言語チート転生〜幼女VTuberは世界を救う〜

 インドで実際にあった話。
 ――言語を勉強するための言語が必要になった。

 まさしく、これが必要性だ。
 しかしこれだけではまだ”英語”である理由がない。

「じゃあなぜ英語が選ばれたのかというと、インドの言語で教科書を作ろうと思ったときに問題が起こったからだって。それは……」

 コメント欄を確認する。いろいろと予想が書き込まれている。
 正解は――。

「”語彙数が足りなかった”から。”語彙がちがいすぎた”といってもいい。国際標準に沿って教科書を作ろうとしたんだけど、対応する単語がなさすぎてまともに翻訳することができなかった」

 たとえば英語にあってインドの言語にない単語があまりにも多い。
 不可能ってわけじゃないが、ひとつの単語を表すのにあまりにも冗長な表現になってしまう。

 だれだって「りんご」を毎回、「丸くて木に生って、皮が赤くて、中身が白くて、真ん中に黒い種があって、甘酸っぱい食べもの」などと説明するのはイヤだろう。
 もちろん今のは大げさにいえばの話だが。

「そんなわけで、教科書はそのまま英語のものを使うことにして、逆に、まずは英語そのものを学ぶことになった。そうして英語はインドの準公用語になっていった」

 もちろん全員が全員、英語の教科書で学んでいるわけでもない。
 上記がとくに顕著なのは非ヒンディー語圏や都市部の話で、ヒンディー語圏はそのまま勉強している。

 そういう部族的な意味でも英語はじつに中立だ。
 今となっては英語が第一言語になっているインド人も少なくない。

「それに対して日本の場合なんだけど、はっきり言ってあまりにも日本語が――”優秀すぎた”」

 おそらくは、すべての自然言語の中でも一番すぐれている。
 もちろん”あらゆる面において”という意味ではないが……。

「こと翻訳においては、日本語より優秀な言語はないと思う。まぁその分、習得難易度がバカ高くなっちゃってるんだけどね」

>>草
>>日本人だけど日本語わけわかんねぇw
>>ひらがな、カタカナ、漢字と種類多すぎなんだよなぁ

「日本語は表現の幅がめっっっちゃくちゃ広いんだよね。ほぼすべての言語の、ほぼすべての言葉は日本語でも表現可能、っていわれるくらい。実際、世界でもっとも翻訳本の数が多いのも日本語なんだよ」

 外国語から日本語への翻訳本がもっとも種類が多い。
 このあたりは識字率や文化や人口も関わってくるが、それを差っ引いてもやはり日本語は異常だ。

「その一番の要因はやっぱり、さっきコメントでもあったけど、3種類の文字を併用していることだと思う。それも表音文字と表意文字を。だから新しい単語を生み出すのもすっごく得意」

 文字と発音がイコールであるひらがなやカタカナ。
 文字そのものが意味を持つ漢字。
 それらを併用しているからこそ、受け入れが広い。新たな単語も柔軟に日本語に組み込めてしまう。

「そんなわけで、英語をそのまま使う必要もなかった。……で、ここまでが前フリ」

>>え!?
>>まだ本題じゃなかったの!?
>>思いっきりマジメに聞いちゃってたわwww

「元々は、なぜ日本人は英語を……というか外国語を、かな? 覚えるのが苦手なのか、って話だったでしょ。で……あ、ちょっと待って。お水飲む」

>>ズッコケたわw
>>このタイミングでwww
>>ごくごく……

 俺は「ぷはっ」と息を吐いた。
 水分補給は大事。古事記にもそう書いてある。

「ごめんごめん、お待たせ。では、改めて。まず大前提としてわたしは、日本人は言語能力がむしろ高い人種だと思ってる」

>>そうなの?
>>日本語とかいう超高難易度言語使えてる時点で
>>漢字すごく難しい(米)

「そう! 日本語の習得は難しいの! けど全部が全部難しいわけじゃない。難しいのはあくまで”書き文字”にかぎった話。むしろ会話については、習得が簡単な部類に入る」

>>マジ?
>>それは意外やわ
>>俺の英語圏の友だちも日本語話せるけど書けないって言ってたわ

「たとえば英語の場合、発音とアルファベットを覚えれば終わり。けど日本語の場合、発音とひらがなカタカナを覚えても終わりじゃない。漢字を学ぶ必要があるから」

 いってしまえば漢字というのはプラスアルファなのだ。
 他国の言語習得に比べて、追加でひとつ書き文字を覚えているにも等しい。

「母国語を学習する時点ですでに、外国語をひとつライティングできるようになるのと同じくらいの労力が追加でかかってる。つまり英語が覚えられないのは――”リソースの振り分け”が原因だとわたしは思う」

 学習のリソースにはかぎりがある。
 実際、子どもにバイリンガル教育を施すことで”セミリンガル”になってしまう場合がある。
 両方の言語とも一人前に話せない、というパターンだ。

「日本人は書き文字の能力は十分ある、というかそっちに割り振りすぎた結果が今なんだと思う。みんなも英語、リスニングよりライティングのほうができる、って人多いんじゃないかな?」

>>言われてみれば
>>ライティングはまだマシやわ
>>けどそれは学習順序の問題じゃない?

「たしかに。海外だと話すことからはじめて書くことへ移行する。赤ちゃんだってそう。けれど日本でも同じようにしたからといって、同じように話せるようになるかは正直、怪しいと思う」

 大人になってから外国語を学ぶのなら、その理屈も通る。
 しかし子どもにそれをやらせようとした場合……。

「さっきも言ったとおり、日本人はライティングのほうが能力高いから。かかるリソースを抑えるためにも、まずはハードルの低いほうから学ばせようって考えなんだと思う」

 ただし、元から優秀な子どもは例外だ。
 さっきのはあくまで日本の”落ちこぼれを出さない”という教育においての話。
 リソースが足りなくなって落ちこぼれとなる子を減らすための措置だから。

「とまぁ、いろいろ語ったけど……まとめると。日本においては、日本語が母国語で、漢字が第一外国語、そして英語は第二外国語にも近しい。そう考えると英語を覚えるのが難しいの、納得しやすくない?」

