こうして俺たちは、今日のクエストをすっぽかしたのであった。
 カルマさんは昇級がかかっていたというのに、とても残念である。

「なるほどこういうことかぁ。最後の最後に、キミが『変な動き』をするせいで、クエストは失敗に終わる。
 身をもって実感したよ」
「すみません……」
「謝る気無いくせに、このこの!」

 俺の隣を歩くカルマさんは、笑いながら肩にパンチを食らわせてくる。
 勿論本気ではない。が、けっこう痛い。
 彼女は主に足を鍛えているとはいえ、アスリートはそもそも、全身の力が鍛えられているので、基本的な力が強いのだ。

「キミは鍛えてなさすぎだよ。付与術士(バッファー)とはいえ、そこはどうなんだろうねー?」
「そこはマジですみません」
「お、今度は謝る気の謝罪だ」

 あははと、これまでと同じように笑うカルマさん。
 あの後。
 教官は今日のことを、全て無かったことにした。

『本当にいいのかい? 私は今でも、全ての罪をかぶる気でいるが』
『良いんです。けど、一つお願いが』
『なんだい?』
『今度授業外でも、俺に魔法の事を教えてもらっていいですか?
 ほら、上級魔法系の授業って、ランク上がってからじゃないとカリキュラムに無くて……』
『……分かった。
 きみのため―――いや、きみたち(・・)のために、尽力しよう』

 そんなやりとりの後、俺たちは教官室を後にしたのだった。

「まぁその、ボクも恨みを買っちゃうまでになるとは思ってなかったからさ。そこは反省だよ」
「聞きにくいことなんですけど、これまでこういうことって無かったんですか?」
「無かったよ」
「冒険者になる前も?」
「無かった。……その、運がいいことに、ね。
 ボクの周りは、みんな努力家でね。ボクがどんな頂に行ってたとしても、全力で追いかけてきてくれた」

 それは本当に運がイイ環境だったんだろう。
 そうじゃなければ。きっと周囲は、嫉妬の嵐だ。
 世間やマスコミの反応を見ていれば分かる。

 少しだけ間を空けて。
 彼女はぽつりとつぶやいた。

「――――ボクが座学に出ない理由、ね」
「はい?」
「……怖いんだよ。人からものを教わるっていう環境が」
「環境が……、怖い……?」
「うん」

 それは。またしても初めて見せる笑い方。
 狂気でも、太陽でもなく、
 困ったように、眉を下げた笑い方だった。

「小学校の頃。ボクにも指導者と呼べるコーチが居たんだ。
 けれどそのコーチは、とにかくチームプレーを優先する人でね。みんなを平等に育てようと必死だった」
「平等に……。つまり、才能のあるカルマさんを、『並レベル』にしようとした……、とか?」

 俺の質問に対して。
 しかしカルマさんは、「ううん」と首を振った。

逆さ(・・)
 全員を全員(・・・・・)天才プレイヤー(・・・・・・・)にしようとしたんだ」
「――――、」

 その言葉は。
 俺の血の気を引かせるのに、十分だった。

 全員を天才に育て上げる。
 全員を、騎馬崎 駆馬と同じように、育てようとする。
 そんなの、下手をすれば虐待どころの騒ぎじゃない。

 仮にそれがもし、この学園で行われたとすると。
 そのカリキュラムを受けたほとんどの人間は、命を落とすだろう。
 だってそれは。
 あのデーモンとの一対一や、
 そもそも一撃でも攻撃を受けたら死んでしまうというプレイスタイルを、
 平凡な身の上で行わなければならないのと同義だ。

 彼女の才覚は、彼女の身体能力や思考力があってこそ、実現している現象だ。
 同種の才能を持っている人間であっても、真似することなど出来やしない。

「当然チームは崩壊するし、そもそもみんなクラブをやめてしまったんだ」
「そりゃ……、そうでしょう。
 子供側が残ろうとしても、その前に親が辞めさせるでしょ」
「あはは、正解」

 だから。
 笑ってないんだって、カルマさん。

「自分で言うのもなんだけど。そのコーチは、ボクの持つ『才能(ねつ)』に中てら(やか)れた。
 あまりにも違いすぎる才能を見たとき。人は、あぁも変わってしまうんだと実感したよ」
「それは……」

 それは先ほども目の当たりにした現象だ。
 こつこつ真面目にやってきた教官も、嫉妬の炎に狂ってしまった。
 彼は自分を取り戻すことが出来たが、きっと最初のコーチは……。
 目を伏せ首を振り、そのままカルマさんは言葉を続けた。

「だからそれ以降のチームでは、『ボクにコーチングすることを禁止する』って条件で、チームに入ってやって(・・・・・・)いた状態だった」

 思い出話をするテンションではない。
 明るく天真爛漫な、天才の成功の裏に。こんなエピソードが隠れていたなんて思いもしなかった。

「言い方めっちゃ悪いんだけどねー!」
「でもまぁ……、そうなりますよね……」

 これは彼女自身を守るだけではなく、彼女の周りをも守るやり方だ。
 また誰かがおかしくなったら。
 一人のスポーツ少女が抱えるには、あまりにも重すぎる。

「でも、高校で入ったサッカー部。
 そこでも同じようにして入部したんだけど、そんなボクにも、みんな普通に接してくれたんだ」
「あぁ、さっきの。向上心を持ってたっていうチームメイト……」
「そう! 『いっぱいヌく』を教えてくれた子だよ!」
「あぁ……、その人たちか……」

 でもまぁなるほど。
 高校でようやく、愉快な仲間たちと出会えたわけだ。
 たぶんチームだけではなく、理解あるコーチにも、かな?

