闘は再開される。
すめしは再びゴーレムへと走り、剣戟を繰り広げていた。
そして。
俺は。
「……ポジショニングだ」
つぶやく。
思考を、まとめていく。
カルマさんに対して『サッカーボール』大の魔法球を提供できたのは、彼女と俺の関係性を、想像出来ていたからだ。
俺は図々しくも、彼女のチームメイトとして、自身を配置していた。
もっと具体的に掘り下げよう。
戦闘が繰り広げられているダンジョン内を、無意識下でサッカーフィールドに見立てたとして。
カルマさんは先頭でパスを待つフォワード。俺は中盤からパスを放り込むミッドフィルダーだ。
足を使ったパスではないけれど。
そこはイメージの問題。
パサーの俺は、彼女のことを最大限に考えて、一番蹴りやすいボールを提供する。
そこに――――ある意味勝手に、サイズがついてきた。その結果。
デーモンを倒すための魔法球は完成した。
「ふぅ……」
ではすめしの場合は?
テニスには、他者からのパスなんてないし。
そもそも対戦競技において、相手が放ったボールは。すめしにとっては、撃ちにくいところに来るものだ。
だからすめしにボールを提供するときは、カルマさんのときのように、同じフィールドに立つ人間ではいけないということで。
ポジショニングを、考え直さなくてはならない。
テニスにおいて、相手が撃ちやすいボールを出すポジション。
それは。対戦相手でも、ダブルスパートナーでも無い。
「それは……!」
「……!? タマ!?」
俺は一目散に、前線へと走り出す。
常に後ろのポジションからボールを提供していた、カルマさんとは違う。
相手に打ちやすいボールを提供できるポジション。
それは文字通り、ボール出し係である――――
「練習パートナーだ……!」
ゴーレムから繰り出される巨腕を掻い潜る。
ローリングしながら股下を潜り抜け、後方へと回り込む。
けれど脇から、すめしがこちらを助けようとしているのが見えたので、俺は彼女を声で制した。
「すめしはそこを動くな!」
「……っ!」
「備えろ!」
俺の言葉にすめしは、決意を秘めた瞳で頷いた。
剣に魔力が宿っていく。
その魔力は少しずつ楕円形を象っていき――――テニスラケットのカタチとなった。
「行くぞ……!」
鈍重な動きで、ゴーレムはこちらへと振り向こうとする。
けれど今俺が集中しなければならないのは、コイツの動きではない。
俺と――――すめしの関係性だ。
イメージを膨らませる。
ここはテニスコート。試合中では無く、練習場の風景である。
すめしはフォアハンドストロークの練習中だ。
俺は極力、彼女の練習になるように。
打ちやすいボールを提供する、練習パートナーである。
「ボールよ……、出ろッ!」
中腰で構え、右手と共に掲げた剣で打ちやすいように。
そのボールを、宙へと舞わせる。
それは。
直径七センチほどの、公式球サイズ。
見紛うこと無く、テニスボールサイズの魔法球だった。
「……本当に出した」
一瞬驚きの声を出したのはすめしだ。
俺もほっとした後、しかし次の瞬間には、違う問題が出てきたことに焦りを覚える。
「しまった! すめし、ノーバウンドで頼むッ!」
「ッ」
本来のストローク練習のリズムとしては。地面にワンバウンドして、胸元の高さへ浮き上がってきた球を打つ。これが基本だ。
けれど俺の魔法球は、地面に触れたらそこで爆発してしまう。
だから中空にある状態で打ってもらわなければならない。
けれどすめしは、焦ることなくフォームを解いた。
「大丈夫よタマ。
……言ったでしょ。対応力は、あるって」
それはラケットを横薙ぎに振るフォアハンドの構えでは無く。
天に弓を引くかのような――――スマッシュの構えだった。
「行くわよ、離れて」
「あっ! ……ととッ!」
そこまで頭が回っていなかった。
現在の位置関係は。
すめし 魔法球 ゴーレム 俺
となっているわけで。
このままいくと……
すめし 魔法球(発射!→) ゴーレム(爆散☆) 俺(?)
「いや、『(?)』じゃねぇえええええええ!!!」
俺も爆散するよ!
自分で提供した魔法球に殺されるとか、前世でどんな悪行を積んだんだ!
「ッ……!」
すめしもそのことを察したのか、やや顔が曇る。
しかしスマッシュの軌道は止まらない。
それに元より、チャンスはこの一瞬しか無いのだ。
ここを逃せばボールは地面に落ちてすめしのところで爆発するし、ゴーレムの攻撃だって止まらないだろう。
「や……あああああぁぁぁぁぁッッ!」
不安がよぎった直後。
すめしは更に、ラケットへと魔力を流す。
「何を……!?」
カルマさんの時とは違い、ボールから出る威力の種類が違っているように見えた。
外へ外へと広がるのではなく。
内へ内へ。
威力はそのままに。
それでいて、俺とすめしの魔力を掛け合わせ、凝縮させていっているようだ。
魔法剣士であるすめしだからこそ出来る、魔力コントロールなのかもしれない。
「あ――――ああああアアアッッ!」
そして。
彼女の咆哮と共に、打ち出される魔法球。
直径七センチの超高密度の魔力玉は、とんでもない膂力と共にゴーレムへ飛来し。
その体を、一点集中で貫いた。
ゴーレムの身体には、超ピンポイントで穿たれた孔が空いている。
「やった! って、……はぁ!?」
――――そして。そのゴーレムを穿った超密度の魔力球は、更に奥にあったダンジョン壁へと到達する。
しかしそれでもとどまる気配を見せず、壁を何層も破壊し、ずっと向こうまで貫いた後爆散した。
「ひ……、」
放ったすめしも俺も、ゴーレムのことなどすっかり忘れ、固唾を飲んだ。
「「人に当たってないよね(わよね)!?」」
幸い、被害は無さそうで良かった。
ダンジョン内で、しかも学園が管理する汎用ダンジョンで人殺とか、洒落にならなさすぎる。
「しかし、ゴーレムの核だけを打ち抜くなんてなぁ……」
「私の魔法コントロールがあればこそね」
「へぇ、どうやったんだ?」
「魔法と魔法で力任せに打っちゃうと、そこで暴発しそうだったからね。イメージとしては、私の身体全体へ、衝撃を逃がす感じかしらね」
「へぇ。よく分からないけど、あの一瞬ですごい対応したもんだ」
「まぁ……、これくらいは、ね……」
言いながらも、珍しく彼女は自慢げだった。
右手を腰に当て胸を張る。
それと同時。
