その日、レイナはジンとトム、アミと一緒に、農作業にいそしんでいた。
コンポストを使って落ち葉と生ごみで作ったたい肥を土にすきこみ、鍬で耕す。
去年まではマサじいさんに教わりながら作業していた。
ところが、マサじいさんは3日前に掃除の最中に片手で重い荷物を持ち上げようとしてぎっくり腰になってしまい、寝込んでいる。
「病み上がりなのに、無理をするからだ」と、ジンは呆れていた。
ゴミ捨て場の住人は、それぞれが小さな菜園を作ったりして自活している。
ここでのルールは、他の人が作った農作物は、絶対に取らないこと。新しい住人が来ると、いつも畑の野菜を勝手に取ってしまうので、争いが起きる。
マサじいさんは、新しい住人にここでのいくつかのルールを教えるのだが、たいていの人は守らずに、住人たちにボコボコにされてから従うようになるのだ。先月も、一人の新しい住人が野菜を盗んで大ゲンカになり、姿を消してしまった。
明後日には一年が終わる。
上着を脱いでいても、農作業をしていると暑くなる。レイナは首に巻いたタオルで顔を拭った。
「こんなもんでいいだろ」
ジンが畦をつくり終えて、額の汗を手拭いで拭った。
「終わった~」
トムが鍬を放り出して座り込む。
「これで、来年もおいしい野菜を食べられるね」
レイナはアミに話しかけると、アミは嬉しそうにうなずいた。
アミの細い腕の内側には、青アザがいくつかついている。酔ったヒロに暴力を振るわれているのだ。ジンが何度もヒロを殴り飛ばしても、たいして効果はない。より見えづらいところを攻撃するだけだ。
アミはレイナの視線に気づいて、慌てて袖を下ろした。
――なんでなんだろ。あんな父親、離れて暮らすほうがいいのに。
そのとき、ミハルが「ご苦労様。お風呂を沸かしておいたわよ」と様子を見に来た。
「お昼は温かいスープね。先にお風呂に入ってきたら?」
「ハーイ」
駆けだそうとしたトムの襟首を、ジンがつかむ。
「レディファーストだろ」
「そっか、分かった」
レイナとアミは、林の奥の一角につくってある風呂場に向かった。
風呂と言っても、ドラム缶にすのこを沈めて入る、ドラム缶風呂だ。ブロックで風呂の足をつくってあり、その間に薪をくべて火を起こすつくりになっている。
女性陣が入るときは、辺りにシーツを張り巡らせて入るようにしている。
レイナはアミの洋服を脱がせるのを手伝ってあげた。
背中にもいくつかアザや切り傷があり、レイナは思わず「この傷、痛くないの?」と聞いた。アミは力なく頭を横に振る。
――痛いなんて絶対に言わないんだろうな。
レイナは後で薬を塗ってあげようと思った。
アミの背の高さに合わせて、湯船に風呂用のプラスチックの椅子を沈めてあげる。
アミは梯子を上り、ゆっくりと湯船に入る。
「熱い?」
レイナが聞くと、アミは「だいじょうぶ」という口の動きをした。
レイナはそばに置いてある木桶で頭からお湯をかけてあげた。アミは気持ちよさそうに顔を洗う。
アミが上がってから、体を拭き、着替えを手伝ってあげる。
「髪が濡れたままだと風邪ひくから、先にママのところに行ってていいよ」
レイナが言うと、アミは髪から雫を散らしながら駆けて行った。
レイナも服を脱ぎ、畳んでカゴに入れてから湯船につかる。
「はあ~、気持ちいい」
見上げると、相変わらず鈍い色の空が広がっている。今年は、雪はまだ降っていないが、晴れの日が少ないので例年より寒さが厳しい。
――もう今年も終わりなんだ。来年は、何をしようかな。お兄ちゃんがピアノを教えてくれるって言ってるけど。あんな難しそうなこと、私にできるのかな。
そのとき、砂利を踏むような音がした。レイナはハッとして、辺りを見回す。
