言語チート転生〜幼女VTuberは世界を救う〜

「ってな感じで、今はクラスメイトみんなでうまくやってるよ」

 俺は『第2回ウクライナ語講座』のかたわら、雑談として学校での顛末を話していた。
 あまり勉強の話ばかりでも疲れるだろう。ちょっとした息抜きだ。

>>解決してよかった
>>大人でも覚えるの苦労するのに、小学生すげーな
>>じつはイロハちゃんも小学生なんやでwww

「まぁ、わたしは特殊だからねー。大人代表である先生には、もうちょっと早く対応してもらいたかったけど」

>>先生より先生してて草
>>教師も時間足りない中でがんばっとるんや
>>残業代も出ないしなー

「なるほど。そう言われると感謝こそすれ、非難できる道理はないかも」

 転校生が来るからって通常業務が減るわけじゃないだろう。
 そんな中、仕事の合間を縫って手製のプリント作ってきてくれたわけだ。

「あれ? 普通にいい先生じゃね?」

>>教師って大変やな
>>転校生の受け入れってほかにもいろいろやらなあかんやろうし
>>しかも今回の場合、かなり急な受け入れだったっぽい?

「わたし、子ども側の視点でしか物事を見てなかった。今度、先生に『ありがとう』くらい言っとくか」

>>それは子どものセリフじゃねぇ!www
>>卒業式以外で、そんなの言われたことないなぁ
>>えっ、卒業式ですら言われたことないんだけど

「とまぁ、ずいぶんと話が逸れちゃったけど、今、日本でウクライナ語を使える人が圧倒的に足りてないんだよね。だからみんなも覚えてくれるとうれしいな。そして一緒にウクライナ圏VTuberの配信を見よう! ウクライナ圏VTuberを増やそう!」

 ウクライナにも数は少ないがVTuberは存在する。
 俺も「せっかく覚えたんだから」と元を取るつもりで、最近はそっち方面のVTuberを見て回っていた。

>>草
>>結局そこかwww
>>ウクライナ語できるけど、この授業タメになるわ

「お、すでに使える人も見てくれてるのか! そういう人は、よかったら翻訳の仕事引き受けてあげて。今、日本用の教材をウクライナ語に翻訳したものを作ってるんだって。少ないけどきちんと謝礼も出るから」

>>へぇ~
>>これがあれば転校生ちゃんが助かるわけか
>>イロハちゃんありがとう、そんなものがあるとはじめて知りました(烏)

 転校生は通常の授業に加えて、日本語の勉強までしなくちゃいけない。
 そうすると、どうしても通常の授業のほうに遅れが出る。

 そこでウクライナ語版の日本用教材の出番だ。
 ウクライナ語版と元教材を見比べながら授業を受けることで、なるべく通常の授業に遅れが出ないようにしつつ、日本語も並行して学んでいける、という算段。

 実際にどれだけ効果が出るかはわからない。
 しかし、それによって俺の手が空いて、休み時間に配信を見られる時間が増えるなら万々歳だ。

 宣伝した理由はそれだけ。
 ほかに理由なんかない。ないったらない。決して特定のだれかのためではない。

「というわけで今日の講義はここまで。”おつかれーたー、ありげーたー”」

>>おつかれーたー
>>おつかれーたー
>>おつかれーたー

 配信枠を閉じ「ふぅ」と息を吐く。
 新学期のドタバタも収まり、ようやく生活が落ち着いてきた。

「……さて」

 そろそろ向き合わなければならないことがひとつある。
 俺はスマートフォンを手に取り、とある人物へと電話をかけた。

「もしもしあー姉ぇ? 明日ってさ、時間ある?」

   *  *  *

「お邪魔しまーす」

 俺は慣れた足取りであー姉ぇの部屋へと足を踏み入れた。
 あー姉ぇはいつもどおりのハイテンションで迎え入れてくれる。

「もー、どうしたのっ? イロハちゃんから電話なんて、珍しすぎてなにごとかと思っちゃったよ!」

 言われてみれば、たしかに。
 というか俺がイロハになって(・・・)からははじめてだ。

 いつだってあー姉ぇが引っ張っていく側で、俺は引っ張られる側だった。
 けれどいつまでもこのままじゃいけない。

「あー姉ぇにこれを受け取って欲しい」

「えーっと、なぜに通帳を?」

 そこにはVTuberとして得た収益が記帳されている。
 俺にはチャンネルの視聴者にも言っていなかった、ひとつ決めていた収益の使い道がある。
 それこそが借りを返すこと。

 あー姉ぇは俺がVTuberとしてデビューするためにいろいろと出資してくれた。
 元々は、俺があー姉ぇの配信に出演して稼いだ収益から出してるから気にしなくていい、と言われていた。
 しかし……。

「VTuberとしてはじめて収益を受け取ってわかったよ」

 たしかに当時、俺がきっかけでバズった。
 だがどう計算してみても、それらで得られた収益はあー姉ぇが出資してくれた額にまったく届いていない。
 というか、そもそもの話……。

「税金対策だなんだって言ってたけど、あれウソでしょ」

「あ~、バレちったか」

 あー姉ぇは観念したように舌を出した。
 やっぱりか。

「あ、でもまるっきりウソってわけじゃないよ! 多少、大げさに言っただけで。それと、やっぱり受け取れないかなー。これはイロハちゃんが稼いだお金だし」

 母親といい、あー姉ぇといい。
 俺の――わたしの周りの人間はどうしてこう、お金を受け取ろうとしないのか。

「……なんで」

「それはなにに対しての質問?」

「なんでわたしに出資したの? なんでわたしをVTuberとしてデビューさせようと思ったの?」

「そんなの単純明快だよ! あたしが”おもしろそう”って思ったから! ”もっと一緒に配信したい”って思ったから!」

 じつにあー姉ぇらしい理由だった。
 あー姉ぇはいつだって自分の欲望に忠実だ。

「あともうひとつ。心配だったから、かな?」

「心配?」

 だから最後の理由は予想外だった。
 俺はVTuberの配信が見れて、十分に満足していたはずだが。

「だってイロハちゃん、現実にあんまり興味ないーってカオしてたから。自分の人生もべつにどうでもいいーって感じで。それこそまるで”他人ごと”みたいに」

「……!」

「マイみたいに相手から積極的に絡んでこないかぎり、だれとも関わる気がなかったでしょ? というより、必要だと感じてないってほうが近いのかな。あたしのこともまるで”他人”を見る目だったよ。いや、ちがう……”道具”を見る目、かな」

「そ、それは」

 たしかに俺は最初、あー姉ぇを利用しようとしていた。
 プレミアム代を稼ぐためだけに。

 そして現実に興味が薄かったのもそのとおり。
 だってこれはわたし(・・・)の人生だ。

「久々に会った友だちがそんな、まるで”別人”みたいな目してたんだよ? そんなのさー、心配しないわけないじゃん。あとは純粋に悔しかったし」

「悔しい?」

「そう!」

 あー姉ぇは自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。
 彼女は「だから決めたの」とまっすぐな視線で俺を射抜いた。

「あたしが教えてやる――『人生はこんなにもおもしろいんだぞ!』って」
「で、人生のおもしろさを教えるには、VTuberは好きみたいだし……このまま同じ業界に引きずり込んじゃったほうが早いなーって。あとイロハちゃんは配信者に向いてるとも思ったし」

