『成功に才能は必須じゃない。けれど運は必須なんだよ』
とは、あー姉ぇの談。
そういえば最近イグノーベル賞を取ったのもそんな研究だったような。そういう知識は覚えてるのになぁ……。
ともかく。
ようするにこの機を逃さずもう1回コラボしよう、という話だった。
「え!? じゃあまた、おーぐちゃんと!?」
『んや、おーぐは予定合わないから、あたしとふたりか、あるいはほかのVTuberを交えてだね』
ほかのVTuberからの問い合わせも、あー姉ぇのところへ来ているらしい。
その中のだれか、あるいは何人かとだそうだ。
あー姉ぇのチャンネル登録者数を思えば、おそらくコラボ相手も軒並み有名どころ。すなわち俺の推しだろう。
そうなるとまた、ファンとしての一線が……。
それに英語ペラペラな小学生女児なんて異常だろう。という不安もあった。
あった、と過去形なのは……自分でも確認してみたところ、一番バズっていたのはラストの『おつかれーたー、ありげーたー』の切り抜きだったから。
……なじぇえええ?
なんでこんなのが伸びてるのか全然わからん。ただのオヤヂギャグやんけ。
バズる側の気持ちってのは案外、こんなものなのかも。
日本語も英語もめっちゃウマすぎてヤバい!
という切り抜きもつられて伸びているが『おつかれーたー』には遠く及んでいなかった。
これじゃあ気にするほうがバカバカしい。
けれど……。
「あー姉ぇ、やっぱりわたしはひとりのファンとして――」
『おーぐがサインくれるって』
「!?」
『次のコラボ相手もあたしが言えばくれると思うよ?』
「!?!?!?」
俺は気づくと、電話越しに頭を垂れていた。
「はは~~! あー姉ぇサマ、なにとぞよろしくお願いいたします~!」
俺はっ、弱いっ……!
誘惑に負けたファンの風上にも置けねぇクソだ。
けれど直筆サインだぞ!?
勝てるわけないだろっ!
* * *
それから俺はあー姉ぇのお付きとして、あちこちとコラボ配信を行った。
あー姉ぇにも普段の配信や、先方とのスケジュールの兼ね合いもあり、配信に参加する頻度はまちまちだったが……それでも平均すれば1週間に1回ほど。
かなりのハイペースと言えよう。
しかも、毎回トレンドに乗っている。
切り抜きの数もかなり多かった。
先週の配信だと、俺が英語圏VTuberにスペルミスを指摘しているシーンなどがバズっていた。
コメント欄が『逆だろ!』で埋め尽くされていた。
それがきっかけで海外のミーム掲示板に、英語上手ランキングが貼られたりもした。
あー姉ぇはそれを見て大爆笑していた。
こんにゃろ~、他人事だと思いやがって。
とはいえ俺は俺で、あー姉ぇにプレミアム代金を払ってもらえたことで快適なVTuber漬けの生活ができていたし、家に色紙のコレクションが増えていくしでウハウハだった。
金に代えられないものが世の中にはあるのだ!
そういえば、前世で集めたコレクション、住所が思い出せないから回収できてないんだよな。
今も無事だといいのだけれど。
「しかし、順調すぎて怖いわー」
悩みや不満がほぼない。
しいていえば毎回、配信の終わりに『おつかれーたー』のオヤヂギャグを求められるのだけ、まだちょっと「うっ」となるが、まぁかわいいものだ。
世界のどこかでは今日も今日とて戦争が起きているが、日本に住んでる分には気にならない。
遠い国の出来事。
「こんな平穏な日々がずっと続けばいいのに」
しかし、口にしたのがよくなかったのか――ウワサをすれば影、だ。
着信音が鳴り響いた。
発信者はあー姉ぇだった。
電話を取るなり、相変わらずのすごい勢いで言われた。
『もしもしイロハちゃん、本格的にVTuberデビューしない?』
* * *
俺は弱……あれ? 前も似た光景あったな。
最初は断固として拒否していたのだが、最後は家まで押しかけられ、そして押し切られてしまった。
お手伝いはともかく、自分がVTuber業界に直接足を踏み入れるのはさすがに、と思っていたはずなのに。
どうしてこんなことに、と思ったが理由は明白だった。
「”姉ぇ~……、ダメぇ?”」
「ハイヨロコンデー!」
イチコロだった。
俺、チョロい……チョロすぎるよぉおおお!
あー姉ぇめぇ、ファンの心をいいように弄びやがって。
推しのひとりたる”姉ヶ崎モネ”の声音で頼まれたら、思わず。
あー姉ぇも最近、それに気づいたようで俺はうまく踊らされてしまっている。
クソッ、本人はそんな俺を見て大爆笑するような、とんでもない奔放娘なのに。
いつまでもそんな作戦が通用すると思うなよ?
人は慣れるんだからな……。
さて、デビューに関してだが、やらなければならないことや決めなければならないことが多いらしい。
その作業量のあまりの多さに、俺は目を回すことになった。
え……VTuberデビューってこんなにもやること多いの!?!?!?
その内容とは――。