<卒業後の迷い>
「栞、今ごろみんなと遊んでもらっているといいなぁ……」
海外でのことだから、日本のように母子手帳などもない。病院のカルテでしか結花の妊娠を記録したものはないんだって。
「結花の心にいる栞ちゃん……。そっか……、だから菜都実さんも最初に大喜びというより心配そうだったわけか」
菜都実さんのお店での様子に、当時の結花の話を重ねると納得がいった。
「あの時は、ちぃちゃんにも連絡できなくてごめんね」
「仕方ないよそんなの。もし結花に会えても、あたしには言葉をかけられなかったかもしれないし」
正直に白状すればそのとおり。
もし、あたしが当時の結花に会って事の次第を教わったとしても、そこにかけられる言葉が見つからなかったと思う。
あたしの周りで妊娠や出産はもちろん、ましてや悲しい経験をした人など聞いたこともない。
あたしたちの年代、それも学生の目線に埋もれてしまうと、自分たちとは別の世界のようでもある。
それにたとえおめでたい話だったとしても、「学生なのに」とか「早すぎ」だなんて、きっと軽蔑の目で見られてしまうのがオチかもしれないんだ。
でも結花を見ていると、とてもそんなふうには見えない。前回からの不安はどこかに残っているかもしれないけれど、お腹の中の新しい命との対面を楽しみにしている。
大人になるって、こういうことなんだなとしみじみ実感した。
結花たちの帰国理由が彼女の妊娠だとなれば、当時の事情を知る人たちには、次こその無事を祈らずにはいられなかったはずだ。
「だからね、この子は私と陽人さんの二人目なの。今度こそは抱きしめてあげたい。だから、陽人さんにも言ったよ。私と赤ちゃんを選択しなくちゃならなくなったら、赤ちゃんを取ってって」
「先生、なんか言った?」
結花は複雑そうな顔で首を横に振った。
「結花、それが先生だよ。結花のことあれだけ必死に愛してるんだもん。結花だってまだ先生とやり残していることあるでしょ?」
当たり前だ。先生だってそんなお願いにやすやすとOKするとは思えない。万一のことがあれば、間違いなく結花を助けることになるだろう。
「だから、本当に二人目は慎重だった。安定期に入るまで帰国を延ばしたし、みんなもいる日本で産んだほうがいいってお医者さんも勧めてくれた」
そうか、だから突然の話になったように見えたんだ。
「でも結花、さっきエレベーターも使わないで階段だったじゃん? お腹は大丈夫なの?」
4階の部屋に上がってくるために、あたしとおしゃべりをしながら階段を上がってきたはず。
「まだ臨月じゃないし、私の方が体力付けなきゃならないから、運動していいってことになってるよ。私は本当にヒールの高い靴とは縁が無いなぁ」
もともとヒールが低い靴が多かった結花だ。妊婦ともなれば転倒しないように足元が安定する靴を履くことになる。あまりにも自然だったから見落としたけれど、バス停まで迎えに来てくれた彼女の足には薄桃色の柔らかそうなスニーカーだったよ。
なかなか自分の足に合う靴がないとこぼしていた学生時代。
後に小島先生はそんな結花の足の事情を知ってから、ずっと彼女専属のシューフィッターなんだって。
中期以降の妊婦さんだと足の浮腫も出やすいからとても気を使うと教えてくれた。
そうなったときに、合わない靴だと痛くなって歩けなくなってしまうけど、先生に選んでもらったものだと自宅まで帰ってこられるからありがたいって。
そこまで自分の奥さんの体のことを分かってくれている旦那さんって、本当に羨ましいくらいだよ。
「栞、今ごろみんなと遊んでもらっているといいなぁ……」
海外でのことだから、日本のように母子手帳などもない。病院のカルテでしか結花の妊娠を記録したものはないんだって。
「結花の心にいる栞ちゃん……。そっか……、だから菜都実さんも最初に大喜びというより心配そうだったわけか」
菜都実さんのお店での様子に、当時の結花の話を重ねると納得がいった。
「あの時は、ちぃちゃんにも連絡できなくてごめんね」
「仕方ないよそんなの。もし結花に会えても、あたしには言葉をかけられなかったかもしれないし」
正直に白状すればそのとおり。
もし、あたしが当時の結花に会って事の次第を教わったとしても、そこにかけられる言葉が見つからなかったと思う。
あたしの周りで妊娠や出産はもちろん、ましてや悲しい経験をした人など聞いたこともない。
あたしたちの年代、それも学生の目線に埋もれてしまうと、自分たちとは別の世界のようでもある。
それにたとえおめでたい話だったとしても、「学生なのに」とか「早すぎ」だなんて、きっと軽蔑の目で見られてしまうのがオチかもしれないんだ。
でも結花を見ていると、とてもそんなふうには見えない。前回からの不安はどこかに残っているかもしれないけれど、お腹の中の新しい命との対面を楽しみにしている。
大人になるって、こういうことなんだなとしみじみ実感した。
結花たちの帰国理由が彼女の妊娠だとなれば、当時の事情を知る人たちには、次こその無事を祈らずにはいられなかったはずだ。
「だからね、この子は私と陽人さんの二人目なの。今度こそは抱きしめてあげたい。だから、陽人さんにも言ったよ。私と赤ちゃんを選択しなくちゃならなくなったら、赤ちゃんを取ってって」
「先生、なんか言った?」
結花は複雑そうな顔で首を横に振った。
「結花、それが先生だよ。結花のことあれだけ必死に愛してるんだもん。結花だってまだ先生とやり残していることあるでしょ?」
当たり前だ。先生だってそんなお願いにやすやすとOKするとは思えない。万一のことがあれば、間違いなく結花を助けることになるだろう。
「だから、本当に二人目は慎重だった。安定期に入るまで帰国を延ばしたし、みんなもいる日本で産んだほうがいいってお医者さんも勧めてくれた」
そうか、だから突然の話になったように見えたんだ。
「でも結花、さっきエレベーターも使わないで階段だったじゃん? お腹は大丈夫なの?」
4階の部屋に上がってくるために、あたしとおしゃべりをしながら階段を上がってきたはず。
「まだ臨月じゃないし、私の方が体力付けなきゃならないから、運動していいってことになってるよ。私は本当にヒールの高い靴とは縁が無いなぁ」
もともとヒールが低い靴が多かった結花だ。妊婦ともなれば転倒しないように足元が安定する靴を履くことになる。あまりにも自然だったから見落としたけれど、バス停まで迎えに来てくれた彼女の足には薄桃色の柔らかそうなスニーカーだったよ。
なかなか自分の足に合う靴がないとこぼしていた学生時代。
後に小島先生はそんな結花の足の事情を知ってから、ずっと彼女専属のシューフィッターなんだって。
中期以降の妊婦さんだと足の浮腫も出やすいからとても気を使うと教えてくれた。
そうなったときに、合わない靴だと痛くなって歩けなくなってしまうけど、先生に選んでもらったものだと自宅まで帰ってこられるからありがたいって。
そこまで自分の奥さんの体のことを分かってくれている旦那さんって、本当に羨ましいくらいだよ。