「え、わたしが? どうして?」

「ストレス耐性ありそうだから」

「そこ!?」

「いや、マジメな話だよ。スルースキルは配信者に必須なの。慣れで身につけることもできるけど、やっぱり素質はあるに越したことないから」

 たしかに俺はVTuberの配信さえ見られるなら、ほかはわりとどうでもいい。
 実際、思い返せばこれまでも配信中に悪意あるコメントが幾度となく投げられていた。
 が、とくに気にも留めていなかった。

「それでもイロハちゃんが配信を続けてくれるかは賭けだったけどね。学校もあるし、体力的な問題もある。なにより子どもは飽きっぽいから。配信まわりはあたしがフォローすれば済むけど、ほかはね」

 だから機材やソフトの準備など、あれだけ面倒を見てくれていたのか。
 すこしでも負担が減るように、と。

「というか、本来はもっと本格的なサポートをつける予定だったんだけどね。だって、あたしの勧誘でウチの事務所に入れるつもりだったから」

「はいぃいいい!? いやいやいや、それはムリでしょ!?」

 あー姉ぇが所属しているのは世界最大規模のVTuber事務所だ。
 それこそチャンネル登録者数ランキングを所属VTuberが総ナメするほど。
 そんな簡単に入れるわけがない。

「そーなんだよねー。マネちゃんに言ったら却下されちった」

「ほっ……」

「マネちゃん曰く『話題に困らなさそうだし、キャラクター性も申し分なし。今、海外勢が伸びてるから語学力がある人材はのどから手が出るほど欲しい。けど未成年だからダメ』だって」

「そりゃそうだ」

「だから『せめて個人VTuberとしてデビューする支援をしてあげたい』って言ったの。そしたら『まぁそれなら』って。で、あたしが直接、出資やらサポートやらすることになったんだよね」

 それは俗にいう”ドア・イン・ザ・フェイス”なのでは?
 大きな要求を突きつけて小さな要求を通す交渉術。

 無意識にやったとしたら末恐ろしいな。
 いや、さすがはあー姉ぇと言うべきか。

「あたしじゃ力不足でサポートしきれないんじゃないかって不安に思ってたけど、予想外にイロハちゃんがしっかりしてるからなんとかなっちゃったよ」

 不安? それは意外だ。
 つーか、あー姉ぇも不安を覚えることがあるのか。

「そこから先は知ってのとおりだね」

 あー姉ぇが俺をいろいろなVTuberと引き合わせて、かき回して。
 ……俺のため、だったのか。

 もちろん、あー姉ぇ自身が楽しんでいた部分も大きいだろうが、それでも。
 と、突然あー姉ぇの歯切れが悪くなる。

「ただ、そのぉ~、なんといいますかぁ~、あたし人との距離感が近すぎるというかぁ~、大雑把というかぁ~、空気が読めないというかぁ~。やりすぎちゃうことが多いらしくって」

「知ってる」

「ぐはっ!?」

「言っとくけど、今でもリアルでVTuberの人たちと引き合わせたことは許してないからね?」

「ひぃいいいいいい!? イロハちゃんの顔が恐い!」

 あー姉ぇはヨヨヨと涙を流し「ごめんよぉ~」と縋りついてくる。
 俺は大きく嘆息した。

「けど、もういいよ」

 推しの配信を見る目は、やっぱり直接会ったことで少なからず変わってしまった。
 純粋なファン心だけでは見られなくなってしまった。
 そのことは寂しく思う。

 けれど、今の俺はもうただの1ファンではなくVTuberでもあるから。
 最終的にこの道を選んだのは自分自身だから。

 VTuberとしてデビューした以上、少なからず顔合わせが起こるのは必然だった。
 本当に拒絶するなら、あのとき断るべきだった。
 そして断らなかったということは……。

「許しはしないけどもう過ぎたことだし、あー姉ぇだけの責任でもないから」

 それに失うことばかりでもない。
 VTuberを経験したことで、同じ立場から配信を見られるようになった。
 新たな楽しみかたができるようになった。

 ある意味で、今の俺はこれまで以上に配信を楽しめている。

「そっか。ありがとう」

「お礼を言うのはわたしのほうでしょ?」

「それでも、だよ。……じつはあたしが『人生はこんなにもおもしろいんだぞ』って伝えたいのはイロハちゃんだけじゃないんだ。ほかの子たちも一緒」

「だからVTuberのみんなをプールへ誘ったの?」

「うん。なにを楽しむかは人の自由だと思う。けど、その楽しさすら知らないなんて、悔しいじゃん? あたしはみんなのことが大好きなの。好きな人にはさ、自分の好きをもっと知って欲しいじゃん?」

 あー姉ぇは「もちろんイロハちゃんのことも大好きだよ!」と笑った。
 いつものまっすぐな視線。

「そーいうこと、よく真正面から言えるよね」

「えへっ」

 俺はこらえきれず、その笑顔から視線を逸らした。
 あー、顔が熱い。

「だからイロハちゃんには知って欲しいし、イロハちゃんのことも知って欲しいんだ。……ねぇ、イロハちゃん。よかったらまたみんなで遊びに行ったりできないかな?」

「あ~」

 これを認めるのはあー姉ぇに負けたみたいで悔しいが……。
 俺はあー姉ぇに振り回されてるうちに、そういうのも悪くない、と思いつつある。

 マイ、あー姉ぇ、おーぐ、母親、コラボ相手のみんな。
 彼女たちのことをもう他人だとは思えない。

 これまでがたまたま、いい結果だったからそう思えているだけかもしれない。
 だから今後のことはわからない。
 けれど……。

「――”次から”リアルで顔合わせするときは事前に言っておいてね」

「えっ、いいの!?」

「うん」

 俺は降参した。
 この人には一生勝てる気がしない、と思った。

「そのときは帽子(・・)でも用意するよ。こ~~やって思いっきり目深に被って、ご尊顔を拝してしまうのを防止(・・)してから参加する。……なんちゃって」

「”おつかれーたー”のときも思ったけど、イロハちゃんギャグセンスはないよね」

「お前ぇえええ!」

「でも、ありがとねっ」

「……んっ」

「ねぇ、イロハちゃん――人生は楽しい?」

 俺は肩をすくめて答えた。

「そこそこ」

「あははっ、そこそこか。じゃあもっとがんばらないとねっ」

 顔を見合わせて笑った。
 あー姉ぇは「よしっ、湿っぽいのはここまで」とパンと手を叩いた。

「そんなわけで、結局はあたしがやりたいことしてるだけなんだよね。だからイロハちゃんも、そのお金は自分がやりたいことのために使いな? それに絶対そのうち入り用になるから」

「え? 入り用? ……あっ、そうか!」

「お、わかった? 少額でもできないわけじゃないんだけど、やっぱり金額は正義だからね。今後(・・)にも大きく関わるし」

「たしかに! いやでも、そうなるとこの額じゃまだまだ足りないなぁ」

「うん。だからもっと配信がんばらないとね」

「わかったよ、あー姉ぇ!」

 俺は通帳を懐に仕舞い、頷いた。
 あー姉ぇも俺のことがようやくわかってきたらしい。

 つまりこのお金は――スパチャに使えということだ!
 それも赤スパを投げろという意味だ!

 よーし!
 今後(・・)のVTuber業界を支えるためにも、しっかりと還元するぞ~!

