「由良くん、早くー!」
 放課後、学校近くの海岸まで出たいという彼女に合わせて歩く。
 人魚病の前兆は、水に触れると痛みを感じることだ。次第に火傷したように腫れ上がって、十日ほどで細かい鱗が生えそろうと言われている。
 そんなのお構いなしに、彼女は波打ち際まで近寄っては逃げてを繰り返していた。
何が楽しいのか、さっぱりわからない。
「濡れたら不味いんじゃないの?」
「そうだけどさ、やっぱり海って楽しいじゃん!」
 辺りには波に乗るサーファーや、犬を連れて浜辺を散歩する老夫婦の姿が見受けられる。
 その中でも彼女は異常だった。真夏と呼ぶにはまだそこまで暑くはないが、それでも長袖に黒タイツの姿で海に乗り出そうとは思わない。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
 散々波と追いかけっこして満足したのか、離れた場所で見ていた僕の隣に戻ってきた和泉が問う。
「どうして水泳辞めちゃったの? 高校でも帰宅部みたいだし」
「いろいろとあったから。……そういえば、来週掃除だっけ」
 夏本番に先立って、学校のプール掃除が行われる。水泳部がなく、一年に一シーズンしか使われない屋外プールは、授業が終わってすぐに水が抜かれてしまう。プール開きが近くになると、学年関係なく複数のクラスが手分けして掃除をすることになるのが恒例になっている。今年は運悪く、僕らのクラスが掃除担当に入ってしまった。
「じゃあ授業が始まったら、由良くんが泳いでいるところ見られるね!」
「参加しないよ。見学する」
 僕がそう答えると、彼女はつまらなさそうに唇を尖らせて、わかりやすく拗ねた。
「和泉はなんで水泳辞めたの? その……鱗のせいなんだろうけど」
 入学当初から完全防備な服装をしていたから、それより前であるのは確かだ。