「いやあ、私もラジオで聴いていたんですが、感動しました。こんなに美しい歌声を聴くのは初めてで、年甲斐もなく泣けてきてしまって……。あれ、マイクが入らなかったんですよね? それなのに客席に届いてるから、実況してるアナウンサーも驚いてましたよ」
 運転手の森口は、興奮した口調でまくしたてる。
 裕と笑里は、仕事に出かけるときはいつも森口に車を運転してもらっていた。ゴミ捨て場にも、何回か森口の運転で行き来している。
 裕が助手席に座り、後部座席にレイナと笑里が座っている。
 レイナはメイクを落とし、いつもの格好に戻っていた。髪型だけ、ステージに立っていたときのままだ。

 アンソニーは帰り際に、レイナに口紅をくれた。
「これ、今日、あなたがつけていた口紅よ。春の新色なんだけど、よかったらお母さんにあげて」
 それから、「またきっと会えるわね。楽しみにしてるわ、お姫様」とレイナを軽く抱きしめた。

 レイナは笑里の肩に頭をもたせかけている。
「疲れた」
 レイナが大あくびをすると、「寝なさい。ゴミ捨て場についたら、起こしてあげるから」と笑里は言った。
「その前に、どこかで夕飯を食べたほうがいいんじゃないか?」
「そうね、森口さん、どこかファミレスで止めてくれる?」
「分かりました」
「ファミレスでいいのかな」
「子供が好きなメニューが多いから、いいんじゃない?」
 車外はすっかり暗くなっている。流れゆく街の灯を見つめながら、レイナは心地よい疲れに身を任せて目を閉じた。

 ゴミ捨て場に着いたのは9時ごろだった。
 いつものように、ミハルが搬入口でレイナの帰りを待っていた。
「遅くなってしまって、申し訳ない」
 裕は頭を下げる。
「いいえ、ラジオを聴いてましたから。あの子を最後まで守ってくださったようで、ありがとうございます」とミハルも頭を下げる。
「いえ、僕は何も」
「マイクが壊れてたんでしょう? あんな状況で堂々と最後まで歌えるなんて、西園寺さんのお陰だと思います」
「そんな、レイナさんの心が強いからですよ」

 二人が話していると、笑里が「こんばんは、はじめまして」と車から出てきた。レイナも目をこすりながら降りる。
「ママ、ただいま」
「お帰り。今日は頑張ったわね。ママ、泣いちゃった」
 ミハルはレイナに微笑みかける。
 クロがレイナに駆け寄って来た。
「ただいま、クロ。待っててくれたの?」と、レイナは頭をなでる。
「ママは、ちょっと西園寺さんに話があるから、先に帰っててもらえる? ジンさんがそこで待っててくれてるから」
「分かった」
 レイナがジンとクロと一緒に小屋に戻っていく姿を見送ってから、ミハルは意を決したような表情になった。
「お二人にお願いがあるんです」と切り出す。



 翌朝、ミハルは「今日は、西園寺さんと笑里さんがレイナを迎えに来てくれるの。昨日のライブのご褒美に、ディズニーランドに連れて行ってくれるんだって」と言った。
「えっ、ディズニーランド!?」
 レイナはトーストをかじっていたので、思わずむせそうになり、あわてて紅茶を飲んだ。
「ホントに? ディズニーランドに行けるの?」
「ええ。それも、お泊りでね。ディズニーランドは一日じゃ回りきれないから」
「ホントに? すごい、すごい!」

 レイナは興奮した。一緒に食べていたアミは、羨ましそうに「あー……」と言う。
「アミも、次はつれていってもらえるわよ」
 ミハルはアミの頭をなでる。
「でも、ママは? ママは一緒に行かないの?」
「ええ。これはレイナへのご褒美だから。ママにはお土産を買って来て」
「うん、分かった! アミにもお土産、買って来るね。何がいいかな」
 はしゃぐレイナの姿を見ながら、ミハルは寂しそうな笑みを浮かべた。