ピキピキ……。
「ん?」
「え?」
ひびが入る音がしたかと思うと、すめしの着ていた鎧が、右腕部から順々に砕けていき――――
その奥から。
びりびりに敗れた黒インナーと、白い肌が露わになった。
「は……、きゃ、きゃぁぁぁぁああッッ!???」
「ちょ……!?」
衝撃を全身に逃がしたとか言っていたっけ。
もしかしたらさっきの衝撃は、全身の鎧とインナーを砕いたのかもしれない。
「うっお……」
「ちょ……、ちょっと、向こうむきなさい!」
「し、しまった! すまん!」
つい。
その深い谷間に目が奪われてしまった。
慌てて身体を隠していたので致命的な部分は見えていないけれど。
現在のすめしは、黒インナーに覆われていた肌の六割近くが露出されていた。
目を逸らした今も、破れたぴっちりインナーが肌に食い込んでいた光景が目に浮かぶ。
「す、すめし……、だいじょう、ぶ……?」
「だっ……、だいじょうぶ……。身体へのダメージは無いわ……」
「あっ、そ、そうです、か……」
背中越し。
それも俺の膝裏あたりから声が聞こえるということは、きっと彼女は座り込んでいるのだろう。
確かに、主に胴体部分中心に破けていたからな……。
衝撃が一番広がっている部位なのかもしれない。女騎士のアーマーブレイクを、まさか俺の魔力でやってしまうことになるとは思わなかった。
「って、ん……? 今度は何だ?」
ぱきぱきという、すめしの鎧に入ったものとは違った音がする。
見ると、先ほどのゴーレムは消滅しておらず。
再起動をして――――エラーが起こったような反応を見せていた。
「RRRR、LLLhhhhhh――――!」
「げぇッ!?」
胸部に大きな穴をあけたゴーレムは、両腕を振り上げる。
しかし進行方向はこちらではなく、大股で両腕をぐるんぐるん振り回しながら、どすどすとした足取りで通路を走り出してしまった。
「コアを破壊されてバグったのか……!? あっ……!」
その通路の奥に。
人影が見える。
「ひゃっ……!?」
「GGRRRRrrrrrr――――!」
声にならない音を発しながら、ゴーレムはそのまま突進する。
このままではあと五秒もしない間に、あの人影へとぶつかるだろう。
元々あのゴーレムは、倒せるよう調整をされているモンスターではないのだ。
抜きんでた実力を持ったすめしでようやく倒せたのに、普通の冒険者見習いなど、ひとたまりもないだろう。
「あぶ……、え……?」
「――――ッ!」
しかしその人影は。
迫り来るゴーレムの巨腕を、真正面から受け止めた。
「……は?」
「あ……、あぅぅ~……。な、なんですかぁ、コレぇぇぇ~……?」
ぎりぎりと。まるで力比べをするかのようにせめぎ合う、二つの影。
ゴーレムの大きさでよく分からなかったが、よくみるとその人影は、かなり大きなシルエットを持っている。
ゴーレムは四メートルほど。
しかしその人影も、その半分くらいはあるのだ。
俺の身体以上もあるゴーレムの両手を受け止める、人間にしては大きい腕。
そして。
「えぇ―――――いい~~~~ッッッ!」
力任せに。
ゴーレムを、突き飛ばした。
とんでもない威力で巨体は通路へと倒される。そして今度こそ機能を停止したのか、黒塵と化して消えて行った。
「あ……、あのう……。なに、なに、なに、が……?」
おどおどとしたその人影は。――――とても大きかった。
おそらく二メートルを超える巨躯。
丸みを帯びたボディライン的に考えて、おそらく女性だろう。
しかしその大きさに反して、両手のひらを胸のあたりでぎゅっと組み不安そうに肩をすぼめている。
前髪は長く、瞳は見えない。
けれど、あわあわさせている口元だけでも分かるほどに、困惑と狼狽を繰り返していた。
「とりあえず……、もう一度休憩でいいかな? すめし」
「こっちは見ないようにね……」
この五分足らずの間に。色々な感情を動かしすぎて。
ちょっと俺たちは、疲労困憊である。
本来ならば倒せないゴーレムと戦闘になったと思ったら、突如として抜群のチームワークをみせた俺たちはそれを討伐して、すめしが半裸になって、二メートルを超える女子と出会ったというのが、前回までの流れである。
「カオス展開ね……」
そうすめしは呟いた。
現在着てきた服はほぼ脱いでおり、俺の上着を乱雑に羽織った状態で手ごろな岩に腰掛けていた。
「か、替えの下着だけはあって、良かったですね……」
「そうね。壁になっててくれてありがとう」
「い、いえいえ……。無駄に大きいので、これくらいしか……」
「そういうつもりで言ったわけではないけど」
「はっ、はぅ……。ごめんなさい~……」
座ったまま見上げるすめしの首の角度は、本当に急こう配だ。
ほぼ直角レベルで見上げている。
おどおどした女性は肩をすぼめて申し訳なさそうに立っているが、それでも背が高い。
いや、背が高いというとスラッとしているイメージがある。
なので言い方を変えると……、『でかい』だ。
「うう、ご、ごめんなさい……。
でっかくて、邪魔で……、すみません……」
俯いて謝る彼女を、あらためて遠目から見やる(すめしの服の件があるので、あまり近づかないでいる)。
身長はたぶん、二メートル越え。
それに準じて、なんというかこう……、身体が、む、むちむちしていた。
決して太っているわけではない。
むしろ鍛えられているのか、よく見ると太腿や肩回り、腕の筋肉はけっこうついている。
腰も鍛えられてるっぽいし……、何より、その。
「タマ、どこ見てるか正直に言いなさい?」
「いやちがう誤解だ」
胸が。
巨大だ。
正直、エロいとかエロくないとか以前の問題で。
どんな人でも一度は目をやってしまうだろう。そんな、目立つパーツである。
「まぁ、仕方ないけどね。
かくいう私も見上げながら、でかいわねとは思っていたわ」
「そ、そうだよな……?」
「でも女性に対しては失礼よ。改めなさい」
「お……、おう……。確かに」
ごめんなさいと彼女に頭を下げると、「いえいえいえいえいえいえ」と高速で胸の前で手を振っていた。そしてその衝撃ですげえ弾む胸。
乳袋って本当に出来るんだなと思いました。
「で、どれくらいあるの?」
「えっ……!? え、ええーと……、その、ひゃ、百十センチで、Hになりまして……」
「ちょっ! ち、違うわよ! 身長よ!
