それは。このクエストに入る少し前。
こんな展開を目の当たりにするとは、露程も思っていなかった俺と、カルマさんとの会話である。
「ねぇタマ?」
「なんですカルマさん?」
「キミ、ボクの身体についてどう思う?」
「はぁ!?」
唐突な質問だった。
彼女の身体についてどう思うかと問われれば、それはもう答える単語は決まっている。
「ホラー映画です」
「なるほど! 怖いとエロい、だね!」
「よくわかったなアンタ!」
理解の仕方がすさまじかった。
絶対伝わらないだろう表現を使ったのに……。
「まぁありがたい評価だと受け取っておくけれど、ボクが聞きたいのはそういうことじゃなくてね」
「どういうことです?」
「ボクの、身体能力のことだよ。思ったことを、しょーじきに」
「あぁそういうことですか……」
言って俺は、彼女のステータスを改めて見やる。
物理攻撃:A 魔法攻撃:C
物理耐久:F 魔法耐久:E
敏捷:A+++ 思考力:A+
魔力値:A 魔吸値:B+
「そうですね……。
スピードと攻撃力全振り。その代わり防御がかなり薄い」
「正解!」
言って、いつものように頭を撫でられる。
今日はちょっと柑橘系の香りがした。
「何というか、極限まで薄くした剣……ってイメージですかね」
切れ味は鋭いが、その分身を薄くしているので、脆く折れやすい。
外見通りというか何と言うか、ステータス表記上でも、物理耐久:F、魔法耐久:Eと表示されていた。
「装備で防御力を上げることも出来るんだけどさ。それだと、肝心のスピードが死んじゃうんだよねー」
「確かに」
そもそも彼女の動きは、サッカーで培った動きを基本に据えている。
だから武器や盾など、手に何かを掴んで動くことを前提に出来ていない。防御力を上げる上げない以前の問題なのだ。
故に――――彼女の戦い方は、常に綱渡りとも言える。
回避できなければ。
もしくは、やられる前にやらなければ、ゲームオーバーだ。
特に物理耐久:Fなんて、下手をしたら学園の汎用ダンジョンにいる雑魚モンスターの攻撃でも、致命傷になってしまうほどだろう。
プロ冒険者が潜るこのダンジョンとあってはなおさらだ。
どんなモンスターの攻撃を受けても、一撃で死につながる。
「楽しいよね!」
「イカれてますね」
ギャグのツッコミではない。
本当の意味で、ネジが外れていなければ、そんな戦闘方法を取ろうとは思わないだろう。
「まぁだから、ボクはずっと探してたんだよ」
「え?」
「ボクだって人並みに、死にたくない気持ちはあるからね!
万が一攻撃を受けそうになったとき、ボクを守れる人を探してた」
そう、言い切って。
カルマさんは小さな指先ですっと俺をさした。
「――――、」
数ある冒険者の中で、どうして俺なのか。
彼女の日ごろの行いに問題があるとは言え、それでもBランクだ。声をかければもっと高ランクの冒険者だって集まるだろう。将来性を考えれば、プロだって来てくれるかもしれない。
「まぁ、今は防御魔法を使えなくなってるかもしれないけどさ」
「そ……、そうですよ。今の俺は……」
「それでもね」
言って彼女は、柔らかく笑う。
「ボクの手綱を握るのは、キミだと思ってるよ」
最強の矛と盾ということ――――とは、また違うのか。
これはきっと、相性の問題なのだろう。
「月見 球太郎が考える、戦場での最適解。
それがきっと、ボクの助けになる日が来る。そう思った」
だからこその、パーティのお誘いだった。
だからこそ、彼女はずっと俺を探してた。
あの映像を、見たときから。
「その熱意に……、俺は答えられますかね?」
だから。
俺も一歩、踏み込んでみることにした。
いつまでも言い訳がましく、『低ランク』だからと俯いていたって仕方がない。
俺の実力がどうこうは、今既に、関係ないのだ。
もうパーティは組まれてある。前に進むとも決めている。
ならばあとは――――意志だ。
「カルマさんは、自由に戦ってください」
彼女はそんな俺を、とても嬉しそうに見返してくれていた。
「俺の考える最適解で、あなたを絶対助けてみせます」
――――そんな思い出が、刹那の間によぎる。
戦闘は行われようとしている。
エンジンはすでに温まっていて。
後は誰かが。もしくは何かが、チェッカーフラッグを降ろすだけ。
それだけで、時間は一気に動き出すだろう。
「DhhhhhhLLL……!」
「あはっ、はははははははっ!」
音にもしがたいデーモンの嘶きを聞いて、彼女は尚も笑う。
切りそろえられた前髪の奥。
その大きな瞳が。眼光鋭くターゲットを見据える。
ぐっと身体に力を入れたのは、両者同時。
魔力が膨らんでいくのも、両者同時。
そして、動き出したのも。
両者同時だった――――否、
三者同時だった。
「やあああああああああぁぁぁぁッッ!!」
「LLLLLLrrrr――――!」
「――――、」
カルマさんは、デーモンを中心に周囲を駆け回る。
中空へと魔力による壁を、一瞬だけ生成できる。それによって彼女は、中空でもお構いなしに方向転換できるのだ。
「あはは、ははっ、はははッッ!」
縦横無尽な三角飛びの連続。
遠目から見ていると二段ジャンプをしているようにも見える彼女は。一筋の閃光となって、力任せに投げたスーパーボールのように部屋の中を跳ね回っていた。
対するデーモンは、打たれ強さを利用して魔力を貯めている。
カルマさんの一撃一撃は、既にもう何発も炸裂している。
しかし致命的な部分への攻撃以外は気にも留めず、己の身体の『中』へと魔力を収束させていた。
「オオオオオオッッ!」
ラッシュは身を襲う。
カルマさんの一撃一撃は、冒険者の中でも高ランクの、Aランク物理攻撃だ。
しかし――――、それでもデーモンの外皮は破れない。
頑丈な肉体以上に、魔力による防護障壁が、ダメージを軽減させていた。
「くっ……!」
思わしくない展開だ。
珍しく苦い顔をしながら、一度カルマさんは着地した。
彼女のスタミナは、スポーツで鍛えていただけあって十分なものだ。しかし魔力の壁をずっと出し続けながらとなると、話は違ってくるのだろう。
「まだまだ……」
魔力回復アイテムを取り出し、一気に飲み干し回復を行う。
一瞬の魔力壁。
あれはおそらく連続で使い続けると、消費量がどんどん上がっていくようなものなのだろう。
任意発動能力欄には載っていなかったから、もしかすると正規の魔力の使い方では無いのかもしれない。
「これからだよッ!」
彼女は再び立ち向かう。
だから――――三者目の。俺の行動だ。
「………………、…………、」
呼吸音が聞こえる。
彼女はすでにトップスピードで、目で追えるものではない。
デーモンも同じだ。次にどんな行動をとってくるか分からない以上、迂闊に行動を予測するのは危険行為である。
だから。
俺も彼女に、運命を託すことにした。
「……ッ!」
走り出す。
とある地点へ。
俺は俺の最適解を持って、二者の世界へと割り込んでいく。
「――――、」
時折見える彼女の残滓の一つと、目が合ったような気がした。
一刹那の邂逅。一瞬のアイコンタクト。
だけど、俺たちにはそれだけで十分だ。
詳しい作戦など伝わらない。
伝えなければならないのは。――――そこに迷いはないということだけ。
「うあああああっっっ!」
俺の走りは当然遅い。
何のスキルも使っていない、凡人以下の速度である。
だから勿論、デーモンにも簡単に捕捉される。
悪魔の身体がこちらへぐるりと向き、邪悪な腕がこちらへと向いた。
「――――、」
俺は、思い出す。
彼女の言葉を。
『例えば、サッカーのゴール前。
毎回ボクが華麗にゴールを決めてるかのように思われるけど、そうじゃないときも当然あった』
視線は、人も、モンスターも、雄弁だ。
『他のメンバーがディフェンスを引き付けてくれているから。一瞬でも自分がシュートを打つと見せかけてくれるから、ボクへのマークが甘くなるんだ』
そう。
他のメンバーが。
ディフェンスを、引きつけた。
「さぁ、カルマさん」
俺の役目は、ただ一握りのスパイス。
一手だけ、デーモンの手数を誘導できればそれで良い。
何せこの場には、その一瞬時間の隙間をつける――――悪魔以上の、魔人がいるのだから。
「――――マークは、甘くなりましたよ」
魔力は収束され、そこからは波動が繰り出される。
ことは、無かった。
「Dhhhhhh……ッ!?」
「遅い」
デーモンから見て右側。
完全なる視界外から。速度の魔人がやってくる。
「『白い――――」
振りかぶられる鉄靴。
その瞬間だけが、スローモーに見えて。
「――――足』ッッ!!」
そして、再び高速で時間は動き出す。
振りぬかれる右足。
吹き飛ばされる右腕。
デーモンの収束した魔力は、ついぞ放たれることは無く。
きりもみ回転しながら飛んで行く腕と共に、雲散霧消していった。
「Gh、LLLrrrrrrッ」
「無駄だよ」