   *  *  *

 ……えぇ~っと、ちがったみたいです。
〈そうそう。久々に遠出したらストライキ中でさー。しかもデモで行きたかったお店にも入れなくって〉

>>ちゃんと確認せんから(仏)
>>それはしゃーないなw(仏)
>>¥10,000 ドンマイ代(仏)

〈え、スーパーチャット!? しかも赤色!? えーっと、お名前なんて読むんだろ。”イロハ”さん? で発音合ってますか? ありがとうございます!〉

>>!?!?!?(仏)
>>え、これ本物じゃね?(仏)
>>イロハちゃんじゃん!?(仏)

〈どうしたの? えっ、有名人? うわっ、チャンネル登録者数すご!? って日本の人気VTuber!? ちょっと待って、私この人、見たことある!〉

>>今のうちに”ファイヨ”しとけw(仏)
>>フランス語わかるのか(仏)
>>ファンです! これからも活動応援しています!(仏)

〈あ、ありがとうございますイロハさん! がんばります!〉

   *  *  *

≪アメリカではクッキーに肉汁をかけて食べるって聞いたけど、マジ? やっぱ感性合わねー≫

>>マジ???(英)
>>それは草(英)
>>¥10,000 それはパンにホワイトソースをかけて食べる、って意味だねwww(英)

≪うおっ、赤スパあざーす! そういうこと!? やっぱり変だと思ったんだよ。教えてくれてあんがとねー≫

>>なるほどそういう意味かwww(英)
>>これだからアメリカ語は(英)
>>ちょっと待って今の、本物のイロハじゃん(英)

≪え、なに。有名人なの? マジで!? 日本のVTuber? よかったら今度コラボいかがっすかー!≫

>>お前、自分のチャンネル登録者数よく見ろwww(英)
>>相手は天上人やぞ(英)
>>いいんですか!? ファンなのでうれしいです! あとで細かい打ち合わせしましょう(英)

≪マジぃ!? 通っちゃったよ!? つーかアタシのファンだってよ、お前らぁ! 囲め囲めぇ! イロハちゃーん、”チアーズ”!≫

   *  *  *

「――とまぁ、そんな感じでさー。その人の配信がめちゃくちゃおもしろくって。よかったらみんなも見に行ってみて! 海外にもおもしろいVTuberがいっぱいいるから!」

>>すまんがフランス語はさっぱりなんだ
>>すまんがイギリス語はさっぱりなんだ(米)
>>というかスパチャしてたのやっぱりお前だったんかい!

「そうそう、わたしわたしー」

 俺はとくにプライベートでチャンネルを切り替えたりしていない。
 そのため、視聴者に捕捉されていたようだ。

 それにネット上でウワサになっていたらしい。
 「あちこちのVTuberにいきなり赤スパ投げてるこいつはだれだ!?」と。
 海外では日本ほどスパチャ文化が強くないから、余計に目立ったようだ。

>>まだ収益入ってから1、2週間だよな???
>>なのに、こんなに話題になるとかどんだけw
>>そんなに収益に余裕あったのか

「余裕? 全然ないよ。もう全部なくなっちゃった!」

>>!?!?!?
>>おい!!!!wwwwww
>>いったいいくら使ったんだwww

「いくらって……なに言ってるの? 1週間のスパチャ上限は20万円だよ? プリペイドカード使ってたんだけど、不正利用を疑われて電話かかってきたときはびっくりしたよ」

>>当然のように上限なのヤバすぎwww
>>やっぱりこいつVTuber絡むとダメだわwww
>>収益で親にメシ奢るくらいはしてやれよw

「あっ……。その、スパチャのほうが優先度高かったというか。いやっ、ちがくて! そうじゃなくて!」

>>こいつボロしか出さねぇなwww
>>イロハハ泣いてるぞw
>>これは絶対に怒られるwww

「は、ははは。大丈夫だよ。お母さんも『収益はイロハの自由に使いなさい』って言ってたし、あー姉ぇも『収益はスパチャに使うべき』って言ってたし」

>>本当かそれ???
>>絶対に捏造だろwww
>>この間はスーパーチャットありがとうございました(仏)

「あっ! 〈いえいえ、こちらこそ。いつも配信楽しませてもらってます〉」

>>これイロハちゃんがスパチャした相手?
>>ちょっと待ってこれ何語だwww
>>普通にフランス語しゃべってて草しか生えないwww

>>このチート幼女いつの間にフランス語まで覚えたんだよw
>>アタシもこの間はありがとう! コラボするぞ!(英)
>>私もぜひコラボさせてください!(仏)

「おわっ、もしかしてわたしモテモテじゃない? ≪めっちゃ楽しみにしてる!≫ 〈ぜひやりましょう!〉」

>>発音や言葉選びまでちゃんとイギリス英語じゃんスゲーな(英)
>>ありがとうございます!(仏)
>>言語入り乱れすぎて脳みそ壊れるwww

 各国のVTuberがお礼のためかウワサを聞きつけてか、コメント欄に続々と現れる。
 なんだかすごいことが起きそうな予感が――。

 バン! と扉の開く音が響いた。
 ギギギ、と俺は振り向いた。そこには……。

>>あっ……
>>この音はイロハハかなwww
>>ちょっと待て、足音複数あるなこれ

「ど、どうしたの、お母さん? それにあー姉ぇまで?」

「イロハ、ちょっと”お話”しようか?」

「イロハちゃん、あたしそんなことぜーんぜん言ってないんだけどなぁっ☆」

「ちょ、ちょっと待って。ふたりとも言ってることが前とちが――」

「「それはこっちのセリフじゃぁあああ!」」

 あ、あっれぇーーーー!?
「ひぃいいいいいいっ!?」

 俺はあー姉ぇと母親の形相に悲鳴をあげた。

>>草
>>アネゴ好きだぁあああ!
>>これは残当www

「これからはおこづかいの使い道、お母さんが事前にチェックするから。イロハも言ってたじゃない。ひとりでできないことは手伝ってって。お金の管理、全然できてないわよね?」

「イロハちゃんにはこれから毎月、決まった額を貯金してもらう姉ぇっ☆ あたしに返済するつもりでいけば、積み立てることだって簡単だよ姉ぇ?」

「ご、ごごごめんなさぁああああああいっ!」

 なんでこんなことに!?
 俺がふたりから説教を受ける様子は、世界規模で拡散された。

 各国のVTuberにつられて各国から視聴者も集まっていたらしく、さまざまな言語で字幕つきの切り抜きが作られてしまう。
 それはある種のネットミームと化すほどだった。

   *  *  *

「てなわけで、とりあえず残ったお金でお母さんにケーキでも買おうかなーと。ご機嫌取りしたら多少は制限が緩和されるかもだし。……くっ、この数百円があればまだスパチャが。いや、必要経費として諦めるしか」

「あはは、イロハちゃんは相変わらずだねぇ~」

 学校で机に突っ伏してマイに愚痴っていると、ふと視線を感じた。
 顔をあげてキョロキョロと教室内を見渡す。

「んんん?」

 ウクライナからの転校生がじぃ~っと俺を見ていた。
 俺はマイの服の裾を引いた。

「ね、ねぇマイ。なんかわたしあの子にめっちゃ見られてない?」

「うん? ん~、気のせいみたいだけどぉ~」

「あれ? 本当だ」

 気がつけば転校生は顔を伏せていた。
 気のせいだったのだろうか?

