祥姫の実家祥家は、自他共に認める唐柿の一大産地である。
白怜帝国の贈答品の栄えある一位を更新し続けている祥姫果を始めとして、唐柿の栽培なら他のどの領地より誇りを持っている。
「ようやく婚約発表か。まあまあだな」
ついでにそこに住む祥家の自尊心もまた、辺境では類を見ない高さだった。
娘の婚約発表を知らされた祥当主は、あごひげを撫でて鼻で笑う。
その隣の祥夫人は、扇で口元を押さえながら言った。
「わたくしは不満ですわ。皇帝陛下は昨年お妃を亡くされたばかりで、これから新しいお妃をお迎えになるかもしれませんのに」
祥姫の母に当たる祥夫人は箸を華麗に操って唐柿を食べつつ、ふと手を止める。
「でも、そうね。あの子はさらに上を目指すつもりなのかもしれませんわ」
祥一家は半地下の屋敷に住み、朝食の席でさえどこか仄暗い。灯りは最小限で、いつも保冷庫のような空気が漂う。
そうしなければ暑いから、そして唐柿が不味いからだった。祥家は祥姫が頬を染めるほど唐柿の栽培に適した温かい土地である。
「この機に世継ぎを産んで、白怜帝国の母となる……か?」
祥当主はくっくっと喉の奥で笑って、血のように赤い盃を掲げた。もちろん唐柿の果汁である。
「我が娘だ。何か考えがあってのことだろう」
「そうでなければ困りますわ。我が娘が、祥家の家名にかけて至高の地位に昇らんことを」
「そしてこの地が赤く染まるよう」
夫婦は赤い盃を掲げて合わせると、邪悪な祝福の言葉と共に一気に飲み干した。
その光景をただ一人、先日後宮から戻ってきた息子、清心がほのぼのと牛乳を飲みながら見守っていた。
祥姫がもはや開けなくてもわかっている二つの箱を受け取ったとき、偶然だが怜倫皇子もそこに居合わせた。
「祥姫、準備は……あ、すまない、取り込み中だったか。少ししてから来よう」
「いえ、入っていただいて問題ありません。いつもの実家からの仕送りです」
「それならすぐに開けたいだろう。待っているから今開けて構わない」
何度か一緒に宴に出るうち、祥姫の部屋に怜倫皇子がいるのも日常になりつつあった。けれど祥姫がそわそわとして開けるのをためらっているので、怜倫皇子は首を傾げて問いかける。
「どうした?」
「黙っていてもいずれわかることですが……あの、笑わないでくださいね」
祥姫が苦い顔をしながら箱の蓋を外すと、そこには実に雑多なものが詰め合わされていた。
野菜に果物、本に服、文房具に至るまで、遠くに住む子どもに何を送っていいかわからないから全部詰めたというような内容だった。
「これが父から、そちらが母からで」
「一緒に送らないのか? 同じところに住んでいるんだろう?」
「私を見ておわかりでしょうが、両親は意地っ張りですので」
それぞれの箱にはびっしりと細かい字でつづられた手紙も同封されていた。ところどころ染みているのは唐柿の果汁か、涙か判別はつかない。
「あ、弟からです」
箱の中に三通目の手紙が混じっていて、祥姫は不思議そうに封を切る。
素早くそれに目を通すと、祥姫はくすっと笑った。
「……あの子らしい」
怜倫皇子が興味をひかれて横からのぞきこむと、そこには要領の良さが伝わるような、簡単で的確な手紙がつづられていた。
『拝啓 姉さま
お元気ですか? こちらも唐柿のおかげで皆元気です。
長らくぐうたらしていた僕を父上たちは心配してくださいますが、僕も祥家のはしくれ、趣味に注力しながらほどほどに働いていますよ。
姉さま、唐柿ばかり食べてちゃだめですよ。唐柿は果物だとお忘れなく。
あと、婚約発表おめでとうございます。近いうちに怜倫皇子とお忍びでいらっしゃるとのこと、楽しみにしています。
