「なんて事だ…」
書類を読み終えて、勇者は後悔し、自分の意思の弱さを呪った。
全ては王女の企みだった。
シスリーが意思を剥奪され人の扱いを受けていない事。
指輪は原理は分からないが、自分の位置を補足する能力を有している事。
そして、このままフルーガと共に城に行けば、シスリーと同じ目に遭う予定になっていた事。
シスリーはあの時、自分を無視したのではない。
無視させられていたのだ。
そして、嘘の告白を無理矢理させられて………。
自分が感じた『違和感』の正体はこれか。
「クソがッ!」
あまりにも醜い。そして愚かだ。
王女も。そして薄々分かっていながらも行動に移さなかった自分も。
心のどこかで否定していた自分を殴りたい。
あの時、シスリーの手を引っ張って、逃げるべきだったんだ。
自分は今までこんな奴らの為に魔物と……。
何が『弱き者を助ける』だ。
助けるべきはシスリーだった。
「あアァァァああああアアアあァァあああ!!」
頭をガンガンと壁に打ち付け、流血してもそんな事は勇者にはどうでも良かった。
小屋に籠ってる場合では無くなった。
「……シスリー……ごめんな。今…迎えに……行くよ」
憎悪と悲哀に侵食された目は、闇に染めあげられていた。
☆★☆
後にこの後起こる出来事は、歴史書にこう記されている。
――強気を挫き、弱気を助ける。
心優しき隻腕の勇者の信念は、民から尊敬の念を浴びて止まず、次期国王とも噂されていた。
また、勇者は非常に容姿に優れ、高慢でプライドが高いと言われた『悪魔』マリア王女の心さえ掴んだ。
が、勇者グレンは王女からの申し出を断った事により、彼女の自尊心は大きく傷つけられ、彼の信念は揺らぐことになる。
マリア王女は、『勇者を我が物にする』という私欲のために、勇者の恋人で会った薬師シスリーに王女毒殺という濡れ衣を着せ、牢に入れた。
そして、人の理に外れた『奴隷堕ちの首輪』をシスリーに嵌め、嘘の自供をさせた。
グレンは失意の最中だったが、当時魔物の侵攻は凄まじく、勇者は魔物討伐に赴くことになる。
道中、魔物討伐する彼だが、助けられた者もいれば助けられ無かった者もいた。
助けられなかった者の中には、怒りの矛先を勇者に向け、数々の誹謗中傷を受けた勇者は、一度行方をくらまし、世俗を絶った。
だが、マリア王女はそんな彼の元に遣いを送り、もう一度彼にプロポーズする面持ちであり、拒否されれば、シスリーを解放する条件を婚姻との引き合いに出す、はずだった。
——マリア王女の思惑は叶うことは無い。
勇者は遣いと揉め、そのまま殺害。
遣いが所持していたマリア王女の指令書を読んだ勇者は激怒したという。
勇者はシスリーを救うべく、人を辞めた。
穢れた魔物の上位種である魔族と盃を交わし、勇者は魔族の血を受け入れ一員となった。
——欠けた腕は再生して、人であった時よりも、数倍数十倍の力を手にし、それまで難攻不落だった城を単身で奇襲し、シスリーの身柄を抑え、亡命を図ろうとした。
しかし、すんでのところで、追手の兵士による無数の弾丸を被弾し、絶命。
死ぬ間際までシスリーに謝り続け、彼女を同胞の魔族に託したというが、薬師シスリーのその後は不明。
勇者という象徴を失ったガリア王国に関しては、統制が取れず、勇者の死後から半年で、ハーマン帝国の侵略を受け滅亡。
マリア王女含め王族は全員処刑されて、今に至る。