「おはようございます。母上様。」
まだ日が昇って間もない初夏の朝、今日から私の通う学校・ひふみ学園は夏休みだ。
ひふみ学園は元々あやかしのために作られた学校なのだが今では花嫁と選ばれたく入学する人間も増えている。学費が高いのにも関わらずなれるかもわからない花嫁のために入学させる親も中々すごいと思う。またごく少数だがあやかしに選ばれた花嫁も通っている。その人数を見るからにどれほど選ばれる確率が低いか思い知らされる。
「遅いわよ、巫世。美斗達が起きてくる前に早く朝ごはんの準備とかをしなさい。あんたにはそれくらいしかできないのだから。」
(まったく、こんなに財力もあって使用人もごまんと居るのだから使用人に用意させればいいのに)
その様子を見ていた使用人は焦ったように行動し始めた
「お、奥様、お食事は私たち使用人がご用意致しますので‥お嬢様にやらせるなど滅相もございません」
「いいのよ。失敗作の巫世にはこれくらいさせておかないと」
使用人たちはどうしたものかと私の方をちらちらみて様子を伺っていた。
「使用人の皆さん、心配いりません。私1人でできますので、屋敷の掃除などを行なっていてください。」
その一言でやっと動き出してくれた。未練がましく見えるとこもあるが。
「巫世、あんたもぼけーっと立ってないで早く準備しなさい。あんたのせいで斎龍寺家の名が廃るわ。」
「はい‥母上様」
巫世は母に言われるがままに手を動かした。反抗しても無駄だと分かりきっていたからだ。本来ならばこれは彼女の行う仕事ではない。しかしこれは斎龍寺家の決まりだった。準備し始めて一時間一つの霊力を感じた。可愛い容姿をしているのにも関わらず強い霊力を放つ少女が扉の前に立っていた。
「おはようございます、母上」
「あら!美斗、おはよう。よく眠れたかしら?」
「ええ!ぐっすりと眠れました!」
ふわふわしてる肩まである銀髪にサファイア色の目をしている誰が見たって容姿端麗な彼女こそが血を分けた私の妹だった。
「あ、お姉ちゃん。おはよう」朝から朝食の準備で手を汚している私を見て美斗は情けをかけるような目をしていた。
「美斗、挨拶なんてしなくていいわ。さ、席につきなさい」
「はーい!」上機嫌で席に座る妹は姉が見てもため息が出るほど可愛かった。
食卓にご飯を並べているとさっきとは比べ物にならないほど強い霊力を感じた。その瞬間、私は背筋を伸ばし緊張し顔を強張らせていた。
「おはよう、美斗、紗和。」自身の妻と娘の顔を見て微笑む彼は誰が見てもカッコよくて家族思いの父親と思えるだろう。
「おはようございます、悠人様」
「おはようございます!父上!」
母上様でさえも敬語を使う彼こそがあやかしNo.2・斎龍寺家の19代目当主・斎龍寺悠人で巫世の父であった。
母と妹に優しく微笑んだ後私の方を冷たい目で見た。
「お、おはよう御座います。父上様」
瞳の奥の冷たい目に私を映した後吐きつけるように言った。
「お前に父と呼ばれる筋合いはない」
ビクッと背中が震える。母と美斗のくすくす笑う声が聞こえてくる。
「も、申し訳御座いませんでした。当主様」
そう吐きつけて私は部屋を飛び出した。

そう、これが私の家族だった。娘を忌み嫌い娘とも思っていない父。こんな私を産んだことを恥だと思いちっとも愛してくれない母。愛されていない姉を見て面白がり姉に嫌がらせをする妹。あとは現在後継修行に出ている兄。兄とはほとんど面識がなかった。こんな中で育った私はもう、今年で18歳となる。



斎龍寺巫世。
彼女は斎龍寺家の本家の長女で紛れもなく当主とその妻の間の子供だった。
あやかしにはそれぞれその家によって異なる霊力を持っている。家の位によりその能力の強さは異なるがあやかしの中で2番目に強い斎龍寺家は強い霊力を持っていた。そんな家の本家に生まれた巫世だったが生まれつき霊力を持っていなかった。これはあやかしの長い歴史の中でもなかったことで経済的にも上にある斎龍寺家にとってあってはならないことだった。
