今思えば、入学当初から人魚病の症状が出ていたのかもしれない。
 人魚病は未知の病であり、治療法は見つかっていない。ただでさえ人間の皮膚から魚の鱗が生えてくるなんてありえないのに、周りが知ったら騒ぎどころではない。
「取引って?」
 僕が問うと、彼女は意を決したようにまっすぐ見据えた。
「このこと、誰にも言わないでほしいの。その代わり、私の残りの時間で由良くんの欲しいものをあげる」
「……僕が欲しいもの?」
「高校を卒業するまで生きていられるか、わからないんだって。私は普通の人間として、残りの時間を過ごしたい。だから由良くんには知らないふりをしていてほしいの。お願い、私にできることならなんだってするから!」
 一瞬、彼女はふざけて言っているのかと思った。
自分が死ぬまでの間に他人の欲しいものを用意するなんて、どう考えたっておかしい。それでも彼女の目はまっすぐ僕を見てきた。ドッキリでも何でもない。真剣なんだと悟った。
「……じゃあ、そばにいて」
「え?」
 彼女の残り少ない人生を、僕なんかのために棒に振らないで。――そう言う前に口が勝手に動いた。
 明日にも、一秒後にもいなくなってしまうかもしれない想い人の幸せを願うことよりも、自分の身勝手な理由に付き合わせようとするなんて。
「欲しいものが思いつかないから、見つかるまで僕のそばにいて」
 言い方さえ変えればいいなんて、最低な奴だなと嘲笑った。