 ここまでが俺の意見。
 コメント欄ではさまざまな意見が飛び交っていた。納得、肯定、反論、指摘などなど。
 俺はしばらく眺めたあと、一番大切なことを告げる。

「ただし今のは”学校英語”の話。正直、点数を取るには勉強しかないと思う。けれどもし、英語を話せるようになりたいのなら――まずは恐れず飛び込んでみるべきだね」

 俺は前世での最期を思い出していた。
 自分がアメリカへ渡ったときのことを。

「あとは好奇心」

 あのときVTuberの国際イベントのため海を渡らなければ、今の俺はなかった。
 俺がこうして話せるようになったのは、今思えばあれがきっかけだった。

「だからみんなも、推しがいるならぜひ外国語を覚えよう! あるいは外国語を覚えて、さらなる推しを発掘しよう! 絶対に必要になるときが来るから!」

>>草
>>結局そこかいwww
>>いつものイロハちゃんで安心した

 まぁ、俺は外国語がわかんなかったせいで、わけもわからず死んでるからな!
 これほど実感の伴った言葉もないだろう。

 必要性、リソース、失敗を恐れないこと、好奇心。
 大事なのはなにか? コメント欄での議論は長く、白熱し続けた――。

   *  *  *

 その翌日。
 俺は学校に着くなり「イロハちゃん!」とマイに声をかけられた。

「ん、どうしたの……ごほっごほっ。あ゛~、昨日の配信はちょっとしゃべりすぎちゃってさぁ~、もうのどがガラガラで~」

「それどころじゃないよ!」

「あ。そういえばあの転校生、やっぱりわたしの正体知って――」

「ああああの子、ヤバいよぉ~~~~!?」

「え」

 思わず固まった。
 マイが脂汗なんてものを浮かべているところを、俺ははじめて見た――。

「ふーむ」

 マイに話を聞くが、どうにも要領を得ない。
 ずいぶんと動揺しているようだ。

「よし、わかった」

 俺は決断した。
 なぁなぁにするつもりだったが、マイがこんな状態になるなんて。
 これは一度、俺自身が向き合わねばならぬ問題らしい。

「オハヨ、ゴザイマス」

 ちょうど登校してきた転校生を見かけ、俺は立ち上がった。
 マイがとなりで「え!?」と声を漏らす。

 おろおろとマイの手が宙を掻いている。引き留めるべきか迷っているのだろう。
 俺は安心させるべく力強く頷いてやった。

 途端、マイは勢いよくブンブンと首を横へ振りはじめる。
 そんなに心配しなくても大丈夫だ。という意味を込めてサムズアップをして、俺は歩き出した。

「ちがっ!? そうじゃなくてぇ~!?」

 俺は背後の声をムシして、転校生の前に陣取った。
 問題ない。いざというときはブザーでも鳴らせばいい。

「っ!? イロハサ……イロハ、チャン。アノ、エット、オハヨ、ゴザイマス」

「おはよー。<ねぇ、今日の放課後空いてる?>」

<え!?>

<授業が終わったら、校舎裏で会おう>

<!?!?!?>

   *  *  *

「アノ、イロハ……チャン。オマタセ」

<ウクライナ語でいいよ。ごめんね。呼び出しちゃって>

<いっ、いえ!>

 転校生はビクビクと挙動不審だった。
 なんだか俺が悪いことをしている気になってくる。
 というか冷静に考えて校舎裏に呼び出されるとか怖すぎなのでは?

<べつに取って食おうってわけじゃないから安心して。聞きたいことがあっただけなの>

<な、なんでしょうか?>

<えーっと、わたしのことよく見てるよね? なにかその、理由があったりでもするのかなーと思って>

<えぇえええ!?!?!? み、みみみ見てるのバレてたんですか!?!?!?>

<いやいや、ガン見だったじゃねーか!>

 えぇえええ!? 自覚なかったのか!?
 そっちのが驚きだわ!

 転校生は<ウソ><そんな><恥ずかしい>とぶつぶつ呟いている。
 なぜアレでバレてないと思ったのか。いや、子どもの注意力なんてそんなもんか。

<えと、あの、あれは、その、無意識で……ごめんなさいっ!>

 転校生は慌てふためいていた。
 どうやら、幸いにも悪意を持ってこちらを見ていたわけではなさそうだ。
 となるとやはり……。

<べつに怒ってるわけじゃないよ。ただちょっと、わたしもあなたのことが”気になってた”だけ>

<え……ワタシのことが、ですか?>

<うん>

<!?!?!?>

 俺は深呼吸して、意を決する。
 こちらの決意が伝わったのか、転校生もごくりと生唾を飲み込んだ。

<それで……その、聞きたいんだけど。やっぱり、あなたはわたしのことを――>

<あの、それは、じつは、その、ワタシはあなたのことを――>


<――知ってるの?>
<――愛してます!>


<<……え?>>

 時間が止まった。
 お互いに至近距離で顔を見合わせる。

<<えええぇええええええ~~~~!?!?!?>>

 お互いに大混乱で、あたふたと身振り手振りしてしまう。
 はぇえええ!? もしかして俺って今、告白された!? なんで!?

<ど、どどどどういうことなんですか!? 日本では校舎裏に呼び出したら愛の告白をするんじゃないんですか!?>

<だれだそんな知識吹き込んだやつは!?>

<え、だって転校してきてから校舎裏に呼び出されたときは毎回、告白されてたので……>

<美少女か!?>

<え、えへへ……ありがとうございます>

 褒めてねぇよ!
 なんだこいつリア充か!? そんなにモテモテだったのか!?
 まだ転校してきて数週間だろーが!

 というか……ん? あれ? ちょっと待って?
 もしかして転校してからクラスメイトとギクシャクしてると思ったけど、あれってたんに美少女すぎて近寄りがたかっただけ?

 それが最近、日本語もいくらかわかって距離が縮まってきたから……。
 んなもん、わかるかぁー! アニメキャラならまだしも、俺にゃあ人間の顔なんて大して見わけつかねーよ! 良し悪しなんてなおさらだ!

 神秘的? な外見に加えて、おそらく性格もよいのだろう。
 まぁ、男子が惹かれるわけだ。俺にはさっぱりわからないが。

<なんで、よりによってわたし?>

 今の俺って女だよな? 間違ってないよな?
 たしかに最近はちっとばかし、現実にも興味を持ててきた。
 だからって恋愛にまで興味が湧くほど、現実を認めたわけではない。

<きっかけは、その……これです>

 取り出されたのは学生手帳だった。
 開かれるとそこには、丁寧に折りたたまれたプリントが一枚。
 俺が作った日本語とウクライナ語の対応表だった。

<最初、日本は排他的で寂しい国だと思いました。日本人は日本語ができる人にはやさしい。でもわからない人には厳しい。そう思ってました。……けど、このプリントをもらってから世界が変わりました>

<それを言うなら、一番最初に話しかけてくれたあの男の子……えーっと>

<男の子……?>

 あー、ダメだ。名前を思い出せない。
 他人に興味がないから、人の名前を覚えるのも苦手だ。
 VTuberの名前ならいくらでも覚えられるのに。

<あっ、わかりました。最初に告白してきた人ですね。あの人は苦手です。最初はやさしかったけど、途中からイジワルしてくるようになりました。ワタシのことがキライになったんだと思います。それなのに告白してきたから、きっとからかってきたんですね>

<男の子ー!!!!>

 俺は崩れ落ちた。
 なぜ、そこで素直になれなかったんだ!

