首輪には絶対遵守の力が備わっていた。
だが、それはあくまで肉体的なものであり、精神には影響を及ぼさない。
それ故に、シスリーは堕ちても自我を失うことはなかった。
「なんで……」
――なんでこんな事をするのですか?
口に出すことさえ許されなかった言葉。
身体は動かない。
手も足も瞬き一つさえ、ままならない。
「貴方のような平民風情が私の邪魔をするなんて許されない事。これは罰よ。罪は償わないと。今日から貴方は私の奴隷。私のために尽くし、私のために動きなさい。分かったら、返事しなさい」
「………ハイ」
愉悦に浸りきった表情を浮かべて。命令を下す王女に、シスリーは首を縦に振って、無機質に返事した。
その胸の内は如何なるものか。
☆★☆
基本的に王女はずっとシスリーを傍に置き、身の回りの世話をさせていた。
平民の彼女に城での立ち振る舞いなど赤子同然。
そのような役割を務めることは、うまく行くはずもなく、手助けしてくれる者もいなかった。
『王女の毒殺を企んだ悪女』としてのレッテルを貼られているシスリーへの周囲の視線は冷ややかだった。
裏で影口を叩く者、中には直接面と向かって暴言を吐く者もいたが、いくら言われても無反応で素っ気ないシスリーの態度は、さらに怒りを買った。
――私が何をしたって言うの? グレン……助けて……
心が捻じ切れそうで、発狂しかけていたシスリーが、ギリギリ持ちこたえていたのは、心の拠り所があったから。
毎日、毎日。
勇者の名前を念仏のように唱えて、救いを求めていた。
そんな日々を過ごす中で、シスリーは王女が最近どうも様子がおかしいのを何となく感じ始めていた。
ソワソワしていて落ち着きがない。
そしてその訳は王女自身が自慢げにシスリーに話した。
「これが何か分かるかしら? シスリー」
見せられたのは、二つの指輪。
片方は真紅に染まりきり、片方はどす黒く漆黒に染まっていた。
王女曰く、この指輪は二つで一セットであり、何よりもその特徴はーー。
「想いを伝え合う素晴らしい指輪! 指輪をつけてもらえば、互いの気持ちを! 私の愛を! 誰よりも理解してもらえる。まさに私にうってつけの宝石だわ。共鳴! コレこそ私が求めたもの! あの方に……あぁ彼が私の所有物になる事を想像しただけで、胸が高鳴るわ!」
(………悪魔)
狂っている。
シスリーはこの時、王女が人間に見えなくなった。