着地と同時。
彼女は小さく、笑った。
「もうキミの、蹂躙時間は終わっている」
速度。
速度速度速度速度速度。
俺の目の前を様々な速度行為が、縦横無尽に展開されていく。
攻撃が速い。攻撃に移るのが速い。次の攻撃を思いつくのが速い。
走るのが速い。移動の判断が速い。身体の動きが速い。周りの動きが、遅い。
「あは、あははははは!」
「Dh、Dllr……」
「あはははははははッッ!!」
一つの行動の遅れは、
更に遅れを呼び、
誘発させる。
二秒、三秒、五秒、十秒……。
致命的なダメージは、留まることを知らない。
一ヵ所を防御すればもう一ヵ所が。次のダメージに意識が行けば新たなる傷口が。
既にフィールドはあの魔人の掌中だ。
こうなってしまえば、もう状況は覆らない。
「Rrr――――!」
残った左腕で何とか彼女を振り払おうとするデーモン。
しかし、その一手も悪手である。
「ははッ!」
「HLrrrrッッ!」
カルマさんの一撃は、首の大きな血管を抉り取ったようだった。
あふれ出る瘴気は、まるで返り血のように、彼女の顔に降り注ぐ。
そんな中、楽しそうに。
悪魔以上の魔人は舞い踊る。
中空で魔力壁を生成し、最後の一撃に飛び掛かろうとしていた。
「だけど、」
舐めてはいけない。
ここからもう一粘りが、きっとある。
カルマさんは強い。
今はもう、余裕で制圧しきろうとしている。
けれど忘れてはいけない。あのデーモンを見たとき、彼女は最初に、警戒していたのだ。
あのカルマさんが、そう思った。
つまり、デーモンはまだ力を振り絞ってくると思って良いだろう。
「カルマさん!」
「ッ!」
想像通り。
デーモンはその身を崩壊させながらも、残った左腕に強大な魔力を収束させていく。
先ほど俺に放ち損ねた魔力砲。
それと同種のものが、超至近距離でカルマさんへと放たれる。
「だけど――――!」
だからこそ、この一手だ。
デーモンが魔力を収束する頃には、既に俺の行動は完了している。
「タマ……」
ひゅーんと。
間抜けな軌道と共に、俺の魔力球が宙を舞う。
ゆるやかに弧を描くそのボールは。
サッカーボールと同じような大きさで。
それでいて、高密度。
彼女の動きから、プレイスタイルから、蹴りやすさから、俺が投げたらどれくらいでそこへ到達するのかから。
全て逆算した、ベストな位置だ。
「――――あは」
瞬間。
彼女の笑顔は先ほどまでの狂気ではなく、太陽のような笑顔に戻った。
放たれる、デーモンからの魔力砲。
フロアを破壊するのではないかと思う程の一撃が、彼女の居る宙へと迫り来る。
その、一瞬の後。
こちらの魔力砲も、放たれる。
「いっ――――けぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
流星が落ちる。
プリズムのような。それともオーロラのような。
彼女の魔力と俺の魔力。その両方が最大限に混じった魔力の色は、神秘的な色をまき散らしながら、邪悪な砲撃へと衝突する。
割れていく魔力砲。
貫く俺たちの、サッカーボール。
とんでもない膂力を纏った直径二十二センチの球体は。
こうして、恐怖纏う悪魔を。黒塵へと帰したのであった。
クエスト情報の誤判定
プロのダンジョンは基本的に、ダンジョン外から観測班によって、魔力量や推定深度などによってランク付けされる。
そのためしばしば、観測結果とは違うランクに入る機会も訪れる。
学園の汎用ダンジョンは、ランダム設定にしない限りは教員及び教官が操作し、ランクやモンスターの種類、ダンジョン深度などを決定する。
そのため誤判定などは起こる確率が少なく、かつ、すぐに停止できるはずなのだが……。
「たのもうここが教官室!」
「ヒッ!?」
クエスト終了後。
夕暮れ時。
カルマさんは俺を連れて、今回のダンジョンを調整した教官が滞在している部屋を訪れた。
まぁ訪れたというよりも。
襲撃に近いのだが。
「逃げようとしてたってことは、後ろめたいことがあるってことだね?」
「ぐっ……!」
「逃げても無駄ですよ。カルマさんはダンジョン内じゃなくても、足が速いですから」
まぁ尤も、知っているだろうけれど。
それくらい有名人だ。
この一年の内に冒険者見習いとしてのイメージで上書きされつつあるが、彼女が女子サッカー界に残した功績は、あまりにも大きすぎる。
「さてそれでは、話してください教官さん。
どうして――――あんな難易度にしたんですか?」
窓から逃げ出そうとしている、四十代くらいの教官をじっと見つめ、俺たちは問い詰める。
今回俺たちが戦ったデーモン。アレは、明らかに強すぎた。
カルマさんが受けた難易度は、見習いランクB相当。しかしあのデーモンは、プロランクのBか、それ以上の力を秘めていたと思われる。
「一歩間違えば死んでいました。
そもそもこの試験、他の教員たちへも公開になっていませんよね?」
「それは……! わ、私は……!」
しどろもどろになっている教官は。
やがて白状した。
彼は高ランクの教官で、プロの冒険者も兼任で行っている。
優秀で博識。経験も積んでいて、学園内でも冒険者としても、確固たる地位を築いていた。
しかしそんな折。
一人の異端が現れる。
太陽のような笑顔。
才気あふれる身体。
驚くべき速さで成長していくソレは、篤実に経験値を積み上げていた彼にとって、衝撃だった。
「それでいて貴様は、一切座学を受けないだろう! そんな、そんな存在など……!」
居てはいけないと。そう思った。
自身が真面目だからではない。
異端の才能が。未来ある超人が。彗星のごとく現れた新人が。
階段飛ばしで冒険者道を駆けあがっていく姿を、直視出来なかったのだ。
「異常なまでの才能の塊。それが、これまでの私を否定していく……!」
六年間。
ダンジョン現象が発生してから、彼はずっとこの仕事に没頭し続けていたらしい。
四十代くらいということは、冒険者を目指したのは、早くても三十代後半から。
きっと学べる場所も少なかっただろう。
そうしてコツコツと真面目に『冒険者』として積み重ね。
ようやくプロCランクに上がり。
教鞭を振るうようになった矢先、――――カルマさんは現れた。
「そんなこと、言ったってねえ」
「いや……」
困った顔をするカルマさんを置いて。
俺は、教官の元へと駆け寄っていた。
「分かります、その気持ち!」
「ええ!?」
「タマ!?」
驚く二人に、俺は力説する。
「この際だから言わせてもらいますけど! カルマさん! あなた座学くらい普通に出ましょう!」
「キミ、どっちの味方なんだよ! ボクはまだしも、キミ、一歩間違えれば死んでたんだよ!?」
「それはそれ、これはこれです!」
ぽかんとする教官を差し置いて。
俺は、彼女と言い合いをする。
「才能あるからって、好き勝手にしていいわけではないです!」
「いや、だってさ……」
カルマさんは珍しく、俺の言葉に圧倒されていた。
戦闘中は思考速度が速い彼女も、突然の言い合いで混乱をさせれば、その速度を封じれるんだなと、俺はちょっとだけほくそ笑んだ。
ともかく。
「俺は才能の無い人の気持ちも分かるし、成功者になりたい気持ちも、痛い程分かります」
「――――、」
嫉妬するのは当たり前で。
足を引っ張りたくなる気持ちも分かる。……やらないけど。
俺と同じ一年を過ごしてきた人たちは、大抵ランクを上げている。上がらない方が珍しいのだ。
「上がらなかったやつは、才能に見切りをつけて去って行きました。
でも俺は、奨学金のことは置いておいても、諦めきれなかった」
「…………、」
俺も。特別になりたかったから。
そして俺は彼女のお陰で、少しだけ特別になれた気もする。けど……。
「けど、それとこれとは話が別です」
言って俺は、真っすぐに彼女を見て言う。
「俺たちはパーティですよね? なら、言わせていただきます」
「うっ……!」
「座学に出て、少しでも教員からの見られ方を改善してください」
「うぐぐ……」
などとうめきながらも。
決して目は逸らさないカルマさんだった。
「それは……」
困ったようなハの字眉が、少しずつ目を曇らせていく。
きっと彼女にも。
何かあるんだとは思う。
カルマさんは馬鹿ではない。だから、自分で読んだ方が早いとか、効率が悪いとか、それ以外にもきっと、授業に出たくない理由を抱えているのだろう。
「……その、すぐじゃ無くて、良いんで」
力強く言いはしたものの、自分の中の気持ちに引きずられ、少し尻すぼみしてしまった。
「恨みを買った教官に嫌がらせを受けた。
これがこの先続くようなら、――――いいんですか?」
「い、いいって……、何が?」
たじろぐ彼女に、俺ははっきりと言葉を投げる。
「育って一人前になる前に――――俺、死にますよ!!!???」
「…………は、」
ぶっちゃけ。
今日みたいなことが続くと、生きていられる自信が無いです!