<あのとき最初に話しかけようとしてたのはイロハ……チャンです。男の子は割り込んできただけです>

 そうだったかなー!?
 そんなことなかったと思うけどなぁー!

<イロハ……チャンにプリントをもらってから、自分でも日本語の勉強をするようになって。スマートフォンで勉強の動画を探したりして>

<ん?>

<それで……見つけちゃったんです>

<んんん!?>

 マズい。まさかこの流れは。
 転校生がスマートフォンの画面を見せてくる。

<ごめんなさい! ワタシ、イロハ……チャンが配信してることを知ってしまいました!>

<あああぁぁぁ……!>

 やっぱりバレてたらしい。
<ごめんなさい! ワタシ、イロハ……チャンが配信してることを知ってしまいました!>

 転校生が見せてきたスマートフォンの画面。
 そこには俺の『ウクライナ語講座』の配信が映っていた。

<そっかーバレちゃってたかぁ……。いやまぁ、そんな気はしてたけど>

<ご……ごめん、なさいっ。ごめっ……う、うぅっ!>

<え、ちょっと!?>

 転校生がボロボロと泣き出してしまう。
 うぇえええ!? 男はだれだって女の子の涙には弱い。
 どう対処すりゃいいのかわからん。

<よ、よーしよーし。大丈夫だよー。怖くないよー>

<ふぇっ……!?>

 とりあえず危険物でも扱うような手つきで、そっと頭を撫でてみる。
 これが男女なら気持ち悪いが、幸い今は女の子同士。ギリギリセーフ、なはず。

<う、うえぇええええええん! ごめんなさぁあああい!>

<なんでぇー!?>

 余計に大声で泣き出してしまった。
 転校生は嗚咽混じりに、しかし怒涛のごとく言葉を吐き出しはじめる。

<最初は有名な配信者だって気づいてビックリして、けど日本とウクライナを繋ぐためにこんな活動をしてるんだってわかって、もしかするとワタシのためってのも、いくらかあるのかもとか思って。ワタシにとってイロハ……チャンはヒーローみたいな人で>

<お、おう?>

 いや、まったくそんな理由ではない。
 コメントで言われなければウクライナ語講座をすることもなかっただろうし。

<それでだんだんと学校でも意識しちゃうようになって、けどナイショにしてるみたいだから言っちゃダメで、迷惑かけないようにしなきゃいけないと思って。でもやっぱり気になって目で追っちゃって>

<うんうん>

<そのうちイロハ”サマ”の声を聞いたり、お姿を見るたびに心臓がドキドキするようになっちゃって。イロハサマのお言葉をひとつ残らず理解したくて必死に日本語を勉強するようになって>

<うんう……んんん!?>

<イロハサマの声が好きで、いろんな言語を話せるところもすごくて好きで、勉強できるところもかっこよくて好きで、ちょっと男勝りだったりもする性格が好きで、けど運動だけはダメダメなところもかわいくて好きで>

<え、ちょっと待って。照れるけど、その前になんか変なのが>

<あーもう”マヂムリ”ぃ……! ”トウトイ”……! ”イロハサマ、マジ、テンシ”ぃ……! ふえぇえええん!>

<!?!?!?>

<つまり、ワタシ……ワタシ、イロハサマの――>


<――ガチ恋勢なんですぅ~~~~!!!!>


<……はいぃいいい!?>

 好きって、あー……えっ、そういう!?
 そっかー。なんだ、そうかー。……そっかー。

<ひっぐ……ぐすっ、えっぐ……>

 それからようやく転校生が落ち着いてくる。
 なんというか、めっちゃ気まずい。

<ご、ごめんなさい、泣いちゃって。イロハサマにお声かけいただいたうえに、その御手で触れられあまつさえお撫でいただいたことで、感極まってしまって>

<あっ、申し訳なくて泣いてたわけじゃなかったんだ>

<いえ、もちろん申し訳なさもいっぱいです! だって()介のファンでしかないワタシが、イロハサマの生活に干渉してしまうだなんて。まるで認知を求める()介ヲタクがごとき所業。ワタシはいったいなんということを……!>

<ダ、ダイジョウブダヨー>

 俺はそろーりとすこしだけ距離を取った。
 なんだろう。愛が重すぎてちょっと怖いんだが。

 もしかしなくてもこの子、VTuberのそれもきわめて特殊な事例をもとに日本語を学んだせいで、おかしな方向へ認知が歪んでしまっていないか?
 日本文化に変な影響受けてない?

<つまり、イロハサマはワタシの心のよりどころなんです>

<う、うん。ちょっと待ってね。まずはさっきから言ってる『イロハ”サマ”』ってのを説明して欲しいんだけど>

<ご、ごめんなさいっ! 思わずいつものクセで!>

<いつもなんだ!? そ、そっか。いや、うん。い、いいんだよ>

<ありがとうございます、イロハサマ!>

<う、うん>

 なんだかすっごく頭が痛い。
 考えたら負けな気がする。

<一応、確認しておきたいんだけど。わたしのガチ恋勢って言ったじゃん? それは今のこの(・・)わたしと付き合いたいって意味だったり?>

<~~~~~~!?!?!? あっ、いえっ、それはっ、あのっ……>

 転校生が百面相する。
 なにやらものすごい葛藤があるらしい。早口でなにかを呟いている。

<認知されるのはうれしい。付き合えたならどれほど幸せだろう。けれどなんと恐れ多い。ワタシのような民草が天上におわしますイロハサマと釣り合いなど取れるはずもなく。しかし……!>

<あっ、女の子同士だってのは気にしないんだ>

<はい。ウクライナではもうすぐ”シビルパートナーシップ法”が制定される可能性が高く、実質的に同性婚が認められます。ワタシたちが成人するころには問題にもならないでしょう>

<そ、そう>

 即答だった。
 そっか、調べたことあるんだ……。

<イロハサマは気にしますか!? もしかして女の子同士はダメですか!?>

<えっ。いやー、そのー、まーべつにいいんじゃないかなー? け、けどわたしはダメだからね!? わたしは……そう! VTuberにしか興味がないから!>

 そうだ。仕事一筋、ということにしてしまおう。
 あるいは配信を見ることで手一杯。

 とっさに出たにしては、ガチ恋勢にも配慮した完璧な回答だな。
 俺もVTuber業がだいぶ板についてきたじゃないか。

<VTuber……そっか。なるほど。わかりました! VTuberですね!>

<え? う、うん>

 やけに力強く頷かれてしまった。
 な、なぜ……?
 今は恋に興味はない。
 わたしはVTuber一筋だから!