ばか、男もいるのにそんなこと聞くわけないでしょ!?」
「ひゃい!? す、すみません~……」
俺は何も聞かなかった。そうだろう? だからこれ以上、外見と実数値の暴力で、俺の煩悩をブッ叩かないでほしい。
ひゃくじゅっせんちって? いちめーとるがひゃくせんちだから、つまり? というか、えっち……、えっちなかっぷ……。
「……男ってクソね」
「い、いや! 不可抗力だろ!?」
玉突き事故だよ! 俺が言うのもなんだけど!
くそう……。こういうときカルマさんなら、けっこう男心を加味してくれるというのに……。
というかすめしは、ずっと身長のこと話してたんだな。
女性のことを「でかい」と思いながら、物珍しそうに見るなって意味だったのか……。分かりにくいやつめ。
「まぁでもあなたも。そこまでボディライン出した装備着てるのが悪いわ。
そういう目で見られたくないのであれば、露出少ないのにしたらいいのに」
確かに。
控えめでおどおどとした性格とは裏腹に。彼女の装備はかなりぴっちり目のものだ。
胴体の露出こそ少ないものの、太腿と二の腕はほとんど出ている状態だし、身体のラインもけっこう分かる。
「なんか……、女子バレーみたいな……?」
「あっ、そう、そうなんです~……。
この服装が一番、激しい動きをするのに慣れてて……」
「あぁそうなのか。どうりで」
どこかで目にしたことのある雰囲気だと思っていた。
「買った当初から、だいぶ大きくなっちゃって……。
それでも使い続けてたら、こんなことに……」
大きく。
大きく、デスか……。
「タマ」
「はい大丈夫です! 邪なことは、決して!」
「いや……、これからどうするって話をしたかっただけなんだけど」
「あ、はい……」
ぶんぶんと頭を振って、煩悩(というかこの空気)を打ち払う。
どうしても圧倒され、ペースを乱してしまったけれど。ここがダンジョン内で、今がクエスト中だということを忘れてはならない。
「とりあえずえーと……。
そうだ、名前。自己紹介するか」
俺が言うとすめしも「そうね」と頷いた。
「私は捻百舌鳥 逆示よ。よろしく」
ルビの振ってある言い方だ。優しい。
「よ、よろしくお願い、します~……」
「えぇ……」
言って柔らかく、二人は握手を交わしていた。
すめしがどこかおっかなびっくりなのも、うなずける。
この子さっきから、おどおどしすぎだ。
すめし的には普通にしか喋っていないのに、既にその言葉の音にびびってしまっていた。
確かにはきはきしていて、圧倒されがちではあるけどな……。
「あ、俺か。えーと。
俺は、月見 球太郎。すめしとパーティを組んでるんだ」
よろしくなと言って手を振ると、彼女はこくこくと首を振って、ぶるぶるっと震え出した。
え……、今のでも何か、ビビらせるような何かがあったのか……?
すめしもそう疑問に思ったのか、俺より近い距離にいたので心配そうに声をかける。
「大丈夫? そんなに警戒しなくても、あの男はそこまで大した強さじゃないわよ」
「おい」
「なんなら、今の魔力アリの彼の全力よりも、地上に出たあなたや私のほうがよっぽど力もあると思うわ」
「うん、それはそう」
月見 球太郎はあまりにも非力である。
まぁそこは仕方ないのだが……、じゃあ尚更、こんなやつにビビることなんてないだろうに。
「あっ、ち、違うんです……。怯んでるんじゃなく、て……。
か、かんかん、感動して、て……」
「感動?」
首をひねるすめしに対して、彼女はやや俯き気味に言った。
「た、『玉突き事故』の、月見、せんぱい……ですよね。遠目からじゃ、分からなかったんですけど……」
「えっ? あー、まぁ……」
うわ。悪評が知れ渡っていた。
まぁこの学園に在籍してる人の、三分の一くらいには広まってるんだ。仕方ないと言えば仕方ないか。
ん? でも、感動ってどういう意味だ?
俺もすめしと同じように首をひねった直後。
背の大きな子は、意外にも俊敏な動きをして、こちらへと小走りに近寄ってきた(小走りというには一歩がでかいけど)。
「あの、あの……、せんぱい」
ずんと。
頭二つ分くらい上から、見下ろされる。
俺の頭は彼女のでっっっっかい胸のあたりだ。そこからほぼ直角で、見上げなければならない。
メカクレな顔は身体にしては小さく。少女のようだった。
「あの、わた、し……」
「は、はい……?」
大きな身体だが、小さな声だった。
そんな声のボリュームのまま。
彼女は言葉を落とす。
「ファ……、ファンでした……」
「「いやうそだろ!?」」
まだ名乗ってもいない前から。
その言葉はあまりにも衝撃的過ぎた。
鯨伏 るいというのが、彼女の名前だと判明した。
すめしが普通に「そう、るいね」と呼ぶので、俺もそれに習うことにした(ただ、呼び捨てにすると怖がられそうなので、暫定でちゃん付け)。
そんなるいちゃんは現在十七歳らしく。高校二年生になる年なので、俺とすめしよりも一つだけ年下だ。
せんぱいと呼ばれるのも頷ける話だが、その……、あまりにも色々とでかすぎるので、後輩感は正直無い。
ただ彼女の、引き気味というか、どこか窮屈そうな態度が。
年齢や立場に関係なく、『下に見てください』と言った感じがして。ちょっと気になる。
元々引っ込み思案なのもあるかもしれないけれど。
「あー、えっと?
で……、え、なに? 俺の、ファン……?」
アンチとかじゃなく、ファンだって?
そもそも『玉突き事故』野郎に、ファンとかつくもんなの?
