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デニムにトレーナー。鞄は大きめ。私の格好は基本的に男子大学生とほぼ変わらない。
化粧はバイト先の制服が汚れない程度に薄く、髪はひとつに結んでいた。
大学に行きたくて行った訳でなく、地元だと大卒でなかったら就職先がほぼないという困った状態だったがために、選択肢がなかったのだ。それでも大学に入った以上は真面目に勉強しようと、できる限り真面目に授業を選んで履修し、放課後は図書館で勉強するかバイトに行くかと、ごくごく真面目で面白みのない大学生活を送っていると思う。
初めて出会った春海は、入学式になぜか振り袖を着て登場して、周りを唖然とさせていた。
たしかに大学の入学式案内には正装で来るべしと書いてあった。さすがにデニムにシャツなんて格好では駄目だろうと、入学式と就活用にスーツを買った私からしてみれば、彼女の訳のわからなさに口を開けていた。
そもそも振り袖なんて、今時は成人式でしか着ないし、多くても身内の式や正月くらいのものだろう。
普通であったら「世間知らず」「考えなし」と陰口をたたかれ、あっという間に大学で浮いた存在になったのだろうけれど、彼女は有無を言わせない神々しさを、そのときから持っていた。
彼女の近くに着席していた私は、彼女が身じろぎするたびにシャランシャランと音を奏でる簪の音を聞いていた。
この場違いな彼女と長い付き合いになるなんて、当時の私は思ってもいなかったのだ。
春海は入学式振り袖騒動であっという間に有名人になり、告白されるようになった。そのときから、彼女は毎月彼氏が変わった。
最初に必修授業で出会った彼女は、やたらとふんわりとしたワンピースを着ていたというのに、彼氏ができた途端にデニムに幾何学ラインのトレーナー姿に切り替わり、髪だってストレートだったのが巻きはじめて驚いた。
彼女は彼氏が変わるたびに、化粧も髪型も服装さえも変えてしまう性分だったのだ。
たまたま必修で隣同士になったとき、「ごめんね、シャーペン持ってる?」と尋ねられて、私は少し驚いた。
彼女が持ってきた鞄は小さく、レポート用紙はもちろんのこと、筆記用具ひとつ入らなそうな大きさであった。入るとしたら、財布とスマホ、化粧ポーチくらいのものだろうか。
今時授業が手書きのことは少なく、タッチパネルで打ち込んだり、パソコンを持ち込む子だっているのに、なにを考えているんだろうと思わず目を剥いた。
「……スマホで写真撮ったらいいんじゃないの?」
「あー……でも先生にスマホ禁止って怒られたの」
春海はぷくっと膨れて告げた。
「変なの。タッチパネルやパソコンとスマホって変わらなくない? どっちも文明機器じゃない」
「あー……」
一応シャーペンとレポート用紙を貸してあげたけれど、彼女はこの授業が身についたんだろうか。私は単純に授業の内容を手で書いたほうが覚えやすいからそれでいいんだけれど、彼女が覚えられるかどうかは未知数だ。
私は首をひたすら捻りながら、彼女と初めてしゃべったのだった。
****
「今時いたんだねえ……あなた色に染まりますってタイプの人」
バイト先でなにげなく彼女の話題を向けたら、一緒にバイトしている主婦に笑われてしまった。
「そうなんですか?」
「平成の頃にはまだいたけどねえ。あの時代目力って感じで目を盛るのが流行っていたけれど、その化粧がくどくて濃いって好きな人から言われた途端に、盛るのを止めたとかよくあったよ」
そう言って教えてくれた歌手の名前は、私でも知っている人だった。
「なるほど……」
「今は自分の好き最優先で、そこまで彼氏好みの化粧する子なんていないけどねえ」
私は春海のことを思った。
どうして彼女はそこまで化けるのか、どうして彼女はそこまで毎月彼氏が変わるのか。彼女のことはちっとも知らないし理解もできないけれど、私の関心を少しだけ広げてくれたのはたしかだった。