 と答えたはずなのだが、なぜかやけに強く頷かれてしまった。
 これは……あれか? ガチ恋勢として匂わせがないことに安心した、みたいな話か?

 その気持ちはまぁ、わからないでもない。
 俺も推しに”裏切られた”ような気持ちになってしまうことはあるから。

 俺はユニコーンではなかったので、ギリギリ反転アンチにならずに堪えられたし、せいぜいがゲロ吐くくらいだったし、仕事が手につかなくなったので病院へ行ってメンタルケアをお願いした程度の”軽傷”で済んだが。
 ……え? もちろん前世での話だ。

 しっかし本当に気まずいな!?
 早くこのふたりきりという状況から脱出させてくれ! だれか助けてくれぇえええ!
 ……そんな心の叫びが届いたのか。

「あぁ~~~~! やっと見つけたぁ~~~~!」

「マイぃいいいいいい!」

 校舎裏に「ぜーっ、はーっ」と息を切らしたマイが現れた。
 遅いよバカぁ~!

 これほどまでマイに会えてうれしかった瞬間はないだろう。
 俺は救世主の参上に心から感謝した。

「って、イイイイロハちゃん!? やっぱりその子と会ってたんだ!? ダメって言ったのにぃ~~!」

「言ってたっけ?」

「言ってたよぉ~! なんども引き留めようとしてたよぉ~!」

 マイが頭を抱えて「ウクライナ語だったからどこ行ったかもわからなかったし、放課後気づいたらいなくなってるし。あぁあああ、もっと早く来られていれば」と唸っている。
 そういえば伝えるの忘れてたわ。

「すまんすまん」

「まったくだよぉ~! それよりもイロハちゃん大丈夫だった!? まさか”また”キスされてないよね!? イロハちゃんはマイのだから! 絶対に渡さないから!」

 マイが俺の腕にしがみつき、転校生を威嚇している。
 「また」ってなんだよ! あんぐおーぐとのはノーカンだから! 事故だから!

 けれど「渡さない」って、なるほど。
 マイがあれだけ動揺していたのは、転校生が俺にガチ恋してると知り”友だち”を取られると思ったからだったのか。
 そんなマイを見て転校生は……。

<……フッ>

「なぁ~っ!? イロハちゃん見た!? い、今っあの子、マイのことを鼻で笑っ……! ムキィ~~~~!」

 ふたりがバチバチとにらみ合っている。
 って、あれ? マイが登場して余計に話がややこしくなってないか?

「……もう好きにしてくれ」

 俺は考えることを放棄した。
 あ~、すぐにでもVTuberの配信を見て心を癒したい。

 ふと自分が持っていたものに気づく。
 そうか、これはこのときのためだったのか。

 俺は無心で防犯ブザーのひもを引っ張った。
 けたたましい音が校舎裏に響き渡った――。

   *  *  *

 数日後……。
 学校で廊下を歩いていると、視線を感じた。

 ハッと振り向くと、曲がり角からじぃ~っと転校生が見ていた。
 視線がかち合った。

<!?!?!?>

 向こうもバレたと気づいたのか、あたふたと顔を隠す。
 いや、隠れてるのかそれは……?

 スマートフォンで鼻から下だけを隠し、目はいまだチラチラとこちらに向けられていた。
 あの画面ではおそらく、俺の動画が再生されているのだろう。
 というか彼女のスマートフォンは壁紙まで”翻訳少女イロハ”だった。

 そしてどこからともなくマイが現れ、俺に腕を絡めてくる。
 警戒心マシマシの視線を転校生に向け、転校生もまたマイを挑発する。

 あの日以降、これが俺の学校生活における日常となった。

    *  *  *

 騒がしくなった学校生活も、毎日続けば日常だ。
 なんだかんだアレに慣れてしまった。我ながら人間ってすごいな。

 予定されていた各国の、海外勢VTuberとのコラボ配信も無事に終わって……。

《ふぅーん? へぇー? ほぉー? イロハはずいぶんと学校生活をお楽しみだったんだなぁー?》

《うん、ほんっとに! 最初はどうなるかと思ったけど、今はうまくやってるよ。おーぐは?》

《むっ……!? ま、まぁ? ワタシも最高だけどなっ!》

>>気づいてやれイロハ、正妻が嫉妬してるぞwww(米)
>>おーぐはイロハちゃんのヨメだからね
>>イロハは女たらしだから、ちゃんと首輪つけておかないと(米)

 今日はたまたま予定が合ったので、あんぐおーぐとコラボ配信だ。
 その雑談の流れで近況報告をしていた。

《ヨメじゃない! 嫉妬もしてないし! ただ、イロハもずいぶんと忙しくなったなー、と思っただけ。今日だって1ヶ月ぶりのコラボだし》

《え、もうそんなに経ってたっけ? 前ってたしか自由研究だよね?》

《ひどっ!? イロハは、ワタシのこと考えもしなかったんだ!?》

《最近はドタバタしてたからなー。うっわー、時間経つの早い。っていうか、忙しくて予定合わなかったのはわたしじゃなくおーぐが原因でしょ。いろいろと準備中なんだよねー?》

《うぐっ……ま、まぁな》

>>アレか(米)
>>アレだな(米)
>>遠距離恋愛はツラいな

《恋愛じゃない! けど、はぁ~。イロハと会って一緒に遊びたい。早くアメリカに遊びに来てよー。約束したじゃん-?》

《わたしも行きたいんだけど学校があるからねー。長期休暇も、今年の冬は受験、来年の春は入学……だから来年の夏かな》

>>イロハちゃんアメリカに遊びに来るの!?(米)
>>アメリカ観光なら俺たちに任せろ(米)
>>めっちゃ楽しみ!!!!(米)

《来年の夏!? そんなの遠すぎて待ちきれないよ! 学校に「旅行するから休みます」って言って来てよぉ~》

《えぇっ!? そんなの絶対にムリ!》

《あ、そっか。日本ってそーゆーの厳しいんだっけ》

>>旅行で学校休んじゃダメなの?(米)
>>日本人は学生までマジメなんだな(米)
>>日本じゃ死にそうな病気以外で休暇を取るのは悪と見なされるからね(米)

《あはは、さすがにそこまでは厳しくないよ。けど早く会いたいのはわたしも同じ》

《そのときはワタシが完璧に”オモテナシ”してあげる》

《うん、よろしくー。とまぁ、ここまでまるで久しぶりの会話みたいなこと言ってるけど、じつは裏では2日おきくらいで通話してるんだけどね》

《なっ……!? お、おいっ! バラすなよ!?》

 あんぐおーぐが慌てた様子で声を漏らした。
 じつは裏で、あんぐおーぐとはしょっちゅう電話していた。
 だから、俺も前回のコラボから1ヶ月も経っていた感覚がなかった。

>>!?!?!?
>>てぇてぇがすぎるんだが???
>>まるでハトみたいにラブラブだぁ(米)

《そろそろいい時間だし、お開きにしよっか。最後におーぐからなにか宣伝とかはある?》

《あるよー。じつは……まもなく、ワタシの『誕生日記念3Dライブ』があります!》

《フゥウウウ! 待ってたぜ!》

>>フゥウウウ! 待ってたぜ!(米)
>>やったーーーー!(米)
>>イロハちゃんの反応が俺らとまったく一緒で草(米)

《日程はこうなってます。「日本時間でのスケジュールはこれデス。日本のミンナも、ぜひ見に来てネ!」》

>>任せろ!
>>絶対に見に行きます!
>>めっちゃ楽しみ!