生き残ったのはたまたまだ。
この教官がもうワンランクでもレベルを上げていたら、今こうして口を開いていることは無かっただろう。
「…………、」
「……ど、どうですか」
「……ぷふっ」
沈黙。後。噴き出し。
彼女は一気に感情のダムを崩壊させ、大笑いをした。
「あはははははッ! あはははははははッ! 馬鹿だなー、タマは!
ひっ、ひー……! 自分が死んじゃうって宣言を、交渉材料にするヤツ、いる!?」
「うるさいですね……。事実なんだから仕方ないでしょう」
見ると、若干教官も口元を抑えていた。
でもそうだよな! アンタだけは笑っていい立場じゃ無いもんなァ!? そこわきまえてくれてて良かったよ! ちゃんと大人で良かったよ!
「だっ、だいたいさぁタマ。そうなる前に、パーティ抜けるって考えはないの?」
「え、無いですよ。俺だって、このパーティ気に入ったんですから」
「ぅ――――、」
笑いながら言葉を紡いでいた彼女の顔が、ぴたりと止まった。
「そのことば、は……」
ずるいよと。
カルマさんは静かにこぼした。
教官室の窓から入る夕日が。俺たちを穏やかに照らす。
ここは西日が強い。
だからきっと、太陽の光が目に入ったんだろう。
そうじゃないと、こんな理由で、彼女の瞳に涙なんてたまらないだろうから。
「…………ボク、は」
カルマさんが何かを言おうと口を開いた直後だった。
脇でずっと立っていた教官は、途端に土下座をして、深々と頭を下げた。
「すまなかった……!」
「…………、」
「一瞬の気の迷いで、私は……、私は……! きみたちに、なんてことを……!」
震えているのは。これから下る処分のことを思ってか、それとも自分の矮小さを知ったからか。
きっと冒険者になる前からも、こつこつ何かを積み上げて、ここまで来たのだろう。
だから。
「――――だから」
俺は呟いて。
背中越しにカルマさんへ言葉を飛ばす。
「ねぇ、カルマさん」
「なに、タマ?」
「俺……、今日って何してましたっけ?」
「え……? 何言ってんの?」
俺は座り込み、土下座する教官の肩を叩いて。出来るだけ柔らかく口を開く。
「せっかく用意してくれた汎用ダンジョン――――、すっぽかしてすみませんでした」
「…………は?」
「いやあ……、ど、どうしてもサボりたくなっちゃって……。
真面目さだけが取り柄の俺も、こうして、魔が差しちゃうことってあるんですよねぇ」
「何……、言ってんの、タマ?」
「そ、そうだきみ。きみは、この汎用ダンジョンで……」
混乱する二人に対して、俺は右手を上げて言葉を制した。
ぴたりとやんだ言葉の隙間。
俺は自分の考えを口にする。
「一度魔が差すくらい。失敗することくらい。凡人にはあります」
俺の強い言葉尻に圧倒されたのか。
二人は黙って、顔をぽかんとさせていた。
教官にとって。
騎馬崎 駆馬という太陽は、直視するには熱すぎた。
きっと彼が嫉妬に狂ったのは、彼が向上心を持ち続けていたが故だ。
そうじゃなきゃ。とっくに自分とは別の生き物だと割り切って、嫉妬なんて感情はもたないだろうから。
「こんな向上心のある先生が、たかが俺に行った不祥事くらいでいなくなるの、学園の損失ですよ」
「タマ……」
半分本音。半分は嘘だ。
出来ることなら、俺だってこの不祥事を公に発表して、プロBランクをクリアしたという功績を残したい。
けれど。
じゃあ、一度失敗してしまった教官は、どうなる?
一度でもこけてしまったら。
もうやりなおせないのか?
失敗してしまった人間は。
立ち上がるチャンスすら与えられないのか?
そこを奪うのが、俺が目指す冒険者像なのか?
――――そうじゃ、無いだろ。
静寂を割って、俺は言葉を落とす。
「心を入れ替えてください、教官」
「…………、」
「そして今度は、ちゃんと俺たちを導いてください」
失敗続きの日々だった。
それでも俺は、立ち上がろうとした。
けれど、躓いて躓いて躓いて。立ち上がることすら困難で。
才能に踏み抜かされ、才覚に蹂躙され、凡人にもなれない最底辺で。
俺は才能の無い人の気持ちも分かるし、成功者になりたい気持ちも分かるし、
やり直したい人の気持ちも、存分に分かる。
だからこれは、正義感や善人ぶりや、ましてや自己犠牲なんかではない。
俺のため。
自分自身を重ね合わせてしまった、今立ち上がろうとしている、俺のための言葉だ。
「だから。もう一度」
「私、は……!」
がくりと再び顔を地面へつけて。
教員は泣き崩れた。
そんな彼を。俺は、ただ柔らかく見守っていた。
その嗚咽が、鳴りやむ頃には。
すっかり日が落ち切ろうとしていた。
こうして俺たちは、今日のクエストをすっぽかしたのであった。
カルマさんは昇級がかかっていたというのに、とても残念である。
「なるほどこういうことかぁ。最後の最後に、キミが『変な動き』をするせいで、クエストは失敗に終わる。
身をもって実感したよ」
「すみません……」
「謝る気無いくせに、このこの!」
俺の隣を歩くカルマさんは、笑いながら肩にパンチを食らわせてくる。
勿論本気ではない。が、けっこう痛い。
彼女は主に足を鍛えているとはいえ、アスリートはそもそも、全身の力が鍛えられているので、基本的な力が強いのだ。
「キミは鍛えてなさすぎだよ。付与術士とはいえ、そこはどうなんだろうねー?」
「そこはマジですみません」
「お、今度は謝る気の謝罪だ」
あははと、これまでと同じように笑うカルマさん。
あの後。
教官は今日のことを、全て無かったことにした。
『本当にいいのかい? 私は今でも、全ての罪をかぶる気でいるが』
『良いんです。けど、一つお願いが』
『なんだい?』
『今度授業外でも、俺に魔法の事を教えてもらっていいですか?
