「……っ、優しくすれば鱗が手に入るんじゃないかって、お金がもらえるんじゃないかって、少なからず思った人がいるんじゃないかなって思ったら、怖かった!」
 人魚病患者の特徴である鱗――高値での売買が可能である以上、目が眩む人は多い。研究資料として提供するとしても、無償で行われるわけがない。彼女の心臓が止まった後、大金を渡される未来を約束されたようなものだ。
 それをわかっていながら、今までサンプルが採取できないのは、奪われる前に自ら命を絶つ患者がいるということ。
 誰かが言っていた。『自分を見る人すべての視線が、鱗にしか行かなくなった』と。
「私ね、もう疲れちゃった」
 和泉は静かに涙を流しながら笑った。
 嫌な予感がして、彼女のほうへ駆け出す。でも遅かった。
「誰もいない海底で終わりを待つよ」
 波が攫うのと合わせて、和泉が海の中に消えていった。
「――っ、和泉!」
 鞄も靴も放り出して、彼女の後を追うように飛び込んだ。今日は海が荒れているのか、波が高くて、プールのように上手く泳げない。青く広がる海の深い場所へ、ゆっくりと沈んでいく和泉をめがけてひたすら進む。
 魚や人魚に足はないが、水をかき分けるためのヒレを持つ。人魚にもなり切れない彼女は、水中を泳ぐことはおろか、もがくこともできない。
 それでも、海の中を漂う彼女の居場所はすぐに分かった。潜った時に横をすり抜けていったカーディガンの先を見れば、和泉の両腕にできた鱗が揺れて煌めいている。