《ワタシからの宣伝はこれくらいかな? イロハからはなにかある?》

《わたしはもうちょっと先になるけど……ただいま、新衣装の準備中です! まだお披露目の日程も決まってないけど、ぜひぜひお楽しみに~》

>>マジかよ!?(米)
>>え、なに、新衣装!?
>>今日の宣伝、豪華すぎるだろ!(米)

《じゃあ、宣伝もこれで全部かなー》

《イロハちゃんの誕生日は4月だっけ?》

《そうそう。あー姉ぇとおーぐとのコラボ配信にはじめて参加した日だよ。あのときはまだVTuberじゃなくただの助っ人だったけど……それでもやっぱり、VTuberとしてのわたしが生まれたのはあの日、おーぐとはじめて話した瞬間だと思うから》

《……おう》

《あ~! おーぐ照れてる!》

《う、うるさいっ》

>>てぇてぇ
>>てぇてぇ(米)
>>いいぞもっとやれ(米)

《今日の配信はもう終わり! ”オツカレーター、アリゲーター”!》

《はいはい。それじゃあ、みんな”おつかれーたー、ありげーたー”》

>>おつかれーたー
>>おつかれーたー(米)
>>おつかれーたー(米)

   *  *  *

 配信を終えてヘッドホンを外す。
 解放感に「ふぅ」と吐息が漏れた。

「3Dモデル、かぁ」

 これは、あんぐおーぐのマネージャーから聞いた話だが……。
 俺があんぐおーぐの3Dライブに参加する、という案もあったらしい。

 しかし3Dモデルがないことが理由で、お祝いメッセージを送るだけに留まった。
 さすがに今から3Dモデルを用意しても間に合わないし。

「できることの幅がちがう、か。今さらながら、あー姉ぇに怒られた理由がわかった気がする」

 俺の場合は”歌えない問題”があるからどっちにしろ、だけど。
 それを差し引いても……だな。

 それに新衣装や3Dモデル代だけじゃない。
 歌やダンスのレッスン代、機材もまだまだ足りていない。

 VTuber業はこんなにもお金がかかるのか、と驚く。
 視聴者として話を聞いているだけではわからなかった現実が、そこにはあった。

 そしてなにより、登録しまくっているメンバーシップ代を稼がねば!

「たった100人を推すだけでも毎月5万円の固定出費だもんなー。世知辛い」

 とくに最近は情勢不安などで急速な円安、ドル高になっている。
 MyTubeもその影響を大きく受けている。

 最近も価格の改定が起こったばかり。
 今はとくにAIPhone|《アイフォーン》からスーパーチャットを送った場合が酷い。

 黄色のスーパーチャットを投げた場合を考えよう。
 AIPhoneからの黄スパ最低額は1600円。
 Appole税が600円。
 MyTube税が300円。
 さらにそこから所得税が引かれる。

 1600円投げて、配信者の手元に残るのはたった400円。
 すなわち投げた額のたった1/4しか届かない、なんてことも。

 計算に入れていないが、もちろん機材代や作曲代などの費用もかかる。
 事務所に所属しているなら、その取り分も。

「ほんと世知辛い世の中だなぁ~」

 勘違いしてはいけないのは、値上げした側が決して悪いというわけではないこと。
 だれが悪いとかではなく、みんなが苦しい。

 まぁ、俺の場合は、その収入をさらにスパチャやメン代として投げてるわけで。
 ある意味、二重にMyTubeくんに税金を納めてるんだけどな!

 そのとき、ピコンとメッセージが届いた。
 ん? なになに? これは……。

「――クイズ企画へのお誘い?」

 とある有名なVTuber企画への招待状だった。

   *  *  *

「というわけで、はじまりました! VTuberクイズバラエティ番組! 本日の解答者はこちら」

「「「「いえーい!」」」」

「端から順番に自己紹介をどうぞ!」

「どうもー。”わたしの言葉よあなたに届け!” 翻訳少女イロハでーす」

>>イロハロー
>>イロハロー
>>イロハちゃんきちゃー!

「というわけで、一人目の解答者は翻訳少女イロハちゃんです。彼女は非常に語学堪能なリアル小学生とのことで。大人のみなさんにはぜひ、負けないようがんばってもらいところです。なにかイロハちゃんから意気込みなどはありますか?」

「この番組に呼んでもらえるなんて、めちゃくちゃうれしいです! 過去の回も全部、視聴させてもらってます! 今日は精一杯がんばります!」

 そうして、クイズバラエティが開幕した――!
 続いてほかの参加者たちも自己紹介を行っていく。

「ありがとうございます。いやー、こう言ってもらえると、この企画もここまで大きくなったか、とうれしくなってしまいますね。ぜひ優勝目指してがんばってください。では次の解答者、自己紹介をお願いします」

「”みんな元気ぃ〜? みんなのお姉ちゃんだヨっ☆” 姉ヶ崎モネでーすっ☆」

>>アネゴ好きだぁあああ!
>>アネゴ好きだぁああああ!
>>アネゴ好きだぁあああああ!

 今日はあー姉ぇも一緒に番組に参加している。
 最近、バラバラに企画に参加していることが多かったので、今日は……不安だな!?

 大丈夫かなあー姉ぇ? 絶対になにかをやらかす気がする。
 今からお腹が痛いんだが!?

