「蘭姫が屋敷に?」
 撫子と想いが通じ合った後、桜河は遅めの夕食を居間でとっていた。
 口づけを交わし理性が壊れそうだったが勉強で疲れている撫子に無理はさせたくないとそっと離れベッドに寝かしつけた。
 撫子も気持ちを伝えられてほっとしたのか布団に入るとすぐ眠りについた。
 最後に額に口づけて部屋を出た桜河はよく襲わず我慢出来たと自分で自分を褒めたいくらいだった。
 幸せな時間も束の間、撫子のお世話係の百合乃から留守の間の出来事を聞き眉を細めた。
 「撫子様に自分こそが花嫁に相応しいなどと仰ったようで……」
 撫子至上主義の百合乃は相談された時の撫子の表情を思い出したのか悔しそうに顔を歪めていた。
 桜河も昔から変わらない蘭姫の性格に頭を悩ませていた。
 会うたび桜河に腕を絡ませてきたり胸に身を寄せたりしてくる。
 振り払っても無理矢理引き剥がしても全くめげない。
 撫子が花嫁に選ばれてからは人間界にいる時間が増えた為会うことも無かったがまさか屋敷にまで来るとは想定していなかった。
 撫子は蘭姫に会ったと言っていなかったがおそらく蘭姫の言葉に傷ついただろう。
 傍にいれば守れたのにとどうしようもない後悔と怒りが桜我を支配する。
 「桐斗に文を書く。準備を頼む」
 「かしこまりました!」
 まずは己の妹が自分の花嫁に無礼をしたとの報告をする為、桐斗に文を送りつけることにした桜河。
 桜河の反撃に百合乃は心の中でガッツポーズをしながら文を書く準備の為足取り軽く部屋を出て行った。

 翌朝。
 撫子は桜河と共に朝食を食べていると驚きの事実を聞かされる。
 「花の神様と蘭姫様が明日屋敷に来られるのですか……!?」
 「ああ」
 思わぬ来客の訪問予定に目を丸くする撫子。
 最初に蘭姫の件で手紙を送ったと聞いた時は自分は怒ったりしていないから大丈夫だと伝えたが、こういうのはしっかりと分からせた方が良いと言われた。
 しかもすでに花の神である桐斗から返事の手紙も今朝届き、花嫁に蘭姫と共に謝罪したいという旨が書かれていたそうで断ることも出来ない。
 (昨晩送った手紙がもう天界に届いたなんて……。これも神様の力なのかな?)
 驚きの連続で頭の処理が追いつかない。
 初めて桜河以外の神様と会うというのも今から緊張してしまう。
 両親が亡くなる前に少しだけ基礎的な立ち居振る舞いを教えてもらったが養子になってからは使用人扱いだった為、現在は使い物にならないだろう。
 ちゃんとした振る舞いが出来るか不安になる。
 それが表情に出ていたのか安心させるように桜河が微笑んだ。
 「撫子の傍に俺もいるから何があっても大丈夫だ」
 「は、はい。ありがとうございます」
 撫子は気持ちを落ち着かせるようにお茶を一口飲んだのだった。

 翌日。
 今日は屋敷に花の神、桐斗と妹の蘭姫が来る。
 撫子は朝からそわそわしていた。
 二人に失礼がないように気をつけなければと思いながら身支度をする。
 (桐斗様は謝罪したいと仰っているようだけど私は怒ったりしていないし、それも伝えられたらいいな……)
 そんなことを考えていると襖の外から声がかかる。
 「撫子、入っても良いか?」
 「は、はい!」
 ちょうど身支度が終わったタイミングだったので返事をして桜河を招き入れる。
  「おはよう」
 部屋に入るやいなや撫子を抱きしめ頬にキスをした。
  「ひゃっ」
 腕の中で体を小さく跳ねさせる撫子を見て愛おしそうに微笑む桜河。
 想いが通じ合った日からさらに桜河の溺愛が増していった。
 執務が無いときは片時も傍を離れない。
 撫子が勉強をすると言うと桜河が先生になり家庭教師のように隣に座り優しく丁寧に教える。
 当初撫子に教えていた百合乃はその役割が桜河と変わってしまい少し、いやかなりしょんぼりとしていた。
 最初は距離の近さに緊張していた撫子も桜河に相応しい花嫁になるという誓いを果たしたいと集中して勉強に励んだ。
 撫子に触れる回数も自然と増えていった。
 今のような起床後に加え就寝前や出掛ける際は挨拶のキスをし、散歩中は指を絡め手を繋ぎ、勉強の休憩時間はソファに座りながら抱き締め髪を触ったり頬を撫でたりしている。
 触れられるたびに頬を林檎のように赤く染め体を小さく震わせる撫子。
 選ばれた花嫁は神からのとめどない愛を受けるとは聞いていたがまさかこれほどまでとは思ってもみず慣れるまで心臓がもつか不安になるのだった。
 「まだ撫子に触れていたいがそろそろ朝食の時間だ」
 「はい……」
 速くなる鼓動を抑えながら桜河と共に部屋を出る。
 朝食を済ませればいよいよ桐人と蘭姫との対面だ。
 蘭姫に対しては怒っていないがまたあの空気が流れるかもしれないと思うとやはり緊張はする。
 しかし今日は隣に桜河がいる。
 繋いでいる手から伝わる温かさに強張っていた気持ちが楽になる。
 (今日は一人じゃない……。きっと大丈夫)
 ぎゅっと少しだけ繋いだ手に力を加えるとすぐに握り返してくれる手に心強さを感じたのだった。