それに巫世は斎龍寺家の象徴と言っては過言ではない銀髪とサファイア色の目をしていなかった。巫世の容姿はあやかしを感じる整いはあるが黒髪に透明度のある黒色の瞳をしていて人間とほぼ変わらないような容姿をしていた。しかし下位のあやかしが巫世を見ると強い霊力を感じるというのであやかしでない。というわけではなかった。そんなこんなで巫世は斎龍寺家では忌み嫌われており、自身の父からは通り字である斗の漢字でさえも入れてもらえなかった。これは巫世を斎龍寺本家の娘と見ていないことを意味した。このことは斎龍寺家ならみんなが知ることで巫世は本家の血を引いていながらも分家のもの達からも下に見られていた。先ほど言ったように下位のあやかしならば巫世の霊力を感じるが誰も斎龍寺本家の娘とは思わなかった。だから社交界などでは斎龍寺家の分家のそのまた分家の人間と当主の子で人間の血を多く引きすぎた。ということになっている。流石に公共の場では仲睦まじい雰囲気でいてくれていた。そんな巫世はあやかしにも人間にもできないことができていた。それは天気を操れることと動物と話せることだった。幼い頃は霊力だと思っていたが斎龍寺本家の霊力は青い炎を変幻自在に扱うことと相手の目をくらませることなので霊力ではないということを理解した。巫世はこのことを斎龍寺家には言っていなかった。これを知ったら利用されるかも知れないと考えていたからだ。本家の娘であるが巫世はこのような冷遇を受けていた。


「巫世様、お食事をご用意致しましたよ」ニコッと微笑み私の部屋に食事を運んできた着物がよく似合う綺麗な女性。この家で唯一の巫世の味方である人物。
「伊世、ありがとう。いつもごめんね」
「いえいえ、巫世様のためなら何なりと」
伊世。
彼女は斎龍寺家の分家のそのまた分家の出の女性で巫世の専属侍女をしていた。これは巫世の父達が決めたことではなく、巫世が生まれたときに進んで伊世が立候補したのだ。また名前もつけられず放っておかれた巫世に名前を付けたのは伊世であった。なので巫世には伊世と同じように世という漢字が入っていた。彼女は巫世のことを家族に代わって深く愛し、尊敬していた。そして巫世の秘密を知る唯一の人物でもある。

「あ、そうだ。巫世様、明日はあやかしと人間合同で社交界を行うそうですよ。当主様から斎龍寺本家の恥にならないよう上等な準備をしておけと申しつられました。おそらく鬼崎門本家が参加するため巫世様は当主様方と共にすることとなると思います。もちろん私もついて行きますのでご心配なく」
鬼崎門家は分家はそうとは言えないが本家の人たちは嘘を見抜ける能力を持っている。だから私を分家のそのまた分家と通すことができないのであろう。
「分かった。教えてくれてありがとう伊世。では早速着ていく着物などを決めなくてはね」
「はい、当主様がいろんな着物を用意してくださりましたよ」
用意された着物を見るとすごく煌びやかで斎龍寺の財力を語るものだった。まあでも美斗の着物の方が豪華であろう。でもこの着物でも私には勿体無いくらいだ。
「父上様の口から直接この話を聞きたかったな‥」
「巫世様‥」
斎龍寺家にとって大切なことを直接言われないのは巫世に寂しさを与えた。冷たい声色でもいいから巫世は直接話してほしかった。でないとどんどん自分が愛されない、必要のない存在だと思い知らされてしまうから。
「さ、早くどれにするか決めましょ」
「はい、巫世様。」
色は暖色系から寒色系まで様々な色があり、模様も牡丹や椿といろんな花が彩られていた。
「巫世様の髪色と瞳の色に合わせるならこの赤い牡丹の花が似合いますね!」
「でも斎龍寺家らしさを取り入れて水色や薄紫の着物もいいですね!」
