()()くん、私と取引してください」
 何事もなかったように登校してきた彼女は、昼休みに僕を人気の少ない教室に呼び出すと、間髪入れずにそう告げた。
 夏のような日差しの日でも、制服の上に長いカーディガンとスカートの下からのぞく黒タイツで全身を守っている。
 カーディガンの袖をまくると、白くて細い腕のいたるところに鱗のようなものがあった。動かすたびに光に反射して煌めいている。
「私は人魚病を発症してる。足はもちろん、腕やお腹にも生えていて、全身覆われるのも時間の問題。ううん、もう時間がないって、この間診断された」
 彼女はそう言って目を伏せる。少し前まではそんな顔をするような子でなかったのに。

 和泉世那という人物を知ったのは、小学生の頃までさかのぼる。
 小学生を対象にした水泳大会の女子の部門で、大会新記録を出した子がいた。試合を見ていたけど、まるで人魚のように泳ぐ姿が印象的だった。
 表彰台の上に立つ彼女の眩しい笑顔が会場のスクリーンに大きく映ると、可愛いというより綺麗だと、小学生ながらませた捉え方をしたのを覚えている。
 同じ大会に出ていた僕は四位で終わった。敢闘賞と書かれた賞状は小さくて、額に入れる前に無くしたと言ってゴミ箱に捨ててしまった。
 それから和泉と再会したのは、高校に入学してすぐのこと。
 声をかけてきたのは彼女からだった。
『あの水泳大会にいたよね? 確か四位の子!』
『……いくら名前を知らないからって、そんな呼び方してたの?』
『ご、ごめん! でもあれから大会に出てなかったよね?』
『直後に辞めたから』
『そっか、残念。私、あなたの泳ぎが一番好きだったのに』
 好き――そんな一言でときめくなんて思ってもみなかった。そんな人の気も知らずに、和泉は屈託のない笑みを浮かべて続ける。
『ねぇ、名前教えてくれる? 三年間よろしくね』
 顔つきも背も大きく変わったのに、笑みだけはあの頃と変わらない。僕はいつの間にか、彼女を目で追うようになっていた。
 ただ気がかりだったのは、あれだけ泳ぐことが好きだった彼女が水泳部のない高校に入学し、季節関係なく長袖とカーディガン、黒いタイツを着用していたこと。
 暑くないのかと一度聞いたことがあったけど、「大丈夫」だと言って笑っていたっけ。