でも人魚病を発症しても、水に触れられないという条件にはグレーゾーンなものもある。
 例えば、海水やプールの水はダメでも、風呂やシャワーは短時間であれば可能。飲食に関しても問題はない。もちろん、個人差はある。
 ただ共通しているのは、皮膚に触れると赤く腫れること。――それはまるで、人の体温で火傷をする魚と同じだ。
「私ね、人魚になりたかったんだ」
 唐突に何を言い出すのかと和泉を見ると、悔しそうに歪ませて、海のほうを見て続ける。
「海の中を自由に泳ぐ人魚の物語を見て、海の中にいればいろんな場所へ行けるんだと思ったの。水泳を始めたのも、そんな理由。でも由良くんも出場していた大会の後、足に鱗ができた。人魚病なんて知らなかったから、本当になれるんだと思ってお母さんに話したら、病院に連れていかれたの。近いうちに体中に広がって、歩くことも困難になるって聞いたのもその頃。最後にプールで泳ぎたいってお願いして入ったら――足が動かなかった。たった数枚の鱗ごときで、私は好きだったものを諦めた」
 彼女が体を抱きしめるように小さくなるのを見て、歯がゆく思う。慰めの言葉を探しても、僕が言ったところで嫌味どころか、何も響かないだろう。
 それほどまでに和泉世那に襲い掛かった奇病は最悪で、厄介なものだった。
「今の医療では治る見込みはない。……それは誰でも知っていることなのに、どうして由良くんは私をそばに置いたの?」
 和泉の頬に一筋の涙がこぼれる。自己満足な理由を伝えても、自分から言い出したことだからと彼女は許すだろう。
 だから言えなかった。何も答えられなかった。