♢♢♢♢♢

アリシアたちが行ってしまうと、ハルは器用に尾で、クッションを掴んで壁に投げつけた。

ハルは、蛇の神獣で、私が生まれたときから、私の加護をしている。

私とハル以外はこのことを誰も知らないから、ずっと2人だけの秘密だ。

『クッソー‼︎あやつら技と当てつけることをしおって。腹立たしい‼︎』

『そんなに怒らないでハル。いつものことじゃない。』

『ソフィアは、魔力判定すら受けさせて貰っておらぬのだぞ。腹が立たたぬのか?』

『だってそれは、私が魔力なしだからでしょう。魔力判定を受けて、わざわざ、魔力なしの判定を貰ったら、家の恥になるし、私の縁談がなくなるわ。私のためでもあるのよ。』

『魔力なしの判定を受けてなくても、魔力なしの噂をまかれて、縁談の話なんて来たことないじゃないか‼︎』

『…まあ、そうなんだけど…ね。
きっと、お父様は、ハッキリ判定されて、私が肩身の狭い思いをしないようにしてくださっているのよ。』

本当はそうじゃないって、わかっているんだけど…、そう言って気持ちを誤魔化した。
怒ったところで、どうすることもできないのだから。疲れるだけ損よ。そう言い聞かせて我慢することが癖になってしまった。

『今のソフィアには、光の魔力がある。ポーションが作れるんだからな。』

正確には、魔力じゃないがなと心の中だけで呟く。

『それは、私や他の作業員が作ったポーションに、アリシアが光の魔法を後でかけているからよ。そうじゃなければ使い物にはならないわよ。』

ソフィアは、この話をすると直ぐこう言う。

自分の力を実感する機会に恵まれていないソフィアに、いくら本当は、力があると言っても、本気に取らないのは、無理ないことだと思いつつ、やるせなくてまいっておる。

本当には、アリシアに光の魔力はない。だから、ポーションがいい出来なのは、ソフィアの力で、アリシアの力なんかじゃない。

父親と義母と義妹3人に寄ってたかって、ずっと「魔力なしの役立たず」と言われてきたソフィアは、何を言っても、自分の力を全く信じない。

何かを言うのを諦めて、アリシアの聖女認定式を見届けるやつらが、まともな目を持っていることを祈る。

『ねえねえハル、そんなことより、お庭が凄く綺麗よ。窓開けていいかしら。…ヨイショっと。』

開け放った窓から、爽やかな風が入って来た。

『ハル。風がとっても気持ちがいいわ。それにほのかに甘い花の薫りがする。ハルもこっちに来て一緒に庭を眺めましょ。』

『仕方ないのう。…おや?誰かこっちに向かって来ておるぞ。』

『えっ?何処?』

『そっちじゃない。右の薔薇がいっぱい咲いてるところじゃよ。』

『本当だ。綺麗な人…。ねぇ、ひょっとしてあの方、龍神族かしら…?』

『あー、そうだ。間違いない。』

あいつ、ひょっとして…。噂のランドールではないか?

『ねぇハル。龍神族が見目秀麗って本当なのねぇ。魔力の高い王族や貴族の方々も、美しいけれど、その比じゃないのね…。』

はじめて見る、人とは思えぬほどの美しさに知らず、うっとり見惚れてしまう。

『君は誰?』

何か声が聞こえたと思って、我にかえると、騎士服に身をつつんだ美しい男性が目の前に来ていた。

『……?』

急に、心臓が早鐘を打つ。今、なんで、言ったかしら?

『教えてくれないの?君は誰?名前はなんて言うの?』

『名前…名前? …ソフィア……、ソフィア・ガパトーニです。』

『ソフィア。可愛い名前だね。とても君に似合うよ。』

そう言ってふわりと笑った。

頬が熱くなるのを感じた。この方、なんて破壊力のある笑顔をするのよ…⁇

『ガパトーニ…って…、確か、今日、聖女認定式に来るって、ガパトーニ子爵令嬢の…』

『アリシアです。私の妹なんです。』

『妹…?もう、認定式は始まっているんじゃない?行かなくていいの?』

『あっ‼︎』

余計なことを言ってしまった…。何て言えばいいかしら…と考えていると、ハルが頭の中に話しかけてくる。

『そのまま、家族が蔑ろにして、参加させてくれないって言ったらいいんじゃ。』

『知らない人にそんなこと言えないわ。家の評判が悪くなるじゃない。』

『評判が悪くなることをしているのは、あやつらだろ。自業自得じゃ。ソフィアがあやつらの対面を気にしてやる必要は無いさ。』

『ねぇ。家族が蔑ろにしてるって本当?』

『……⁈……ハルの声が聞こえるの…?』

恐る恐る聞く。

『ハルって言うんだ。ハルは君の加護神獣かな?』

『えっ⁉︎ハルが…、ハルの姿が見えるの?』

『あー、見えるし、念話も聞こえてるよ。』

えっ?あまりのことに驚いてハルを見る。

『確かに、わしは、ソフィアの加護神獣、ハルだ。流石、龍神族…というより、お主、かなり神力が高いようじゃが、噂のランドールか?』

『噂…?どんな噂かわからないけど、僕は、確かにランドールだよ。
ランドール・スペンサー。』

『…貴方がランドール様…‼︎』

龍神族総帥の嫡男で、高い神力をお持ちと噂の方だわ。私なんかが、会ってお話ししていい人じゃないわ。どうしましょう…。

『そうか。ソフィアは、巫女か…。この胸のざわめき…、ひょっとしてと思ったけど、間違いないようだ。
巫女姫、ソフィア。君は僕の花嫁だ。』

『……⁉︎』

今、な、何って言ったかしら…ランドール様…?

『ソフィア、聞こえている?君は僕の花嫁だよ。』

僕の花嫁…⁇私がってこと…⁉︎大変、変な誤解をされてしまったわ‼︎訂正しないとっ‼︎

『……いえ、そんなはずありません。だって、ハルは、神獣だけど、龍じゃなくて、蛇だもの…。』

『確かに今、君のハルは蛇みたいだけど…ね。ソフィアは、間違いなく僕の花嫁だ。会いたかったよ。ソフィア。』

蕩けそうな柔らかい笑顔で、じっと見つめながら言われて、頬がポッと赤まり、ドキドキしたまま固まってしまう。

『色々、話を聞きたいから、こっちにおいで。』

そう言い終えるかどうかの早さで、両脇を鷲っと掴むと窓を越え、ランドールの元に立たされ、次の瞬間には、抱えられていた。

これって、お姫様抱っこというものでは…⁈

恥ずかしさと訳のわからなさに、パニックになりながら、

『お願いです。ランドール様、下ろして…、下ろして下さい。』

真っ赤になって半泣きでお願いするけど、ランドール様は、なぜか顔をじっと見つめて、

『落としちゃうといけないから、ちゃんと捕まっていい子にしてて。わかった?』

小さな子を諭すように、囁かれて…、キュンとして何も言えなくなってしまった。

ランドール様の首に捕まり、顔をランドールの胸に伏せて隠して、早く下ろしてくれることを必死に願いながら、運ばれるまま身を任せる。

ソフィアの様子に、ご満悦な表情で歩くランドール。

『さあ、着いたよ。ここにかけて待ってて。お茶を用意させるから。』

広い部屋のソファの前に下ろして、そう言うと、止める間もなく、部屋を出て行ってしまった。