「というわけでアネゴさんです。たしか本企画への参加は2回目ですよね? 前回、参加いただいたときはある意味で伝説となりましたが、今回の意気込みはいかがですか?」

「いやもうカンペキ! なにより今回はイロハちゃんもいるから姉ぇっ☆ 学力テストでの雪辱を晴らすときが来たってわけよ!」

「雪辱を果たす、だよ。あー姉ぇ……」

「さっそく不安だー! 情報によるとアネゴさんは以前、イロハちゃんが主催する学力テスト企画にて大敗を喫した過去があるようですね。いやー、これはどうなるか楽しみですね。続いての解答者はうちのレギュラーの――」

 というわけで俺はクイズ企画に一も二もなく飛びつき、参加していた。
 司会者のVTuberに促されて全員の自己紹介が完了する。

「――というわけでわたくしめが本日、司会進行役を務めさせていただきます。そしてこちらにいるのが本日の解説担当です。どうですか、解説はいけそうですか?」

「あー、まー余裕だと思うっすね!」

>>ほんとに大丈夫なのかよwww
>>相変わらずノリが軽いんだよなぁw
>>だれにも信用されてなくて草

「今回は全3ステージで、順番にフリップ問題、なぞなぞ問題、最後にガチの早押し問題という構成になっております。最後まで逆転のチャンスは残されていますので、ぜひ途中で諦めず戦い続けてもらえるとうれしいです。みなさん、準備はいいですか?」

「「「「おぉー!」」」」

「ではまいりましょう。問題!」

 そうしてクイズがはじまった――。

「まずはフリップ問題からです。第1問――」

   *  *  *

 問題.『水曜日』を英語で書いてください。


「おっと、ちらほらと困っている大人勢がいますが、大丈夫ですか? ……出揃いましたね。ではフリップを確認していきましょう」

「『Wednesday』です」

「なるほど。読みは『ウェンズデイ』で間違いありませんか? そちらのかたも……ほう、答えは『Wednesday』。では次、アネゴさんどうぞ」

「ふっふっふ……『Wenseday』! こっちが正解だよ姉ぇっ☆」

「おっと! ここで答えが分かれましたね。読みは同じようですが。では最後にイロハちゃんの回答を見ていきましょう。どうぞ!」

「えーっと、『Wednesday』です」

「おや、ひとり仲間はずれがいるようですね。単独得点なるか? 正解は……『Wednesday』! 正解者に拍手!」

「なんでぇー!?」

「あー姉ぇ……」

>>草
>>知ってたwww
>>アネゴェ……www

「では解説、お願いします」

「ういっす。えー、答えのウェンズデーですが、その語源は北欧神話のオーディンだと言われてるそーっす。オーディン……オーディン、オーディン、オー※□●……ウェンズデーって感じっすね」

>>全然自然じゃなくて草
>>もっとちゃんと変化させろw
>>途中どうなってんだよwww

「これはちょっと簡単すぎましたかね。ひとりを除いて。ところで小学校では英語を学ばないと思うのですが、イロハちゃんはさすがの正解でしたね」

「ありがとうございます。ちなみにフランス語では水曜日を『メルクルディ』と言うのですが、その語源は、オーディンと同一視されることもあるローマ神話のメルクリウス|《ヘルメス》になります。こんなところでも言語が繋がっているんですねー」

「そうなんですか!? えー、情報によるとイロハちゃんはフランス語も堪能だそうです」

「おいスタッフ! 配役間違えてるって! 解説用のカンペ持ってるオレより解答者のほうが詳しいって!?」

>>草
>>くっそワロたwww
>>このイロハって子すごいなw

「あと、じつは今は小学校でも英語の授業があります。必修化されたので。といっても、わたしはちょうどその境目だったんですけれど。あとはプログラミングも必修になりました」

「え、そうなの!?」

「はい」

「えー、わたくしめ、ただいま非常にジェネレーションギャップを感じております」

「プログラミングってなんだっけ? モデルとか写真のお仕事だっけ?」

>>マジか
>>知らなかった
>>アネゴwwwプロのグラマーじゃねぇよwwwwww

「えー、では次の問題へまいりましょう。フリップ問題がすべて終わったので、ここからはなぞなぞ問題となります」

   *  *  *

 問題.とあるスミスが言いました。

「1から5番までの工具を持ってきてくれ」

 それを聞いたお弟子さんは、しかし工具を3つしか持ってきませんでした。
 いったいなぜでしょう?
 問題.とあるスミスが言いました。

「1から5番までの工具を持ってきてくれ」

 それを聞いたお弟子さんは、しかし工具を3つしか持ってきませんでした。
 いったいなぜでしょう?


「さて、そろそろ制限時間です。みなさんよろしいですか?」

「スミスってだれやねぇーんっ!?」

>>草
>>アネゴwww
>>わかった

「では時間です。解答を見ていきましょう。一斉にどうぞ! ……アネゴさんのこれは、えーっと?」

「書いてあるとおりだよ。お弟子さんには手が2本しかなかったから!」

「普通の人間は2つしかねーよ! それに、えーっと、工具は3つですよね?」

「3つめは口に咥えてきたんだよ! これ正解じゃない? どうっ? どうっ!?」

>>ある意味、天才的www
>>これはアネゴwww
>>その発想はなかったわwww

「なるほど。……なるほど? えー、さて。とんでもない解答がきて我々出題陣も困惑しております」

「おいっ!」

「模範解答ならぬ模範誤答としては、お弟子さんが忘れてきたとか、途中で落っことしたとかを考えていたのですが」

「ちなみにオレは初見、スミスさんの目が悪かったからだと思ったっすね。こーやって、乱視? で5つある工具が重なって3つに見えた、みたいな?」

「失礼しました。こちらにもバカがひとりいました」

「おいっ!」

「では最後にイロハちゃん、そちらの解答について説明していただいてもよろしいですか?」

「えーっと、正解は……『one to five(1から5)』を『one two five(1、2、5)』と聞き間違えたから、だと思います」

「見事、正解です! 拍手~! 最初に出ていた『スミス』というのは人名ではなく、英語で『職人』を意味していたんですねー。そのヒントに気づければ正答できたのではないか、と思います」

>>これは良問
>>おもしろいなw
>>今回イロハちゃんいるからか外国語の問題多めやな

「では最後は早押し問題です」

   *  *  *

 問題.虹の外側にもうひとつ、色が逆順になった虹ができることをなんと呼ぶ?