――シーツの後ろに、誰かいる。
そう思ったとき、クロが吠えながらその影に飛びかかった。
「うわあ、やめてくれえ」
男の悲鳴が響き渡る。
「お前、この間ものぞいてたろ? 今度やったらタダで済まないって言ったよな?」
クロを追いかけてきたジンが、その人物に怒鳴りつけている。
「すすすみません、もうしません。絶対にしないから、この犬、放してくれえ」
悲痛な声が上がる。
「どうする、クロ?」
男は何度も「すみません」「もうしません」「勘弁してください」と懇願したので、ジンはようやく、「よし」とクロに声をかけた。バタバタと走り去る足音。
「誰もいないときに風呂に入るなって、言ったろ?」
ジンがシーツの向こうから声をかける。
「ごめん。アミを先に帰しちゃった」
「しょうがないな、ったく」
風呂を出て体にタオルを巻きつけてシーツの外を見ると、ジンとクロが仲良く並んで見張ってくれていた。
「ごめんね、ありがとう」
「いいけどよ。ゴミ捨て場の作業員の中には、女の子を狙ってるヤツが結構いるんだから。何かされたら困るから、絶対に一人でお風呂に入るなよ」
「うん、分かった」
レイナがまだ小さかったころに、レイナより2つ上の女の子が遺体で見つかったことがある。一人でバラック小屋の付近で遊んでいたら、襲われたらしい。
ゴミ捨て場の大人たちは作業員の詰所に怒鳴り込んだ。しかし、「野良犬に襲われたんじゃないの?」と、所長は聞き流した。
ジンたちが執念で犯人を探し出し、半殺しにしてから、直接襲ってくることはなくなった。それでも、盗み見や盗撮は絶えないのだ。
レイナはジンとクロに付き添われて小屋に戻った。
クロはよくしつけられていて、ゴミ捨て場の住人に危害を加えることはない。
しかし、住人が危害を加えられそうになると駆けつけて追い払ってくれるのだ。
コンポストを使って落ち葉と生ごみで作ったたい肥を土にすきこみ、鍬で耕す。
去年まではマサじいさんに教わりながら作業していた。
ところが、マサじいさんは3日前に掃除の最中に片手で重い荷物を持ち上げようとしてぎっくり腰になってしまい、寝込んでいる。
「病み上がりなのに、無理をするからだ」と、ジンは呆れていた。
ゴミ捨て場の住人は、それぞれが小さな菜園を作ったりして自活している。
ここでのルールは、他の人が作った農作物は、絶対に取らないこと。新しい住人が来ると、いつも畑の野菜を勝手に取ってしまうので、争いが起きる。
マサじいさんは、新しい住人にここでのいくつかのルールを教えるのだが、たいていの人は守らずに、住人たちにボコボコにされてから従うようになるのだ。先月も、一人の新しい住人が野菜を盗んで大ゲンカになり、姿を消してしまった。
明後日には一年が終わる。
上着を脱いでいても、農作業をしていると暑くなる。レイナは首に巻いたタオルで顔を拭った。
「こんなもんでいいだろ」
ジンが畦をつくり終えて、額の汗を手拭いで拭った。
「終わった~」
トムが鍬を放り出して座り込む。
「これで、来年もおいしい野菜を食べられるね」
レイナはアミに話しかけると、アミは嬉しそうにうなずいた。
アミの細い腕の内側には、青アザがいくつかついている。酔ったヒロに暴力を振るわれているのだ。ジンが何度もヒロを殴り飛ばしても、たいして効果はない。より見えづらいところを攻撃するだけだ。
アミはレイナの視線に気づいて、慌てて袖を下ろした。
――なんでなんだろ。あんな父親、離れて暮らすほうがいいのに。
そのとき、ミハルが「ご苦労様。お風呂を沸かしておいたわよ」と様子を見に来た。
「お昼は温かいスープね。先にお風呂に入ってきたら?」
