「えっ雪菜!?」
 突然バスで私の隣に立っていた男子中学生から声がかかった。
 「え…私ですか…?」
 その男子に全く見覚えのなかった私は思わず眉を顰める。人違いだろうか…でも雪菜というのは私の名前だ。よくよくその男子を見てみると、かの有名な名門の私立の男子校、S学院中学の制服を着ている。S学院…俊が通っている中学だ。もしかして…そう思ってもう一度その男子生徒の顔を見てみる。右目の横にあるほくろにぱっちりとした大きな瞳。
 「もしかして…俊?」
 彼の顔がパッと明るくなった。
 「そうだよ!雪菜覚えてくれてたんだ、嬉しい…!」
 忘れるはず無いじゃん…私の初恋は俊だったんだもん…心の中で思わずそう呟く。
 「髪型変わってるし制服だから一瞬誰かと思った笑」
 「えー俺はすぐ雪菜ってわかったのにー!多分そうだろうなとは思ってたけどその鞄につけてるふわたんのキーホルダーで確信した笑」ニカッと笑って彼はそう言った。笑った時にできるえくぼが懐かしい。
 ふわたんは私の大好きな兎がモチーフのマスコットキャラクターだ。私がふわたんを好きって覚えてくれてたんだ…嬉しい…思わず頬が緩んだ。
 「雪菜最近どう?学校楽しい?雪菜はK女子学園だよな!」
 「そうだよー。まあまあ楽しいかなぁ。俊はどう?バスケ部も良い感じ?」本当は楽しくなんかない。でもここで楽しくなんてないなんて言ったら優しい彼はきっと話を聞いてくれる。私なんかのことで彼の時間を使って欲しくなかった。
 「そうー?なら良かった!俺もぼちぼちって感じかな。勉強はついて行くのに必死って感じだけど…聞いて!まさかの一年にして次の試合からレギュラーに入れてもらえるんだ!」目をキラキラ輝かせて俊はそう言った。S学院はバスケの強豪だ。その中で一年でレギュラーを勝ち取るとは…流石俊だ。スポーツ推薦で入学しただけある。
 「え、凄いね!!おめでとう!!俊流石だ…!」
 「へへっ」鼻を擦りながらそう言う彼はやっぱり子犬みたいだ。まあそこも可愛いんだけど。
 
 こうして俊のバスケの話を聞いてるうちに私の最寄りのバス停が近づいてきた。俊は「もう着いちゃうね…もっと話したいのに…」と寂しそうだ。「あっ!」何か思い付いたのだろうか、彼はカバンの中からメモとシャーペンを取り出してささっと何かをメモした。「これ、俺のID!」私にメッセージアプリのIDを渡してくれた。
 「雪菜スマホ買ってもらったんだな。後で追加しといて!」
 「そう!おっけ、家帰ったら追加しておくね。」
 「じゃあまた連絡する!バイバイ!結構外暗いし帰り道気をつけてな!」
 「うん、ありがとう。バイバイ!」
 私は手を振りバスを降りた。バスの中を見ると彼はまだ手を振ってくれている。遠ざかっていくバスに私も手を振り、見えなくなった所で家に向かって歩き出した。
 12月の寒い風が頬に吹き付ける。「寒っ…それに暗いし…早く帰ろ。」そう思って私は急ぎ足で家に帰った。
 
 「ただいまー。」
 「おかえり!寒いでしょー、ご飯ももうすぐできるし先お風呂入ってきたら〜?」お母さんだ。ご飯がもうすぐということはお風呂にゆっくり浸かる時間は無さそうだ。嫌だったがお母さんに抵抗するのも面倒臭い。仕方ない、入るか…
 「はーい。」そう言って私はお風呂場へ向かった。

 「ふぅ…」湯船の中で体を伸ばす。最近一日にとても疲れる。入学してすぐの頃は毎日が楽しくて仕方がなく、疲れなんてこれっぽっちもなかったのに…。今は勉強も友達付き合いも部活も、全てのことが面倒臭い。それに比べて…俊の笑顔が思い浮かぶ。小さい頃から変わっていないあの笑顔。きっとS学院での生活は充実しているんだろう。思わずため息がでた。
 俊と私は幼馴染だ。俊の家族は中学入学のタイミングで引っ越してしまったが、小学校の時までは家も隣同士だった。お母さん同士も私達が生まれてすぐから仲が良かったらしい。そういう訳で私と俊は物心ついた頃から一緒に遊んでいた。小学校低学年までは常に一緒にいて良く近所の人に兄弟みたいと言われたことも覚えている。小学校高学年になってからはそれぞれ同性の友達といることが多くなったが、仲が悪くなった訳では無く、話す機会があればお互いの近況報告をしていた。小学5年生からは、お互い中学受験に向けて塾に通い始めた。お母さん同士で示し合わせた訳では無いのに、同じ塾だった。1回目の塾の時、塾のバスが来るのを待っていたら同じバス停に同じ塾指定のリュックを持った俊が現れた時は本当に驚いた。1回目の塾を終え家に帰り、俊も同じ塾だったこと話すと私以上に驚き、すぐに俊のお母さんに電話を掛けた。小学5年生の娘を1人でバス停まで行き来させるのは不安なようで、俊と一緒にバス停まで行き来できないかと提案したようだ。俊や俊のお母さんは快く承諾してくれ、次の塾の日から私達は一緒に通うようになった。私自身も行きは大丈夫だが、帰りは少し暗くなっているので1人で歩くのは不安だったから、俊の存在はとてもありがたかった。また、お母さんは私の妹の千佳の習っているバレエの送迎があったため、私が塾から帰って来た時には家に居ない。ご飯を食べるのも遅くなってしまう。それを知った俊のお母さんが「雪菜ちゃんは私の家で俊とご飯を食べたらいいよ。ね?」と申し出てくれた時は光の速さで頷いていた。俊も今と同じ笑顔で頷いてくれたのを覚えている。こうして小学校高学年になっても私達は疎遠になる事は無く、良好な関係だった。