 彼女の視線は手元に落ちている。
 どうやらスマートフォンでなにかを見ているようだ。

 最近、ようやく保護者からの理解も得られたようで、翻訳や勉強のためなら校内でもスマートフォンを使用してもよいことになった。
 いろいろ気をもんでくれていた教師も、これで一安心だろう。

 しかし、転校生はなにをしているのだろうか? 日本語の勉強中?
 俺はスススっとその背後に忍び寄り、画面をのぞき込んでみた。

「!?!?!?」

 俺の配信だった。
 自分の席にすっ飛んで戻り、顔を伏せた。

 バっ、バレてるぅううう!?
 いやいや、そんなことないよな!? だって今まで大丈夫だったんだから!

 ちゃんと配信内で話すエピソードにはフェイクを入れてた。
 それに小学生でウクライナ語を話せる女の子なんてそこら辺にいくらでも……いるわけねぇえええ!?
 しかも名前まで一緒だもんな!?

 ちらっと顔を上げる。
 転校生はまたじぃ~っとこっち見ていた。

 これはセーフなのか!? それともアウトなのか!?
 どっちなんだ!?

    *  *  *

 そんな風にやきもきしはじめて、数日。

「……あっれー?」

 転校生から視線を感じるようになってからしばらく経つが、予想に反して、なにも事件は起きていなかった。
 おっかしーなー。絶対、なにかアクションがあると思っていたのに。

「そんなに心配なら直接聞いてみればいいんじゃない?」

「いや、さすがにそれは」

 あー姉ぇからの鋭い指摘に、俺は言葉を濁した。
 変に掘り返すよりなぁなぁにしてしまいたい、というのが本音だ。

 あとは話しかけづらい、というのもある。
 なにせ最近はむしろ逆に、俺と彼女が話す機会は減っているのだ。

 最初こそ教室内でのコミュニケーションに俺の手助けが必要で、ちょくちょく転校生やクラスメイトに呼ばれることがあった。
 しかし現在は、彼らだけで解決してしまうことも多いのだ。

 一番の要因は、校内でスマートフォンが利用可能になったことだろう。
 それに、本人がものすごい勢いで日本語を覚えつつあるし、クラスメイトたちの慣れもあった。

 人間、必要に迫られると早いもんだなぁ……。
 さすがは適応能力のケモノだ。

「あたしはそんな心配しなくても大丈夫だと思うけどねー。どうしても気になるならマイにでも偵察頼んでみたら?」

「なるほど。そうしよう」

「それよりも!」

 ずいっ、とあー姉ぇが顔を寄せてくる。
 俺は「な、なんだよ」とその勢いに怯んだ。

 今さらだが、ここはあー姉ぇの部屋だ。
 今日は呼び出されてここまで来た。その理由は間違いなく……。

「イロハちゃん収益を全部、使い切っちゃったでしょ? ちょっと”今後”について改めて話しておかなくちゃ、と思って」

「うっ、やっぱその話だよねー」

「そんなに怖がらなくて大丈夫。お説教はもう済んでるから、これ以上怒ったりしないよ。きちんと確認しなかったあたしも悪いし」

 それならまぁ、大丈夫か。
 と俺は姿勢を戻した。

「で、貯金が必要って言ってたけど具体的になんのため?」

「それはね……3Dモデルだよ!」

「えっ!? も、もう!?」

 俺はまだVTuberデビューしてから2ヶ月しか経っていない。
 いくらなんでも早すぎるのではないか、と困惑する。

「甘い! 甘すぎるよイロハちゃん! 3Dモデルの有無で、できることの幅がまるっきり変わってくるんだよ!?」

「まぁ、たしかに」

「それに3Dモデルは制作に費用もかかれば、時間もかかる! 修正や、全身トラッキングの設定を考えると余裕はまったくないんだよ! 今からお金を貯めはじめなきゃ全然間に合わないっ!」

「えーっと、間に合わないってなにに? たしかにあったら便利だろうけど、今のところ使う予定はないし、そこまで急がなくても」

「使う予定は……ある! あたしが3Dコラボをしたいから!」

「お前が理由かい!?」

「早く3Dを用意してくれないと、あたしがガマンできなくなっちゃうでしょ~!」

「あ~、はいはい」

 俺は抱き着いてくるあー姉ぇを引きはがす。
 ってこいつ離れねぇっ!? 力、強っ!? いや俺が弱いんだ。学校でも体育だけは評価めちゃくちゃ低いもんなぁ……。

「けれどマジメな話、視聴者を飽きさせないためにも、定期的に視覚的な新しさは必要だよ」

「なるほど」

「収益化記念ほど大きな……はっきり言っちゃうと”稼げる”イベントもしばらくない。このままダラダラとお金を貯めてても、3Dお披露目まで期間が開きすぎちゃう。だから路線変更!」

 あー姉ぇはイタズラでも思いついたような表情で笑った。
 自分の顔が引きつるのがわかった。あー姉ぇがこういう表情をするときはロクな目にあったためしがない。

「イロハちゃん、来月の収益が入ったら……新衣装を作ろう!」

「えーっと、新衣装ってどんなのがいいんだろ?」

「イロハちゃんはどんな幼女が好き?」

「幼女限定!? わたしはむしろ、長身でモデル体型のお姉さんが――」

「ダメです」

「ですよねー」

 それからふたりでいくらかアイデアを出しあった。
 加えて、お仕事を依頼するやりかたも学ぶことになった。

 最初の2Dモデルはあー姉ぇが依頼から納品受け取りから支払いまですべてやってくれた。
 しかし「いい機会だし、今回は自分でやってみよっか」とのこと。

 立ち会ってはくれるらしいので、そこまで心配もいらないだろうが……。
 と、そんなことを考えているとあー姉ぇが「そういえば」と口を開く。

「近々、あちこちの国のVTuberとコラボするんだよね?」

「成り行きといいますか、スパチャのおかげといいますか」

「ちがうちがう、怒ってるんじゃないよ。むしろうれしいの。イロハちゃんがついに自発的に、ほかのVTuberと接しはじめてくれたんだなーって」

「それは、なんというか。ファンとしてだけじゃなく、VTuberとしての活動もちょっと楽しさがわかってきたというか。やることがわかってきたというか。もちろん一線は引くけれどね」

「ふふっ、そっかー。……そっか、そっかぁ~!」

 ニマァ~、と笑みを浮かべてこちらを見てくる。
 俺は「うっとうしい」とあー姉ぇの顔を押しのけた。

 立ち上がり、逃げるかのようにドアノブに手をかける。

「ふふっ、どこ行くの?」

「マイにさっきのお願いしてくる!」

 後ろ手に勢いよく扉を閉めた。
 あーくそっ、顔が熱い。

   *  *  *

「――って感じに、今後のスケジュールはなってまーす」

>>すごいよなこの国際感
>>ここまで多国籍にコラボしてるVTuberはほかにいないよね(米)
>>こんなやつがゴロゴロいてたまるかwww

 俺は配信で今後の予定を公開していた。
 宣伝が半分。俺自身も配信の頻度が多くなって漏れがないか心配になったので、視聴者にダブルチェックしてもらおうというのが半分。

 そろそろ配信を終えるかなーと思ったとき。
 ふと、1件のスーパーチャットが目に留まった。

>>¥1,680 どうしたらイロハちゃんのように外国語をいくつも覚えられますか? ぼくは外国語がすごく苦手で英語すら覚えられません。学校のテストでもいつも赤点を取ってしまいます。

