雪は思い出していた。
かつて自分を抱きしめてくれた母のぬくもりを。
褒めてくれた優しい父の手のひらを。
そして、すべてを奪い去った、夕焼けの空を。
花散里は、春になれば満開の桜の花びらが散る。野花がそこら中に咲き、子供らを楽しませてくれる。
遊び疲れ、「ただいま・・・」と家の戸を開けた雪は、ひゅっと息を呑んだ。
両親の骸が転がっていた。
おびただしい返り血は天井にまで飛んでいた。切り傷から見て、獣ではなく、人間に斬られたのだと想像がついた。
母への土産に摘んできた花束が、手のひらから滑り落ちる。血の海に落ちた花びらは、赤く染まっていく。
血のような夕日は、幼い子どもをただひとり取り残し、無情にも沈んでいった。
雪はその日以来、口を利けなくなった。食も細くなり、ただ、朦朧と静かに座り込んでいた。
村人が雪を捨てなかったのも、わずかな同情があったのかもしれない。