しかし、和泉はその日のうちに学校に戻ってくることはなかった。
 先生に頼まれて彼女の荷物を持って病院へ向かうと、病室の前で女性が誰かを探すようにして待っていた。和泉の母親だった。
「ごめんね、(なぎ)()くん。持ってきてくれてありがとう」
「いえ。あの、いず……世那さんは?」
「……病気のことは知ってるのよね。軽傷で済んだけど、遅かったらどんどん広がっていったかもしれないって。あなたには本当に感謝してる」
 あと数分、水に濡れている時間が長かったら。――彼女の顔は爛れていたかもしれない。
「渚翔くんは、人魚病の鱗の価値って知ってるかしら。昔、人魚を捕まえて血肉を食べると不老長寿になると言われた伝説があるように、何も解明されていない人魚病の鱗を採取してオークションに出すと、数十万円以上の価値になるって言われているの」
 人魚病の鱗は、皮膚から離れると腐ってしまうらしい。万華鏡のようなきれいな輝きなど見る影もなく、土くれのようにボロボロと崩れていく。
 さらに肉体が死んだら、三十分も経たないうちに腐っていくのだと聞く。だから心臓に鱗ができてしまったら、異臭がするまで誰も気付けないらしい。
 だからこそ、人魚病の患者は貴重だった。
 研究資料のため、金のためにと、心が腐った人間が詰め寄ってきては、生きているまま鱗をはがそうとする。かさぶたをはがす感覚に似ているそれは、鱗を持つ者以外、その苦痛を知ることはない。
「あの子はずっと隠してきた。誰にも話さず、好きな水泳も辞めて自分を守ってきたのよ」
 徹底した服装は、すべて自分の身を守るため。
 今回の件でクラスメイトにばれたとしたら、教室にも入れなくなるかもしれない。
「世那の鱗は、あの子の心臓が完全に止まった後にはがされ、研究資料として提供することになっているの。――だからお願い。あの子が死ぬまで、味方でいてあげて」
 引きつった笑みを浮かべる母親に、僕はぞっとした。
 彼女の周りには、敵が多すぎる。