私に着物をあてて目を輝かせている伊世は私より年上だとは思えないほど可愛かった。さすがあやかしである。一応私もあやかしであるはずなのだが‥
一通り着物を試したところ水色と白のグラデーションになっていて青い椿が入っている着物に決めた。
「巫世様、すごく似合っています!帯はどうしますか?」
「寒色系の着物だし、寒色で合わせたいから紫に蝶の模様が入っているこの帯はどうかな?」
「いいですね!着物とも釣り合いがとれています!」
こうして私の着物は決まった。ちなみに髪飾りはいらないと言ったのだが伊世によって強制的に水色の桔梗の花の髪飾りを付けることとなった。
「ありがとう、伊世。伊世のおかげでいい着物が選べたよ」
「いえいえ、せっかく巫世様はお綺麗なのですからいい着物を選ばなくては」
ほんとに伊世はいい人だな…
「ありがとう。じゃあ次は伊世の着物を選ぶ番ね」
「え!私のことなどお構いなく!」
「いつもお世話になってるしこれくらいはさせて。それに斎龍寺家の恥にならないように上等の準備を、と言われたのでしょう?なら伊世も良い着物を着なくては」
「巫世様…」
伊世は目をうるうるさせ今にも泣きそうだった。
「さて、では早く決めなくてはね。」
そう言ったものの巫世は迷っていた。おそらく巫世より良い着物にしてしまうと父は許さないだろう。それに何より‥伊世が綺麗すぎることもあった。もちろん容姿で美斗や母を上回ることはないが伊世だって斎龍寺家のあやかしだ。今は動きやすいようにと髪を束ねお団子にしているがおろせばそれは綺麗な白っぽい髪をしていた。
「う〜ん。迷うね。伊世は綺麗だからな〜」
「巫世様、そこまで真剣に考えなくても大丈夫ですからね」
伊世は遠慮がちだったが巫世は今までお世話になっているのだからできるだけ綺麗にしてあげたいと思っていた。
巫世の時よりも時間が経って決まったのは桃色の生地に白百合が彩られている着物に赤い牡丹の帯、そしてアクセントに水色の百合の髪飾りだった。白百合が伊世にとてもよく似合っていた。
「うん!いい感じ!」
「巫世様、選んでくださりありがとう御座います。明日が楽しみですね」
「うん、楽しみね。初めて本家の娘として社交界に出れる気がする。」
「それに明日は初めて鬼崎門様とご一緒する社交界では?」
「たしかにそうね」
今まで私が出た社交界では鬼崎門家と一緒になったことはない。どうやら1番偉いあやかしと2番目に偉いあやかしはそれぞれ別の場所で社交界を行うそうだ。巫世は明日を楽しみにしていた。偽りでも家族と社交界に出れることもそうだが何より巫世は鬼崎門家の者に会ったことがなかった。明日は鬼崎門家の当主とその跡取り・鬼崎門冬夜に会えることは巫世を何よりも楽しみにさせた。



当日の朝、私は初めて早く起きることなく家族と共に食事をした。
「巫世、今日は失言は一言たりとも許さないぞ。絶対に斎龍寺家の名に恥じない行動をするんだ」
「はい、わかりました。当主様。」
「今日ばかりは父と呼ぶことを許す。」
その瞬間巫世の心に喜びが走った。言われたことはきついことだったが巫世は生まれて初めて父親に名前で呼ばれたのだ。
「えー父上。ほんとに連れてくの?美斗やだよ。」
「仕方ないだろ。鬼崎門が来るのだから。社交界では仲の良い姉妹でいてくれ」
「そうよ、美斗。少しの間だけでいいからね。」
美斗は私が来ることに不満を抱いているようだった。それもそうだろう。今まで私は娘と扱われていなかったし美斗と一緒に社交界に出ることもなかったのだから。全く、父と母が甘やかして育てたせいでとんだわがままお嬢様になってしまった。
「巫世、準備に時間がかかるだろう。早く準備をしてきなさい」
「わかりました父上。では失礼いたします」
やっとだ。正直私もあそこにいるのは居心地が悪かった。何よりも社交界が楽しみでしかたなかった。