ほら、上級魔法系の授業って、ランク上がってからじゃないとカリキュラムに無くて……』
『……分かった。
きみのため―――いや、きみたちのために、尽力しよう』
そんなやりとりの後、俺たちは教官室を後にしたのだった。
「まぁその、ボクも恨みを買っちゃうまでになるとは思ってなかったからさ。そこは反省だよ」
「聞きにくいことなんですけど、これまでこういうことって無かったんですか?」
「無かったよ」
「冒険者になる前も?」
「無かった。……その、運がいいことに、ね。
ボクの周りは、みんな努力家でね。ボクがどんな頂に行ってたとしても、全力で追いかけてきてくれた」
それは本当に運がイイ環境だったんだろう。
そうじゃなければ。きっと周囲は、嫉妬の嵐だ。
世間やマスコミの反応を見ていれば分かる。
少しだけ間を空けて。
彼女はぽつりとつぶやいた。
「――――ボクが座学に出ない理由、ね」
「はい?」
「……怖いんだよ。人からものを教わるっていう環境が」
「環境が……、怖い……?」
「うん」
それは。またしても初めて見せる笑い方。
狂気でも、太陽でもなく、
困ったように、眉を下げた笑い方だった。
「小学校の頃。ボクにも指導者と呼べるコーチが居たんだ。
けれどそのコーチは、とにかくチームプレーを優先する人でね。みんなを平等に育てようと必死だった」
「平等に……。つまり、才能のあるカルマさんを、『並レベル』にしようとした……、とか?」
俺の質問に対して。
しかしカルマさんは、「ううん」と首を振った。
「逆さ。
全員を全員、天才プレイヤーにしようとしたんだ」
「――――、」
その言葉は。
俺の血の気を引かせるのに、十分だった。
全員を天才に育て上げる。
全員を、騎馬崎 駆馬と同じように、育てようとする。
そんなの、下手をすれば虐待どころの騒ぎじゃない。
仮にそれがもし、この学園で行われたとすると。
そのカリキュラムを受けたほとんどの人間は、命を落とすだろう。
だってそれは。
あのデーモンとの一対一や、
そもそも一撃でも攻撃を受けたら死んでしまうというプレイスタイルを、
平凡な身の上で行わなければならないのと同義だ。
彼女の才覚は、彼女の身体能力や思考力があってこそ、実現している現象だ。
同種の才能を持っている人間であっても、真似することなど出来やしない。
「当然チームは崩壊するし、そもそもみんなクラブをやめてしまったんだ」
「そりゃ……、そうでしょう。
子供側が残ろうとしても、その前に親が辞めさせるでしょ」
「あはは、正解」
だから。
笑ってないんだって、カルマさん。
「自分で言うのもなんだけど。そのコーチは、ボクの持つ『才能』に中てられた。
あまりにも違いすぎる才能を見たとき。人は、あぁも変わってしまうんだと実感したよ」
「それは……」
それは先ほども目の当たりにした現象だ。
こつこつ真面目にやってきた教官も、嫉妬の炎に狂ってしまった。
彼は自分を取り戻すことが出来たが、きっと最初のコーチは……。
目を伏せ首を振り、そのままカルマさんは言葉を続けた。
「だからそれ以降のチームでは、『ボクにコーチングすることを禁止する』って条件で、チームに入ってやっていた状態だった」
思い出話をするテンションではない。
明るく天真爛漫な、天才の成功の裏に。こんなエピソードが隠れていたなんて思いもしなかった。
「言い方めっちゃ悪いんだけどねー!」
「でもまぁ……、そうなりますよね……」
これは彼女自身を守るだけではなく、彼女の周りをも守るやり方だ。
また誰かがおかしくなったら。
一人のスポーツ少女が抱えるには、あまりにも重すぎる。
「でも、高校で入ったサッカー部。
そこでも同じようにして入部したんだけど、そんなボクにも、みんな普通に接してくれたんだ」
「あぁ、さっきの。向上心を持ってたっていうチームメイト……」
「そう! 『いっぱいヌく』を教えてくれた子だよ!」
「あぁ……、その人たちか……」
でもまぁなるほど。
高校でようやく、愉快な仲間たちと出会えたわけだ。
たぶんチームだけではなく、理解あるコーチにも、かな?
「ボクはそこで自分を変えたくて、コーチの指導を受けようと思ったんだけどね。そしたらコーチが言うんだよ。
お前は無理にスタイルを変えなくていい。これまで通り、挑戦を見つけて生きろって」
「それは勿論……、」
「うん! いい意味での言葉だね!」
そう。
彼女は決して、向上心と挑戦心を失うことはないのだ。
その根幹がブレない限り、無理にこれまでのスタイルを変えずとも、成長すると思ったのだろう。
段々と声の調子が戻って行く彼女を見て、俺は口を開く。
「あぁ、だからサッカーから冒険者に転身したときも、周りは色々言っていましたけど、チームメイトだけは何も言わなかったんですね」
「うん! みんな快く送り出してくれたよ!」
カルマさんの本分を理解していたからか。
確かにそれは、あまりにも運が良すぎる。
いいチームメイトがすぎるというものだ。
「しかし、なるほど……」
これまでの彼女の行動で。どこか整合性が取れないところがあったのだが、ようやく腑に落ちた気がする。
最初の出会いの時。
挑戦心溢れる彼女が、しかし俺の『引き返したい』という言葉に素直に頷いたこと。
次に。
俺の提案通り、低ランクのダンジョンに付き合ってくれたこと。
そして最後。
強引に、高ランクのボス戦に連れて行ったこと。
最初と最後で矛盾しているようにも感じるが、違う。
彼女は次第に、俺を信用していったのだ。
ボス戦はイレギュラーが起こってしまったが故に分かりにくいが、彼女の中では、俺を導こうとした結果なのだ。
騎馬崎 駆馬は、ワンマンプレイヤーのように見えて。
その実、常にチームのことを動いて考えている。
所属した学校を全国に導いたように。
俺の事も、高ランクに導こうとしてくれていたのだ。
ただ最後はイレギュラーが起きて、戦闘狂の部分が強く出てしまったけれど。
「強いですね、カルマさんは」
そう呟く俺の肩を、彼女は優しく掴んだ。
歩く足を止めて、俺は少し後ろになった彼女へと振り返る。
「強いのは、キミだよ」
「カルマさん……」
力強い瞳が。
太陽のような笑顔が。
目に入ってくる。
日の落ちた帰り道。夜桜が散る中。
彼女は俺に、ぎゅうっと抱きついた。
「ちょ――――、」
「強いよ、タマは。本当に……」
こちらを褒めるとき特有の、謎のタイミングだったりもするよしよしが、今回は無かった。
ただ、力強く、けれど柔らかく。
全身で俺の身体を掴んでいる。
「もう一度やり直せるなんて、なかなか言えないよ」
「そう……、ですかね?」
「そうだよ。強くて――――優しい。
両方持って無いと、そんなこととても言えない」
「俺に蓄積されてるのは、これくらいですから」
彼女含め、天才たちはみな、強さと向き合ってきた。
けれど俺は。
自分の中にある、いろいろな弱さと向き合ってきたのだ。
だからこそ、同じような弱さを持った人間に、言えることもある。
「ボクがパーティを組んだ人が、ただ強さに憧れるだけの人じゃなくて良かった」
「カルマさん……」
「弱さと強さを同時に併せ持つからこそ、見えるものもあるんだね」
「はい……。そうなんだと、思います」
俺の胸にうずめていた顔を上げて。
彼女は潤んだ瞳のまま、こちらへと顔を近づける。
綺麗なショートの黒髪が。大きな瞳が。
しっとりとした唇が、近づいている。
「カル……、」
「ん……、」
――――ところで。
日が落ちたとはいえ、ここは冒険者養成学校。
朝も夜もなく、学園は回り続けていて。
当然のごとく、この桜舞う通路には、まだまだぜんぜん人はいる。
なんなら、彼女が俺に抱きついてきたあたりから、人々の視線は感じていたわけで。
あ、キスに至る前に手で制しているので、そこは誤解無きよう。
「…………」
「…………えーと」
「弱さと強さを同時に併せ持つからこそ、見えるものもあるんだね……」
「いや、やり直そうとしないでくださいよ!?」
「えー? どさくさでどうにかなるかなって思ったんだけど」
「なりません! 学園内で不健全行為なんてしてるの見られたらヤバいですから!」
「でも失敗しても、もう一度立ち上がれるって言ってたじゃん?」
「場合によるだろ!?」
「あはは!」
言って彼女は、笑いながら俺の手を取り走り出す。
「まったくもう……! タマは変なところで真面目だなあ!
