「火事だあ!」
 アミは驚いて、収穫したばかりのニンジンを落としてしまった。
 見ると、小屋が建ち並ぶ奥のほうで煙が上がっている。
 ジンはトムとアミに、「危ないから、ここにいろ!」と言い渡すと駆け出した。大人たちは次々と煙に向かって駆けて行っている。

 トムは鋤を放り出すと、「アミはここにいるんだよ。オレは見に行ってくるから」と、大人たちの背を追いかけて行ってしまった。
「あー……」
 アミはこのまま畑仕事を続けるべきかどうか、迷っていた。
 そのとき、山田が他の大人とは別の方向に向かって走っているのに気づいた。山田が向かっているのは――。
「っ……!」
 アミは声にならない叫び声を上げた。
 
 山田は舌打ちした。
「ったく、どこに隠してるんだよ」
 ミハルとレイナの持ち物をくまなく探しても、めぼしいものは見当たらない。
「ここ以外のところに隠してるのか……」
 つぶやいたとき、「お前さん、何を探してるんだ」と背後から声がした。
 振り向くと、マサじいさんが立っている。その背後から、アミが顔をのぞかせた。
 山田はうろたえることもなく、不自然な笑みをつくった。

「ああ、ちょっと、ミハルさんに頼まれてね」
「頼まれたって、何を」
「それは、あんたに言う必要はないでしょ」
「何か盗もうとしてるのか? ここの住人は、そんなにカネを持ってないぞ」
「いやいや、カネを盗むなんて、とんでもない」
「じゃあ、下着か?」
「はあ? ババアの下着なんて、興味ねえよ」
「レイナのもあるだろ」
「あんなガキンチョ、もっと興味ねえよ」
「じゃあ、何が目的だ?」
「まあ、そう熱くならずに。何も盗ってないってば。オレの勘違いみたいだ」

 山田はへらへらと笑いながら、マサじいさんに近寄って来た。
 マサじいさんは警戒してアミを庇う。
「ここで見たこと、誰にも言うなよ、じいさん」
 山田の眼が怪しく光ったと思うと、マサじいさんに体当たりした。
「うっ」
 マサじいさんはうめき声を漏らす。その腹には、ドスが刺さっていた。
「ま、言えないか。死人に口なしって言うからな」
「アミ、逃げろ……」
 マサじいさんが崩れ落ち、アミは凍りつく。
「黙ってろって言ったろ? このじいさんが死んだのは、お前のせいだからな」
 山田がアミの首に手をかけたとき。

「おい、てめえ、何してんだよ」
 ジンの低い声がした。ドアの外に、ジンとトムが立っている。
 ジンが「おい、他の大人たちをすぐに呼んで来い」と言うと、トムはすっ飛んで行った。
「あの火事もお前か? お前が火をつけたのか?」
 ジンのこめかみはピクピクと動いている。
「アミから離れろよ、クズ」
 ジンはジリジリと山田との距離を縮めていく。

 山田は舌打ちをし、後ずさった。ドスはマサの腹に刺さったままなので、他に武器がないらしい。
 ジンは革ジャンの内ポケットから何かを取り出した――銃だ。
「おい、外に出ろ」
 銃口を向けると、さすがに山田は顔色を変えた。
「まままあ、落ち着いて。そうだ。カネをやるからさ、見逃してくれよ。あんたも、ホントはこんなところにいたくないんだろ? オレが持ってるカネを全部やるからさ。こんなジジイが死んだぐらい、どってことないだろ? あんたも人を殺してるんだからさ」
「外に出ろ」
 ジンは低い声で言う。
 山田は両手を上げ、「分かった、分かったから」と小屋の外に出る。作業着の尻ポケットからマネークリップを出すと、ジンに差し出す。

「ホラ、これ、今はこれしか持ってないけど。街に帰ったら、もっと持って来るから。だから、見逃」
「小屋ん中を汚したくなかったんだよ」
 ジンは最後まで聞かずに、引き金を引いた。
 パン、と破裂音が響き、山田が悲鳴を上げながら崩れ落ちた。太ももを抑えてうずくまっている。

「お前、誰に言われてここに来たんだ?」
「だだ誰でもないよ、本当だ」
 ジンは山田の額に銃口を押し当てた。
「もう一度、聞く。誰に頼まれてきたんだ?」
 山田は苦痛に顔をゆがめながら、
「知らない、本当なんだっ。オレは、USBメモリを見つけて来いって言われただけなんだ。借金を帳消しにしてやるって言われて……。でも、あいつが何者なのか、オレは知らないんだ!」
と声を絞り出した。