「……ふぅ」
俺は推しふたりの掛け合いを見て、すこしだけ冷静になっていた。
いや、感動が混乱を上回った、というほうが正確か。
姉ヶ崎モネは英語がからっきしだ。
あんぐおーぐのほうも、ほんのちょっとしか日本語がわからない。
しかし、意味はわからずとも雰囲気と勢いだけで会話が成立してしまう。
このふたりのコラボはお互い、なにを言ってるのかわかってないのに通じあったり、たまにアンジャッシュしたりする……そのわちゃわちゃ感が魅力的。
それが今、目の前で行われているのだ。
これが興奮せずにいられるだろうか!
《イロハチャン、ワタシの大ファンなの? すごくうれしい》
《わわわわわたしこそありがとうございます! いつもおーぐちゃんの配信に元気もらってます!》
《こっちの視聴者たちが、イロハチャンの英語がすごく上手だってびっくりしてるよ。英語圏に住んでたことあるの?》
《いえ、英語は学校の授業と自習と……あとはおーぐちゃんたちの配信くらいで》
《ほんとに!? それだけでそんなに自然な発音なの? ”マジスゲー”。って、おい視聴者!? ワタシからイロハチャンに乗り換えようとするな! 噛むぞ! ぐるるるっ!》
「はーい、じゃああんまり長引かせてもアレなのでサクサク進めよう姉ぇっ☆ 言ったとおり、イロハちゃんは未成年だから、夜が更ける前にお家に帰さないと」
>>ガチで未成年なのか
>>アネゴの妹と同級生ってことはまだ小学生?
>>小学生でこんなに英語話せるのすごいな
「じゃあ、あたしたちはこっちの回答者席に。んで、この立ち絵を出題者席に配置してっと」
>>かわいい
>>このために立ち絵まで用意したのか!?
>>これ、こないだのお絵かき配信で描いたやつやな
「えっ、これがわたし!? なんというか、かわいすぎるというか」
配信画面に、真っ白なアカデミックガウンを着た幼女が追加される。
そのデザインはどことなく天使を連想させる。
このお絵かき配信は俺も見た。
たしかお題は『人間を学びに来た天使』だったはず。
「さすがにイチから描く時間はなかったから、あり合わせで許して姉ぇ~」
>>むしろピッタリじゃね?
>>イロハたんマジ天使
>>イロハたんはぁはぁ
「よしじゃあ、いよいよやっていきますか! ここからは進行お願いできる?」
「う、うん。わかった」
こほん、とひとつ咳払い。ようやく本来の進行に戻る。
日本語での説明はあー姉ぇがやってくれるとのことで、俺は英語側を担当する。
《最初の挑戦は――》
しかし、ようやくはじまった本編も波乱続きだった。
ファンからすればいつもどおりなのだが、姉ヶ崎モネの配信は行き当たりばったりが多い。
それでも最後はなぜかみんなを笑顔にしてしまう、剛腕なトーク力の持ち主。
なのだが、巻き込まれる側になってみるとたまったもんじゃねぇえええ!?