唐柿畑より愛をこめて。 あなたの弟にして友、清心より』
白怜帝国の贈答品の栄えある一位を更新し続けている祥姫果を始めとして、唐柿の栽培なら他のどの領地より誇りを持っている。
「ようやく婚約発表か。まあまあだな」
ついでにそこに住む祥家の自尊心もまた、辺境では類を見ない高さだった。
娘の婚約発表を知らされた祥当主は、あごひげを撫でて鼻で笑う。
その隣の祥夫人は、扇で口元を押さえながら言った。
「わたくしは不満ですわ。皇帝陛下は昨年お妃を亡くされたばかりで、これから新しいお妃をお迎えになるかもしれませんのに」
祥姫の母に当たる祥夫人は箸を華麗に操って唐柿を食べつつ、ふと手を止める。
「でも、そうね。あの子はさらに上を目指すつもりなのかもしれませんわ」
祥一家は半地下の屋敷に住み、朝食の席でさえどこか仄暗い。灯りは最小限で、いつも保冷庫のような空気が漂う。
そうしなければ暑いから、そして唐柿が不味いからだった。祥家は祥姫が頬を染めるほど唐柿の栽培に適した温かい土地である。
「この機に世継ぎを産んで、白怜帝国の母となる……か?」
祥当主はくっくっと喉の奥で笑って、血のように赤い盃を掲げた。もちろん唐柿の果汁である。
「我が娘だ。何か考えがあってのことだろう」
「そうでなければ困りますわ。我が娘が、祥家の家名にかけて至高の地位に昇らんことを」
「そしてこの地が赤く染まるよう」
夫婦は赤い盃を掲げて合わせると、邪悪な祝福の言葉と共に一気に飲み干した。
その光景をただ一人、先日後宮から戻ってきた息子、清心がほのぼのと牛乳を飲みながら見守っていた。
祥姫がもはや開けなくてもわかっている二つの箱を受け取ったとき、偶然だが怜倫皇子もそこに居合わせた。
「祥姫、準備は……あ、すまない、取り込み中だったか。少ししてから来よう」
「いえ、入っていただいて問題ありません。いつもの実家からの仕送りです」
「それならすぐに開けたいだろう。待っているから今開けて構わない」
何度か一緒に宴に出るうち、祥姫の部屋に怜倫皇子がいるのも日常になりつつあった。けれど祥姫がそわそわとして開けるのをためらっているので、怜倫皇子は首を傾げて問いかける。
「どうした?」
「黙っていてもいずれわかることですが……あの、笑わないでくださいね」
祥姫が苦い顔をしながら箱の蓋を外すと、そこには実に雑多なものが詰め合わされていた。
野菜に果物、本に服、文房具に至るまで、遠くに住む子どもに何を送っていいかわからないから全部詰めたというような内容だった。
「これが父から、そちらが母からで」
「一緒に送らないのか? 同じところに住んでいるんだろう?」
「私を見ておわかりでしょうが、両親は意地っ張りですので」
それぞれの箱にはびっしりと細かい字でつづられた手紙も同封されていた。ところどころ染みているのは唐柿の果汁か、涙か判別はつかない。
「あ、弟からです」
箱の中に三通目の手紙が混じっていて、祥姫は不思議そうに封を切る。
素早くそれに目を通すと、祥姫はくすっと笑った。
「……あの子らしい」
怜倫皇子が興味をひかれて横からのぞきこむと、そこには要領の良さが伝わるような、簡単で的確な手紙がつづられていた。
『拝啓 姉さま
お元気ですか? こちらも唐柿のおかげで皆元気です。
長らくぐうたらしていた僕を父上たちは心配してくださいますが、僕も祥家のはしくれ、趣味に注力しながらほどほどに働いていますよ。
姉さま、唐柿ばかり食べてちゃだめですよ。唐柿は果物だとお忘れなく。
あと、婚約発表おめでとうございます。近いうちに怜倫皇子とお忍びでいらっしゃるとのこと、楽しみにしています。
唐柿畑より愛をこめて。 あなたの弟にして友、清心より』