「英語……英語の覚えかた、かぁ」

>>俺も知りたい
>>外国語ほんと苦手
>>日本は島国だから外国語を覚える能力がそもそも低いんだよ

 俺の場合、チートじみた言語能力の影響で、覚えること自体は一目で済んでしまう。
 そのせいか覚えかたを説明するのは苦手だ。
 言語そのものについてや、その特徴、ほかの言語とのちがいについては話すこともできるのだが。

 しかし、そんな中でも外国語のインプットを繰り返しているうちに、俺自身なにかを掴みかけていた。セオリーとでもいえばいいのだろうか?
 もっとわかりやすく言うなら――。


 ――能力が”成長”している。


 一言語あたりの習得にかかる時間が、あきらかに短くなってきている。
 もちろん習得する言語にもよるが。

 自覚したのはウクライナ語を短期間で覚えたあたりから。
 イギリス英語なんてそれこそあっという間だった。

「わかった。じゃあ、”なぜ日本人は英語を覚えるのが苦手なのか?” わたしなりの解釈でよければ話してみるね。もしかすると”英語の覚えかた”ってのとは話がちょっとズレちゃうかもだけど」

>>よっ、待ってました!
>>ええんやで
>>イロハちゃんのそういう話が聞きたくて配信見てるまである

「え~っと、では……こほん。お耳を拝借」

 俺は緊張とともにゆっくりと口を開いた。

「なぜ日本人は英語を覚えるのが苦手なのか? 理由はいろいろ考えられると思う」

 俺は頭の中で考えをまとめつつ言葉を紡ぐ。
 あくまで持論なので正確性は保証できないが……。

「一番はやっぱり”必要性”だと思う。さっきコメントでもあったけれど、日本で生活しているかぎり、日本語以外が必要な場面ってほとんどないから。使わないなら覚える必要もない。けど、じつはこれって日本にかぎった話じゃないんだよね」

>>そうなんか?
>>けど外国人はみんな第二言語持ってるイメージある
>>みんな英語使えるくない?

「たしかに英語をネイティブと同じくらい話せる国も多いね。けど、逆に英語圏はどうだと思う? たとえばアメリカだと、むしろ日本よりも第二言語の習得に対してネガティブだったりする。理由はさっきと同じ――必要がないから」

 俺は「もちろんそれがすべてではないだろうけど」とつけ足しておく。
 アメリカ人には「英語こそが世界共通語だ」と考える人も多い。そして実際あながち間違っていないと思う。

「逆に、必要性にかられて英語を学んでいる国も存在する。たとえばこれはインドで実際にあった話なんだけれど……」

 インドはとても巨大な国だ。
 人口は14億人と中国に匹敵するほど。
 地球上に人口の重心を取ればインドの北部になるほど。

「インドはその人口に見合って言語数もめちゃくちゃ多い。じつに200以上とも言われてる。同じインド人同士でも、言葉が通じないのはよくある話」

 だから学校で教育を行おうとしたとき、困ったことになった。
 そもそも言葉が通じないのだ。
 これでは教育以前のお話。

「言語を勉強するのではなく、まずは勉強するために言語が必要になった」

 服を買い行くための服がない、みたいな。
 まるでジョークみたいなことだが、そんな問題が実際に起こったのだ。
 インドで実際にあった話。
 ――言語を勉強するための言語が必要になった。

 まさしく、これが必要性だ。
 しかしこれだけではまだ”英語”である理由がない。

「じゃあなぜ英語が選ばれたのかというと、インドの言語で教科書を作ろうと思ったときに問題が起こったからだって。それは……」

 コメント欄を確認する。いろいろと予想が書き込まれている。
 正解は――。

「”語彙数が足りなかった”から。”語彙がちがいすぎた”といってもいい。国際標準に沿って教科書を作ろうとしたんだけど、対応する単語がなさすぎてまともに翻訳することができなかった」

 たとえば英語にあってインドの言語にない単語があまりにも多い。
 不可能ってわけじゃないが、ひとつの単語を表すのにあまりにも冗長な表現になってしまう。

 だれだって「りんご」を毎回、「丸くて木に生って、皮が赤くて、中身が白くて、真ん中に黒い種があって、甘酸っぱい食べもの」などと説明するのはイヤだろう。
 もちろん今のは大げさにいえばの話だが。

「そんなわけで、教科書はそのまま英語のものを使うことにして、逆に、まずは英語そのものを学ぶことになった。そうして英語はインドの準公用語になっていった」

 もちろん全員が全員、英語の教科書で学んでいるわけでもない。
 上記がとくに顕著なのは非ヒンディー語圏や都市部の話で、ヒンディー語圏はそのまま勉強している。

 そういう部族的な意味でも英語はじつに中立だ。
 今となっては英語が第一言語になっているインド人も少なくない。

「それに対して日本の場合なんだけど、はっきり言ってあまりにも日本語が――”優秀すぎた”」

 おそらくは、すべての自然言語の中でも一番すぐれている。
 もちろん”あらゆる面において”という意味ではないが……。

「こと翻訳においては、日本語より優秀な言語はないと思う。まぁその分、習得難易度がバカ高くなっちゃってるんだけどね」

>>草
>>日本人だけど日本語わけわかんねぇw
>>ひらがな、カタカナ、漢字と種類多すぎなんだよなぁ

「日本語は表現の幅がめっっっちゃくちゃ広いんだよね。ほぼすべての言語の、ほぼすべての言葉は日本語でも表現可能、っていわれるくらい。実際、世界でもっとも翻訳本の数が多いのも日本語なんだよ」

 外国語から日本語への翻訳本がもっとも種類が多い。
 このあたりは識字率や文化や人口も関わってくるが、それを差っ引いてもやはり日本語は異常だ。

「その一番の要因はやっぱり、さっきコメントでもあったけど、3種類の文字を併用していることだと思う。それも表音文字と表意文字を。だから新しい単語を生み出すのもすっごく得意」

 文字と発音がイコールであるひらがなやカタカナ。
 文字そのものが意味を持つ漢字。
 それらを併用しているからこそ、受け入れが広い。新たな単語も柔軟に日本語に組み込めてしまう。

「そんなわけで、英語をそのまま使う必要もなかった。……で、ここまでが前フリ」

>>え!?
>>まだ本題じゃなかったの!?
>>思いっきりマジメに聞いちゃってたわwww

「元々は、なぜ日本人は英語を……というか外国語を、かな? 覚えるのが苦手なのか、って話だったでしょ。で……あ、ちょっと待って。お水飲む」

>>ズッコケたわw
>>このタイミングでwww
>>ごくごく……

 俺は「ぷはっ」と息を吐いた。
 水分補給は大事。古事記にもそう書いてある。

「ごめんごめん、お待たせ。では、改めて。まず大前提としてわたしは、日本人は言語能力がむしろ高い人種だと思ってる」

>>そうなの?
>>日本語とかいう超高難易度言語使えてる時点で
>>漢字すごく難しい(米)

「そう! 日本語の習得は難しいの! けど全部が全部難しいわけじゃない。難しいのはあくまで”書き文字”にかぎった話。むしろ会話については、習得が簡単な部類に入る」

>>マジ?
>>それは意外やわ
>>俺の英語圏の友だちも日本語話せるけど書けないって言ってたわ

「たとえば英語の場合、発音とアルファベットを覚えれば終わり。けど日本語の場合、発音とひらがなカタカナを覚えても終わりじゃない。漢字を学ぶ必要があるから」

 いってしまえば漢字というのはプラスアルファなのだ。
 他国の言語習得に比べて、追加でひとつ書き文字を覚えているにも等しい。

「母国語を学習する時点ですでに、外国語をひとつライティングできるようになるのと同じくらいの労力が追加でかかってる。つまり英語が覚えられないのは――”リソースの振り分け”が原因だとわたしは思う」

 学習のリソースにはかぎりがある。
 実際、子どもにバイリンガル教育を施すことで”セミリンガル”になってしまう場合がある。
 両方の言語とも一人前に話せない、というパターンだ。

「日本人は書き文字の能力は十分ある、というかそっちに割り振りすぎた結果が今なんだと思う。みんなも英語、リスニングよりライティングのほうができる、って人多いんじゃないかな?」

>>言われてみれば
>>ライティングはまだマシやわ
>>けどそれは学習順序の問題じゃない?