ええい、どけどけ観客たち! ボクと、ボクの自慢のパーティメンバーのお通りだよー!」
「う、うわわっ!? カルマさん、ど、どこ行くんですか!?」
「そりゃもう、今から次のクエストのミーティングさ! 今夜は寝かさないからね!」
人々を裂いて、俺たちは連れ立っていく。
「――――絶対に、強くしてあげるからね!」
「……はい!」
こうして。
今日から騎馬崎 駆馬の残す轍には、少しのオプションがつくこととなる。
落ちこぼれだった無能付与術士という、ちょっと歪なカタチの轍が。
聞くところによるとそいつは。
いきなり突飛な行動をして、クエストを台無しにして。
昇級クエストをすっぽかし。それどころかとある教員の弱みを握り、コネでランクを上げようと目論んでいた、禄でもないやつらしくて。
しかもそいつはどうやら。自分のことを付与術士とは呼んでないらしくて。
胸を張って堂々と、『ボール出し係』と、
名乗っているんだってさ。
第一試合
試合終了
冒険者プレート
冒険者及び冒険者見習いのための、身分証のようなもの
このプレートをかざして魔力を呼応させることで、ダンジョン内ではパーティを組むことが可能となる。
魔力の呼応は、任意でなくてはならない。
パーティ
冒険者プレートによって、ダンジョン内にて同行する者たちのこと。
また。
強き絆で結ばれた者たちを指すこともある。
「カルマ、こいつ借りるわよ」
「いいよー!」
「えっ」
それは。
四月も半分が過ぎた頃。
唐突に扉は開かれ。
俺とカルマさんの元へと、一人の女生徒が現れた。
その後――――、まるで決められた呪文を口に出すがごとく、それはもうすらすらと言い放ち、俺の手を引いて自習室から連れ出す女生徒。
腕力の強さ以上に、そのスピーディさに、俺の脳はついていけない。
「えっ? えっ? ……えっっ!???」
狼狽する俺とは対照的に。
動じることなく彼女はすたすたと歩いていく。
歩幅は均一。
けれど、急いでいるけど走っていない。育ちの良さが伺える歩行術だった。
「ちょ、なんなんだよ……!」
白い彼女の掌は。細い見た目に反して力が強い。
さながら万力に締め付けられているかのように、がっちりと俺の手をホールドして離さない。
「待てって! 説明をしろよ……!」
クールな出で立ち。綺麗な所作。
しかしそれとは相反する、勝気な眉と情熱の瞳。
「待てって! ――――ひねもず!」
肩口で切りそろえられた赤い髪がぴたりと揺れて。
彼女、捻百舌鳥 逆示は動きを止めた。
一瞬の後。
俺の手を握ったまま彼女はくるりと振り返り、口を開く。
「付き合って、月見くん」
育ちの良さそうな令嬢……に見える女は。
そうして整った音圧で、綺麗に力強く、言うのだった。
「ダンジョンよ」
「そんな気はしたよ」
悲しいかな。
カルマさんとつるんでからこっち、トラブルが舞い込んでくる可能性は、俺も考慮していたのであった。
捻百舌鳥 逆示。
彼女の名前を知らないヤツは、この学園にはいないだろう。そう言わしめるほどには、ひと際有名な人物である。
魔力により変色したというには、あまりにも綺麗に染まりすぎた赤い髪。
きりっとした目つきには、勝気な中にもどこか上品さを醸し出している。
スタイルもよく、噂によるとFカップ。腰の位置も高く、手足もすらりと長いフィギュア体型。
いつもつけている、お決まりの髪留めだけが似合っていない。しかしそこも、彼女を取り巻く話題の一つとなっている。
そんな外見に加え。
仰々しい名前。
てきぱきとした所作。
俺と同じ編入歴なのにも関わらず、常に成績上位キープ……などなど。
パーツだけにとどまらず、行動までもが目立つご令嬢なのだ。
そして。彼女もまた、カルマさんと同じく。
小学生の頃から有名なスポーツ選手であり。
テレビで特集されるほどの知名度を持つ、女子テニス界のスターであった。
誰が呼んだか握りのエース。
幼少期から数々の記録を塗り替えた彼女は――――何故かこうして、ダンジョン学園に編入していたのであった。
「捻百舌鳥 逆示よ」
「あぁ、うん。知ってるよ」
ひねもず すめし。
常に名前にルビを振って欲しい女、ナンバーワンである。
漢字がとにかく仰々しい。
何かの技名だと言われても納得できるくらいだ。
「アナタに用があったのよ、月見くん」
「それはここに連れてくる前に言ってほしかったかな」
静かに淡々と。
しかしはっきりとした意思表示を、言葉で伝えてくる。
こういった主張をし慣れてる感がある。普段からというか、ずっと前からこうなのかもしれない。
「まぁ、道すがら話そうか。ダンジョン行くんだろ?」
「え……、そ、そうね」
「それじゃあ一旦冒険者用の装備を持ってくるから。ちょっと待っててくれ」
つかつかと歩いていたものだから、ここは既に校舎外に続く玄関通路だ。
一度引き返して荷物を取りに戻らないと、このままではダンジョンに行くことは出来ない。
「……ねえ月見くん」
「ん?」
「あなた、人を疑ったりとかしないの?」
「は?」
玄関通路はがやがやしていたため、一瞬聞き間違いかと思ってしまった。
綺麗な顔に少しだけしわを寄せて、彼女は訝し気な表情をこちらへ向ける。
……どういうことだ?
「いやいや。そっちが誘ったんだろ」
「そうだけど。なにかほら、罠じゃないかとか」
「何で捻百舌鳥が俺を罠にかけるんだ?」
「……いや、その」
珍しくどうにも煮え切らない態度の彼女。
まぁ俺も、話でしか彼女のことを知らないし。普段はこんな感じなのかな?
