あたしが春先に先生と結花に打ち明けたあの日からしばらくして、それが口約束だけではなかったことを知った。

 学生向けの就職活動が解禁になってすぐ、あたしのスマホに1本の連絡が入った。

 松木茜音さんと名乗った優しそうな声。そして、「小島結花さんからお話を伺いました」と切り出してくれた。

 仕事としてやりたいこと、今だけでなくその先の不安なども全て話して欲しいという。

 親友はあたしのことをその施設の所長さんたちにきちんと伝えてくれていた。

 アポイントをお願いして、あたしは結花と一緒に珠実園という施設を訪れた。

 そこで待ち構えていたのは驚きの構図だった。

「やっぱり千佳ちゃんだったのね。よかった。健君、茜音も?」

 結花に連れられて施設内を進むと、そこにいたのは、結花のお母さんだった。同じ部屋には、所長さんの松木健さんと茜音さんのお二人が待っていてくれた。

 元々は私設の児童福祉施設だったこの園が、今では子ども園も併設した市の公認児童センターとして、運営されていること。

 結花は主にカウンセラーとして、彼女のお母さんはここの顧問弁護士と親子で携わっていることを聞いて驚いた。

「いま、学業の合間で秦野(はだの)の児童館でお仕事をされているそうですね? あちらの館長さんが誉めておられましたよ。よく頑張ってくれる子ですとね」

 所長の健さんが笑ってくれた。もうそんなところまで話を進めてくれていたんだ。

 あたしは、お二人とたくさん話をした。

 結婚を約束してくれている和人のこと。仕事と家庭との両立、結婚や出産など将来の不安なども話題はたくさんあったし、茜音さんも健さんも、巧みにあたしからどんどん本音を引き出してくれた。

 話し終わって、ふと気がついた。これは就職の面接ではなかったのか? 普通なら、将来の自分や職場に不利になることは話題にならないように進路指導でも言われてきたのに。

 そんな不安にあたしが気付いたのを茜音さんは感じたらしい。

「所長、いいんですよね?」

「そうだね。他に理由無いよ」

 お二人が頷いて、茜音さんがあたしに告げてくれた。

「佐伯千佳さん、次の春からわたしたちに貴女の力を是非貸していただけませんか?」

 普通面接といえば長くても15分程度と先輩たちからの経験談で聞いていた。

 えっ? この部屋に入った時がお昼過ぎで、茜音さんがあたしに最後の言葉をくれて、お二人と部屋を出たとき、帰り支度をした結花がちょうどエレベーターを降りてきた。

 時間にして約3時間。こんな就職面接は他には例がないだろう。

「秦野の館長に言っておかないとな。いよいよ困っていたら面倒見るなんて話もしていたんだけど、悔しがるかもな」

 施設の正規職員として、そして市の嘱託職員という肩書きも付く。専攻でもあった児童福祉やリハビリテーション、心理学などの分野も全て活かすことが出来る。

 帰りがてら聞いて、それだけでもありがたいと思った。試用期間が終わった頃、ちょうど産休から明けてくる結花をあたしに付けてくれる予定だという。

 妊婦でありながら、結花は病気や学校中退、海外で過ごした自身の体験を活かしながら、今は生活相談カウンセラーとして右に出る者はいないんだって。

 あたしは、持ち帰った書類を和人と見直した。

「千佳が一番やりたかったことがこれなんじゃないか?」

「うん。これから先の結婚とか出産のことも全部話しちゃった。所長さんから『それは当たり前のことだから心配する必要はない』って言ってくれた。結花も一緒だもん。あたしは不安もない」

「分かった。俺も頑張る。先に決められちゃったな。内定おめでとう」

 あたしの就職活動はこうして思いもよらない形で終わったんだ。