その日は、どんよりとした雲が空を覆っている日だった。
───ぺトリコールだ。
ふと空を見上げる。もうすぐ、雨が降ってきそう。
ぺトリコールというのは“雨の降り始めの匂い”という意味らしい。これはつい最近知った。
ついついオシャレな名前で使いたくなる。
雨は嫌いだけれど、雨の降り始めの匂いはなんだか好きだった。
今の空のように、私の心はどんより曇り空だ。
───というのも、あの告白のせい。
「ねぇ、桜井(さくらい)さん俺と付き合ってくれない?」
もう1年以上も通う校舎裏。
そこに私は信田(しのだ)くんに呼び出された。
私だけを呼び出してなんの用だろうと、不審に思いながら待ち合わせ場所へ来た。
そこで信じられない告白をされた。
「待って。信田くんって彩乃(あやの)の彼氏だよね?」
信田(しのだ) 圭佑(けいすけ)。私の大切な友達である田代(たしろ) 彩乃(あやの)の彼氏だ。
中学生の頃から付き合っているらしく、もう3年になるはずだ。
そんな彼がなぜ……
「彩乃とは別れる。桜井さんが好きになったから」
ありえないと思った。
確かに誰かと付き合っている間に、他の誰かを好きになってしまうことはある。
そんな話は何度も聞いたことがあるし、だから“不倫”という言葉だって無くならない。
でも、よりによってなぜ彩乃の友達である私に……
「ごめん。私が大切なのは彩乃だから、信田くんとは付き合えない」
私の答えは決まっていた。
例え彩乃と信田くんが別れたとしたって、私は信田くんとは付き合わない。
「そっか……」
「じゃあ、私帰るね」
肩を落としている信田くんをその場に置いて、私はカバンを持ち直し、その場を立ち去る。
そんな告白現場の近くで、映像部がカメラを構えて何やら撮影しているのが見えた。
夏の大会に向けて作品を作っているのだろう。
何かを一から作るというのは大変だと思う。
雨が降る前に早く帰ろう。
そんな撮影シーンを横目に、私は帰路についた。