「ちょっとは疑いなさいよ」
「ぐぉ」
違ったみたいですね。
淀みの無い、綺麗な動きで胸ぐらを掴まれた。
百六十センチくらいの身体にしては、あまりにも力が強すぎる……。
「なん、なんなんだよ……! そっちから誘っておいて!」
「そうじゃなくて、アナタと私の温度差の問題よ!」
「いやいや、お前が先に(手を)握ったんだろ!」
「でもアナタも(部屋を)出たじゃない!」
「あんな強く握られたら(抵抗するのは)無理だよ!」
「(走るという意味での)かければいいじゃない!」
「急にあんなことされて我慢できるか!」
「柔なオトコね! ――――はっ!?」
『…………………………』
ヒートアップした言い合いは、どうやらだんだん周囲に聞かれていたらしく。
思い返してみると、ちょっと色々と省略しすぎていたため、もしかしなくても周囲に誤解されるような会話だった。
『出たとか……』
『いや、出したんじゃない?』
ひそひそはざわざわへと変わる。
すでに俺たちの周りには、けっこうな数の人だかりが出来てしまっていた。
『そりゃあのビジュアルのやつに強く握られたらなぁ……』『なんか、捻百舌鳥さんの方から誘った……みたいな?』『あたしもそう聞こえたけど……』『つーかアレ玉突き野郎じゃね?』『まだ学校居たんだ』『気にくわねえなぁ』
『二人の温度差が問題だって……。認知しないって……』『中〇し迫ったのって女の方?』『いや出したかったのは男なんだろ?』『オトコだねー』『いや認知しないのは男らしくないでしょ……』『おっぱいでかくね?』『前よりでかくなってね?』『髪留め似合ってないよね?』『そこ以外はマジでパーフェクト』『服の繊維になりたい』『俺は化生パウダー』『アイライナーの座は貰った』『え、じゃあ妥協してクソダサ髪留めにするわ』『髪留めはマジでださい』
『なんかエースが〇〇〇握ったって』『出したの?』『え、今握ってんの?』『あの男の〇〇〇そんなにイイの?』『俺も握って欲しいんだけど』『握りのエースってそういう?』『でも握力やばいらしいけど、それって耐えられるの?』『男の〇〇〇も硬いんじゃね?』『じゃあそんな硬いの握ったってことかよ!?』『〇〇〇が鉄みたいに硬いって』『え、男の人ってそんなに硬くなるの? こっわ』
人が。
人が多い。
言いたい放題囁かれた彼女は、わなわなと震えた後、言い放った。
「――――〇〇〇は握ってない!!」
なるほど。
怒りで自分が見えなくなるタイプと見た。
人だかりも散り、再び玄関通路へと集合する俺と捻百舌鳥。
「すめしで良いわ。そっちの方が言いなれてるでしょ?」
「日常会話であんまり酢飯も言わないけどな」
ちなみにイントネーションは『す』の、頭高である。
カルビと一緒よとは、彼女の言。
とにかく。
俺たちは集合し、汎用ダンジョンがある方へと道なりに進む。
「……で、何だったんだよさっきのは。ちょっとは疑えとかなんとか」
「だって。アナタがあまりにも、人を簡単に信用するから」
と言われてもな。
「俺だってすめしのことはよく知らないけどさ」
「そうでしょう?」
「でもほら、カルマさんが『いいよ』って言ってただろ?」
「は……?」
「あ、正確には、太陽みたいな笑顔でハンズアップしながら、『いいよー!』だっけ」
とにかく。
「俺が信用してるあの人がオッケーを出したんだ。
ならたぶん、大丈夫ってことなんだろうさ」
それを受けて、彼女はぽかんとした顔を見せた。
「アナタ……、そこまでキバちゃんを信用してるのね」
「キバちゃん? あぁ、カルマさんのことか……」
そんな可愛らしい呼び方するのか。
確かにカルマさんはちゃん付けで呼ばれてそうではあるが、他人をちゃん付けで呼ぶ捻百舌鳥 逆示というのは想像つかないな。
いや、イメージが先行してるだけなのかもな。
もしかしたら中身は普通の女の子なのかもしれない。
「キバちゃん、もずみんの間柄よ」
「いやもずみんは草だろ」
「さすがに冗談よ」
「冗談の境界線が分からなさすぎる……」
淡々とした表情でギャグを言わないでほしい。
ボケるなら分かりやすく。
コミュニケーションの基本である。
まともに会話するようになって、まだ一時間足らずだからな?
何ならお前のキャラクター性すら、こちらは把握してないんだからな?
はぁと俺がため息をつくと、彼女は仕切り直しとばかりに手を叩いて言った。
「まぁ――――分かりました。
ありがたく、同行していただくわ」
「そりゃ何よりだ」
彼女は立ち止まり、綺麗な指をこちらにすっと向ける。
「あらためて。捻百舌鳥 逆示よ。よろしく、月見くん」
それはどことなく。
ルビが振ってあるような。
こちらへの親切心に溢れている、心が近まったような、挨拶だった。
「球太郎か、もしくはカルマさんと同じく、タマでいいよ」
よろしくと、俺も手を握り返した。
連れ立った時と、互いに同じ手の形だったけれど。
今はとても、心地のよい握り返しだった。
すめしのことを話すと同時。
少しだけこの学園のことを話しておこうと思う。
カルマさんの経歴説明時にも少し触れたが、ここは元々有名なお嬢様学校だったのだ。
セピア丘学園。
元、女神ヶ丘女学院。
通称メガジョ。そんな場所。
地元でも有数の大きな学校で。小中高からはじまり、大学院まで全て一貫。途中入学もアリ。
とんでもない敷地にとんでもない生徒を誇る、名物お嬢様学校と言える場所だった。
しかし遡ること六年前。
なんの世界のいたずらか、ダンジョン発生地の一つに、この学園の土地は選ばれた。
世界各国に突如として発生した所謂『ダンジョン現象』は、瞬く間にこの女学院を破壊し、崩壊させ、作り替えた。
ただ、そこは経営陣。
世界情勢にも常に目を向けていた彼らはすぐさま状況を察知し、頭を切り替えた。
百年を超える歴史にあっさりと終止符を打ち、被害に遭った生徒たち含む事後処理も完璧にこなした後、ここをダンジョンへ潜る者たち――――すなわち、『冒険者』育成施設に変造したのだった。
常に新しいダンジョンが発生してくる土地。
元々あった学院の施設は、ある意味完璧にマッチした。
世界有数の冒険者育成施設に姿を変えたココは、昔の女学院以上に知名度を跳ね上げ、六年経った今でもトップクラスの冒険者学校に当たる。
そんな我らがセピア丘学園は。レベルは高いが入るのは簡単で。ただし出るのが難しいという、どういう経営方針を辿ったのかは分からないが、そんな校風となったらしい。
十歳から二十二歳までの冒険者志望なら、誰でも大歓迎。
しかし将来も、命の保証も、いっさいしない。
ここに入ったからには、ある意味プロとして扱うということなのだろう。
個人個人に降り注ぐ、責任部分も含めて。
だから通う人の年齢はばらばら。学年もあってないようなものだ。
例えば俺は、高校二年生の春に。
例えばカルマさんは、高校三年生の春に。
年は一つ離れているものの、経歴は一緒。
同じ年に入学し、同じ一年を過ごしてきた、いわゆる『同期』に当たる。
すめしに関しても、同期なのだが――――、コイツの場合は、俺たちとは少し事情が異なってくる。
彼女は小学六年生まで、この学園に居た。
まだ校名が女神ヶ丘女学院であった頃。
そして、ダンジョンが発生してきたそのときまで。
この学園の土地の生徒だったのである。
「ハッ!」
「おお~……」
二人して汎用ダンジョンを進む。
剣を振るってモンスターを倒すすめしを、俺は後ろから呑気に眺めていた。
「ちょっと、気を抜かないでよ?」
「大丈夫だよ。一応備えてるから」
「ならいいけど」
言って彼女は、すたすた先へと進んでいく。
軽鎧とは言え、魔法剣士用のプレートを纏っているとは思えない足取りだ。筋肉量の無い俺が着たら、もしかしたら短時間歩いただけでもバテてしまうかもしれない。