「こちらの問題、難問となっております。しかし大喜利をすると正解しちゃったりするかも? 誤答ペナルティはないのでどんどん――はい、イロハちゃん!」

「24時から2時(・・)を引いて……二重虹(22時)!」

「正解です!」

>>なんて?
>>これはうまい
>>早ぇーよwww

「こちらご存じでしたか、イロハちゃん?」

「はい。あとは副虹……”ふくにじ”とか”ふくこう”とか、二次(・・)()とか呼んだりもしますね。英語だとダブルレインボーと言います」

「あっ。……えーっと、では解説担当さんお願いします」

「もうねーっすけど!? 今、全部言われちゃったんですけど!?」

>>草
>>ワロタ
>>うごご……解説とはwww

「イロハちゃん、ちなみにほかにも解説やウンチクはあったりしますか?」

「えっ、ほかにですか!? えーっと、虹そのものは、英語で雨に弓と書いてレインボー、日本語だと空に弓と書いて天弓、フランス語でも空の弓と書いてアルク・アン・シエルと言います。有名な日本のバンド名はこれに冠詞をつけたところから来ているそうです」

>>へぇー
>>知らんかった
>>それは知ってた

「本当にウンチク出てきちゃったよ。イロハちゃんすごいねーキミ」

「オレたち逆だったかもしんねぇ」

>>草
>>せやねwww
>>これで次回、入れ替わってたらマジで笑うわwww

「というわけですべての問題が終了しました。結果発表とまいりましょう。今回のクイズ企画、優勝者は――」

 そんなわけで俺は見事にトロフィーを獲得した。
 といってもただの演出で、実際に賞金や商品があるわけではないのだけど。

   *  *  *

 ――と、思っていたら後日。
 俺はクイズバラエティの主宰からメッセージを受け取った。

『次回以降、解説役としてクイズ企画に参加しませんか?』

 そういうことになった。
 なんでも解説役をしていたVTuberが、前々から解答役をやってみたいと希望を出していたそうだ。
 そんな中での俺の登場はすごく都合がよかったらしい。

 そうして俺ははじめてのレギュラー番組を持つことになった。


 ……ちなみに。
 あー姉ぇがダントツのビリで、珍回答賞をもらっていた。
 彼女自身は非常に不服そうだったが、当然の結果だよ!

   *  *  *

 そんなこんなで、クイズ企画で解説レギュラーを務めるようになってしばらく。
 俺は新衣装のお披露目配信を行っていた。

>>これは妖精
>>いや、お遊戯会の木の役だろ
>>待て、これはきっと俺との結婚ドレスに違いない

「ちっげーよ!」

 当然のように新衣装のシルエットクイズがはじまってしまった。
 まぁ、お約束というやつだ。

 トゥイッターに投稿されていた大喜利なイラストを紹介し、いよいよ大詰め。
 俺は新衣装のデザインをチラ見せさせていく。

 さて『翻訳少女イロハ』の新衣装とは……!?
《魔法少女!? めっちゃ”カワイイ”~!》

 お披露目配信に遊びに来てくれていた、あんぐおーぐが叫んだ。
 そう、俺の新衣装とは魔法少女だった。

>>これはトランスガール
>>なるほど翻訳(トランス)と変身(トランス)がかかってるのか
>>めちゃくちゃキュートだね!(米)

《でしょ~。じつはここの魔法のステッキのところが、地球儀になってるんだよね》

《おおっ、ほんとだ。最近はすっかり国際VTuberってのが板についたもんなー》

《あとはエフェクトで魔法陣が出せたり。これも散りばめられた文字が、じつは各国の文字になってるんだよね》

《あはは、おもしろいな! 国際要素を取り入れたすごくいいデザインだと思うぞ》

《だよね! ママには感謝しないと! あ、イロハハのほうじゃないよ》

>>サンキューマッマ(米)
>>地球儀、頭の振りに合わせて回転してるな
>>お首フリフリかわいい

《今日は来てくれてありがとうね》

《イロハだってワタシの誕生日でメッセージをくれたでしょ。これはそのお礼》

>>一緒に歌えないかわりにサプライズメッセージを送るってのはいいアイデアだった(米)
>>マネージャーはいい仕事をした(米)
>>おーぐは泣いてたよね(米)

《な、泣いてねーし! まったく、イロハこそいつの間にワタシのマネージャーまでたらし込んだんだか》

《……一番最初から? おーぐのマネちゃんってバイリンガルで日本での打ち合わせも多いでしょ? 細かいニュアンスで困ってたのを、相談に乗る機会があって》

《えっ》

《逆にわたしも、裏方作業で困ったときに助けてもらったりとか》

《う、裏でそんなことが……ぐ、ぐるるるぅううう!》

>>おーぐが吠えたw
>>嫁がヤキモチを焼いてるぞwww(米)
>>イロハはおーぐを煽るのがウマいねw(米)

《おい、マネージャー。あとでワタシと大事な話がある》

《ちがうちがう、いい意味で”ビジネスフレンド”ってだけだよ。さすがに寝落ち通話までしてる相手はおーぐだけだって》

《おいっ!? オマエまたっ!?》

>>寝落ち通話だって!?(米)
>>実質セッ――(米)
>>¥10,000 結婚祝い

《やめろ!? このタイミングでスパチャするな! ……あーもうっ! この話はここまで!》

《そうだね。このあともゲストが待ってるし、そろそろ切りあげないと。今日は来てくれて本当にありがとね!》

《……ふんっ。どういたしまして》

 あんぐおーぐがツンとした態度で言い、堪えきれなくなったようで吹き出した。
 俺もつられて吹き出した。

 本当に怒っているわけじゃない、いつものじゃれ合いだ。
 気が抜けた。今度こそ本当に通話を切りあげよう。

《それじゃあねー。ばいばーい》

《じゃあねー。愛してるよー》

「あ」

 通話が切れ、コメント欄で日本語勢がざわついていた。
 あんぐおーぐも気が抜けたのだろう。

>>今、愛してるって言った!?
>>告白してた!?
>>というか今の、もう付き合ってるってことじゃね?

 俺は「え~っと」としばし悩んでから……。
 面倒くさくなって頷いた。

「おーぐに告白されちゃった♡」

《ちがぁーーーーーーーーう!》

 耳がキィーンとした。
 慌てて通話に戻ってきたあんぐおーぐが叫んでいた。

「日本のみなさん、ちがいマス。今のはアイサツ。告白じゃナイ。《というかイロハはわかってるだろ! いつものクセで出ちゃっただけだから~~~~!》」

>>いつもなの!?
>>クセで!?!?!?
>>墓穴掘ってて草

「ワタシ、エイゴ、ワカリマセーン」

《ウソつけぇーーーー! イロハ、ちゃんとミンナに説明しろーーーー!》

   *  *  *

 そんなこんなで新衣装のお披露目も無事、終了した。
 俺はベッドに仰向けになり、ぼぅっと天井を眺めていた。

 みんな、新衣装のデザインをすんなり受け入れてくれた。
 これもまた俺が国際VTuberとしての地位を確立した証拠だろう。

 それに国内での知名度も上昇していた。
 視聴者の間だけでなく、同業者の間でも。
 きっかけは間違いなくクイズ企画のレギュラーを獲得したことだ。

 企画自体が有名な上、毎回ゲストで異なるVTuberが来る。
 俺の交友関係は急速に広がっていた。

 最近では俺が通訳することで、海外のVTuberもクイズ企画に呼べるようになっている。
 すべてが順調……そのはずだ。

 解説役だって非常にうまく務めている。
 いや、うまくいきすぎて(・・・)いる。

「……また能力が成長してる、のか?」

 いつからか日本語に対する記憶力も向上していた。
 クイズ企画で優勝できたのもこれが理由だ。

 一度見聞きしただけで、日本語の単語も忘れなくなっている。
 それに言語にまつわる情報……それこそ自分が、どこで知ったかすら思い出せないような雑学まで、語学系の知識なら引っ張り出せるようになっていた。