「タマ、あなたこの子と面識あったの?」
「いやいや! さすがに会ってたら忘れないだろこのインパクトは! ……あ、ごめん」
「い、いえいえいえいえいえ! わたしはその、でっかくて、ごめんなさいな存在なので! 月見せんぱいが謝るようなことでは、けっして……!」
再び腕の動きに合わせてぼるんぼるんと胸が弾むが、こうも至近距離だとありがたみより『圧』の方がすごい。
挟まれたらすりつぶされてしまうのではないかという程の、肉密度だった。
「えーと……、ファン、ファンね……。え、何でファン?」
色んな衝撃により言葉が出なくなってしまったが、とりあえず確認しておこう。
俺の質問に、るいちゃんはもじもじしながら口を開く。
「す、すごいなあって……、思ったんです……」
「すごい? 俺が?」
「はい……」
僅かに頷いて、彼女は言葉を続ける。
「だって……。
あんなひどいあだ名付けられてて、ランクも万年上がってないのに、諦めずにいるし」
「うぐっ!?」
「力も無くて魔力もそんなになさそうで、ぜんぜん冒険者になれそうにないのに学園に残ってるし」
「ぐはあああ!?」
「今日もこんな怖い人に怒鳴られてるのに」
「私に飛び火した!?」
破壊力高い!
周りを巻き込む大災害だよるいちゃん!
「なんか……、こういう子に言われると凹むわね……」
「俺もけっこうダメージでかいよ」
以前すめしにも同じようなことを言われているのだが、ただの事実列挙だけだとここまで心に来るのか。
言葉を伝えるのに雰囲気って大事だな。
俺たちがまごついていると、
しかしるいちゃんだけは空気を変えず。
むしろ更に深刻な口調で、息を落とした。
「それ、なのに――――、」
「……え?」
そこで彼女は言葉を切って。
顔を覆って、その場にぺたりと座り込んだ。
「なのに、頑張ってて。
ほんとうに、ほんとうに……、すごいなあって思ってるんです……」
「る、るいちゃん……?」
座り込んでもそもそもが大きいので、俺の胸くらいに顔がくる。
だからその……、嗚咽の音も、よく聞こえる。
「ちょっと、泣いてるのるい?」
「あっ……、す、すみ、ま、……せん」
「いや、こっちはいいけど、大丈夫?」
俺も心配になって声をかける。
少しだけ涙を流したあと、彼女は鼻をすすりながらも言葉を紡いでいった。
「わた、わたしも……、その。タマせんぱいみたいに……、あの……、いじ、いじめ……、」
「いじめられてるのね?」
「…………、」
息をわずかに吐いて。小さくこくりと頷く彼女。
しかし成程。肩をすぼめたりおどおどしていたり、あと、すめしの口調に委縮していたりしたのは、それが原因か。
「俺は虐められてるというよりは、避けられてるの方が正しいかな」
まぁ、どっちが辛いかは人によるけど。
少なくともるいちゃんは、泣き出してしまうほど、心にダメージを負っていることは事実だ。
「もしかしてダンジョンに一人でいたのも……」
「そ、そうです……。
このクエストは、いっぱいの生徒が参加します。だから、一組一組はモニターされてなくて……」
「なるほど。置いてけぼりくらったってわけね」
「あれ? でもさ、るいちゃん。この試験、途中離脱は出来るでしょ?」
「それも……、取り上げられてて……」
「マジか……。最悪だなそのいじめてるやつ」
クエストによって様々だが。
今回のクエストで離脱を伝えるアイテムは、今使用している魔物除けの筒みたいに、発煙筒みたいな形状のものを渡されている。
本来ならば、声や合図を先に決めていて、モニターしている教官に即座に伝えるのだが。
今回のように、一組一組モニターが出来ない以上、物理的な救難信号が必要になってくる。
「ギブアップのための魔法筒は、必要とか不要とか以前の、命綱みたいなものよ。
それを取り上げてまでイタズラするなんて、度が過ぎてるなんてもんじゃないわ……!」
「す、すめし、落ち着け……」
お前の怒気でるいちゃんがめっちゃ怖気づいてる。
また泣き出しそうな勢いである。
「なら……、どこかで隠れてやり過ごすしかないか……? もしくは、教官がたまたま見てるであろうタイミングに賭けて、何かしら合図を送るか……」
「こちらからは、いつどのタイミングで見てるかなんてわからないわよ。下手したら会話も拾ってないだろうし。
私たちの魔物除けも、今持ってるものが最後だし。ダンジョンの中でずっと合図を送り続けるのは、得策じゃないわね」
「向こうが気づくかどうかも分かんないしなぁ……」
モニターされているときにギブアップを伝えるのも、実は色々大変なのだ。
例えば俺たちに何かしらのトラブルがあり、ここでじっと隠れ潜んでいたとして。
教官側からは、それがトラブルなのか、それとも『戦術的にそうしているのか』の判断が分からないためだ。
何せ、冒険者は色々な考えや信念を持って行動している。
傍目には混乱しているように見えるムーブでも、そいつにとってはファインプレイや必殺技のモーションだったり、魔法を放つためのルーティンだったりもするわけで。
音声が無ければ、尚更映像だけでは伝わりづらいだろう。
「私のさっきの半裸も、モニターされてないことを祈るわ」
「あー……それはたしかに」
まぁ今回は、大型モニターに映し出されるタイプでは無いからマシだろう。
最悪、教官に見られるだけである。今回の教官、女性だったし。
「同性でも見られたくないときもあるんだけど、それはまぁ置いておいて……。
実際どうしようかしら、タマ? 正直私、あんまり良い案が思い浮かばないわ」
「うーん……」
俺は腕組みをして考える。
るいちゃんは未だに涙をすすっていた。
そんな彼女の胸元からは、冒険者見習いのプレートが見える。
そこには、この間までの俺と同じ記号。
最底辺ランクの、『F』が示されていた。
「そっか、るいちゃんもFランクだったのか」
胸のサイズの話ではない。
シリアスな空気だけど、一応、念のため。
そんな心配をよそに、彼女は「はい」と静かにつぶやく。
「わた、わたしも……。この一年で、まったくランク上がらなかったんです……」
「そうかぁ。
ということは、試験自体には参加してたんだよね? 成果を上げられなかっただけで」
