翌朝6時55分。
 美晴は怜人とゆず、白石とともに、永田駅の出口付近にいた。
 ここから国会議事堂に通じる地下通路がある。怜人と白石は通行証があるので、地下から入ることになっていた。それに続いて、50人がここを強行突破する。
 続く人たちは集団でいると怪しまれるので、会社員や観光客を装って、いくつかのグループに分かれて点在していた。
 外では国会周辺を見学するツアーを装っているグループと、ジョギングを装って周辺を走っているグループとが待機している。

 白石はさすがに緊張しているのか、何度も腕時計を見ながらソワソワしている。
「私ね、一応、武器を持ってきた」
 ゆずはリュックからダガーナイフを取り出して、美晴に見せた。
「そんな武器、何に使うの? ゆずちゃんに人は刺せないでしょ?」
「まあね、一応、お守りとして」
 美晴もリュックを背負っている。中には自転車用のヘルメットと、逃げるために必要な資金やノートパソコンなどが入っている。

「さあ、時間だ」
 スーツ姿の怜人は腕時計を見てつぶやいた。
 ここまで来たら、もう引き返せない。怜人の表情は硬い。だが、瞳には強い光が宿っている。
「とにかく、ケガをしないように、無茶をしないように」
 美晴とゆずに言い聞かせる。二人は無言でうなずいた。
「オレのすぐ後をついてくるんだよ」
「分かってる」

 ――どこまでもついていくから。どこまでも。

 二人はしばし見つめあう。隣でゆずが、うらやましそうなため息を漏らす。
「よし、行こう」
 怜人と白石はうなずきあい、通路を歩き、入り口に向かう。美晴とゆずはその場で見守っていた。

 7時ジャスト。
 怜人と白石が入り口で衛視に通行証を見せていた時。
 地下鉄の方面で大きな爆発音とともに、白煙がモクモクと上がった。
「うわっ、なんだ、あれ?」
「爆弾か?」
 思わず衛視が通路に飛び出てきた瞬間。
 美晴とゆずは走りながら、「大変です、爆発です!」と言いながら入り口に駆けこんだ。衛視が止めようとしたが、「ケガ人が出るかもしれないから、ここに避難させて!」と怜人が叫ぶ。

「どうしよう、警察を呼ぶか?」
「まずは上に連絡したほうが」
 衛視が戸惑っていると、通路から大勢の人が悲鳴を上げながら、駆けて来る。その勢いに、衛視は壁に張りついてやりすごすしかなかった。
「こっちだ!」
 怜人は美晴の手を引く。
 白石とゆずは、「こっち、こっち!」と駆け込んで来た人たちを誘導する。
「なんだ、なんだ?」
 衛視が何人か駆けつけたので、「地下鉄で爆発があったみたいで、みんな逃げて来てるんです」と怜人が伝えた。
 衛視は「マジか⁉」「やばいじゃん」と言いながら通路に向かう。衛視も普通の若者言葉を使うんだな、とこんな時でも美晴は冷静に観察していた。

 怜人は美晴の手を引いて、色あせたじゅうたんが敷いてある廊下を走る。階段を上って1階に出ると、議事堂内はすでに大騒ぎになっていた。制服を着た衛視たちがあちこちに走って向かう。
「爆発が起きたのはあっちだ!」
「テロか?」
「分からん」
「パニくった人たちが、中に入って来てますよ!」
「中には入らせるな!」

 怒号が飛び交う。美晴たちは見つからないようトイレに身を隠す。
 地上でも同時に爆竹や白煙筒を焚いて、それぞれのグループが「爆発だ」と大騒ぎし、騒ぎに乗じて門の中に入って来ることになっている。

 ――来るか、来ないか。

 美晴はヘルメットを出してかぶった。しばらく待っていると、叫び声をあげながら、数十人が玄関から入って来る様子が聞こえて来た。
「おい、こっちに入ったらダメだ!」
「入れるな、入れるな!」
 衛視が叫ぶが、勢いは止まらない。

「こっちだ!」
 怜人は美晴の腕をつかんでトイレを飛び出し、近くの階段を駆け上る。
「おーい、こっちこっち!」
 白石が玄関から入って来たメンバーに叫ぶ。
 みんな走りながらヘルメットやゴーグルを着けている。ウオーと雄たけびをあげている人もいる。

 いつの間にか足元が鮮やかな赤いカーペットに変わっていた。目指すは参議院の本会議場。2階の廊下には、誰もいない。ここまでは順調だ。
 本会議場は毎朝掃除をすることになっている。扉の鍵も開いているはずだ。
 怜人と白石は木製の扉を押した。

 ――やった、これで占拠できる!

 息を弾ませながら、そこにいる誰もが確信した。
 だが、扉を開けると。
 そこには、出動服姿の男たちがズラリと並んでいた――銃と盾を持って。
 機動隊だ。
 怜人も白石も、息を呑んで固まる。