夜8時になって、その日のデモは終わった。
 美晴が千鶴たちと一緒に後片付けをしていると、「美晴さん、あのね」と、ゆずが囁いた。
「昨日の夜、友達の病院で、臓器移植の手術が行われたみたいなの」
「え?」
「その病院に植物状態の患者さんがいて、その人がドナーになったって。で、その病院では臓器移植の手術をできる医者がいないから、どこかから派遣されたんだって」
「うん、それで?」  

「友達は夜間のシフトで、看護師も足りないからって手伝うことになったみたいで。心臓と腎臓が取り出されたみたい。その友達は『絶対に誰にも言うな』って院長に釘を刺されて、コーディネーターから50万円もらったって。で、スマホでこっそりコーディネーターの写真だけ撮って、送ってきてくれたの」
 美晴はその写真を見て、「この人、どこかで見たことがある」と気づいた。必死で記憶をたどる。
「あっ」
 小さく声をあげた。
 この人は、カフェで美晴に片田を引き合わせた女性ではないか。

 ――どういうこと? なんで、この人がここにいるの? もしかして、政府の関係者の手術だったとか?

「誰の手術だったのかは、分からない?」
「私もそれを聞いたんだけど、ものすっごくガードが固くて、カルテも見られないし、手術を受ける人の顔は絶対に見られないようにしてたんだって。全然名前は言わなかったから、大人の男性ってことしかわからなかったみたい」
「そうなんだ」
 美晴は、これはもう自分とゆずだけで手に負えるような問題ではないと悟った。
 ――怜人さんに相談するしかない。


「その植物状態の患者の治療を打ち切る法案は、僕は猛反対したんだけど、結局通っちゃって……まさか、そんなことが起きてるなんて。それって、完全に臓器売買だよね」
 怜人は美晴とゆずから話を聞いて、しばらく難しい顔をして黙り込んでいた。
「それが本当だとしたら、政権を倒すどころか、つかまる政治家も出てくるかもしれない。これは、相当ヤバい話だな……」
 怜人は思案してから、「とりあえず、これは当分の間、僕らの間だけの秘密ってことにしてもらえませんか。ほかの人には話さないでほしい」と二人に言った。

「白石さんにも?」
 ゆずの問いに、怜人はうなずく。
「これは、相当慎重に動かないと、僕らがつぶされる。どこでどう話が漏れるか分からないからね。ゆずちゃん、できる限りでいいから、情報を集めてもらえないかな。もちろん、自分に危険が及ばないようにしてほしいんだけど。美晴さんも、できれば、その病院の親しいスタッフさんに詳しい話を聞けないかな」
 二人は顔を見合わせて、「分かりました」「やってみる」とうなずいた。
 
 翌日、美晴は病院に偽名で何回か電話をして、真希を呼び出してもらった。5回目でようやく真希がつかまった。
「ハイ、唐沢です」
「真希さん、影山です」
 美晴が名乗ると、真希が電話の向こうで固まっているのが伝わってきた。
「……どういったご用件でしょう?」
「梓さんのことで、ちょっと聞きたいことがあって」
「その件でしたら、私の担当ではありませんので」
「植物状態の患者さんで、あちこちで梓さんと同じことが起きてるようなんです。その後、そちらの病院で、何か動きがありませんでしたか?」
「さあ、私は担当ではないので、分かりかねます」

 そう言った後、真希は急に声を潜めて、「こんな電話、困りますよ。どこで誰が聞いてるか、分からないんだから」と言った。
「すみません。でも、真希さん以外に話を聞ける方がいなくて」
「私も、この間の話以上のことは知らないし」
「じゃあ、何か分かったら教えていただけませんか。すごく大事なことなんで」
 真希はどう答えればいいのか迷っているようだ。
「美晴さん、あなた、今、革命のアイドルって呼ばれてるでしょ?」
 真希はどうやら美晴の動画をネットで見ているようだ。

「ああ、あれは……いつの間にかそう呼ばれてて」
「あなたは今の政権を倒そうとしてるの?」
「倒したいって本気で考えてます。でないと、世の中は何も変わらないから」
 真希はしばらく思案してから、「分かった。ただ、会うのはマズいから、LINEでやりとりするってことなら、何とか」と言った。
「ありがとうございます!」
 美晴は何度も感謝して、後はLINEでやり取りすることにした。