「たしかに。海外だと話すことからはじめて書くことへ移行する。赤ちゃんだってそう。けれど日本でも同じようにしたからといって、同じように話せるようになるかは正直、怪しいと思う」

 大人になってから外国語を学ぶのなら、その理屈も通る。
 しかし子どもにそれをやらせようとした場合……。

「さっきも言ったとおり、日本人はライティングのほうが能力高いから。かかるリソースを抑えるためにも、まずはハードルの低いほうから学ばせようって考えなんだと思う」

 ただし、元から優秀な子どもは例外だ。
 さっきのはあくまで日本の”落ちこぼれを出さない”という教育においての話。
 リソースが足りなくなって落ちこぼれとなる子を減らすための措置だから。

「とまぁ、いろいろ語ったけど……まとめると。日本においては、日本語が母国語で、漢字が第一外国語、そして英語は第二外国語にも近しい。そう考えると英語を覚えるのが難しいの、納得しやすくない?」

 ここまでが俺の意見。
 コメント欄ではさまざまな意見が飛び交っていた。納得、肯定、反論、指摘などなど。
 俺はしばらく眺めたあと、一番大切なことを告げる。

「ただし今のは”学校英語”の話。正直、点数を取るには勉強しかないと思う。けれどもし、英語を話せるようになりたいのなら――まずは恐れず飛び込んでみるべきだね」

 俺は前世での最期を思い出していた。
 自分がアメリカへ渡ったときのことを。

「あとは好奇心」

 あのときVTuberの国際イベントのため海を渡らなければ、今の俺はなかった。
 俺がこうして話せるようになったのは、今思えばあれがきっかけだった。

「だからみんなも、推しがいるならぜひ外国語を覚えよう! あるいは外国語を覚えて、さらなる推しを発掘しよう! 絶対に必要になるときが来るから!」

>>草
>>結局そこかいwww
>>いつものイロハちゃんで安心した

 まぁ、俺は外国語がわかんなかったせいで、わけもわからず死んでるからな!
 これほど実感の伴った言葉もないだろう。

 必要性、リソース、失敗を恐れないこと、好奇心。
 大事なのはなにか? コメント欄での議論は長く、白熱し続けた――。

   *  *  *

 その翌日。
 俺は学校に着くなり「イロハちゃん!」とマイに声をかけられた。

「ん、どうしたの……ごほっごほっ。あ゛~、昨日の配信はちょっとしゃべりすぎちゃってさぁ~、もうのどがガラガラで~」

「それどころじゃないよ!」

「あ。そういえばあの転校生、やっぱりわたしの正体知って――」

「ああああの子、ヤバいよぉ~~~~!?」

「え」

 思わず固まった。
 マイが脂汗なんてものを浮かべているところを、俺ははじめて見た――。

「ふーむ」

 マイに話を聞くが、どうにも要領を得ない。
 ずいぶんと動揺しているようだ。

「よし、わかった」

 俺は決断した。
 なぁなぁにするつもりだったが、マイがこんな状態になるなんて。
 これは一度、俺自身が向き合わねばならぬ問題らしい。

「オハヨ、ゴザイマス」

 ちょうど登校してきた転校生を見かけ、俺は立ち上がった。
 マイがとなりで「え!?」と声を漏らす。

 おろおろとマイの手が宙を掻いている。引き留めるべきか迷っているのだろう。
 俺は安心させるべく力強く頷いてやった。

 途端、マイは勢いよくブンブンと首を横へ振りはじめる。
 そんなに心配しなくても大丈夫だ。という意味を込めてサムズアップをして、俺は歩き出した。

「ちがっ!? そうじゃなくてぇ~!?」

 俺は背後の声をムシして、転校生の前に陣取った。
 問題ない。いざというときはブザーでも鳴らせばいい。

「っ!? イロハサ……イロハ、チャン。アノ、エット、オハヨ、ゴザイマス」

「おはよー。<ねぇ、今日の放課後空いてる?>」

<え!?>

<授業が終わったら、校舎裏で会おう>

<!?!?!?>

   *  *  *

「アノ、イロハ……チャン。オマタセ」

<ウクライナ語でいいよ。ごめんね。呼び出しちゃって>

<いっ、いえ!>

 転校生はビクビクと挙動不審だった。
 なんだか俺が悪いことをしている気になってくる。
 というか冷静に考えて校舎裏に呼び出されるとか怖すぎなのでは?

<べつに取って食おうってわけじゃないから安心して。聞きたいことがあっただけなの>

<な、なんでしょうか?>

<えーっと、わたしのことよく見てるよね? なにかその、理由があったりでもするのかなーと思って>

<えぇえええ!?!?!? み、みみみ見てるのバレてたんですか!?!?!?>

<いやいや、ガン見だったじゃねーか!>

 えぇえええ!? 自覚なかったのか!?
 そっちのが驚きだわ!

 転校生は<ウソ><そんな><恥ずかしい>とぶつぶつ呟いている。
 なぜアレでバレてないと思ったのか。いや、子どもの注意力なんてそんなもんか。

<えと、あの、あれは、その、無意識で……ごめんなさいっ!>

 転校生は慌てふためいていた。
 どうやら、幸いにも悪意を持ってこちらを見ていたわけではなさそうだ。
 となるとやはり……。

<べつに怒ってるわけじゃないよ。ただちょっと、わたしもあなたのことが”気になってた”だけ>

<え……ワタシのことが、ですか?>

<うん>

<!?!?!?>

 俺は深呼吸して、意を決する。
 こちらの決意が伝わったのか、転校生もごくりと生唾を飲み込んだ。

<それで……その、聞きたいんだけど。やっぱり、あなたはわたしのことを――>

<あの、それは、じつは、その、ワタシはあなたのことを――>


<――知ってるの?>
<――愛してます!>


<<……え?>>

 時間が止まった。
 お互いに至近距離で顔を見合わせる。

<<えええぇええええええ~~~~!?!?!?>>

 お互いに大混乱で、あたふたと身振り手振りしてしまう。
 はぇえええ!? もしかして俺って今、告白された!? なんで!?

<ど、どどどどういうことなんですか!? 日本では校舎裏に呼び出したら愛の告白をするんじゃないんですか!?>

<だれだそんな知識吹き込んだやつは!?>

<え、だって転校してきてから校舎裏に呼び出されたときは毎回、告白されてたので……>

<美少女か!?>

<え、えへへ……ありがとうございます>

 褒めてねぇよ!
 なんだこいつリア充か!? そんなにモテモテだったのか!?
 まだ転校してきて数週間だろーが!

 というか……ん? あれ? ちょっと待って?
 もしかして転校してからクラスメイトとギクシャクしてると思ったけど、あれってたんに美少女すぎて近寄りがたかっただけ?