「ハーイ」
駆けだそうとしたトムの襟首を、ジンがつかむ。
「レディファーストだろ」
「そっか、分かった」
レイナとアミは、林の奥の一角につくってある風呂場に向かった。
風呂と言っても、ドラム缶にすのこを沈めて入る、ドラム缶風呂だ。ブロックで風呂の足をつくってあり、その間に薪をくべて火を起こすつくりになっている。
女性陣が入るときは、辺りにシーツを張り巡らせて入るようにしている。
レイナはアミの洋服を脱がせるのを手伝ってあげた。
背中にもいくつかアザや切り傷があり、レイナは思わず「この傷、痛くないの?」と聞いた。アミは力なく頭を横に振る。
――痛いなんて絶対に言わないんだろうな。
レイナは後で薬を塗ってあげようと思った。
アミの背の高さに合わせて、湯船に風呂用のプラスチックの椅子を沈めてあげる。
アミは梯子を上り、ゆっくりと湯船に入る。
「熱い?」
レイナが聞くと、アミは「だいじょうぶ」という口の動きをした。
レイナはそばに置いてある木桶で頭からお湯をかけてあげた。アミは気持ちよさそうに顔を洗う。
アミが上がってから、体を拭き、着替えを手伝ってあげる。
「髪が濡れたままだと風邪ひくから、先にママのところに行ってていいよ」
レイナが言うと、アミは髪から雫を散らしながら駆けて行った。
レイナも服を脱ぎ、畳んでカゴに入れてから湯船につかる。
「はあ~、気持ちいい」
見上げると、相変わらず鈍い色の空が広がっている。今年は、雪はまだ降っていないが、晴れの日が少ないので例年より寒さが厳しい。
――もう今年も終わりなんだ。来年は、何をしようかな。お兄ちゃんがピアノを教えてくれるって言ってるけど。あんな難しそうなこと、私にできるのかな。
そのとき、砂利を踏むような音がした。レイナはハッとして、辺りを見回す。
――シーツの後ろに、誰かいる。
そう思ったとき、クロが吠えながらその影に飛びかかった。
「うわあ、やめてくれえ」
男の悲鳴が響き渡る。
「お前、この間ものぞいてたろ? 今度やったらタダで済まないって言ったよな?」
クロを追いかけてきたジンが、その人物に怒鳴りつけている。
「すすすみません、もうしません。絶対にしないから、この犬、放してくれえ」
悲痛な声が上がる。
「どうする、クロ?」
男は何度も「すみません」「もうしません」「勘弁してください」と懇願したので、ジンはようやく、「よし」とクロに声をかけた。バタバタと走り去る足音。
「誰もいないときに風呂に入るなって、言ったろ?」
ジンがシーツの向こうから声をかける。
「ごめん。アミを先に帰しちゃった」
「しょうがないな、ったく」
風呂を出て体にタオルを巻きつけてシーツの外を見ると、ジンとクロが仲良く並んで見張ってくれていた。
「ごめんね、ありがとう」
「いいけどよ。ゴミ捨て場の作業員の中には、女の子を狙ってるヤツが結構いるんだから。何かされたら困るから、絶対に一人でお風呂に入るなよ」
「うん、分かった」
レイナがまだ小さかったころに、レイナより2つ上の女の子が遺体で見つかったことがある。一人でバラック小屋の付近で遊んでいたら、襲われたらしい。
ゴミ捨て場の大人たちは作業員の詰所に怒鳴り込んだ。しかし、「野良犬に襲われたんじゃないの?」と、所長は聞き流した。
ジンたちが執念で犯人を探し出し、半殺しにしてから、直接襲ってくることはなくなった。それでも、盗み見や盗撮は絶えないのだ。
レイナはジンとクロに付き添われて小屋に戻った。
クロはよくしつけられていて、ゴミ捨て場の住人に危害を加えることはない。
しかし、住人が危害を加えられそうになると駆けつけて追い払ってくれるのだ。