「はい……。といっても、ソロで参加できるものばかりですけど」
「まぁ普通はそうよね。
タマが謎の度胸を持っているだけで」
「どういうことだよ」
「あれだけ悪いうわさが流れてたのに、他の人とパーティ組みに行けるのは、心臓に毛が生えてないと無理でしょう」
ひでえ言われようだった。
それはともかくとして。
「るいちゃん、さっき自分で、俺の事すごいって言ってたけど。
きみだって逃げてないじゃないか。すごいよ」
「…………、」
「るいちゃん?」
俺がそう言うと、彼女はぽつりと言葉をこぼす。
「……わたしは、逃げなかったんじゃない」
それはまるで。
哀願のようにも、聞こえる言い方だった。
「――――逃げられないんです」
幼い頃から身体が大きかった彼女は、両親にバスケかバレーを勧められた。
小学三年生で、すでに俺を超える百七十五センチ。
中学に上がる頃には百九十センチ近くにまでなっていたという。
だから、バレーでは無双だったらしい。
大きい選手が一人居るから勝てる。というだけではなく。
鯨伏 るいは、相当努力した。
バレーの事を一から学び、練習し、反復し。
力だけでは無く、ゲームメイクも戦略も、細かなテクニックも吸収していった。
そんな折。
ダンジョンは、世界を侵食した。
先んじて情報を提示すると。
彼女の両親は、とにかく金にがめつかった。借金も多少あったとのことで。
るいちゃんがバレーで取り上げられ一躍有名になると、その知名度を更に広めるためマスコミに情報を自ら売り込んだ。
外見も可愛らしかった彼女は、一時期テレビのインタビュー尽くしだったらしい(俺はその頃漫画に夢中だったので全然知らなかったけど)。
るいちゃんも、親を無下に出来ないのか。
とにかく――――頑張ったと言っていた。
まぁそんな両親だったから。
彼女が本当の意味でバレーを好きになったと同時期。
『るい。冒険者になりなさい』
その撃鉄は、ゆるやかにひかれた。
中学に上がる頃だったという。
ダンジョン現象が発生したのが、彼女が小学四年生のとき。
おそらくその頃は、まだバレーで取材を受けていたほうが『金に繋がる』と考えていたのだろう。
けれどそこから二年。
冒険者が普通に職業として認められてきたと知るや否や、宗旨替えをしたのだ。
誰あろう、るいちゃん本人の意志を置いてけぼりにして。
『るい。――――いいね?』
「結局私は泣きわめいてしまって……。でも、中学の担任の先生やマスコミの人も協力してくれて、中学三年間は、どうにかバレーをすることが出来ました」
「そんなことが……」
「マスコミの人たちのお陰で助かることもあるわよね」
すめしも似た経験があったのだろう。
顎に手を当てて頷いていた。
「で、でもですね……!」
「ん?」
「た、確かに元々、冒険者になるのは嫌でした。高校に入ってもバレーを続けていたかった……。
けれど半年間勉強してきて、冒険者も楽しいかなって、そう、思えてきたんです……」
るいちゃんは健気にも言う。
親に好きな道を閉ざされ、強制され。それでも腐らずその道を進むというのは。
いったいどれだけの精神力が必要なのだろう。
俺が心を打たれている一方で、すめしは先ほどとは違う意味で、顎に手を当てていた。
「ただ――――その後の半年間に、問題は起こったのね?」
「……はい」
「あっ……、そういうことか」
遅れて俺も事情を理解する。
最初の半年間は、前向きに頑張って勉強できていた。
しかし残りの半年間で、いじめの被害に遭い、まともに勉強することが出来なくなってしまった。
「教科書は燃やされました……。新しい技の実験台にされました……。役に立たないデカブツだって、最近は歩いてるだけで、蹴られたり殴られたりします……」
「それは……」
「……クソね」
「すめし、顔」
「あなたもよ」
「…………ちっ」
ついぞ悪態をついてしまう。
なんだその胸糞悪い話は。
「タマ。足か腕。どっちだと思う?」
「何の選択肢だよ。良いから落ち着け」
まったく……。
自分よりも熱くなってるヤツがいると、少し冷静になれるな。
ふぅと一呼吸置くと、るいちゃんは「ごめんなさい」と謝った。
「変な、お話しちゃいました……。
私はその……、頑丈さだけが取り柄なんで、だいじょうぶ、です……」
「あのなるいちゃん……」
「うぅ…………、」
大きな身体をすぼめすぎて、俺よりも小さくなってしまったのではないかと錯覚するくらいだ。
でもまぁ……、正直こうなる気持ちは分かる。
つらいよな。他者からの攻撃は。
「よし、すめし。提案がある」
「――――奇遇ね。私もよ」
そうか。なら丁度いい。
「せーの……」
「「パーティ組みましょう(もうぜ)、るい(ちゃん)」」
「……え?」
頓狂な声を上げるいちゃんと。
互いに目を合わせて頷く俺とすめし。
「四人までならパーティ組んで良いし。途中で人数増えても問題なし」
「入るポイントは減っちゃうけど、三人なら大勢倒せるでしょうしね」
「あ、あの……」
「さぁるい。プレート出して」
ほらほらと、有無を言わせないようにすめしは彼女を急かす。
しかしるいちゃんは、その手には乗ってこなかった。
「あ、あのっ!」
「なによ」
「うっ……!」
「すめし。圧、圧」
気の弱い人間じゃなくても、この流れでそのセリフは怖いって。
しかし、どさくさに紛れてパーティを組んじゃう作戦、失敗か。
俺もすめしも、彼女を現状から救い出したい。
だからパーティを組んで、半ば強制的に立ち直らせれればと考えたのだが……、うまく流れに乗せれなかったか。
「わ……、わたしが、かわいそうだからですか……」
「るいちゃん……」
「う……、う、ぅ……、」
ぎゅっと、地面の砂を握って。
彼女は悔しそうにつぶやく。
「情けを、かけてるんですよね……」
わたしが、弱いから。
そう彼女は俯いて言葉をこぼす。
先ほどとは違う種類の涙が出ていることに、俺は気づいた。
……そうだよな。
憐れみをかけられるのは、どんなときだって惨めだ。
嬉しくもある。けれどそれ以上に、自分の弱さが浮き彫りになるのが、嫌だ。
「るい」
「はい……」
俯き続ける彼女に。しかしすめしは気を遣わず、はっきりとした言葉で告げた。