デニムにトレーナー。鞄は大きめ。私の格好は基本的に男子大学生とほぼ変わらない。
化粧はバイト先の制服が汚れない程度に薄く、髪はひとつに結んでいた。
大学に行きたくて行った訳でなく、地元だと大卒でなかったら就職先がほぼないという困った状態だったがために、選択肢がなかったのだ。それでも大学に入った以上は真面目に勉強しようと、できる限り真面目に授業を選んで履修し、放課後は図書館で勉強するかバイトに行くかと、ごくごく真面目で面白みのない大学生活を送っていると思う。
初めて出会った春海は、入学式になぜか振り袖を着て登場して、周りを唖然とさせていた。
たしかに大学の入学式案内には正装で来るべしと書いてあった。さすがにデニムにシャツなんて格好では駄目だろうと、入学式と就活用にスーツを買った私からしてみれば、彼女の訳のわからなさに口を開けていた。
そもそも振り袖なんて、今時は成人式でしか着ないし、多くても身内の式や正月くらいのものだろう。
普通であったら「世間知らず」「考えなし」と陰口をたたかれ、あっという間に大学で浮いた存在になったのだろうけれど、彼女は有無を言わせない神々しさを、そのときから持っていた。
彼女の近くに着席していた私は、彼女が身じろぎするたびにシャランシャランと音を奏でる簪の音を聞いていた。
この場違いな彼女と長い付き合いになるなんて、当時の私は思ってもいなかったのだ。
春海は入学式振り袖騒動であっという間に有名人になり、告白されるようになった。そのときから、彼女は毎月彼氏が変わった。
最初に必修授業で出会った彼女は、やたらとふんわりとしたワンピースを着ていたというのに、彼氏ができた途端にデニムに幾何学ラインのトレーナー姿に切り替わり、髪だってストレートだったのが巻きはじめて驚いた。
彼女は彼氏が変わるたびに、化粧も髪型も服装さえも変えてしまう性分だったのだ。
たまたま必修で隣同士になったとき、「ごめんね、シャーペン持ってる?」と尋ねられて、私は少し驚いた。
彼女が持ってきた鞄は小さく、レポート用紙はもちろんのこと、筆記用具ひとつ入らなそうな大きさであった。入るとしたら、財布とスマホ、化粧ポーチくらいのものだろうか。
今時授業が手書きのことは少なく、タッチパネルで打ち込んだり、パソコンを持ち込む子だっているのに、なにを考えているんだろうと思わず目を剥いた。
「……スマホで写真撮ったらいいんじゃないの?」
「あー……でも先生にスマホ禁止って怒られたの」
春海はぷくっと膨れて告げた。
「変なの。タッチパネルやパソコンとスマホって変わらなくない? どっちも文明機器じゃない」
「あー……」
一応シャーペンとレポート用紙を貸してあげたけれど、彼女はこの授業が身についたんだろうか。私は単純に授業の内容を手で書いたほうが覚えやすいからそれでいいんだけれど、彼女が覚えられるかどうかは未知数だ。
私は首をひたすら捻りながら、彼女と初めてしゃべったのだった。
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「今時いたんだねえ……あなた色に染まりますってタイプの人」
バイト先でなにげなく彼女の話題を向けたら、一緒にバイトしている主婦に笑われてしまった。
「そうなんですか?」
「平成の頃にはまだいたけどねえ。あの時代目力って感じで目を盛るのが流行っていたけれど、その化粧がくどくて濃いって好きな人から言われた途端に、盛るのを止めたとかよくあったよ」
そう言って教えてくれた歌手の名前は、私でも知っている人だった。
「なるほど……」
「今は自分の好き最優先で、そこまで彼氏好みの化粧する子なんていないけどねえ」
私は春海のことを思った。
どうして彼女はそこまで化けるのか、どうして彼女はそこまで毎月彼氏が変わるのか。彼女のことはちっとも知らないし理解もできないけれど、私の関心を少しだけ広げてくれたのはたしかだった。