「つまり、私の身体が太いって言いたいの?」
「言ってないだろ」
「確かに太腿と胸は、平均よりも大きめね」
「人にもよるけど、それは基本的に加点要素だぞ」
「腰も頑張って肉を付けようとしているわ」
「逆にそこにはあんまりついてないのか。理想形じゃん」
「太いのかしら……」
「太くないって。
それに、お前で太かったら大体の女子は太り気味だよ」
「そうなのね。ありがとう」
「そこで素直に受け取るのも、逆に嫌味な気もするな」
すめしは淡々と。
勝気な表情のまま、笑うことなく彼女は返事をする。
日常会話(?)をしながらも、颯爽と先を行く彼女の赤い髪を、ダンジョンの風が柔らかく撫でた。
さて。
俺たちが今日参加しているのは、学園で行われる技能テストだ。
本来ならばパーティごとに定められたダンジョンへ潜るのだが、今回は違う。
「二人から四人でチームを組んで参加。しかも、他のチームとの点取り合戦かあ」
「そう。どうしても参加しておきたくてね」
ワンフロア・迷宮タイプのダンジョンへと、複数の冒険者(見習い)がそれぞれのスタート地点から同時出立。
迷宮内に潜む大量のモンスターを、どれだけ多く倒せるかの勝負らしい。
「じゃあカルマさんも誘えばよかったんじゃないか? 最大四人で参加できるんだろ?」
「これ、二人以上に人数を増やすと、一体あたりの得点が減るのよ」
「なるほど。つまり、最大四人で大量のモンスターを倒すやり方でもいいし、少数精鋭でモンスターを倒していってもいいわけか」
「そういうこと」
なるほどなと俺は頷く。
得点分散があるのならば、確かに二人で挑んだ方が効率良いかもしれない。
それにすめしは、一人で戦ってたとしても、四人分くらいの働きで大量のモンスターを倒せるだろうし。
ペアさえ組めれば誰でも良かったのかもしれない。
……と納得しかけたところで。
まだ解消できていない疑問は残っている。
「だから……。それで、何で俺?」
クエスト条件の理由はまでは分かったのだが、それはやはり、わざわざ俺でなくても良かったはずだ。それこそ、顔見知りのカルマさんとか。
参加する道中では、会話の流れとかでそこを確認出来なかったからなぁ。
俺が訪ねるとすめしは、口調を変えずに言葉を発した。
「カルマが自慢してたのよ、あなたのこと」
「そうなんだ?」
そして年上なのに呼び捨てなのか。とは、ここでは一旦スルーしておくとして。
あのダンジョン攻略の後も。
俺たちは都合二度ほど、パーティを組んで連携を高めあった。
けれどカルマさん、自慢とかするのか……。
うーん……、あ、でも若干想像できるな……。
「でも、それにしたってEランクの俺と、ねぇ……」
俺がぽつりと漏らすと、すめしは首をかしげる。
「え、あなたってまだEのままだったの?」
「申請出すときに確認しなかったのかよ?」
「名前と見習いナンバーだけで良かったから、ついね。
パーティ組むから、そのときに確認すればいいと思っていたわ」
すめしは意外と大雑把だった。
俺のステータスを確認した後、「本当ね」と頷く。
「本当ならDには上がってる功績らしいんだけどね。
ただ、組んでるのがカルマさんだからさ。ほとんど彼女のお陰だろうって判断みたい」
実際その通りだし。
かつ――――、俺はこれまでのマイナスイメージもある。
ランク制度は、基本的には加点方式だからクエストをクリアしていけばいつかはランクが上がるものなのだけれど。俺の場合はこれまでに、『パーティに迷惑をかけている』というマイナス点があるのだ。
「そういう項目は無かったはずだけれど」
「そうなんだけど……、俺の場合は、これまでがあまりにもすぎてさ」
これまで参加したクエストには。
傍から見れば、俺のせいで失敗したというクエスト結果があまりにも多すぎる。
一緒に組んだDランクの前衛たちも、俺以外と組んでいたらとっくにCに上がっている……ということも起こりえるのだ。
「他の人の貴重な時間を無駄にしてた……かもしれないんだ。甘んじて受けるさ」
「……そう」
「そうなんです」
というわけで、しばらくはどんなに頑張ってもせいぜいDに上がるくらいだろう。
卒業見込みのAには、まだまだ遠い。
ちなみにカルマさんは。
昇級こそ無かったが、あれから少しだけ座学にも出るようになり、教員たちの評価が少しだけ変わってきているらしい。
……そうなっただけでも、頑張ってクエストをクリアした甲斐もあるってものだ。
「まぁ、タマが納得しているなら、それでいいわ」
「してるさ。それに、まだまだ頑張るよ俺は」
「そうなのね」
「というか親の反対を押し切って来てるからね……。もう半ば、諦められないと言いますか……」
ため息をつき肩を落とすと。
ふいに頭を撫でられた。
無表情気味のすめしの掌が、俺の頭の輪郭をなぞる。
「……おっと?」
「えぇ。頑張っているみたいだから」
何だかカルマさんみたいな行動だった。
彼女のときもそうだが、頭を撫でるにはある程度近くに来なければならない。
鎧の上からだというのに、胸の形に膨らんだ部分が当たりそうで、やや動揺してしまう。
「ど……、どうも……?」
籠手越しのなでなでだが、妙に温かみを感じた。
ううむ、捻百舌鳥 逆示。
ともするとバブみを感じてしまいそうになる危うさがある。
「……ってまた逸れてる!
結局、俺に声をかけた理由ってのが不明瞭なままなんだけど」
「そうね。それは――――、ッ……!」
話を続けようとした瞬間だった。
ダンジョン内モンスターと、遭遇する。
大きさとしては俺たちの腰元くらいの、小さなゴブリンタイプのモンスターだった。
緑の肌に、小さいが尖った牙と、敵意むき出しの視線が光る。
「タマ。構えて」
「おう」
「あなたの力、私に貸して頂戴」
その凛とした声は。
ダンジョンに響き、開戦を告げる合図となった。
女神ヶ丘女学院
めがみがおかじょがくいん。通称メガジョ。
女神ヶ丘と呼ばれる海側の土地に、古くからあった学校機関。
元々は中高のみだったが、次第に拡張・拡大・合併などをしていき、小学校から大学院までが入る教育機関となった。
土地は陸側と海側があり、ダンジョン化したのは海側の方である。
余談だが。
メガジョに彼女がいるということが、周辺の男子のステータスになっているとかなっていないとか。そんな噂がまことしやかに飛び交っており、それを耳にした女子は「男子はつぶれろ」と念仏をつぶやいているらしい。
捻百舌鳥 逆示の戦闘スタイルは、分かりやすく言うと魔法剣士だ。
テニスで培った身体能力で剣を振るい。
赤い髪のイメージ通り、炎の魔法を放つ。そんな戦闘スタイル。
両断。破断。
放射。延焼。
時と場合によって臨機応変に対応できるその立ち回りは、魔法と剣技を操る職業として、ほぼ理想形と言って良いだろう。
「すめし、右!」
「分かってるわ!」
彼女の振るった剣が、まるでバターにナイフを入れたかのように、ゴブリンの身体を両断する。
逆サイドから詰め寄る残りの二匹も、彼女の放った炎魔法により、黒塵と化していた。
「ゴぁ、ァ、ァ、ァ……」
散って行くゴブリンたちを背に、状況は終了した。
俺が手に魔力を込めた意味を、もう少し組みとって欲しかった。
「力、借りるまでも無かったわね」
「言うな」
「掌に魔力を集中させて、見事に終わったわね」
「だいぶイジるじゃん」
「冗談よ」
だから冗談に聞こえない。
クールな出で立ちも大概にしてほしいものである。
口角くらい上げればいいのに。
「お、ポイントになったな」
「そうね」
ゴブリンたちの瘴気は中空で一度一ヵ所に集まり、瞬間的にポイントを表示した後、再び霧散していった。
「なるほど。これが点数表示か」
「ポイントで競い合う試験は初めて?」
「だな。この手の試験って、だいたいは少数人数で挑むものが多いだろ?