「伊世!早く準備をしましょう!」
部屋に入るとすでに着物に身を包んだ美しすぎる伊世がいた。
「わあ、伊世綺麗‥」
「ふふ、ありがとうございます。さ、巫世様も早く準備をしましょう」
そう言って伊世はテキパキと手を動かしあっという間に私に着物を着せてくれた。なんと伊世はメイクまでしてくれ私はいっきに人間らしさのあった容姿から綺麗なあやかしの容姿になった。
「巫世様、お綺麗ですよ」
「す、すごい!別人みたい!」
「巫世様は元々お綺麗なのですから少しメイクをすればあっという間に誰よりも美しくなりますよ」
誰よりもは大袈裟だと思うがこの顔なら斎龍寺家の娘と言えるくらい整えられていた。
「巫世様、そろそろ行きましょうか」
「うん、伊世。変じゃないかな?ちゃんと綺麗?」
「はい、とてもお綺麗ですよ。きっと当主様方も驚かれます。」
伊世に言われるとそうな気がしてくる。
玄関に行くとすでに父達が待っていた。美斗は赤に薔薇が彩られている振袖を着ていて姉妹でも見惚れてしまうほど可愛かった。しかし伊世が念入りに準備してくれたのだ。私もそこそこだろうと心の中で威張っていた。父は私を見て少し目を見開いていたがすぐに伊世の方に目をそらしてしまった。
「伊世殿、何も言ってなかったのにこのような上等な準備をしてくるとは流石斎龍寺家の者だ。」
「お褒め頂きありがとうございます。」
巫世は嘘でも何か言ってくれるだろうと信じていた。期待していたのだ。今日くらいは自分のことを見てくれるだろうと。
「巫世、何をしている。早く乗りなさい」
いつのまにか父達は車に乗っていた。そこで巫世は車に乗るのを躊躇った。巫世は斎龍寺家の本家のみが乗れる送迎車に乗るのは初めてだった。だからこんな私が乗っていいのか疑問に思ったのだ。
「巫世様、早くお乗りください」
伊世に言われると自然と体が動いた。巫世が乗ったことを確認すると車が動き出した。
「当主様、場所は諸星ホテルでよろしいですか?」
「ああ、そうだ。鬼崎門より早く着きたい。なるべく早くお願いする」
「かしこまりました」
諸星ホテル。金持ちでも簡単には貸切にはできないと言われているホテルだ。話で聞くには今回鬼崎門家が貸切主催したそうだ。全く恐ろしい財力だ。巫世の家もかなりの財力はあるが巫世は贅沢な暮らしをさせてもらえてないので諸星ホテルに行けるということに胸が高鳴った。
「ご到着しました。いってらっしゃいませ」
運転手さんに見送られ私はついに諸星ホテルのエントランスまできた。エントランスだけでも豪華なのだ、絶対会場も豪勢なことだろう。
「斎龍寺様のご到着です!」
部屋中に響き渡る大きな声で案内人が言った。
「まあ、あれが斎龍寺家ですか?」
「美斗様のなんと可愛らしいことでしょう」
「悠人様も奥様の紗和様もお綺麗だわ〜」
父上達が入ったとたんその場にいたあやかしも人間も一斉に振り返った。
「でも当主様のお隣にいらしている黒髪の令嬢はどなたでしょう」
「初めて見る顔だわ」
「でもすごくお綺麗よ」
やはり巫世のことを知る者はいなかった。でもそれでいいと思った。鬼崎門の人に会えればいいと。
「鬼崎門様のご到着です!!」
さっきよりも大きな声が部屋に響いた。それと同時に人間の叫ぶような声が聞こえた。
「きゃああああああああ。何⁉︎あの顔面!これでご飯を食べられるわ」などなど。
まあ、あやかしは綺麗な顔面に見慣れているのでそこまで大袈裟な反応は示していなかった。
「相変わらず冬夜様はお綺麗ね。そういえば花嫁様は見つかったの?」
「まだらしいですよ」
「あら、なら私の娘を婚約者として差し出そうかしら」などと話していた。
「そういえば、蓮夜様は?」
「あちらで斎龍寺様とお話していますよ」
その声に父上のことを探した。そしたらいつの間にか父上達は鬼崎門家の当主・鬼崎門蓮夜と話していた。