「今の俺なら、広辞苑や英英辞典をすべて暗記することすらできそうだ」

 ……まぁ、やらないけどな!
 さすがに労力が大きすぎるし、なによりメリットがない。

 たとえば英検1級レベルの知識を習得しても、俺にとっては意味がない。
 なぜならそこに出てくるのは専門用語にも近い単語ばかりだからだ。

 すなわち、習得したからといって推せるVTuberの数が増えるわけではない。
 俺に必要なのは浅く広い知識。深い知識の優先度は低いのだ。

「それともまさか、恐いとか?」

 この能力が今以上の速度で成長してしまったら、どうなるのか想像がつかない。
 あるいは自分が自分ですら、なくなってしまう時が来るんじゃないかと――。

「バカバカしい」

 俺は思考を打ち切ってゴロンと寝返りを打った。
 と、ピコンとメッセージの着信音。

 最近は企画への勧誘も多すぎて、断らざるを得ないことが増えてきた。
 しかし今回ばかりは参加一択だった。

 なぜならそれは、能力を解明する手がかりとなりうる重要なものだったのだ。
 その企画とは――。

   *  *  *

「チキチキ! 各国のVTuberにただ『バカ』と言ってもらうだけの企画ぅ~!」

「うおぉおおおおおおおおお!」

 俺はテンションマックスで叫んだ。
 説明しよう! VTuberに『バカ』と言ってもらう企画とは!
 VTuberに『バカ』と言ってもらうだけの企画である!!!!

>>うおぉおおおおおおおおお!
>>うおぉおおおおおおおおお!(米)
>>うおぉおおおおおおおおお!(韓)
>>うおぉおおおおおおおおお!(仏)
>>うおぉおおおおおおおおお!(英)

「えーっと、イロハちゃんもコメントのみなさんもいったん落ち着いてもろて。この企画はタイトルのとおり、いろんな国のVTuberさんを呼んで、罵倒してもらうだけの配信です。愛しげに言うもよし、茶目っ気たっぷりに言うもよし、軽蔑を込めて言うもよし。表現はそのVTuberさんにお任せをしています」

「ふんすっ! ふんすっ!」

「はいはい、イロハちゃん。興奮してるのはわかったから! 鼻息、配信に乗っちゃってるから! とまぁ、そんなわけで通訳として翻訳少女イロハちゃんをゲストにお迎えしています。先日、新衣装が発表され、今日は魔法少女の姿での登場です。いやー、すごくかわいいですねー」

>>かわいい
>>魔法少女かわいい
>>おまかわ

「あと彼女には該当する国のVTuberがいなかった場合の代役もしてもらいます」

「え」

「ちなみに方言もアリです。希望があれば今からでもマッシュマロに投げておいてくださーい」

「ちょっと待って? わたし聞いてない」

>>了解
>>草
>>今なら好きな言葉でイロハちゃんに罵倒してもらえるってマ???

「よっしゃお前らー、いくぞー! 最初のゲストはアメリカからの参加だぁあああ!」

「だからわたし聞いてな――」

 くっ、想定外が……え?
 この企画のどこが能力解明に役立つのかって?

 ……や、役に立つかもしれないだろ!?
 少なくとも俺が捗るんだよぉおおお!

   *  *  *

 放課後、居眠りしてしまった男子高校生。
 目を覚ますとそこには微笑むクラスメイトの女の子。
 起きるまで待ってくれていたその子が――韓国語で。

【ばーかっ】

   *  *  *

 旅行先の外国で出会った少女。
 海辺でふたりしてはしゃぎまわる。
 もう帰国しなければならない彼に告げるように――英語で。

《……バカ》

   *  *  *

 吸血鬼のお嬢さま。
 食料として連れてきたはずの男に愛着が湧いてしまう。
 身体を張ってまで尽くそうとする男に対して――フランス語で。

〈お莫迦さん?〉

   *  *  *

 いっつもエッチなイタズラをしてくる男の子。
 幼なじみの女の子はけれどそんな彼のことが好き。
 今日もまた彼はバカなことをして――関西弁で。

「っのアホぉーーーー!」

   *  *  *

「次は――」

「ええ加減にせぇえええいっ!」

>>草
>>怒涛のイロハラッシュで草
>>関西弁たすかるw

「ぜぇーっ、はぁーっ。わたしの思ってた企画とちがうんだけど!?」

「いやー、予想外にマッシュマロが届いちゃったからねー。あはは、イロハちゃんがこんなにアドリブに強いと思ってなかったから、ついやりすぎちゃった」

「あー姉ぇに鍛えられてるからねぇ!?」

「あははー、なるほどー。っと、そろそろ時間なので配信を切りあげたいと思います。みんなイロハちゃんに興奮してたけど、言っとくけどリアル小学生だからね? ロリコン自覚しなー?」

>>イロハちゃんかわいかった(韓)
>>なんてこった俺はロリコンだったのか(米)
>>最高だったよ(仏)
>>さすがのイロハちゃんでも知らない言語があると知って安心した(英)

「えー、私には読めませんがおそらく好評だったのだと思われます。イロハちゃんもなんだかんだ、結構な数のVTuberから『バカ』って言ってもらえて満足だったでしょ?」

「まぁ、うん。それ以上にダメージのほうが大きかったけど」

「というわけで本日はご視聴ありがとうございましたー。せっかく今日は海外勢も多いので、あのあいさつでいきたいと思いまーす。せーのっ」

「「”おつかれーたー、ありげーたー”」」

>>おつかれーたー
>>おつかれーたー
>>おつかれーたー

   *  *  *

 ヘトヘトになりながら配信を終了する。
 どうしてこうなった……。

「そもそも世の中に言語が多すぎるんだ!」

 バベルの時代まで戻して欲しい。
 結局、何ヶ国語でセリフを言わされたことか。
 なんで日本だけで9つも言語があるんだ。方言まで入れたら数え切れない。

「じつに頭()為になる企画ではあったけれど」

 ……え? 結局、なんの役に立ったのかって?
 それはさておき次の動画のサムネイルでも作るかー。

 背伸びをして気合を入れ直したそのとき、メッセージの着信音が響く。
 発信者は先ほどまでのコラボ相手。

『本日はありがとうございました。よければまたウチの配信に出てもらえませんか? じつは今、マルチリンガルのVTuberだけを集めた企画を考えていて』

 本当に能力解明に役立ちそうな企画だった。
 冗談で言ったつもりだったのだが、本当にが来てしまった――。