「えぇ。百パーセント、お情けよ」
「おい!」
その言葉に彼女は驚いたようで。
一瞬だけ、疑問の感情が先行して。涙が出ている顔を上げた。
久しぶりに彼女の顔が正面から見える。……まぁ、元々メカクレ状態だから、呆けた口元しか見えないんだけど。
「確かに情けで、私はあなたを救おうとしているわ」
そんな彼女の顔をじっと見降ろして。すめしは続ける。
「でも……、今情けをかけてでも、あなたには前を向いて欲しい。
その価値があるから、私は手を差し伸べようと思ったの」
「価値……」
「バレーに適した身体があったからって、バレーが上手くなるわけではないわ。
あなたは言っていた。努力をしたと。私はその、努力が出来るあなたの価値が気に入ったの」
「すめし……」
「タマは?」
「え、お、俺……?」
「あなたはこの子の、おっぱいが大きいところ以外で、どこが気に入ったの?」
「言い方に毒があるんだよなぁ!」
気に入ってますけども。
さておき。
「……俺は、そうだな」
るいちゃんの大きな右肩に手を置いたすめしを見る。
分かったよ。
俺も、自分の心と向き合おう。
俺が彼女に手を差し伸べようとした理由……か。
「……そうだな。ごめん、るいちゃん」
俺はそう言って、彼女に頭を下げた。
自分と向き合ってみた結果。俺が手を差し伸べたのは――――
「きみのためじゃない。俺のためだ」
「え……?」
顔を上げて。
彼女の顔をはっきりと見ながら、左肩に手を置いて言った。
「俺は、この間。高ランクの先輩に救って貰った」
あの運命のダンジョンで。
絶望の底にまで沈み、危機的な状況の中。
舞い降りた、一筋の太陽光。
俺にとっての命綱で、恩人で、師でもあり友でもあるその人なら。
こんなとき。きっと手を差し伸べる。
「俺もあの人みたいに強くなりたいんだ。
だから、カルマさんみたいになるために。俺にきみを救わせてくれ」
「せんぱい……」
酷いことを言っている。
つまり、きみがいじめられているという事象を、俺がヒーローに近づくための、エンタメとして消費させてくれと。
そういうことを口にしているのだ。
この思考回路は、百パーセント俺から出たものではないと思う。
虐められていたままだったら。
そんな、人さまを救う余裕なんて無くて当たり前だ。
でも、結果的に俺は救われたから。
あの時ほど切羽詰まってないのであれば。
手が、空いているのであれば。
手を差し伸べることは、出来るはずだ。
「だから、救うよ」
真っすぐに。前髪の奥を見つめ続ける。
厚い前髪の向こう側にある、彼女の瞳と見つめ合えたような。
そんな気がした。
「せん、ぱい……」
「タマでいいよ。パーティメンバーは、みんなそう呼ぶ」
「タマ、せん……、ぱい……!」
あふれる涙はどこまでも落ちていく。
でもそれは、止めなくていいんだ。
彼女は自分の内側を知った。
悲しいという気持ちも、悔しいという気持ちも、惨めだという気持ちも。
そして、再び立ち上がるための熱い気持ちも。
あるんだということを。
「せんぱい……っ!」
「るいちゃ――――」
感極まった彼女は、そのまま中腰になり俺を抱きしめた。
俺の、顔面に。
「に……、くっ……!」
肉。
肉の――――、肉の圧と熱と高まりと昂りと肉と肉っつーか脂肪っつーかおっぱいっつーかたしかこれひゃくじゅっせんちとかいってなかったっけうぉこれしゅごい顔面がかんぜんにうもれて、つーか、力、強いつよいつよい……!
「つよ、い……! るい、ちゃ……ん……」
いきできねえ……!
「タマせんぱい……! わたし、がんばります! これからがんばりますから……!」
「ちょ、るい! 頑張り過ぎ! タマが死ぬ! おっぱいで圧死しちゃうって!」
「タマせんぱい~~~~~っっっ!!」
「るい~~~~~ッ!!!」
なんつーか、
すめしっていがいとよくさけぶし……。
るいちゃんって、いがいとひとのはなし、みみにはいらないときある…………、
「よ……、ね……………………(がくり)」
新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する
BADEND
あ、続きます。
さて、るいちゃんの戦闘パートだ。
あれから俺たちはさっそくパーティを組み、最後の休憩を終えて魔物除けを片付けた後、ダンジョン探索に戻った。
「そして――――またもひどい目に遭ったわ」
「すめし、マジですまん!」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……、すめしせんぱい!」
あれから五分。
るいちゃんと初めてのパーティ戦闘を行って。
すめしは大ダメージを受けていた。
味方からの魔法ダメージを受け、ぼろぼろである。
味方っていうか、るいちゃんなんだけど。
「あしっ、足が、もつれてしまって……!」
「どうやったら移動をほとんどしない魔法使い職の足がもつれるのよ!」
「すみません、すみません……!」
謝り続けるるいちゃんを見て、俺は首をかしげる。
彼女は思った以上にどんくさい。
これが普通に、身体が大きくて動きが遅い人というのであれば、性格的にも納得なのだが……。
彼女はカルマさんやすめしと同じように、元・アスリートで実力者だ。
いくらなんでも、ここまでどんくさいのは流石におかしい。
「その魔法手袋と、相性が悪いとか?」
彼女は俺と同じく、杖では無く魔法手袋で魔法を使用する。
武器の類を持っていなかったから、てっきりカルマさんみたいに徒手空拳で戦うのかと思っていたのだが、まさかの後衛職だった。
いやその……。
身体が大きいから、頑丈そうというイメージも先行しちゃって。
ともかく。
「それとも、疲れてて魔力自体がうまく操れてない……とかかな?」
「あの、その……」
俺の言葉に、るいちゃんは申し訳なさそうに両手を胸に押し当て、うつむいてしまう。
うーん、どうしたものか。
「……まぁ、原因は分かってるわよ」
「ん? 何だすめし?」
俺は微妙な回復力の魔法を彼女にかけつつ、疑問を投げた。
するとすめしはるいちゃんの方を見て、問いただすように言う。
「あなたたぶん、無理して魔法使いをやっているでしょ?」