「ボクはそこで自分を変えたくて、コーチの指導を受けようと思ったんだけどね。そしたらコーチが言うんだよ。
 お前は無理にスタイルを変えなくていい。これまで通り、挑戦を見つけて生きろって」
「それは勿論……、」
「うん! いい意味での言葉だね!」

 そう。
 彼女は決して、向上心と挑戦心を失うことはないのだ。
 その根幹がブレない限り、無理にこれまでのスタイルを変えずとも、成長すると思ったのだろう。
 段々と声の調子が戻って行く彼女を見て、俺は口を開く。

「あぁ、だからサッカーから冒険者に転身したときも、周りは色々言っていましたけど、チームメイトだけは何も言わなかったんですね」
「うん! みんな快く送り出してくれたよ!」

 カルマさんの本分を理解していたからか。
 確かにそれは、あまりにも運が良すぎる。
 いいチームメイトがすぎるというものだ。

「しかし、なるほど……」

 これまでの彼女の行動で。どこか整合性が取れないところがあったのだが、ようやく腑に落ちた気がする。

 最初の出会いの時。
 挑戦心溢れる彼女が、しかし俺の『引き返したい』という言葉に素直に頷いたこと。
 次に。
 俺の提案通り、低ランクのダンジョンに付き合ってくれたこと。
 そして最後。
 強引に、高ランクのボス戦に連れて行ったこと。

 最初と最後で矛盾しているようにも感じるが、違う。
 彼女は次第に、俺を信用していったのだ。
 ボス戦はイレギュラーが起こってしまったが故に分かりにくいが、彼女の中では、俺を導こうとした結果なのだ。

 騎馬崎 駆馬は、ワンマンプレイヤーのように見えて。
 その実、常にチームのことを動いて考えている。

 所属した学校を全国に導いたように。
 俺の事も、高ランクに導こうとしてくれていたのだ。
 ただ最後はイレギュラーが起きて、戦闘狂の部分が強く出てしまったけれど。

「強いですね、カルマさんは」

 そう呟く俺の肩を、彼女は優しく掴んだ。
 歩く足を止めて、俺は少し後ろになった彼女へと振り返る。

「強いのは、キミだよ」
「カルマさん……」

 力強い瞳が。
 太陽のような笑顔が。
 目に入ってくる。
 日の落ちた帰り道。夜桜が散る中。
 彼女は俺に、ぎゅうっと抱きついた。

「ちょ――――、」
「強いよ、タマは。本当に……」

 こちらを褒めるとき特有の、謎のタイミングだったりもするよしよしが、今回は無かった。
 ただ、力強く、けれど柔らかく。
 全身で俺の身体を掴んでいる。

「もう一度やり直せるなんて、なかなか言えないよ」
「そう……、ですかね?」
「そうだよ。強くて――――優しい。
 両方持って無いと、そんなこととても言えない」
「俺に蓄積されてるのは、これくらいですから」

 彼女含め、天才たちはみな、強さと向き合ってきた。
 けれど俺は。
 自分の中にある、いろいろな弱さと向き合ってきたのだ。
 だからこそ、同じような弱さを持った人間に、言えることもある。

「ボクがパーティを組んだ人が、ただ強さに憧れるだけの人じゃなくて良かった」
「カルマさん……」
「弱さと強さを同時に併せ持つからこそ、見えるものもあるんだね」
「はい……。そうなんだと、思います」

 俺の胸にうずめていた顔を上げて。
 彼女は潤んだ瞳のまま、こちらへと顔を近づける。
 綺麗なショートの黒髪が。大きな瞳が。
 しっとりとした唇が、近づいている。

「カル……、」
「ん……、」

 ――――ところで。
 日が落ちたとはいえ、ここは冒険者養成学校。
 朝も夜もなく、学園は回り続けていて。
 当然のごとく、この桜舞う通路には、まだまだぜんぜん人はいる。

 なんなら、彼女が俺に抱きついてきたあたりから、人々の視線は感じていたわけで。
 あ、キスに至る前に手で制しているので、そこは誤解無きよう。

「…………」
「…………えーと」
「弱さと強さを同時に併せ持つからこそ、見えるものもあるんだね……」
「いや、やり直そうとしないでくださいよ!?」
「えー? どさくさでどうにかなるかなって思ったんだけど」
「なりません! 学園内で不健全行為なんてしてるの見られたらヤバいですから!」
「でも失敗しても、もう一度立ち上がれるって言ってたじゃん?」
「場合によるだろ!?」
「あはは!」

 言って彼女は、笑いながら俺の手を取り走り出す。

「まったくもう……! タマは変なところで真面目だなあ!
 ええい、どけどけ観客たち! ボクと、ボクの自慢のパーティメンバーのお通りだよー!」
「う、うわわっ!? カルマさん、ど、どこ行くんですか!?」
「そりゃもう、今から次のクエストのミーティングさ! 今夜は寝かさないからね!」

 人々を裂いて、俺たちは連れ立っていく。

「――――絶対に、強くしてあげるからね!」
「……はい!」

 こうして。
 今日から騎馬崎 駆馬の残す轍には、少しのオプションがつくこととなる。
 落ちこぼれだった無能付与術士(バッファー)という、ちょっと歪なカタチの轍が。

 聞くところによるとそいつは。
 いきなり突飛な行動をして、クエストを台無しにして。
 昇級クエストをすっぽかし。それどころかとある教員の弱みを握り、コネでランクを上げようと目論んでいた、禄でもないやつらしくて。

 しかもそいつはどうやら。自分のことを付与術士(バッファー)とは呼んでないらしくて。

 胸を張って堂々と、『ボール出し係』と、
 名乗っているんだってさ。




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