 それが最近、日本語もいくらかわかって距離が縮まってきたから……。
 んなもん、わかるかぁー! アニメキャラならまだしも、俺にゃあ人間の顔なんて大して見わけつかねーよ! 良し悪しなんてなおさらだ!

 神秘的? な外見に加えて、おそらく性格もよいのだろう。
 まぁ、男子が惹かれるわけだ。俺にはさっぱりわからないが。

<なんで、よりによってわたし?>

 今の俺って女だよな? 間違ってないよな?
 たしかに最近はちっとばかし、現実にも興味を持ててきた。
 だからって恋愛にまで興味が湧くほど、現実を認めたわけではない。

<きっかけは、その……これです>

 取り出されたのは学生手帳だった。
 開かれるとそこには、丁寧に折りたたまれたプリントが一枚。
 俺が作った日本語とウクライナ語の対応表だった。

<最初、日本は排他的で寂しい国だと思いました。日本人は日本語ができる人にはやさしい。でもわからない人には厳しい。そう思ってました。……けど、このプリントをもらってから世界が変わりました>

<それを言うなら、一番最初に話しかけてくれたあの男の子……えーっと>

<男の子……?>

 あー、ダメだ。名前を思い出せない。
 他人に興味がないから、人の名前を覚えるのも苦手だ。
 VTuberの名前ならいくらでも覚えられるのに。

<あっ、わかりました。最初に告白してきた人ですね。あの人は苦手です。最初はやさしかったけど、途中からイジワルしてくるようになりました。ワタシのことがキライになったんだと思います。それなのに告白してきたから、きっとからかってきたんですね>

<男の子ー!!!!>

 俺は崩れ落ちた。
 なぜ、そこで素直になれなかったんだ!

<あのとき最初に話しかけようとしてたのはイロハ……チャンです。男の子は割り込んできただけです>

 そうだったかなー!?
 そんなことなかったと思うけどなぁー!

<イロハ……チャンにプリントをもらってから、自分でも日本語の勉強をするようになって。スマートフォンで勉強の動画を探したりして>

<ん?>

<それで……見つけちゃったんです>

<んんん!?>

 マズい。まさかこの流れは。
 転校生がスマートフォンの画面を見せてくる。

<ごめんなさい! ワタシ、イロハ……チャンが配信してることを知ってしまいました!>

<あああぁぁぁ……!>

 やっぱりバレてたらしい。
<ごめんなさい! ワタシ、イロハ……チャンが配信してることを知ってしまいました!>

 転校生が見せてきたスマートフォンの画面。
 そこには俺の『ウクライナ語講座』の配信が映っていた。

<そっかーバレちゃってたかぁ……。いやまぁ、そんな気はしてたけど>

<ご……ごめん、なさいっ。ごめっ……う、うぅっ!>

<え、ちょっと!?>

 転校生がボロボロと泣き出してしまう。
 うぇえええ!? 男はだれだって女の子の涙には弱い。
 どう対処すりゃいいのかわからん。

<よ、よーしよーし。大丈夫だよー。怖くないよー>

<ふぇっ……!?>

 とりあえず危険物でも扱うような手つきで、そっと頭を撫でてみる。
 これが男女なら気持ち悪いが、幸い今は女の子同士。ギリギリセーフ、なはず。

<う、うえぇええええええん! ごめんなさぁあああい!>

<なんでぇー!?>

 余計に大声で泣き出してしまった。
 転校生は嗚咽混じりに、しかし怒涛のごとく言葉を吐き出しはじめる。

<最初は有名な配信者だって気づいてビックリして、けど日本とウクライナを繋ぐためにこんな活動をしてるんだってわかって、もしかするとワタシのためってのも、いくらかあるのかもとか思って。ワタシにとってイロハ……チャンはヒーローみたいな人で>

<お、おう?>

 いや、まったくそんな理由ではない。
 コメントで言われなければウクライナ語講座をすることもなかっただろうし。

<それでだんだんと学校でも意識しちゃうようになって、けどナイショにしてるみたいだから言っちゃダメで、迷惑かけないようにしなきゃいけないと思って。でもやっぱり気になって目で追っちゃって>

<うんうん>

<そのうちイロハ”サマ”の声を聞いたり、お姿を見るたびに心臓がドキドキするようになっちゃって。イロハサマのお言葉をひとつ残らず理解したくて必死に日本語を勉強するようになって>

<うんう……んんん!?>

<イロハサマの声が好きで、いろんな言語を話せるところもすごくて好きで、勉強できるところもかっこよくて好きで、ちょっと男勝りだったりもする性格が好きで、けど運動だけはダメダメなところもかわいくて好きで>

<え、ちょっと待って。照れるけど、その前になんか変なのが>

<あーもう”マヂムリ”ぃ……! ”トウトイ”……! ”イロハサマ、マジ、テンシ”ぃ……! ふえぇえええん!>

<!?!?!?>

<つまり、ワタシ……ワタシ、イロハサマの――>


<――ガチ恋勢なんですぅ~~~~!!!!>


<……はいぃいいい!?>

 好きって、あー……えっ、そういう!?
 そっかー。なんだ、そうかー。……そっかー。

<ひっぐ……ぐすっ、えっぐ……>

 それからようやく転校生が落ち着いてくる。
 なんというか、めっちゃ気まずい。

<ご、ごめんなさい、泣いちゃって。イロハサマにお声かけいただいたうえに、その御手で触れられあまつさえお撫でいただいたことで、感極まってしまって>

<あっ、申し訳なくて泣いてたわけじゃなかったんだ>

<いえ、もちろん申し訳なさもいっぱいです! だって()介のファンでしかないワタシが、イロハサマの生活に干渉してしまうだなんて。まるで認知を求める()介ヲタクがごとき所業。ワタシはいったいなんということを……!>

<ダ、ダイジョウブダヨー>

 俺はそろーりとすこしだけ距離を取った。
 なんだろう。愛が重すぎてちょっと怖いんだが。

 もしかしなくてもこの子、VTuberのそれもきわめて特殊な事例をもとに日本語を学んだせいで、おかしな方向へ認知が歪んでしまっていないか?
 日本文化に変な影響受けてない?

<つまり、イロハサマはワタシの心のよりどころなんです>

<う、うん。ちょっと待ってね。まずはさっきから言ってる『イロハ”サマ”』ってのを説明して欲しいんだけど>

<ご、ごめんなさいっ! 思わずいつものクセで!>

<いつもなんだ!? そ、そっか。いや、うん。い、いいんだよ>

<ありがとうございます、イロハサマ!>

<う、うん>

 なんだかすっごく頭が痛い。
 考えたら負けな気がする。

<一応、確認しておきたいんだけど。わたしのガチ恋勢って言ったじゃん? それは今のこの(・・)わたしと付き合いたいって意味だったり?>

<~~~~~~!?!?!? あっ、いえっ、それはっ、あのっ……>

 転校生が百面相する。
 なにやらものすごい葛藤があるらしい。早口でなにかを呟いている。

<認知されるのはうれしい。付き合えたならどれほど幸せだろう。けれどなんと恐れ多い。ワタシのような民草が天上におわしますイロハサマと釣り合いなど取れるはずもなく。しかし……!>

<あっ、女の子同士だってのは気にしないんだ>

<はい。ウクライナではもうすぐ”シビルパートナーシップ法”が制定される可能性が高く、実質的に同性婚が認められます。ワタシたちが成人するころには問題にもならないでしょう>

<そ、そう>

 即答だった。
 そっか、調べたことあるんだ……。

<イロハサマは気にしますか!? もしかして女の子同士はダメですか!?>

<えっ。いやー、そのー、まーべつにいいんじゃないかなー? け、けどわたしはダメだからね!? わたしは……そう! VTuberにしか興味がないから!>

 そうだ。仕事一筋、ということにしてしまおう。
 あるいは配信を見ることで手一杯。

 とっさに出たにしては、ガチ恋勢にも配慮した完璧な回答だな。
 俺もVTuber業がだいぶ板についてきたじゃないか。

<VTuber……そっか。なるほど。わかりました! VTuberですね!>

<え? う、うん>

 やけに力強く頷かれてしまった。
 な、なぜ……?
 今は恋に興味はない。
 わたしはVTuber一筋だから!