そうなると必然的に、パーティ全員攻撃型になりやすいんだよ」
その方が効率が良いというか。
サポートタイプの冒険者(見習い)だと、相当ランクの高い人じゃ無いと声はかからないんじゃないだろうか。
まぁ……。単に俺が嫌われていたり、悪評が付きまとっていたりって理由もあるんだろうけど。
「まだ周囲に、第二陣もいるわね。気を抜かないように」
「おう、了解だ」
迷宮タイプのダンジョンは、通路が狭い代わりに、隣の通路を歩いているモンスターの息遣いや足音もキャッチできる。
確かに近くを歩くモンスターの気配がある。
それまでに、俺と組んだ理由をはっきりさせておこう。
「……それで。何で俺だったんだ?」
ゴブリンたちが出る前、その理由を聞こうとしていたところである。
俺の言葉にすめしは、「えぇ」と頷いて答えた。
「カルマが自慢してくるっていうことまで話したんだっけ」
「そうだな。
どんなことを言ってたんだ?」
「そうね、主に――――」
『タマはいいよ! エモいよ! とにかくイイ子で、一緒にクエストに行くと超テンション上がるんだよ! いいだろーすめし!』
「とのことよ」
「なんにも情報が伝わってない!?」
「トランプで言えばジョーカーだということだけは、伝え聞いているわ」
「ふわっとしてる!」
「でもカルマってトランプ弱いから……。ジョーカーの意味を間違って使っている可能性もあるわね」
「そうかもしれない……」
あの人にとってジョーカーとは、『初手で切っても良い強い手札』くらいの認識でもおかしくない。
そしてカルマさん、トランプ弱いのか。でも言われてちょっと納得だった。
「というか、すめしたち二人がそういう遊戯めいたものを行っているシーンが、全然想像できないんだけど」
「失礼ね。やることはやってるわよ」
「その言い方だとカルマさんと百合百合してるみたいになるけど」
「あ、いやその。違うわよ。そういうのはまだ男女ともに無いし、そういうコトは一人で、」
「おおぉい!? 何のカミングアウトだよ!?」
「っと、危ないわね。……ギリギリだったわ」
「いやほぼ言ってたよ!」
「こんな会話だけでイクわけないでしょ!? 中学生じゃないんだから!」
「待て待てすめし! もうグレーゾーンは通り過ぎてる! お前風に分かりやすく言えば、これまではギリギリダブルスコートだったけど、今はもう観客席くらいにボールが落ちてるから!」
「まぁネットインが続くよりはマシでしょ」
「むしろこの話題のラリーを続けないで欲しかったんだよなあ……」
お互いに、けっこう無茶な話題でも拾っちゃう性質みたいだからさ。
「ふぅ……。
じゃあ、話題を戻すわね」
「おう?」
「元々は、『カルマがあなたをどんな風に言っていたか』の話だったでしょ?」
「あぁそういえばそうだったな。
他にも何か言ってたのか?」
俺の質問に、すめしは綺麗に頷いた。
「〇〇〇が、だいぶかたいって――――」
「だからそのラリーを開始するなって!!!」
つーか。
あの人何話してんの?
あの人何話してんの!?
世界的にも有名な元・天才テニスプレイヤーに、どんな情報伝えてんだよ!
「よくよしよししてあげているとは、そういう意味なのね?」
「違う」
「良くシテもらってるというのも、そういう意味なのね?」
「違うから!」
「いいのよ、月見くん。ちなみにこのクエスト、途中離脱はできたかしら?」
「露骨に距離を取ろうとするな!」
「大丈夫よ。節度ある関係なら、私からは何も言うことはないもの」
「誤解だすめし。俺とあの人の間に、そういうロマンス的な要素は一切ない」
「そういう関係じゃないのに、〇〇〇の具合を知っている方が問題だと思うの」
「具合とか言うな」
破壊力が高いよ。
直接的な単語を使っていることよりひでえ。
「羞恥心はとっくに無いわ、私。
そうじゃないと、カルマの知人なんて勤まらないでしょう?」
「ひっでえ理由」
共感性百パーセントだけどさ。
しかし、あの人経由でつながる人脈っていうのも、変な縁だな……。
「じゃあ話題を戻すわね」
「今度こそ戻してくれよ?」
「今度こそ大丈夫よ。
まぁあなたの戦闘スタイルだけど、魔力球を提供するだけというのは聞いているわ」
「それは良かった……」
話題をちゃんと戻してくれて、二重の意味で良かった。
「えーっと……。でもそれじゃあ、ますます謎なんだが?」
俺の役割を、謎のポジション・『ボール出し』と知った上で組んだということだ。
多少の強化魔法や回復も使えはするが、すめしにとってはそんなもの必要としないだろう。
「言ったでしょ? 彼女が自慢するって。
だから私も、打ってみたくなったのよ」
「打つ? 何を?」
「だから。あなたのボールを」
言って彼女は剣を抜いたかと思うと、そこへ魔法を送り込む。
「カルマから話を聞いたときから、密かに練習してたのよ」
魔力は次第にカタチを帯び、楕円で平べったい形状へと固まっていく。
「それ……、ラケット!?」
「これであなたの『魔力球』を、打つことが出来る」
隣の通路に居たモンスターが、こちらをターゲットと認定する。
複数では無く単体だが、身体の大きいゴーレムタイプである。
それと同時。
彼女は先ほどまでの、剣士のような構えでは無く。
テニスプレイヤーがこれからボールを打つための、フォアハンドストロークの姿勢を見せた。
右手に剣を構えて肩を開き、やや中腰の姿勢を取るすめし。
彼女の強気な瞳が、こちらをちらっと見た。
「だ、出せってことか……! 今、ここで……!?」
魔力の話である。
いや、さすがにこの会話の流れでは分かるか。
ともかく。
元より俺に、いや、俺たちに選択肢は無い。
既に向こうからモンスターが、鈍重な足音を響かせながらこちらに走ってきている。
あの巨腕で攻撃を受けたら、いくら低ランクモンスターの一撃とはいえ、大きなダメージとなるだろう。
「よ、よし……!」
俺は両手に魔力を込め、カルマさんへ提供するときと同じように、特大の魔力球を生成した。
杖を使わなくなった俺は、現在魔法手袋を使っている。
杖よりも魔法の媒介としては弱いが、その分杖を持たなくて済むので、両手が空くというメリットがある。
ただ、あまりにも魔力が通りやすすぎるせいか。
どうにもサイズ調整が安定しない。
前みたいにサッカーボール大に凝縮出来る事もあるのだが……、今日はいつものように、大玉タイプである。
「受け取れ、すめしっ!」
「え――――、は、はぁッ……!?」
「え?」
これまでのクールな出で立ちからは想像できない、頓狂な声を出すすめし。
放物線を描き飛んで行く魔力球は、いつものように止まらない。
ある程度はコントロールが出来るようになったので、一応彼女のラケット付近に行くよう調節したのだが――――
「これは……! む、無理ッ……!」
彼女はどうにか俺の魔法球を弾き飛ばそうと試みたが――――失敗した。
「え、失敗って!?」
瞬間。
ちゅどん! という音と共に、すめしの居る地点は彼女ごと爆発に見舞われる。
黒煙の中。ボロボロの大ダメージを負った彼女の姿が現れた。
「だ、大丈夫かすめしー!?」
「へ、平気、よ……」
「明らかに平気そうじゃねえ!?」
「ガフッ……!」
口の中から黒煙を吐き出す彼女。
綺麗な白い肌も赤い髪も、魔法煙により真っ黒に染め上げられていた。
爆発実験に失敗した科学者みたいである。
「すめし、前! 前!」
「くっ……、こンのぉッ!」
苛立ちを発散するように。すめしはそのまま剣を振るった。
テニスラケットの形をした、剣のようなナニカは、そのままゴーレムの腕と衝突して。
そして腕ごと、ゴーレムの身体を粉砕した。
肩で息をしながらも残心をとったかと思うと、すっと剣を天井に掲げ、勝鬨を上げる。
「だっしゃああああッッ!」
「すめし、キャラ! キャラブレがすげえ!」
「うっさい! あなたのせいでしょうがッ!」
「理不尽な!?」
何というか。今のは。
月見 球太郎の、正しくない使い方の一例みたいにして、戦闘は終わった。
「とりあえず……、休憩、しましょ……」
「お、おう……」
本日の俺の成果は。
魔物除けを設置したのと、すめしへの攻撃《ーファイア》だけである。
捻百舌鳥 逆示とのクエストは。
あまりにも、愉快すぎた。
プロフィール・3
名前:捻百舌鳥 逆示(すめし)
身長/体重:160センチ/52キロ
職業:魔法剣士
物理攻撃:B+ 魔法攻撃:B+
物理耐久:B 魔法耐久:C
敏捷:B 思考力:C
魔力値:B+ 魔吸値:B
常時発動能力
炎耐性:D、氷耐性:D、風耐性:D、雷耐性:D、光耐性:D、闇耐性:D
状態異常耐性:E
任意発動能力
炎魔法:C、回復術:D、状態異常回復術:D、