しかも、この悪友にしてこの子あり。
あんぐおーぐもあー姉ぇと仲がいいだけあって、かなりのイタズラ好きだ。
あー姉ぇに負けず劣らずのトラブルメーカーだった。
《おーぐちゃん今、ズルしたでしょ?》
《やべっ! ピ〜ヒョロロ〜。な、なんのこと? 知らないなー。ワタシの視聴者もみんな「知らない」ってコメントしてるぞ?》
《今、二窓してそっちの配信のコメントも見てるけど、みんな『知ってる』『バレた』ってコメントしてるよ?》
《ぐるるるっ……厄介な!? アネゴだけなら英語読めないし、チョロかったのに!》
「え? 今、あたしのこと呼んだ? それよりおもしろいこと思いついたんだけど、問題追加しない?」
「ヒィっ!? あー姉ぇの思いつきは毎回、ロクなことにならない! しかもだれにも止められないっ!」
そんなこんなで最後のほうはもう振り回されっぱなし。
しかし、ヘトヘトになりながらもなんとか走りきった。
たった1時間ちょっとの配信だったのにドッと疲れた。
配信ってこんなに体力を使うものだったのか。
「それじゃあご視聴ありがとうございましたぁ〜。せーのっ!」
「まった姉ぇ〜っ☆」
《”れすと・いん・ぴぃいいいす!”》
「やっと終わった。もう疲れた……お疲れぇ……たー、ありげーたー」
《ぎゃははは! ”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”!》
そのまま配信は閉じられた。
なんか最後、疲労のあまり変なこと言った気がする。あんぐおーぐにもマネされてしまった。
「おつかれ〜。イロハちゃんよかったよ、めっちゃ助かったー。ありがとね〜」
《”オツカレサマデシタ”。イロハチャンすごくおもしろかった。ワタシ最後のすごく好き。”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”! ぎゃははは!》
《おーぐちゃん、配信でもいっつもそういうジョーク言ってるもんね。笑ってもらえてうれしい……って、わたし今おーぐちゃんと会話してるぅううう!?》
《今さらでワロタ》
「なんにせよ大成功! トレンドにも載ってたし、記念配信以外だと最近で一番同接多かったかも」
「そう、それはよかった」
俺はイスの上でぐでーっと崩れ落ちた。
苦労した甲斐もあった、というものだ。
「っと、そろそろ本当に時間がヤバい。未成年をこれ以上引き止めたら、大人としていろいろと責任が」
《時間? 了解。もっと話したかったけど仕方ないね。イロハチャン、また一緒におしゃべりしようよ》
《うぇっ!? おーぐちゃんとまた!? それはめちゃくちゃうれしい! うれしいけどもぉっ……!》
ぐぬぉおおおう!?
俺の中でまたイチ推しと話せるよろこびと、ファンとしての一線を守りたい気持ちがせめぎ合っている。
「はいはい、その話はまた今度ね。イロハちゃん、家まで送るよ。今日は疲れただろうし、助けてもらったお礼はまた後日にゆっくりと」
「助かるよ、あー姉ぇ。……騙し討ちしたことは許さないけど」
「まだ根に持ってる!? べつにVTuberであることを隠してたわけでもないんだけどなぁ。時間ないし、そもそもVTuberを知らないかもだし。わざわざ説明するより、配信者とだけ伝えたほうが混乱しないと思ったんだけど」
「あー姉ぇは、自分が策を弄してよくなった試しがないことを自覚すべき」
俺は最大限の恨みを込めた視線をあー姉ぇへと送っておいた。
あー姉ぇはケロッとしており、ちっとも効いてない。こいつめ。
《それじゃあね、イロハチャン》
《じゃあね、おーぐちゃん》
《”オツカレ〜ターアリゲ〜ター”》
そこであんぐおーぐとの通話が切れた。
よほどあのフレーズが気に入ったようだ。
ぐぐっと背伸びする。
俺としてはともかく、”わたし”としてはもういい時間だ。
帰ろう、と部屋の扉を開ける。
そこに女の影が立っていた。
「ぎゃぁあああ唐突なホラー展開ぃいいい!?」
「あっ、お姉ちゃん! イロハちゃん!」
そこにいたのはマイだった。
わ、忘れてた。
「もうっ、待ちくたびれたよぉ~! もう終わったぁ~? じゃあこれから3人でなにして遊ぶぅ~!?」
「いや、帰るけど?」
「がーん!?!?!?」
マイ、なんて不憫な子……。
明日はちょっとだけ学校でやさしく接してあげよう、と思った。
* * *
そして翌日、運命の歯車が動きはじめる。
朝イチであー姉ぇから着信。お礼の話かな? と俺は電話に出た。
『イロハちゃんがバズってる』
「……へ?」
スクショを見せられた。トゥイッターのトレンド1位を獲得していた。
えぇえええええええええ!?!?!?