「巫世様、私たちもそろそろ行きましょうか」
「伊世、そうね。いつのまにか父上たちにおいてかれてる。」
斎龍寺の名に恥じぬようにと言われたので走らないように気をつけてなお早く父上の元に行った。
「ん?初めて見る子だねえ。悠斗、この子は?」
「ああ、私の娘…美斗の姉の巫世だ」
父上にしては頑張った笑顔だと思う。
「斎龍寺巫世です。この度はお会いできて嬉しゅう御座います。以後、お見知り置きを」
「へえ、悠斗の娘にしてはすごく愛想がいいね。しかも教養もばっちりだ。」
「一言余計だ」
鬼崎門の当主はこんなにもふわふわしている人なのかと思った。それと同時に母上と美斗から送られる視線が怖い。
「じゃあ僕は他の人にも挨拶して回るからこれで失礼するよ。またね、巫世ちゃん」
また会うことなんてあるだろうか。私はこれで最後だと思っていた。それにしても綺麗な人だったな。
「巫世、言葉に気をつけろと言っただろう」冷徹な言葉が降ってきた。
「で、でも父上に言われた言葉をそのまま述べただけです」
「ならなぜあんなに気に入られている」
「そんなの知りません」
「お姉ちゃんだけ変だよ!」ついには美斗にまで言われてしまったそのとき
「取り込み中失礼します。私、冬夜様の秘書の氷鬼と申します。冬夜様が娘さんとお二人で話したいとおっしゃっておりましたので参りました。」
鬼崎門冬夜が?しかし巫世は自分ではないことは分かりきっていたので関係ないふりをしていた。
「冬夜様が?」
「美斗やったわね!もしかしたら良い知らせかも」
「え!冬夜様の花嫁になれるの⁉︎」
美斗たちが喜んでいるのも束の間、冬夜の秘書–氷鬼が衝撃の一言を発した。
「いいえ。そちらの令嬢ではありません。黒髪の方の令嬢です。」
その瞬間、雷が走ったかのように場が凍りついた。巫世はこれ以上父たちの機嫌を損ねさせたくなかったので嘘であることを願っていた。
「なんでお姉ちゃんなの⁉︎」
「そうよ、いくらなんでもおかしいわ。巫世、あなた何をしたの?」
「わ、私は何も…」
ぎゃあぎゃあ口論している巫世たちに氷鬼は声のトーンを下げて苛立ちを覚えさせるような口調で言った。
「冬夜様の命令です。いくら斎龍寺家でも逆らえないお立場だと思いますが?」
その途端母も父も静まり返った。美斗だけが何か言おうとしたが父によって止められた。その様子を確認した氷鬼は私の方に寄ってきた。
「冬夜様がお待ちです。ご一緒願えますか?」
「は、はい。」
当然巫世には逆らうことなどできないので行くしかなかった。
「私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あなたは?」
「巫世様の侍女をさせていただいております。伊世と申します。斎龍寺家の分家のそのまた分家の出で御座います」
「まあ先ほどのものたちよりは話が通りそうだ。どうぞご自由に」
「ありがとうございます。では巫世様、参りましょう」
いまだに状況に追いつけていない巫世だがとにかく氷鬼の後を追うことにした。
「こちらです。この中に冬夜様がいらっしゃいます。伊世殿と私はここでお待ちしています。冬夜様が呼んだら伊世殿も入って良いですよ」
そう言って氷鬼と伊世は扉の前から少し離れてしまった。巫世は緊張が解けず絞り出して出た声は震えていた。
「お初にお目にかかります。み、巫世と申します。」
我ながら情けない声で恥ずかしさが先立ってしまった。巫世の声に20歳くらいであろう男性が振り返る。漆黒の髪に赤い瞳。先ほどは少ししか見れなかったが改まってみるととてつもないかっこよさだった。今思えば蓮夜様もとても綺麗な人だった。
「お話があるとお聞きしましたがなんでしょうか」
冬夜様は私のことをじっくりと見てから微笑んで確かにこう言ったのだ。
「俺の花嫁になってくれ」