僕は、母に連れられて小学生の頃まで研究所に出入りしていた。中学に上がる頃には流石に機密事項があるからと部外者の立ち入りは禁止されていたけれど、親譲りの好奇心と知識で、幼い頃からある程度理解はしていた。
 人体に関する数多の研究と、それに附随した苦痛を和らげたり命をコントロール出来る薬の研究、遺体を海の底に沈めておけるゆりかご。

 そう、少し考えればわかることだ。あんな短期間で、あんな劣悪な環境で、必要なあれこれを作成出来るはずがない。
 計画の説明映像なんて、用意している場合ではなかっただろう。
 恐らく『ゆりかご計画』は、僕が幼い頃から隕石なんか関係なしに計画されていたのだ。

「母さんは、何のためにこんな研究を……?」

 安らかな死が希望となるのはあんな世界だったからで、そうでもないのに眠るように死ねる薬を作っていた母。常に優しく時に厳しく女手一つで僕を育ててくれた、大好きな母。その二つの像が上手く噛み合わず、心が理解を拒絶する。
 これが漫画や映画なら、断片的な情報から推理をし、真実を探しにいくものだろう。
 けれど、手元にあるのは電池が残り僅かなスマートフォンと、死に至る薬と、いつ明けるとも知れない果てのない暗闇だけ。

「……はは、もう、どうでもいいか」

 答えを今更知った所で、もう誰も居ないのだ。もう、何も意味がない。

「母さん、今、僕もそっちに行くから……」

 天国という所があるのなら、そこで話を聞ければ良い。そんな夢物語を想像して、最期の最期まで希望を捨てきれないことに絶望する。何度裏切られても、何度失意の底に沈んでも、結局人は、死の間際まで一欠片の希望を諦められないのだろう。

 そうして全てに疲れ果てて、僕は今度こそ目覚めることがないようにと、仄かな希望を込めてその薬を口にした。



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