「どうか俺をVTuberのライブ会場に行かせてくれぇええええええ!」
俺はどことも知れぬ廃墟でイスに縛りつけられていた。
周囲には銃を手に持った男たち。
「ヘイ、ユー! ▲□●+!?」
「わ、わっつ?」
「※▲□★↑→!!!!」
「ひっ!?」
なんだかわからないがめちゃくちゃ怒っている。
どうして俺がこんな目に……。
アメリカではじめて大規模な国際VTuberイベントが開催されるとのことで、海を渡ってきたのが今朝。
途中で道に迷い、怪しげな路地に入り込んでしまったのがさっき。
頭を殴られて気絶し、気がついたのが今。
今が何時かもわからない。
もしかしたら、すでにライブがはじまってしまっているかも。
そうだったら絶望だ!
VTuberは俺の魂、俺の生きる理由そのものなのだから!
「ウェイ、イングリッシュ□★●+」
「オーケイ、□★↑※●……」
男たちはなにやら言い争っている。
しかし、なにを言っているのかちっとも聞き取れない。
早口だからか、スラングが多いからか。
こんなことならもっと英語を勉強していればよかった。
じつのところ英語圏VTuberの配信も、なにを言っているのかほとんどわからないままに見ている。
それでも、楽しめてしまうのだ。
言葉がわからなくともリアクションを眺めているだけで、あるいは端々の数単語だけで最高に楽しい。
それほどの魅力が彼女たちにはある。
というのは半分、言い訳だ。
一度、英語の勉強に取り組んだこともあるのだが結局は挫折してしまった。
悲しいかな、人には向き不向きがある。
……あぁ、どうしてこうなってしまったんだろう。
今日は彼女たちの一大イベントの開催日。幸せな一日になるはずだったのに。
「〜★↑↑※●□!」
「↑※●↓←★!」
男たちから剣呑な雰囲気がひしひしと伝わってくる。
内容はわからないがイヤな予感がする。
あぁ、こんなダミ声じゃなく彼女たちの美しい声が聞きたい。
「〜★↑↑※●□……オーケー」
どうやら彼らの間で話がついたらしい。
男のひとりが俺に歩み寄ってくる。まさか、殺される!?
「ヘイ、ガイ。ユー※▲□★」
「ノー! ヘルプミー! アイアムジャパニーズ! ノットキル! プリーズ!」
「オーケーオーケー、※●↑★……」
「やめっ……え? あれ? 助けて、くれるの?」
手枷を外そうしている。
どうやら解放してもらえるようだ。
安堵のあまり全身から一気に力が抜けた。
よかった、と息を吐いたそのとき。
べつの男が銃を抜き、俺の眉間に押し当てていた。
一瞬だった。
――パンッ。
と乾いた音が轟き、弾丸が俺の頭をぶち抜いた。
俺の大事な部分がバラバラになって飛散する。
視界がゆっくりと天井を向いていき、拘束されていたイスごと仰向けに倒れた。
急速に意識が、視界が、端から黒ずんでいく。
しかし、不思議と声は明瞭に聞こえていた。
視界の外で男たちが言い争っている。
《なぜ撃った!?》
《使命を遂行するために万全を期すべきだ》
《クソッ! 余計な死人を出しやがって!》
俺の人生、これで終わり?
まだまだこれからもVTuber業界は発展していくだろう。
それらを見届けることもできず、こんな道半ばで?
《――まだ、死ねない》
推しの晴れ舞台を見ずに死ねるかぁあああ!
俺はまだ国際VTuberイベントを見られていないのだ。
このままじゃあ、死んでも死にきれない。
《っ!? オイ、コイツしゃべらなかったか?》
《バカバカしい。頭を吹き飛ばしたんだぞ? 即死さ》
《でも、今たしかに》
《よく見やがれ。ほら反応しねぇ。ちゃんと死んでるぜ》
《おいっ、乱暴にするな! ……キミに祈りを。巻き込んですまなかった》
《命ひとつくらいで喚くな。オレたちの任務が数千万……あるいは数億、数十億の命に関わっていることを忘れたのか?》
《だが!》
《まもなく定刻だ。混乱に乗じてメインディッシュをいただくぞ》
《……クソったれめ。なんて悪夢だ。罪のない民間人を殺して、さらには女を攫うだって? これのどこが正義なんだ》
《すべては祖国のために》
男たちの足音が遠ざかっていく。
だれかが言ってたっけ。死の間際、最期の最後まで残っているのは聴覚だって。
いや、ちがう。真っ暗に染まった視界の果てに、なにかが見えた。
白い人影、あれは……。
《天使?》
俺は願った。
あぁ、天使さま。叶うならどうか、最期に彼女たちのライブを聴かせておくれ。
鐘の音が鳴り響いた――。
* * *
「――ロハ……イロハ! 早く起きなさい、イロハ!」
「はいっ!?」
俺は耳元で叫ばれた声に驚き、ベッドから飛び起きた。
室内には電子的な起床音が鳴り響いていた。
慌ててスマートフォンに手を伸ばし、それを止める。
「もうっ、ようやく起きた! お母さん先にお仕事行くから。ちゃんと戸締まりお願いね」
「え、うん。いってらっしゃい」
「いってきます」
ひらひらと手を振って女性を見送る。
パタンと部屋の扉が閉まって、ようやく我に返った。
「って、えぇえええ!? どうなってんだ!? 俺、死んだはずだよな!?」
ていうか待て。この声、この部屋。
ドタバタと部屋にあった、やたらとファンシーなデザインの姿見鏡に掴みかかる。
そこに映っていたのは、小学校高学年ほどの女児だった。
「ななななんで俺、女の子になってんだぁああああああ!?」
VTuberヲタク、男性、三十路。ひとつの人生が終わった。
そして今……ファンシー好き、女の子、小学生。もうひとつの人生の幕が上がった――。