「ひぃいいいいいいっ!?」

 俺はあー姉ぇと母親の形相に悲鳴をあげた。

>>草
>>アネゴ好きだぁあああ!
>>これは残当www

「これからはおこづかいの使い道、お母さんが事前にチェックするから。イロハも言ってたじゃない。ひとりでできないことは手伝ってって。お金の管理、全然できてないわよね?」

「イロハちゃんにはこれから毎月、決まった額を貯金してもらう姉ぇっ☆ あたしに返済するつもりでいけば、積み立てることだって簡単だよ姉ぇ?」

「ご、ごごごめんなさぁああああああいっ!」

 なんでこんなことに!?
 俺がふたりから説教を受ける様子は、世界規模で拡散された。

 各国のVTuberにつられて各国から視聴者も集まっていたらしく、さまざまな言語で字幕つきの切り抜きが作られてしまう。
 それはある種のネットミームと化すほどだった。

   *  *  *

「てなわけで、とりあえず残ったお金でお母さんにケーキでも買おうかなーと。ご機嫌取りしたら多少は制限が緩和されるかもだし。……くっ、この数百円があればまだスパチャが。いや、必要経費として諦めるしか」

「あはは、イロハちゃんは相変わらずだねぇ~」

 学校で机に突っ伏してマイに愚痴っていると、ふと視線を感じた。
 顔をあげてキョロキョロと教室内を見渡す。

「んんん?」

 ウクライナからの転校生がじぃ~っと俺を見ていた。
 俺はマイの服の裾を引いた。

「ね、ねぇマイ。なんかわたしあの子にめっちゃ見られてない?」

「うん? ん~、気のせいみたいだけどぉ~」

「あれ? 本当だ」

 気がつけば転校生は顔を伏せていた。
 気のせいだったのだろうか?

 彼女の視線は手元に落ちている。
 どうやらスマートフォンでなにかを見ているようだ。

 最近、ようやく保護者からの理解も得られたようで、翻訳や勉強のためなら校内でもスマートフォンを使用してもよいことになった。
 いろいろ気をもんでくれていた教師も、これで一安心だろう。

 しかし、転校生はなにをしているのだろうか? 日本語の勉強中?
 俺はスススっとその背後に忍び寄り、画面をのぞき込んでみた。

「!?!?!?」

 俺の配信だった。
 自分の席にすっ飛んで戻り、顔を伏せた。

 バっ、バレてるぅううう!?
 いやいや、そんなことないよな!? だって今まで大丈夫だったんだから!

 ちゃんと配信内で話すエピソードにはフェイクを入れてた。
 それに小学生でウクライナ語を話せる女の子なんてそこら辺にいくらでも……いるわけねぇえええ!?
 しかも名前まで一緒だもんな!?

 ちらっと顔を上げる。
 転校生はまたじぃ~っとこっち見ていた。

 これはセーフなのか!? それともアウトなのか!?
 どっちなんだ!?

    *  *  *

 そんな風にやきもきしはじめて、数日。

「……あっれー?」

 転校生から視線を感じるようになってからしばらく経つが、予想に反して、なにも事件は起きていなかった。
 おっかしーなー。絶対、なにかアクションがあると思っていたのに。

「そんなに心配なら直接聞いてみればいいんじゃない?」

「いや、さすがにそれは」

 あー姉ぇからの鋭い指摘に、俺は言葉を濁した。
 変に掘り返すよりなぁなぁにしてしまいたい、というのが本音だ。

 あとは話しかけづらい、というのもある。
 なにせ最近はむしろ逆に、俺と彼女が話す機会は減っているのだ。

 最初こそ教室内でのコミュニケーションに俺の手助けが必要で、ちょくちょく転校生やクラスメイトに呼ばれることがあった。
 しかし現在は、彼らだけで解決してしまうことも多いのだ。

 一番の要因は、校内でスマートフォンが利用可能になったことだろう。
 それに、本人がものすごい勢いで日本語を覚えつつあるし、クラスメイトたちの慣れもあった。

 人間、必要に迫られると早いもんだなぁ……。
 さすがは適応能力のケモノだ。

「あたしはそんな心配しなくても大丈夫だと思うけどねー。どうしても気になるならマイにでも偵察頼んでみたら?」

「なるほど。そうしよう」

「それよりも!」

 ずいっ、とあー姉ぇが顔を寄せてくる。
 俺は「な、なんだよ」とその勢いに怯んだ。

 今さらだが、ここはあー姉ぇの部屋だ。
 今日は呼び出されてここまで来た。その理由は間違いなく……。

「イロハちゃん収益を全部、使い切っちゃったでしょ? ちょっと”今後”について改めて話しておかなくちゃ、と思って」

「うっ、やっぱその話だよねー」

「そんなに怖がらなくて大丈夫。お説教はもう済んでるから、これ以上怒ったりしないよ。きちんと確認しなかったあたしも悪いし」

 それならまぁ、大丈夫か。
 と俺は姿勢を戻した。

「で、貯金が必要って言ってたけど具体的になんのため?」

「それはね……3Dモデルだよ!」

「えっ!? も、もう!?」

 俺はまだVTuberデビューしてから2ヶ月しか経っていない。
 いくらなんでも早すぎるのではないか、と困惑する。

「甘い! 甘すぎるよイロハちゃん! 3Dモデルの有無で、できることの幅がまるっきり変わってくるんだよ!?」

「まぁ、たしかに」

「それに3Dモデルは制作に費用もかかれば、時間もかかる! 修正や、全身トラッキングの設定を考えると余裕はまったくないんだよ! 今からお金を貯めはじめなきゃ全然間に合わないっ!」

「えーっと、間に合わないってなにに? たしかにあったら便利だろうけど、今のところ使う予定はないし、そこまで急がなくても」

「使う予定は……ある! あたしが3Dコラボをしたいから!」

「お前が理由かい!?」

「早く3Dを用意してくれないと、あたしがガマンできなくなっちゃうでしょ~!」

「あ~、はいはい」

 俺は抱き着いてくるあー姉ぇを引きはがす。
 ってこいつ離れねぇっ!? 力、強っ!? いや俺が弱いんだ。学校でも体育だけは評価めちゃくちゃ低いもんなぁ……。

「けれどマジメな話、視聴者を飽きさせないためにも、定期的に視覚的な新しさは必要だよ」

「なるほど」

「収益化記念ほど大きな……はっきり言っちゃうと”稼げる”イベントもしばらくない。このままダラダラとお金を貯めてても、3Dお披露目まで期間が開きすぎちゃう。だから路線変更!」

 あー姉ぇはイタズラでも思いついたような表情で笑った。
 自分の顔が引きつるのがわかった。あー姉ぇがこういう表情をするときはロクな目にあったためしがない。

「イロハちゃん、来月の収益が入ったら……新衣装を作ろう!」