「え……? そうなのか?」
「あーいや、待った。違うわね。
良い言葉……。良い言葉、無いかな……」
すめしは自分で言った言葉を自分で否定して、待ったのポーズをして眉間にしわを寄せる。
どうやら良い言い回しが出てこないみたいだ。
そしてしばらくの後、「これね」と結論を出す。
「あなた……、どこか強引に魔法放ってるでしょ?」
「…………えっと」
「そうでないと、その魔法の威力の弱さはおかしい」
「…………、」
沈黙するるいちゃん。
優しく答えを待ってやりたいけれど、今は既に魔物除けの外だ。それに手持ちの魔物除けは使い切っているし、制限時間もそんなに多くない。
本音を言えば、戦いながら会話をしたいくらいである。
「るい、答えられない?」
「うぅ……、え、えっと……」
「……っ、」
正直。
今の二人の『気』の差は、いかんともしがたい。
正直に答えさせたいがために、どうしても言葉の圧が強くなってしまうすめし。
正直に答えたいけれど、何かが引っかかってしまい、かつ気圧されて黙ってしまうるいちゃん。
このまま仲間内でにらめっこしていてもらちが明かないし、それに――――
「QLrrrッ!」
「すめし、またモンスターだ!」
「ハーピィか……。
いいわ。私が応戦する!」
現れた四匹のハーピィ系モンスターへ、彼女は勇ましく向かって行った。
しかし疲労もあるのか。そしてるいちゃんからの魔法ダメージも抜けきっていないのか。二匹は倒すことが出来たがもう二匹への攻撃は、空を切った。
「チッ……! 動きが意外と早い……!」
「すめし!」
「タマ、あんたはそこにいなさい!」
「ぐ……!」
ひゅんひゅんとすめしの剣を掻い潜るハーピィたち。
翼と獰猛な爪をどうにか受ける彼女の表情は、苦しそうだ。
「るいちゃん!」
「……っ!」
俺は彼女の大きな手を掴み、言った。
「頼む。すめしを助けてくれ。
悲しいかな、俺ではどうしても前線は務まらない」
「……、」
情けないことに、今の俺では役に立てない。
仮に防御上昇が使えたとしても、一撃防ぐのが関の山だろう。
「るいちゃん、頼む!」
「わ、わたし、は……」
るいちゃんは俺の顔を見下ろしながらも、不安そうに口をゆがめた。
だから俺は、ぎゅっと強く彼女の手を握って言った。
「思った通りにやってくれ、るいちゃん!」
「え……」
「誰もきみを、馬鹿にしたりしない。
仮にきみがどんな変なことをしていたって、俺もすめしも受け入れるから!」
「……ッ!」
ぎゅっと。
今度は俺の手に、圧がかかる。
彼女の手に、魔力ではない熱が、込められたのが分かった。
「タマ、せんぱい……」
俺の手を包み込む掌は。
とても大きい。
この手でずっと、バレーを続けてきたんだと。頑張り続けてきたんだと。そう思う。
「い……、いきます……!」
ばっと俺の手を離したと思ったら、彼女は身体を正面からすめしが戦う方へと向けた。
そして。
左手を前へ突き出す。掌を上へ向ける。そこに――――魔法が宿る。
「るいちゃん……」
それは、バレーボール大の魔法球だった。
それ自体は、先ほど彼女が放っていた――――放ち損ねていたものと同じ。
しかしさっきと今ではフォームが違う。
彼女はその魔法球を軽く上空に放り投げると、更にそこへ向かってジャンプする。
記憶の中の光景と照合し、このポーズを検索した。
そうか……。このフォームは……。
「ジャンプサーブ……!」
バレーにおける、攻撃方法の一つ。
ネットを挟んだ向こう側の敵へ、出来るだけ強い、もしくは取りにくいボールを放つというプレーである。
飛び上がりと打ち下ろしによるその打球は。
テレビで俯瞰的に見る以上に、――――速度と威力があるという。
振りかぶられた大きな右手が。掌が。
ダイナミックに、魔法球へと振り下ろされた。
「ん――――ッッ!!」
強い呼吸と共に。
強い打球が放たれる。
それは一撃のレーザービーム。
一筋の閃光とも見紛う黄色の軌跡は、瞬く間にハーピィの一体へと飛来して。
ピンポイントで頭部を打ち抜いた。
「Qgggghッ…………!」
悲鳴と共に霧散していく一体のハーピィ。
その残滓にはただの魔法効果だけではなく、雷魔法の痕跡が纏われている。
「もういっぱつ……、行きます!」
「すめし、離れろ! さっきよりもやばそうだ!」
「――――ッ!」
俺の言葉にすめしはローリングでハーピィから距離を取る。
それと同時。
再び同じルーティンから、るいちゃんは魔法球を作り出し、放つ。
次の大砲は、先ほどとは違う。
黄色では無く、青色の軌跡だった。
「これは……!」
「二種属性……!」
驚くすめしの横を、るいちゃんの魔法が通り抜ける。
氷魔法が直撃したハーピィは、今度は中空で凍り付いた後、砕け散って塵となった。
「雷と氷……、まさか二種類も操れるなんてね」
俺が放つ魔法球や、カルマさんが日ごろ纏っている魔法は、無属性な魔力だ。
シンプル故に自由がきく、適性があれば誰でも扱うことができる基本的な魔力である。
属性魔法とは。その無属性な魔力に、何らかの属性をプラスして使用することが出来る。
例えばすめしの炎魔法は、基本の魔法に炎属性をプラスしているものとなる。
しかしてこの属性魔法。
基本的に扱える属性は、一人につき一種類だ。
すめしなら炎。
もしかしたらカルマさんは、風あたりに適性があるかもしれない。
俺はよくわからないけど、雷だったらカッコイイかもとか思う。
まぁそんなところで。るいちゃんはまさかの、二重属性持ち。
かなりレアな才能とも言える。
「あ、あの……。違うんです」
「え?」
「わたしが使えるのは……、よ、四属性なんです……」
「「――――、」」
絶句する俺たち。
この学園に居るものなら、この異常性に驚かない者などいないだろう。
「そ、それって……、どれくらいの確率なんだ……?」
「さぁ……? そもそも三属性持ってる人っていうのが、世界中探しても十人いるかいないかって聞いたことがあるけれど」
「控えめに言ってヤバいな」
「大げさに言ってもヤバいわよ」
「う、うぅ……」
あっ! るいちゃんが俺たちの「ヤバイ」という単語に反応して縮こまってしまっている!
