簡単に決められる覚悟なんかじゃないことも、死にたくなるほど辛い未来しか想像できないことも痛いほどわかる。
だからって、こんなのおかしい。奇病だからって関係ない。生きる権利は誰にだってある。
「和泉、聞いて。誰もいない静かで真っ暗な海の底じゃなくて、僕の隣にいて。明日も明後日もこの先もずっと、君に会いたい」
「……何、言ってるの? 私は由良くんの隣にずっといられない。死んだら、全部終わりなんだよ」
「だったら簡単に終わりにしないでよ。それでも君が死に急ぐなら、僕も海の底に沈む」
「それはダメ!」
「行きつく先は皆一緒だろ。いつか心臓が止まるなら、その時は君の隣がいい」
「……私、もうすぐ死んじゃうんだよ?」
「なら、その時は僕が迎えに行く」
不思議そうに眉をひそめる彼女に、僕はワイシャツを引っ張って、腹部に貼ったガーゼをはがして見せる。
万華鏡を切り取ったような模様の細かい鱗が現れると、彼女は目を疑った。
「多分、君よりも先に逝くと思うけど」
発症したのは、和泉を認知したあの水泳大会が終わった直後。腹部に細かく生えたそれを、興味本位で無理やり剥がそうとしたのを両親に知られたのがきっかけだった。
それでも水に濡れても火傷のような痛みはなく、皮膚への異常も見当たらない。主治医がまさかと思い、CTスキャンで体の中を調べて分かった。
当時小学生の僕の心臓には、すでに細かい鱗が全体を覆うように生えそろっていた。
「君に比べたら皮膚の症状はここだけだし、水にも触れられる。でも体内の鱗は抜けても体内で消化され、時間をかけてより硬い鱗となって生え変わっていく」
「それって……」
「高校に入学する前の検査で、僕の心臓に生えた鱗は四分の三を超えた。いつ止まってもおかしくない」
さらに男性での発症は稀なうえ、体内の鱗は採取が難しいため値段はさらに上がる。僕のようなケースは、研究者の喉から手が出るほどレアだ。
僕は改めて彼女を見た。ぎこちない歩き方から考えて、彼女の足が動かなくなるのも時間の問題だろう。海水が触れた顔は腫れ上がっていないものの、まだらに赤くなりつつある。
痛かっただろうに、辛かっただろうに。
「和泉、僕と取引して」
どちらが先に死んでもおかしくない。だからこれは賭けだった。
「もし君が死んだら、その先で待ってて。必ず迎えに行く。……だから世那の残りの時間を、僕にください」
僕に振り向かなくていい。利用してでも生きてほしい。
君が世界に溺れないように、何度でも底からすくいあげよう。
――いつか、死を分かつその時まで。
だからって、こんなのおかしい。奇病だからって関係ない。生きる権利は誰にだってある。
「和泉、聞いて。誰もいない静かで真っ暗な海の底じゃなくて、僕の隣にいて。明日も明後日もこの先もずっと、君に会いたい」
「……何、言ってるの? 私は由良くんの隣にずっといられない。死んだら、全部終わりなんだよ」
「だったら簡単に終わりにしないでよ。それでも君が死に急ぐなら、僕も海の底に沈む」
「それはダメ!」
「行きつく先は皆一緒だろ。いつか心臓が止まるなら、その時は君の隣がいい」
「……私、もうすぐ死んじゃうんだよ?」
「なら、その時は僕が迎えに行く」
不思議そうに眉をひそめる彼女に、僕はワイシャツを引っ張って、腹部に貼ったガーゼをはがして見せる。
万華鏡を切り取ったような模様の細かい鱗が現れると、彼女は目を疑った。
「多分、君よりも先に逝くと思うけど」
発症したのは、和泉を認知したあの水泳大会が終わった直後。腹部に細かく生えたそれを、興味本位で無理やり剥がそうとしたのを両親に知られたのがきっかけだった。
それでも水に濡れても火傷のような痛みはなく、皮膚への異常も見当たらない。主治医がまさかと思い、CTスキャンで体の中を調べて分かった。
当時小学生の僕の心臓には、すでに細かい鱗が全体を覆うように生えそろっていた。
「君に比べたら皮膚の症状はここだけだし、水にも触れられる。でも体内の鱗は抜けても体内で消化され、時間をかけてより硬い鱗となって生え変わっていく」
「それって……」
「高校に入学する前の検査で、僕の心臓に生えた鱗は四分の三を超えた。いつ止まってもおかしくない」
さらに男性での発症は稀なうえ、体内の鱗は採取が難しいため値段はさらに上がる。僕のようなケースは、研究者の喉から手が出るほどレアだ。
僕は改めて彼女を見た。ぎこちない歩き方から考えて、彼女の足が動かなくなるのも時間の問題だろう。海水が触れた顔は腫れ上がっていないものの、まだらに赤くなりつつある。
痛かっただろうに、辛かっただろうに。
「和泉、僕と取引して」
どちらが先に死んでもおかしくない。だからこれは賭けだった。
「もし君が死んだら、その先で待ってて。必ず迎えに行く。……だから世那の残りの時間を、僕にください」
僕に振り向かなくていい。利用してでも生きてほしい。
君が世界に溺れないように、何度でも底からすくいあげよう。
――いつか、死を分かつその時まで。