その首輪は俗に言う『奴隷堕ち』を強制させるモノだった。
本人の意思とは関係なく、首輪の持ち主の命令に強制的に服従させる、倫理に反する禁忌の小道具。
シスリーから意思が剝奪される前、彼女が最後に自分の意思で発した言葉は「なんで……?」という間の抜けた声だった。
☆★☆
半年後。
勇者は『シスリーが自白した』という一報を受けて、血相を変えて城に乗り込んだ。
再び謁見の場。
室内に一歩足を踏み入れて勇者は心底驚愕した。
玉座には王ではなく王女が座っており、その隣にはシスリーが控えていたからだ。
久しぶりに彼女の姿を目にした勇者は、まず彼女の服装に違和感を抱いた。
侍女と同じ制服姿で、風の噂で聞いていた地下牢の劣悪環境など微塵も匂わさない血色がよい彼女。
とりあえずは彼女が元気そうな姿に胸をなでおろしたが、いくつか引っ掛かるものが。
『違和感』
シスリーの首元に巻かれた黒いチョーカー。
どこか既視感があり、心がひどく掻き立てられるものがあった。
『違和感』は他にも。
何度も彼女に視線を送るが、シスリーは行儀よく両手を前に組み、ただ王女の方に無の表情で視線を送るばかりで、勇者には一度も目を合わせてくれない。
――何故だ。何故、シスリーは俺に目を合わせてくれない。………何故だ――?
サァ――――と全身から血の気が引いていく。
王女は勇者に「それでは」と切り出して、シスリーを一歩前に出るように促した。
そこでようやくシスリーは首を縦に振って、勇者の方に向き直り――ポツポツと自供を始めた。
自分が王女に毒を盛った事。
動機はない。
魔が差した、と。
『違和感』
まるで淡々と他人事のように話すシスリー。
その姿に、勇者は今自分の前に居るのが、シスリーではない誰か別人であるように思えたが、それを口にすることは躊躇われた。
勇者の中で積み重り、膨れ上がり今にも破裂しそうな『違和感』が、激しく彼に警告を出したが、それを口にすることは、破滅を予感させたからだ。
しかし、彼はたとえそれが破滅への道だとしても、言うべきだと決心するより一足早く、勇者の決意を打ち消すが如く、王女は行動に出た。
ただ、シスリーと勇者を交互に視線を送って相槌をうつだけだった王女は、頃合いを見計らうように、咳ばらいをして玉座から立ち上がり、放心状態の勇者に歩み寄り、彼の頬に手を添えて、慈愛に溢れる聖母のように、勇者に対し、『楔』を打ち込んだ。
——最小の罰と貴方様の愛をもって、彼女の大罪を赦しましょう。