大型動物がいきなり小動物になったみたいでカワイイ……とは思うが、正直……、
「若干めんどいわね」
「すめしは正直だった」
空気が読めるのか読めないのか。
でも、この歯に衣着せない言い方をするのが、コイツなのだった。
というかたぶんカルマさんも同じタイプだ。
本当に俺たちとパーティを組む流れにして良かったのだろうか。
俺がそう頭を抱えていると、すめしは「なるほどね」と、怯える彼女の身体をぺたぺた触りながら言う。
「この身体、バレーのための身体なのね」
「は、はい……。そうみたいです……」
「いい身体ね」
言いながら彼女は、次々と部位を触り、なぞっていく。
二の腕の筋肉。肩の筋肉、背筋。首筋までは届かなかったので、腹筋を触って、指は更にその上へ――――
「ひゃふっ……!」
「あっ、ごめんなさい。つい」
「こらすめし!」
「すっご……。すっげ……」
「口調変わってるぞお前」
「タマ、あなたこんなのに顔うずめたの? それで正気を保ってられるって、男として大丈夫?」
「何の心配だよ! そしてるいちゃんに色々と謝れ!」
胸の話題をしていたら、先ほどの感触を思い出してしまうから勘弁してもらいたい。
張りがあって、それでいて柔らかい。大きいのにカタチも良い、とんでもなくとんでもない、質量という名の凶器だった。
「話を戻すわ」
「お前が脱線させたんだろ」
すめしはコホンと咳ばらいをして、るいちゃんに言う。
「あなたは、バレーの動きと共に魔法を放つスタイルを取っていた。そして魔力の通り方も、そのフォームのときだと全然違う。
そのときだけ、通常の魔法に加え、属性付与もすることが出来る」
「そうなんです……」
なるほど。だから魔法手袋だったのか。
確かに彼女のスタイルなら、杖や長物は必要ない。
でも、さっきまではそのフォームで動かなかったということは……。
「けれど。どこかで誰かに、そのスタイルが否定されてしまった」
「その通りです……。お前の動きは変だって」
最初はちょっと笑われていただけだったらしい。
けれど、今の虐めの主犯格は、本格的に攻撃を開始した。
「いつまで昔の栄光にすがってるんだって言われて……。
たしかに。わたしはもうバレー選手じゃなく、冒険者なんだから。昔のことは、捨て去らないといけないはずだったんです……」
それは、これまでも色々と『折られて』きた彼女にとって、決め手となってしまったのかもしれない。
好きだったものを取り上げられ、道を強制させられた。
これまで鍛えてきた身体も。
これまで蓄えてきた思い出も。
全て、捨て去らなくてはならないと。
間違って、思ってしまった。
「だから必死で、普通の魔法使いになるよう頑張りました……。
けれど、普通のフォームじゃあ全然魔法も使えなくて……。飛んで行かなくて……」
自らで才能に蓋をしてしまったということだ。
まぁでも……、自信を砕かれたり否定されることの辛さは、俺も痛い程に分かる。
「…………、」
ゆっくりと頷くるいちゃんに。すめしは「ばかね」と柔らかく言う。
「こんな立派な身体を持ってるのに、有効活用しない方が勿体ないわよ」
「すめしせんぱい……」
「だいたいね、るい」
「はい?」
「こんな職業なのよ? 他人の評価を気にするより、自分が勝ったり生き残ったりすることを考えなきゃ」
「あ…………」
すめしの言葉に俺も続く。
「それにるいちゃん。俺たちは既に、パーティだ。だからパーティの方針には従ってもらうよ」
「え?」
「俺たちパーティは、『やれることは全力で』だ。
あんな凄いことが出来るのに、やらないなんて、手を抜いてる証拠だよ」
「それは……」
「そうよるい。偉そうに言ってるこの男は、普段はまったく役に立たないんだから。
あなたが頑張ってくれないと私が大変なのよ」
「すめしてめえ」
「事実でしょ」
事実ですが。
まぁなんにせよだ。
「るいちゃんのバレーのフォーム、めちゃくちゃカッコよかった」
俺も彼女の顔を見て、はっきりと告げる。
「だからこれからも、元・バレー選手の鯨伏 るいとして。
そして、俺たちパーティの一員、魔法使いの鯨伏 るいとして、頑張ってほしい!」
「タマ先輩……」
「あなたも言うようになったわよね……」
すめしはややニヒルに笑い、地面を見て笑う。
うるせえなと俺も笑う。
るいちゃんは再び、「タマせんぱい」とつぶやいていた。
「…………ん?」
「あの、だ、だから……、タマ、せんぱい……!」
「うぉぉぉッッ!!? な、なになになに!?」
「QLRRRRRrrrrrrッッッッ!!!!」
俺の頭を背後から咥える、大型鳥類モンスターが一匹!
え、嘘!? まったく気づかなかった!
「おぎゃあああああッッ! あたま! あたま、割れる!」
「え、タマ!? 大丈夫!?」
「タマせんぱい、を……! はなせ……ッ!」
綺麗なジャンプフォームから繰り出される、炎の魔球が一発。
その球は素晴らしいコントロールで俺を咥えていたモンスターに直撃するも……、その体を燃やし、その炎は俺まで伝播する。
「QQQQEEErrrr!!」
「あちちちちちちちッッッ!!」
燃え盛るモンスターと俺を見つつ、るいちゃんはひたすら謝っていた。
「なるほど。乳とあちちをかけたということね」
「んな余裕ねえっての! いいから助けろ!」
「だって私の魔法も、炎魔法だし……」
その後。るいちゃんの氷魔法で冷やしてもらった後、自分で回復魔法をかけましたとさ……。
俺も人の事言えねえけど。
このパーティ、フレンドリーファイアー多すぎない?
プロフィール・4
名前:鯨伏 るい(るい)
身長/体重:205センチ/78キロ
職業:魔術師
物理攻撃:A+++ 魔法攻撃:E
物理耐久:A+++ 魔法耐久:F
敏捷:E 思考力:F
魔力値:C 魔吸値:B+
常時発動能力
物理耐久:D、動体視力上昇:B、自己修復:B
任意発動能力
炎魔法:B、雷魔法:B、
風魔法:B、氷魔法:B
属性について
主だった属性は、炎、氷、風、雷、光、闇の六属性。
汎用魔法(プレーン)の属性は含めない。
例外的な属性を持つものもいるが、極めて少なく、扱いも難しい。
鯨伏るいの魔法威力について
るいの魔法攻撃ランクはEランクと、プレーンな魔法だけなら低ランクである。
しかしそこへ属性を付与することにより、属性のランク分威力が上がる仕様となっている。
四属性を使用でき、かつどれも平均的に高ランクな者は極めて稀。
間違いなく天性の才能であると言える。