 と答えたはずなのだが、なぜかやけに強く頷かれてしまった。
 これは……あれか? ガチ恋勢として匂わせがないことに安心した、みたいな話か?

 その気持ちはまぁ、わからないでもない。
 俺も推しに”裏切られた”ような気持ちになってしまうことはあるから。

 俺はユニコーンではなかったので、ギリギリ反転アンチにならずに堪えられたし、せいぜいがゲロ吐くくらいだったし、仕事が手につかなくなったので病院へ行ってメンタルケアをお願いした程度の”軽傷”で済んだが。
 ……え? もちろん前世での話だ。

 しっかし本当に気まずいな!?
 早くこのふたりきりという状況から脱出させてくれ! だれか助けてくれぇえええ!
 ……そんな心の叫びが届いたのか。

「あぁ~~~~! やっと見つけたぁ~~~~!」

「マイぃいいいいいい!」

 校舎裏に「ぜーっ、はーっ」と息を切らしたマイが現れた。
 遅いよバカぁ~!

 これほどまでマイに会えてうれしかった瞬間はないだろう。
 俺は救世主の参上に心から感謝した。

「って、イイイイロハちゃん!? やっぱりその子と会ってたんだ!? ダメって言ったのにぃ~~!」

「言ってたっけ?」

「言ってたよぉ~! なんども引き留めようとしてたよぉ~!」

 マイが頭を抱えて「ウクライナ語だったからどこ行ったかもわからなかったし、放課後気づいたらいなくなってるし。あぁあああ、もっと早く来られていれば」と唸っている。
 そういえば伝えるの忘れてたわ。

「すまんすまん」

「まったくだよぉ~! それよりもイロハちゃん大丈夫だった!? まさか”また”キスされてないよね!? イロハちゃんはマイのだから! 絶対に渡さないから!」

 マイが俺の腕にしがみつき、転校生を威嚇している。
 「また」ってなんだよ! あんぐおーぐとのはノーカンだから! 事故だから!

 けれど「渡さない」って、なるほど。
 マイがあれだけ動揺していたのは、転校生が俺にガチ恋してると知り”友だち”を取られると思ったからだったのか。
 そんなマイを見て転校生は……。

<……フッ>

「なぁ~っ!? イロハちゃん見た!? い、今っあの子、マイのことを鼻で笑っ……! ムキィ~~~~!」

 ふたりがバチバチとにらみ合っている。
 って、あれ? マイが登場して余計に話がややこしくなってないか?

「……もう好きにしてくれ」

 俺は考えることを放棄した。
 あ~、すぐにでもVTuberの配信を見て心を癒したい。

 ふと自分が持っていたものに気づく。
 そうか、これはこのときのためだったのか。

 俺は無心で防犯ブザーのひもを引っ張った。
 けたたましい音が校舎裏に響き渡った――。

   *  *  *

 数日後……。
 学校で廊下を歩いていると、視線を感じた。

 ハッと振り向くと、曲がり角からじぃ~っと転校生が見ていた。
 視線がかち合った。

<!?!?!?>

 向こうもバレたと気づいたのか、あたふたと顔を隠す。
 いや、隠れてるのかそれは……?

 スマートフォンで鼻から下だけを隠し、目はいまだチラチラとこちらに向けられていた。
 あの画面ではおそらく、俺の動画が再生されているのだろう。
 というか彼女のスマートフォンは壁紙まで”翻訳少女イロハ”だった。

 そしてどこからともなくマイが現れ、俺に腕を絡めてくる。
 警戒心マシマシの視線を転校生に向け、転校生もまたマイを挑発する。

 あの日以降、これが俺の学校生活における日常となった。

    *  *  *

 騒がしくなった学校生活も、毎日続けば日常だ。
 なんだかんだアレに慣れてしまった。我ながら人間ってすごいな。

 予定されていた各国の、海外勢VTuberとのコラボ配信も無事に終わって……。

《ふぅーん? へぇー? ほぉー? イロハはずいぶんと学校生活をお楽しみだったんだなぁー?》

《うん、ほんっとに! 最初はどうなるかと思ったけど、今はうまくやってるよ。おーぐは?》

《むっ……!? ま、まぁ? ワタシも最高だけどなっ!》

>>気づいてやれイロハ、正妻が嫉妬してるぞwww(米)
>>おーぐはイロハちゃんのヨメだからね
>>イロハは女たらしだから、ちゃんと首輪つけておかないと(米)

 今日はたまたま予定が合ったので、あんぐおーぐとコラボ配信だ。
 その雑談の流れで近況報告をしていた。

《ヨメじゃない! 嫉妬もしてないし! ただ、イロハもずいぶんと忙しくなったなー、と思っただけ。今日だって1ヶ月ぶりのコラボだし》

《え、もうそんなに経ってたっけ? 前ってたしか自由研究だよね?》

《ひどっ!? イロハは、ワタシのこと考えもしなかったんだ!?》

《最近はドタバタしてたからなー。うっわー、時間経つの早い。っていうか、忙しくて予定合わなかったのはわたしじゃなくおーぐが原因でしょ。いろいろと準備中なんだよねー?》

《うぐっ……ま、まぁな》

>>アレか(米)
>>アレだな(米)
>>遠距離恋愛はツラいな

《恋愛じゃない! けど、はぁ~。イロハと会って一緒に遊びたい。早くアメリカに遊びに来てよー。約束したじゃん-?》

《わたしも行きたいんだけど学校があるからねー。長期休暇も、今年の冬は受験、来年の春は入学……だから来年の夏かな》

>>イロハちゃんアメリカに遊びに来るの!?(米)
>>アメリカ観光なら俺たちに任せろ(米)
>>めっちゃ楽しみ!!!!(米)

《来年の夏!? そんなの遠すぎて待ちきれないよ! 学校に「旅行するから休みます」って言って来てよぉ~》

《えぇっ!? そんなの絶対にムリ!》

《あ、そっか。日本ってそーゆーの厳しいんだっけ》

>>旅行で学校休んじゃダメなの?(米)
>>日本人は学生までマジメなんだな(米)
>>日本じゃ死にそうな病気以外で休暇を取るのは悪と見なされるからね(米)

《あはは、さすがにそこまでは厳しくないよ。けど早く会いたいのはわたしも同じ》

《そのときはワタシが完璧に”オモテナシ”してあげる》

《うん、よろしくー。とまぁ、ここまでまるで久しぶりの会話みたいなこと言ってるけど、じつは裏では2日おきくらいで通話してるんだけどね》

《なっ……!? お、おいっ! バラすなよ!?》

 あんぐおーぐが慌てた様子で声を漏らした。